「この後一緒に団子屋に行こう」と言い出したのは三郎だ。最近新しくできたばかりで気になっていた団子屋だった。そしてこれは紛う事なきデートのお誘い。勘右衛門はうっきうきで準備して三郎の部屋を訪れた。
「おーい、準備できたかー」
「悪い、まだなんだ。ちょっと上がって待っててくれ」
言われるまま部屋に足を踏み入れると、三郎はまだ着替えすらしていなかった。
「なんだ、まだ全然じゃないか」
「仕方ないだろう。そこで雷蔵に会って本を運ぶのを手伝ってたんだ」
「はいはい。わかったわかった。待っててやるから早く準備しろよ」
仕方がないので部屋の適当なところに座って三郎の着替えを見守ることにする。
三郎が雷蔵を優先するのはいつものことで、こんなことにはとっくに慣れっこだ。大きく待たされているわけでもなく、いちいち目くじらを立てるつもりはない。が、こっちは楽しみで早々に準備したというのに、なんだか面白くない。ちょっとばかり悪態を吐きたくなるのは致し方ないだろう。
「そんなんじゃ結婚してやらないんだからな」
ぼそっと呟く。何かにつけて「結婚しよう!」と言うのは、最近のブームだった。勘右衛門が気に入って多用しているうちに5年生みんなが乗ってくるようになった。当然この言い回しもそれに引っ掛けた冗談のつもりだったが、口にしてみると思ったより拗ねたみたいな響きになって、なんだか恥ずかしい。
結婚なんてできるわけない。男同士だからとかそんな話ではなくて、お互いに忍者を目指している以上、同級生との関係は卒業するまで。その後は場合によっては敵対することもある。だからもちろん、三郎とだってそれまで。忍術学園では気の置けない友人たちに囲まれてなかなかに悪くない楽しい日々を過ごしているが、期間限定。結婚なんて本気で考えたこともない。況してや、三郎となんて。
聞こえてないといい。ちらりと様子を窺うと、三郎がきょとりと目を丸くしてこちらを見ていた。ばっちり聞こえていたらしい。
「それは困るな。俺はお前を嫁にもらう気満々だったんだが」
薄ら笑っている。失敗だ。こんな絶好の揶揄いネタを与えてしまうなんて失敗としか言えない。
「なんだよいつもの冗談に決まってるだろ」
「こっちもいつもの冗談に決まってるだろう」
なるべく平静を装うが、上手くできているかわからない。三郎のにやにやとした視線が突き刺さる。
「準備できたならさっさと行こうぜ」
三郎がまだ袴の紐を結んでいる途中だとわかっていて、逃げるように立ち上がる。けれど部屋を出る前に肩を掴まれてしまった。
「お前さえ良ければ、私は冗談でなくても構わないんだがな」
耳元で囁かれる。日頃聞かない真剣な色が乗っている。冗談でも揶揄でもないことは明白だ。でもまだ、気づかない振りをしていたい。
「……揶揄ってるだろ」
「そう思いたければ思えばいいさ」
三郎は本当にどちらでもいいみたいに軽く告げると、勘右衛門を追い越してさっさと廊下へ出てしまった。いつの間にか袴の紐は結び終わっている。
「ほら、団子屋行くんだろ」
「ああ、そうだな」
追いかけながら、まずいなと思う。三郎は逃げ道を完全に塞ぐことはしないけれど、じわじわと追い詰められているのを感じる。
じっくりと時間をかけて沼に沈められている。きっと気づいた時には逃げられなくなっていることだろう。逃げるなら今のうちだ。わかっているのに、もう少しくらい気づかない振りをしていたいと思うのは、とっくに逃げられなくなっている証かもしれない。
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