夜明 奈央
2025-09-15 14:46:13
2518文字
Public 久々綾
 

久々綾 冗談も程々に

冗談で「結婚して!」と言い合う5年生とそれに巻き込まれる綾部

 発端は確か八左ヱ門だった。わからない問題の解き方を教えてやったとか、試験範囲を教えてやったとか、そんな感じのしょうもない世話を焼いてやった時のことだ。三郎と雷蔵に冷たくあしらわれた後だったらしく、甚く感動した八左ヱ門が大袈裟にこう言った。
「ありがとう兵助! 愛してる! 俺もう兵助なしでは生きていけない。結婚しよう!」
 冗談である。もちろんそれはわかっていて、横で聞いていた勘右衛門がどうにも気に入ってしまった。それからの勘右衛門はこうだ。
「兵助ありがとう。嬉しい。結婚しよ?」
「雷蔵は優しいな。結婚したい」
「三郎好き。俺と結婚しない?」
「八左ヱ門かっこいい。結婚して」
 繰り返されるうちにそれはだんだんと他の者にも広がり、5年生の間で一種の流行語となっていった。そうすると言われた本人や横で聞いていた者の反応も変わってくる。最初は笑って流すだけだったものが、「喜んで」だの「一生幸せにする」だの「すまない、私には心に決めた者が」だのとバリエーション豊かになり、終いには即興劇の様相を呈し始めていた。
「さすがだ雷蔵! 俺と結婚しよう!」
「待て待て待てぇい! 勝手なことを言うな! 雷蔵は私と結婚するんだ!」
「三郎の気持ちは嬉しいよ。でも僕、三郎とは結婚できない……
「勘右衛門! 俺と結婚したいと言ったのは嘘だったのか!?」
 目の前で無駄に凝った設定の小芝居を繰り広げるのは勘右衛門、三郎、雷蔵、八左ヱ門の4人である。
 兵助が校庭の隅で穴を掘っている喜八郎を見つけて話しかけている間に、いつの間にか最早定番となってしまった茶番が始まっていた。
「あれ、なんです?」
「あはは、なんていうか、最近流行ってて?」
「おやまあ」
 喜八郎は不思議そうにその様子を眺めている。いつでもどこでも唐突に始まって唐突に終わるので人によってはもう見慣れた光景となっているだろうが、喜八郎は初めてだったのかもしれない。元々喜八郎に用があったわけでもなく、ちょうど話も途切れたところだったのでなんとなくそのまま話の行方を見守ることになった。
「違うんだ八左ヱ門! あの時はお父様の手前逆らえなくて……俺が本当に愛しているのは雷蔵なんだ」
「適当なことを言うな。雷蔵をこの世で最も愛しているのは私に決まっている!」
「2人とも争わないで! 三郎、ここは僕のために身を引いてほしい。僕は勘右衛門と幸せになります」
「え、これって俺の横恋慕ってこと?」
「まあそうなるな」
「どんまい」
 八左ヱ門が急に現実に戻って突っ込みを入れ、今日の茶番は終わりを告げた。最近は大体いつもこんなものだ。その時々のノリと勢いで無駄に複雑な物語を紡ぐため、大抵どこかで上手く話が繋がらなくなって崩壊する。
 もしここに兵助が参加していたらちょっと可哀想な八左ヱ門のために「そんな奴ほっといて俺にしとけ」とかなんとか絡んでいっていただろうが、今回は喜八郎と話していたので参加しなかった。
「久々知先輩もああいうの参加するんですか?」
「ん? まあそうだね」
「ふーん」
「意外?」
「ちょっとだけ」
 確かに喜八郎の前ではあんまりああいう風にふざけたことはない。でも、これはどうしたって仕方のないことだと思う。喜八郎だって同級生にするような粗雑な扱いを兵助にすることはない。先輩に対して多少なり敬意を払ってくれているのだろうと理解はしていても、心理的な壁があるようで恋人としてはちょっと寂しい。これからゆっくり時間を掛けて仲を深めていくしかないのだろうけれど。
「おーい、兵助! そろそろ行くぜ〜」
「来ないなら置いてくからな〜」
 勘右衛門と三郎が声を掛けてくれる。鍛錬のためにみんなで裏山へ向かう途中だったのだ。喜八郎に「じゃあね」と手を振って立ち上がる。
「久々知先輩」
「なあに?」
「卒業したら僕と結婚してください」
「えっ?」
 一瞬本気のプロポーズかと思って、すぐにさっきの茶番の真似をしただけだと気づく。が、気づいたのが遅かった。顔に瞬時に血液が上り、鏡を見なくとも真っ赤に染まっていることは容易に想像がつく。異変に気づいたのか声が聞こえていたのか、兵助を置いてぞろぞろと移動し始めていた4人が足を止めて戻ってきた。慌てて俯くが、それくらいで隠せるわけもなく。
「おや? おやおやおや?」
「ふふーん、なかなか可愛いところもあるじゃないか」
「うるさいぞ」
 横から勘右衛門と三郎に覗き込まれ、精一杯の虚勢を張るが無意味である。
「喜八郎! そういうことをこんなとこで言うもんじゃありません!」
「え〜でも先輩たちも言い合ってたじゃないですか」
「その通りだぞ。後輩に当たるなんてみっともない」
 八つ当たり気味に喜八郎に非を押し付けようとするが、喜八郎に続き三郎にまで正論を返されてぐうの音も出ない。恥ずかしくてますます顔に熱が集まる。
「あんまり虐めても可哀想だし、俺らは先に行ってるぜ〜」
 勘右衛門が助け舟を出してくれたおかげで、みんなは俺を置いてその場を後にしてくれた。三郎がいつまでもにやにやとこちらを振り返っていたのはなるべく気にしないことにする。
「ダメでした?」
「ダメじゃないけど〜〜」
 なんとなくみんなが離れていくのを待ってから、喜八郎が首を傾げた。取り残された兵助は膝を抱えて座り込み、喜八郎に見えないよう顔を俯ける。歳下の恋人にあんまりかっこ悪いところは見せたくない。もう既にだいぶ遅いが、これ以上恥の上塗りはしたくない。熱が引くのを待って顔を上げると、穴の中から顔だけひょこりと出している喜八郎が上目遣いでこちらを見つめていた。
「それで、返事は?」
「前向きに検討させてください」
「こういうの、普通は適当な気休め言うものじゃないんですか?」
「本気なんだから仕方ないでしょ」
「おやまあ」
 我ながら冗談を解さない返事をしてしまったとは思ったが、喜八郎の顔がなんとなく満足そうだったので、返答を間違えたわけではないらしかった。

「結婚して!」ブームがあっさりと終わりを告げたのは言うまでもない。


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