青色
2024-12-05 22:25:16
8848文字
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燭鶴

ぽかぽかになっていちゃいちゃしてる二人の話の二本立てです。こたつでぬくまったver.と温泉でぬくまったver.で、後者に一瞬足舐めの描写があります。


「いや〜うっかり長湯しちまったな」
 鶴丸は光忠と共に浴場から脱衣所へと戻りながら言った。全身がぽかぽかしているおかげで、気持ちもなんとなく高揚した感覚になる。光忠が後ろで立ち止まったのでどうしたのだろうかと振り返ると、彼はタオルを腰に巻いているところだった。きちんとしている。鶴丸はといえば全身のどこも隠さずに豪快に存在しているのだが。


 この本丸に小さな露天風呂が造られたのは一ヶ月ほど前である。本丸の離れに造られた温泉小屋だが、小さいので予約制になっており、一人〜三人までが一緒に利用できる。一人でゆっくりしたいときや、兄弟がコミュニケーションのために一緒に入るときに利用されていることが多いようだ。

 その露天風呂で一緒にゆっくりしたい、と恋人に言われれば断る理由はないだろう!


 と、いうわけで、今夜の鶴丸は光忠とともに露天風呂を楽しんでいたのだった。鶴丸がここを利用したのは初めてだ。こじんまりとした温泉小屋とはいえ、しっかりと温泉が楽しめた。露天の名にふさわしく湯船からの景色はよかったし(満月だったので月がよく見えて風流だった)、小屋全体の内装の雰囲気もよく、総じてとてもいい温泉デートだったわけだ。

「大丈夫か、光坊。のぼせたか?顔が真っ赤じゃないか」
 タオルを巻いて出てきた光忠を見て鶴丸は笑った。彼は全身から湯気が出ているような状態で、手のひらで顔を扇いでいる。
「大丈夫、のぼせてはないよ。暑いけど。鶴さんこそ顔赤いけどのぼせてない?」
「俺も暑いがのぼせるほどではないぜ」
 光忠はきちんとしているのですぐに下着を身に着けようとしているが、鶴丸はすぐに布を身にまとう気になれず、裸のままで休憩用の椅子に腰掛けた。ここには自分と光忠しかいないので、別にしばらく裸でいても問題ないだろう。

 と、ここで鶴丸は自分が入浴前に仕込んでいたことを思い出した。立ち上がって、備えつけの小さな冷蔵庫へと向かう。背後から、何か着ないと風邪ひくよ、と声がしている。
 冷蔵庫からお目当てのものを取り出して、鶴丸は光忠のもとへと向かった。
「鶴さん?いつまでも裸でいると…………?何か後ろに持ってる?」
「光坊、目を瞑ってくれ」
 光忠は怪訝そうにしつつ、素直に鶴丸の言うことに従って目を閉じた。こういう素直なところをかわいいと思っている。

 鶴丸は背後に隠し持っていた冷えた瓶を、ぴた、と彼の頬に押しつけた。
「わっ!冷た!」
 光忠は驚いた様子で目を開けた。ぱちぱちと数度の瞬き。そして、自分に押しつけられたものに彼が手を添えたので鶴丸はそのままそれを手渡した。光忠は手渡されたものをしげしげと見た。

……、フルーツ牛乳?」
「そうだ、温泉からあがったあとにはこういうのがないとな」
「お水とお茶はいつもここに主が用意してくれてるって聞いてたけど」
「あぁ、これは俺が入る前に仕込んでおいたやつだ」
 きみと湯上がりに一杯やりたかった、と言うと、光忠の顔がほころんだ。
「よかった、鶴さんも一緒に温泉入るの楽しみにしててくれたんだね」
「光坊と温泉というのは初めてだからな」

 鶴丸は瓶の蓋を開けて、ぐいっと呷った。つい、腰に手を当ててしまったので、その様子に光忠が笑っている。湯上がりに火照った身体に冷たい飲み物が入っていくのが心地いい。光忠も同じように瓶に口をつけている。やはり身体が熱を持って喉が乾いていたのだろう。彼の瓶は一気に中身が半分以下になった。

「なんかすごくおいしく感じる」
「あたたまった身体には冷たいものが一番だな」
「ふふ、用意してくれてありがとう」
 鶴丸は自分の分をあっという間に飲み干してしまって、空になった瓶をとりあえず小さなテーブルの上に置いた。その隣に、同じく空になった瓶を光忠が置く。二人の瓶が仲良く寄り添っているようで微笑ましい。

「僕も今日のために持ってきたものがあってね」
 光忠が自分の鞄――といっても立派なものではない、着替えとタオルを入れて持ってくるための簡易なものだ――の中から何かを取り出している。なんだろう、と鶴丸は思った。鞄の中に入れておくようなものなので、食品などではなさそうだ。

「これなんだけど」
 そう言って光忠は手にしたボトルをこちらに示した。ラベルを読むと、「保湿クリーム しっとり」というようなことが書いてある。
「おっ、美意識が高いな!美容男士じゃないか」
「温泉っていつもよりしっとりするから、せっかくだったらちゃんと保湿したほうがいいかなって思って」
 顔にも身体にも使えるんだよ、と彼は補足で説明した。なるほど、汎用性が高いというわけである。

