夜明 奈央
2025-09-29 06:33:46
5796文字
Public 久々綾
 

久々綾 あんまり仲良くない先輩が酔うと好き好き言ってきて困ってます

大学生パロ 続き→恋人が酔うと好き好き言ってきてとても可愛い
2025年9月28日初出

「あやべ、かわいい。すき」
 隣から聞こえてきた声に、「また始まった」と思った。
 最近の久々知先輩は酔うと僕に「好きだ」とか「可愛い」とか言い始める。これが本当に口説かれているならいいのだが、酔ってない時の先輩はちっともそんな素振りを見せない。冗談なのか揶揄っているのかはたまた後輩としての好意を伝えてくれているのかわからないが、要するに本人にはおそらく口説いているつもりはない。頭ではわかっているのに、何度か繰り返されるうちにちょっとその気になってしまっていて困っている。悪い男に弄ばれている気分だ。
 久々知先輩が僕の頭を撫で始めたので目線をやると、蕩けるみたいに緩んだ目元と視線がかち合う。そんなに優しい目で見ないでほしい。ただでさえ勘違いしそうになっているというのに、うっかり本気で好きになってしまいそうだ。そうなってもどうせ責任なんて取ってくれないくせに。
「ほんとにかわいい。すき」
「この人どうにかしてください」
「え〜? なんで? いいじゃん。可愛がられてるだけでしょ」
 近くにいた尾浜先輩に助けを求めても、へらへらと楽しそうに笑うだけでちっとも助けてくれる気配はない。
「あやべ、こっち向いて」
 当の本人はむうと口を尖らせて自分の方を向かせようと僕の頬をむにむにと引っ張っている。普段なら絶対に見られない幼子みたいな姿は可愛らしいのだが、今は御免被りたい気持ちの方が大きい。
「俺お邪魔みたいだし別のとこ行こうかな」
「それは勘弁してください。僕の手には負えません」
「悪い悪い。冗談だからそんな睨まないでよ」
 今日は学部内で定期的に開催される飲み会で、終盤に近づいた今はみんな数人ずつのグループになって騒いでいる。久々知先輩と尾浜先輩は僕と同じ学部で、学年合同の縦割り授業でいつもお世話になっている先輩だ。2人は飲み会の時には大抵あちこちのグループを回っていて、あんまり喋ったことのない僕のところにも必ず来る。いつもなら滝夜叉丸か立花先輩あたりと一緒にいる時に来るのだが、どちらも他に呼ばれていってしまってちょうど1人になったところだった。だから同じ部屋にこんなにたくさん人がいるのに、今の僕に注目しているのは尾浜先輩と久々知先輩だけだ。
「あやべ、だいすき」
 久々知先輩が僕のお腹にぎゅうと抱きつく。酔っ払いの先輩は周りに誰がいようとこの調子だから構わないのだろうが、意識がはっきりしたまま尾浜先輩ににやにや見つめられている僕はそうはいかない。ちょっと好きかもしれない先輩にこんな風に抱きつかれると柄にもなくドキドキしてしまう。あと手のやり場に困る。抱きしめ返す程の大胆さは僕にはない。
「こんなんだといつか刺されたりしません?」
 渋い顔で久々知先輩を指差すと、尾浜先輩はツボに入ったのか盛大に吹き出した。この人は酔うと笑いの沸点が低くなる。久々知先輩に比べれば受け答えははっきりしているが、やはり酔っているのだろう。ひいひいと腹を抱えて笑い転げている。
「綾部が刺さないなら大丈夫じゃない? こいつがこんなんなるのお前の前だけだぜ」
「えぇっ……嘘くさ……
「嘘じゃないって。この子結構一途よ?」
「ひどい……おれはこんなにすきなのにしんじてくれないなんて……
 久々知先輩がにゅっと顔を上げる。その顔は心なしか悲しそうに見える。尾浜先輩は何が面白いのかまたけらけらと笑っている。
 信じてほしいなら酔ってない時にも何か言ってくださいよ。という文句を喉の奥に飲み込む。そんなこと言ったらそれこそ飲みの席の冗談を真に受けるちょろい男みたいだ。信じていいなら僕だって信じたいのに、それをさせてくれないのは久々知先輩の方だ。
 久々知先輩とはあんまり喋ったことがない。もちろん全くないということはないのだが、授業関連の事務的なやり取りばかりで僕は先輩のことを何も知らない。それは逆もまた然り。嫌われるようなことをした覚えはないが、好かれるようなこともしていない。だから誰にでも言っているのでなければ、僕にこんな風に好きだと絡んでくる理由はない。
「はいはい、先輩は僕のこと大好きなんですよね。知ってますよ」
