燈 ともしび
2025-09-27 18:52:44
3572文字
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ぎゆさね【不意打ち】

キ学設定。1ページ目はさねさん視点。2ページ目はその後のお話。



ぎゆさね【不意打ち2】


 家は大家族だし、隣近所との付き合いも濃いから割と人付き合いは得意なほうだと思う。得意というかそうならざるを得なかったというのが正しいか。
 子沢山の母子家庭なんて色眼鏡で見られがちで、そのうえ事故とはいえ長男次男に表から目立つ傷があるなんてそれこそ悪意ある噂を立てられやすい。
 だからこそ人当たりを柔らかく挨拶は欠かさず、町内会の清掃なんかにもマメに出るようにしていたし、俺が割と名の知れた私立高校で教師になったのも影響が大きかったのだろう。お陰で「良い息子さんね」なんてお袋が言って貰えるくらいには上手く言っていると思っていた。

「帰れェ」
「心外」

 夏休みとはいえ教師はほぼ学校にいる。うちの学園は公立ほどキツくはないとはいえ、それなりにやることがあるからだ。
 今日も数学の補講指導で学園に向かうべくドアを開けたが、そこでここに居るはずのない見慣れた姿が立っていたので思わずドアを閉じてしまった。
 あ? なんだ?
 自分で見たものの、現実味がなくてもう一度ドアを開ければ、やっぱりそこには精巧に作られた日本人形のような男がジャージ姿で立っていた。
 こいつが黙っていれば見目の良い男だというのはとても良く分かっている。というか、先日嫌というほど思い知らされた。

『不死川が好きだ』
 なんて不意打ちで言ってきて無理矢理俺の心の中に居着きやがって、あれからしばらく冨岡とは鉢合わせしないようにするのに苦労したのだ。
 好きだと、ただそれだけを伝えたかったなんて言ったくせに、その後に偶然見た真剣に竹刀を振るう姿に見惚れた。この俺ともあろうもんがあり得ねえだろうが。
 確かにあの時俺は冨岡からの告白に「NO」と即答しなかった。いや、出来なかった。
 でも、勝手に俺の心の中を荒らされんのは我慢ならねえんだよ。いつだって決断は全て自分で考えて決めてきたんだ。困らせるつもりがねえならこれ以上掻き乱すな。
 だから距離を置いたのだ。この熱病みたいな気持ちは離れたらすぐに消えると信じて。冨岡も深追いはしてくるまい。そう信じて。

 それなのにどうだ。なんで冨岡は俺の家の前に立ってんだ。反射的に帰れと言ったが、帰る気配はない。そりゃそうだろう。冨岡に空気を読める才能なんてない。むしろ読まないからこそ俺と毎回衝突してたんだろうがァ。

 堪忍袋が短めな俺は我慢ならず怒鳴りつけてやろうとしたが、口を開く寸前、門扉越しに近所の噂好きな婦人方が二、三人こちらを伺っているのが見えた。
 これは非常にまずい。せっかくこの近所で積み上げてきた信頼が言葉ひとつで崩れ去っていくのはまずい。
 おまけに冨岡は異常に女受けする容姿をしている。婦人方の頬がうっすら赤いのは冨岡の面に見惚れているからだろう。たとえ着ているのがダサいジャージだとしても、俺がここで怒鳴れば加害者は俺、被害者は冨岡という構図にされかねない。
 玄関での騒ぎに弟や妹が起きて出てくるのもまずい。「さね兄、トミセンと仲良くなかったよね?」なんて痛くもない腹を探られたくない。

 結果。俺がここで取るべき行動はひとつ。

 顔は笑っているのに目は笑っていない。どこぞの芸人の得意芸を披露しつつ、冨岡の襟首を引っ掴んで自宅から離れること。それだけだった。


 とにかく個室のある学園で話そう。抵抗もしない冨岡をずるずると引き摺って電車に乗る。いつもは満員な車内も夏休み中の朝なので空いている。この車両には俺と冨岡しかいない。でも、二人並んで座るほど仲良しでもないし、今は話す内容もないからドア付近に黙って立つしかない。
 イライラを隠さなくなった俺と何故か微妙にご機嫌な冨岡。なんて組み合わせだ。
「偶然なのだが、俺もあの駅から乗っている」
「はァ?」
「俺は部活の朝練があるからいつもはもっと早いんだ」
 聞いてねえわ、んなの。黙れと目に力を込めて訴えるが冨岡はやっぱり空気を読まないのでその後もどうでも良いことを延々と俺に話しかけてくる。何が楽しいのか分からず、ムフフと笑う声にすらイライラした。


 ストレスマックスのまま学園に着いて、補講までまだ時間があるからと冨岡を数学教師の準備室へと引き摺っていく
 室内にある、前任教師が持ち込んだ古びた大きめのソファーに冨岡を突き飛ばしたが、運動神経の良い奴はストンと何事もなかったかのように座るから更にイラつく。ちょっとぐらい格好悪いところを見せろよ俺に。
 そうしたら。

「不死川」
「あ?」
 今度は俺が不意打ちでワイシャツの後ろ襟を掴まれる。は? そう思った時には目の前が薄暗くなっていてカサついた唇が俺の唇に重なっていた。
 は?
 訳も分からず固まっていると、相変わらず空気を読まない冨岡は二度、三度と口付けてくる。

「なあ」
 おまけに俺の許可も得ずに勝手に体勢を入れ替えられていて、いつの間にかソファーを背にしていたのは俺の方で。
「この前、困らせるつもりはないと言ったな」
 言ったわ。おお、言ったとも。ただ好きだと伝えたかっただけだとな。
「あれは撤回する」
「はあ?」
 頭が混乱しているからキスは好き放題されているままだし、押し倒されてるし。そんな俺の態度を良いことに、冨岡は、まるで耳元に毒を吹き込むように。

「あの時、見惚れていただろう、俺に。だから俺は諦めないことにしたんだ」

「本気でいくから、諦めて俺に落ちてきてくれ」
 そう言って、俺の言葉全てを堰き止めるようなキスを、してきた。