 顔に塗るといいよ、手を出して、と言われたので素直に右手を出した。ボトルから乳白色のクリームが手のひらに出される。それは、想定していたよりもサラサラした質感だった。それを両手に伸ばして、顔全体になじませた。なるほど、と思う。確かにこれを塗る前は少し肌がパサパサしていたのかもしれないと感じる程度には、肌がしっとりした。

「身体にも使うといいよ」
「いやぁ、顔だけで十分じゃないか?」
 鶴丸は手のひらに残ったクリームを両手になじませながら肩をすくめた。なんだかこういうことをしていると、美意識の高い若い刀になったようでなんとなく照れがあったのだ。古い時代の刀にはあまり似合わない気がする。なんだかこのクリームがかわいらしい感じの香り(何かの花の香りだろう)がしているのも、その感覚を加速させた。

「あっ、鶴さん、めんどくさがってるでしょ。じゃあ僕が塗ってあげるから」
 ね?ちょうど鶴さん裸だし、と言う光忠に押されて、鶴丸は身を任せることにした。彼が手のひらにクリームを出して鶴丸の腕に塗りひろげていった。指先が肌の上をすべって、少しくすぐったい。肌の保湿の世話をされて、なんだか赤子になったような気分だ。

「これ、何の香りなんだい」
「鈴蘭だよ」
「そりゃまた、かわいらしい香りだな」
「かわいい香りだよね、鶴さんに似合うと思って」
 鶴丸は光忠の発言に首を傾げた。かわいいから似合うと思ったということなのか?恋人の贔屓目が過ぎる。

「脚も塗るね、椅子に座ってもらってもいい?」
 鶴丸が休憩用の椅子に腰かけると、脚元に光忠が膝をついた。なんだか落ち着かない状況になってしまった。いや、冷静に考えて端正な上裸の青年を裸の自分のもとに傅かせているのは、なんだかよろしくないような気がする。構図的に。一方の光忠は何も感じてなさそうだが。
 すぐクリームを塗りはじめるかと思いきや、彼は鶴丸の右の足先を不意に持ち上げた。
……?」

 どうしたのだろう、と鶴丸が思った次の瞬間、光忠が持ち上げた足の甲に口づける。その様子は絵画のように耽美で、うっかり見入ってしまった。見入っているうちに唇は甲の上をすべって、指先に至り、彼はそのまま鶴丸の足の親指を口にふくんだ。

「な、」
 びっくりしている鶴丸をよそに、光忠は飴を舐めるように指先をしばらく湿らせて、そうして口を離した。
……、きみにそういう趣味があったとは驚きだが……、足ってのはあまり綺麗なもんじゃないぜ」
「そう?さっき温泉入ったばっかりじゃない。それに鶴さんだったらいつでもどこでも綺麗だよ」
 おいしかった、などと付け加えるので、鶴丸は呆れた。
「けっこうアブノーマルなこと言ってるぜ、光坊」
「そうかなぁ」

 光忠はあまりぴんと来ていない様子で、とはいえそのことをあまり気にもしていないらしく、今度こそ鶴丸に保湿クリームを塗りはじめた。指先が這うと、やはりくすぐったい。ふくらはぎはまだいいが、この指先が太腿に触れるのはよろしくないと思って、丁重にお断りした。代わりに自分で太腿には塗る。

「よし、これでおしまい。早めに寝間着を着てね、冷えてないといいんだけど」
「冷えてはないが、さすがにもう着るとしよう」
 鶴丸は頷いて、椅子から立ち上がった。身体から火照りは消え、残っているのは心地よいあたたかさだけだ。寝間着を羽織っていると、なんかさ、と光忠が言うので彼のほうを向いた。

「保湿クリーム塗るのって、食材に仕込みをするのに似てるよね。こう、染み込ませていく感じが」
「そういう感じの童話がなかったか?」
「そうそう!ちょうどその話のこと思ってた」
 光忠は微笑んで頷いて、ふと一瞬考えこんだ。

「じゃあ、もしかして僕、鶴さんの仕込みをしたってこと?」
「ふ、そうかもな。きっといい感じに食べ頃だぜ。どうだ、味見するかい?」
 いや、そういえばさっきすでに味見されたか、と足を口にふくまれたことを言った直後に思い出しつつ、鶴丸は彼を見て首を傾げた。

「えっ、する」
 思いのほか光忠は即答して、鶴丸の頬に口づけた。てっきり唇にしてくるかと思っていたので、少し意外だ。
「うん、おいしいね。もちもちで」
 なるほど、保湿をした――つまり、仕込みをした――肌に触れたかったらしい。もちもちの肌は薄紅がかっていて、いちご大福みたいとのこと。鶴丸は自分の頬を触ってみたが、少々大袈裟に言い過ぎな気もする。まぁ、光忠としては、そういうふうに感じるのだろう。

「味見だけじゃ足りないかも」
「なら、全部頂くといい」

 光忠が仕込んだのだ。その食材をどうするかの権利は、彼にあるだろう。そんなことを言うと、この恋人はよく分からないが照れていた。

「じゃあ、部屋でゆっくり頂こうかな」
 する、と彼が指先でこちらの頬を撫でたので、鶴丸は微笑んだ。
「あぁ、たんと召し上がれ」
 部屋に着く頃にはきっと、もっと食べ頃になっているだろう。なぜって、きっと、食べられることを期待しているから。