 半分僕の膝に乗ったままお腹に抱きついている先輩の頭を撫でてやると、甘えるみたいにお腹にぐりぐりと顔を押し付けられる。しばらくそのまま撫でていると、やがて動かなくなった。胸が規則正しく上下しているから、きっと寝てしまったのだろう。いつの間にか笑い止んだ尾浜先輩がこちらを楽しそうに見つめていた。
「綾部は実際どう思ってんの?」
「どうって何をです?」
「兵助のこと。好き?」
「そりゃ好きか嫌いかって話なら好きですけど。まさかこんなの本気にすると思ってます?」
「いやいやたぶん兵助本気よ?」
「だったら素面の時に言うよう言っといてくださいよ」
「そりゃそうだ」
 尾浜先輩はまた笑った。今度はさっきまでみたいな大笑いじゃなくて、仕方ないなって世話の焼ける子供に向けるみたいだった。先輩はそこに置きっぱなしにされていた滝夜叉丸の箸を使って中途半端に残ったままになっていた唐揚げを食べ始めた。僕もそれに倣って残っている枝豆をちみちみと口に運ぶ。
「綾部って恋人いるの?」
「いませんよ」
「好きな人は?」
「いません」
「じゃあ兵助と付き合ってみない?」
「なんでそれを尾浜先輩が言うんです?」
「いやぁ、あんまりにも奥手で見てらんなくて。こいつ今まで彼女も好きな人もいたことないから恋愛偏差値ひっくいのよ」
 反射的に嘘だと思った。かっこいいし成績も優秀だし優しいし話しやすい。陽キャの頂点みたいなところにいるこの人を女の子が放っておくわけがない。本人にその気がなくたって引く手数多のはずだ。取っ替え引っ替えってよりは1人の人を大事にしてそうなイメージだけど、まさか1人もいないなんて信じられるわけがない。
 確かに久々知先輩の彼女の噂は聞いたことがないけれど、僕が如何にも他人の恋愛事情に興味がなさそうだからか他の人の恋愛事情もほとんど耳にすることはない。そして久々知先輩については彼女以外のことだってほとんど知らない。知っているのは超が付く程の豆腐好きだということくらいだ。でもこれは同じ学部の人ならみんな知ってる有名な話だ。
「こんなイケメンにそんなことあるわけないでしょう」
「ほんとだって。普通の女の子はこいつの豆腐狂い知ったら恋愛対象から外しちゃうの。あと変に生真面目だからちょっといい感じの子に告白されてもほいほい付き合ったりしないし」
「告白されてるじゃないですか」
「そりゃあこの顔だし豆腐狂い以外に目立った欠点もないし?」
「まあそうですね」
「なっそういうわけでここはひとつ」
「ひとつ?」
 嫌な予感がして、思わず身を引いた。莢から出した枝豆がぽろりと床に落ちる。ちょっとそれどころではなくて、落ちた豆を拾うのは諦めた。心の中でひっそりと店員さんに謝罪する。
「だから兵助と付き合ってみないかってこと」
……尾浜先輩にいくら勧められようが本人にその気がなきゃ無理でしょう」
「つまり綾部の方は満更でもないってことだ」
「そんなこと言ってませんけど」
「じゃあ1回デートしとこう、デート! 明日ひま?」
「特に予定は入れてませんけど」
「じゃあ駅前に12時集合で。兵助には後で俺から言っとくから」
……僕誑かされてません?」
「大丈夫大丈夫。兵助は俺と違って誠実ないい男だから」
 なんだかおかしな方向に話が流れてしまった。尾浜先輩の口車に乗せられている気がしてならない。けれどデートと言われて正直に暇だと答えてしまっているあたり、尾浜先輩の所為だけともいえない。認めるのは癪だが、満更でもないのは事実なのだ。もしかしたらただ2人でごはんを食べてちょっと話して何もなく解散することになるかもしれないけれど、それならそれでいい。まずは久々知先輩のことが知りたい。でないと本当に僕の勘違いなのかどうかもわからない。
 尾浜先輩は話がひと段落したと思ったのか、「後で回収に来るから」と言って久々知先輩を放置したままどこかへ消えていってしまった。まさか先輩を床に放り出すこともできず、僕は久々知先輩を膝の上に載せたまま。誰も自分に注目していないのを確認してから、そっと頭を撫でてみる。髪の毛はふわふわで、許されるならいつまでも撫でていたい。こんなところを見られるわけにはいかないので2、3往復でそっと手を離す。膝の上にかかる温かな重みが心地いい。
 こんなに人の多いところで如何にも付き合っていますというようなことをしているのに、明日が初デートだなんて僕たちの関係はなんなのだろう? そもそもデートなんて尾浜先輩が言ってるだけじゃないのか? 疑問は尽きないが、答えはそう急ぐ必要もない。明日は何を着て行こうかなぁなんて柄にもないことを考えているのは、別に他にすることがないからというだけではない。

◇ ◇ ◇

「止めてってお願いしたじゃん! なんで止めてくれないの……
「面白いからに決まってんだろ」
「俺は全然面白くない……
 飲み会がお開きになった後、俺は勘右衛門の部屋に連れてこられていた。綾部の膝の上でひと眠りして起きる頃にはすっかり酔いが醒めていて、己の醜態に気づいてから自己嫌悪で死にたい気分だった。いっそ記憶がなくなってしまえばいいのに、残念ながらいつも最初から最後までしっかり全部覚えている。だったら理性も残っておいてくれ。今日も今日とて後輩に無様に甘えてしまったのは情けないとしかいえない。
「付き合いたいなんて贅沢言わないからせめて嫌われたくはないんだけど」
「それこそ今更だろ。何回目だ」
「限度ってものがあるだろ。いつ愛想尽かされるか」
 綾部のことは、一目惚れだった。視界に入った瞬間にびびっときて、すぐに男だと気がついてがっかりした。ついでに人を中身でなく外見で判断するような人間だった自分に失望した。けれど1度意識してしまえば止めることはできず、ずぶずぶと気持ちだけが大きくなり続けている。
 男に好かれても気持ち悪いだけだろうとあまり仲良くならないように努めているというのに、その反動みたいに酔った時に変な絡み方をしてしまっている。しかも最初はあったはずの遠慮がだんだんとなくなってきている。今までは「好き」だの「可愛い」だの口走るだけで済んでいたが、今回に至っては抱きついて膝枕で寝ていた。頭も撫でられた。思い出すとその時の感覚まで蘇ってくるようだ。なるべく長く記憶に留めておきたくてしっかりと感覚を反芻するのは童貞の悲しき性である。嫌がってはいなかったようなのがせめてもの救いだが、あの時の俺にそれを判断する程の正常な理性があっただろうか。気づいてないだけでドン引きされてたらどうしよう。
「あっちも満更じゃなさそうだったけどな」
 勘右衛門に水道水を渡されて、一気に呷る。
「先輩に気を遣ってるだけだろう」
「あいつそういうの気にするタイプか?」
「それか酔っ払い相手に何言っても無駄だと思ってるか」
「それはちょっとあるかもしれないけども」
「だよな……
 現実がずーん、と載しかかる。嫌われるよりはマシかもしれないが、呆れられるのも好ましくない。だから勘右衛門に止めてくれと頼んでいたはずだったが、全くの無意味だった。今後は綾部が来る飲み会ではノンアルコールを貫いた方がいいかもしれない。もうとっくに好感度は底辺かもしれないが、少しでも巻き返すチャンスがあるなら逃したくはない。
「まあまあ、そう落ち込むなって。そんな兵助に朗報です! 明日、綾部とのデートの約束を取り付けました!」
「はあぁぁあああ!?!?!?」
「駅前に12時。デートプランは自分で考えろよー」
「それ、俺が行くの!?」
「俺が行ったら兵助だしにした悪い男みたいじゃん」
「いやいきなり2人でデートって」
「まあお前がどうしても嫌だっていうなら仕方ないけど? 行かないなら自分で断っとけよ」
「俺連絡先知らないんだけど!」
「まさかのそっから!? なら行くしかないな。そんで連絡先交換してこい。あわよくば手くらい繋いでこい」
「そんなの無理に決まってるじゃん!」
「今日はそれよりすごいことしてたのに?」
 それを言われると返す言葉はなく、ぐっと言葉を飲み込んだ。というかあれは一方的に好意を寄せているだけで特に仲良くもない後輩にして許されることではない。相手が女の子だったらセクハラだと訴えられても文句は言えないレベルだ。女の子相手だったらいくら酔っていてもあんなことはしないんじゃないかなと思うので一層性質が悪い。同性だからって何をしてもいいと思っている自分が怖い。
「あっちが満更でもないのはたぶんマジだぜ。それよりお前が酔った時にしかそういうこと言わないから信用されてない方が問題。あっちも嫌だったらそう言うだろ。恋愛なんてトライ&エラーなんだからさっさと振られてこい」
「俺は振られるくらいなら頼りになる先輩でいぃ……
「自分でその路線排除しといて何を言うか。恨むなら自分の酒癖の悪さを恨め」
「それはご尤もなんですけどぉ……
 初めてアルコールを口にした時から今まで、綾部関連以外でのやらかしが1度もなかったのだから警戒も薄くなるというものだ。少なくとも綾部の前ではもう2度と酒は飲まない。再度の誓いを立てる。
「ほら、一緒にデートプラン考えてやるからうだうだ言ってないでしゃきっとしろ」
「うぅ、お願いしますぅ」
 勘右衛門にせっつかれてデートプランを考えながら、そういえば何と言って約束を取り付けたのだろうと考える。了承してくれたということは、少なからず嫌われてはいないと思っていいのだろうか。もしかしてちょっとくらいアプローチしても許されるのか? そう思えば俄然やる気が湧いてくる。よし、まずは連絡先を交換しよう! あわよくば好きなものとか知りたい! と明日に向けて目標を掲げた。

 無事お付き合いに発展するまでの間に、いちいち勘右衛門に助力を請うて呆れられたのは言うまでもない。


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