くれなゐ の後日談のようなもの
特に面白みもないただの格闘家の独り言
続くかもしれない→続いた
◆出てくる人達
ついに長期休暇が取れた。隙あらば申請していたが、皇帝が政務に打ち込みたいからしばらく出陣はしないと宣い、戦闘以外で出番のない自分は当面お役御免となったのだ。
バツーに言われた通り、まずは故郷ニーベルの家族に会いに行くことにした。
両親と兄に迎えられ、アバロンでの暮らしや遠征のことについてなど散々聞かれた。これからステップへ行くのだと伝えると、色事には目敏い兄の自室に隔離され、小一時間問い詰められてしまった。解放される気配がないため、気になる人がいることを仕方なく打ち明けると、目の色を輝かせて更に尋問された。浮いた話の一つもなかった自分にそのような人ができるとは、と喜んでくれたが、どうやらその相手が男であるということに気付いた兄は、腕を組んで黙り込んでしまった。
弟に嫁が出来るかもしれないと、ぬか喜びさせてしまったかと反省していると「お前が認めた相手なら男でも構わない、親のことは気にするな」と言われた。意外なところに協力者がいるものだと面食らったが、この時ほど兄弟の存在を有り難く思ったことはなかった。
ついでに彼の境遇と年齢、性格なども伝えると、何を感じたのか「こんなところで油を売ってないで早く抱きに行け」と、半ば追い出されるように実家を後にすることとなった。
そんなこんなで陸路、海路を経て、やっとバツーのいる集落についた。珍しく独りで来訪したことに皆驚いていたが、恒例の歓迎の宴は催された。やんわりと断りを入れたのだが「やると決めたもんはやるんじゃ」とお年寄り達は張り切っている。
何故か年長者に好かれる自分はここぞとばかりに彼らに詰め寄られ「嫁っこはおるのか?」「うちに来んか?」など多方面から口撃をくらった。口下手なので上手く躱すこともできずにかなり神経がすり減ってしまった。
日も落ちてきた頃、見かねた族長がそろそろお開きにしようと救い出してくれたが、ここへ来るたびにこうなるのか
……と若干の暗雲が立ち込めてしまった。
族長とその奥方と軽く挨拶を交わし、いつものようにバツーの幕屋へ泊まることとなった。ずっと姿を探していたのだがどうやら宴には参加していなかったようで、やっとこの時が来たと胸は喜びに躍っている。
だというのに、幕屋の前で一歩がなかなか踏み出せずにいる。今までは何事もなくできていた動作が今日はできなかった。心臓の早鐘が収まる気配もない。ずっと会いたかったのに、いざその時が来ると浮足立ってしまう自分に腹が立った。
暗闇の中に棒のように突っ立っていると、いきなり入口の布がシャッっと音を立て開かれた。
「
……いつまで突っ立ってんだよ、いい加減入って来い」
「き、気付いてたのか?」
戦闘中のように気配を殺していたのだが気付かれるとは。
既に寝支度を整えているのか、ターバンや装飾品は外され、簡素な寝間着と防寒用の上着だけを羽織っている。飾り気のない出で立ちに、何故か色気を感じた。
「そういうの無駄だからな、俺には分かんだよ」
「そ、そうなのか
……凄いな」
いいから早く入れ、寒いから閉めろと、背を向けられながらぶっきらぼうに言われてしまった。
中央の敷物の上には既に一人分の布団が敷かれてあった。人を泊めるのだから当たり前なのだが、兄に言われた台詞が突然蘇り赤面してしまい、今回も例に漏れず仮面を付けていてよかったと思う。
ふと横を見ると、布団の脇に小さな座卓、その上に酒と二人分の食器、酒肴が置かれている。歓迎してくれているのだと嬉しくなった。
美酒に舌鼓を打ちながら、たわいもない話をする。
村は特に変わりのないことを聞き、こちらからは皇帝のこと、ピーターや仲間達のこと、交流のあった軍師のことなど伝えると、酒のせいもあって気が緩んでいるのか、嬉しそうに口角が上がっているのが分かった。
シゲンからの課題をこなすため泊まり込んでいたハクヤクは既に帝国へ帰還しており、現在は最終試験の勉強に励んでいる。やはり一年でのステップ全土の同盟結成は無理だったらしい。だが本人は本気だったようで、シゲンに抱き着き悔しさのあまり声も出さずに泣いていた。
その光景を思い出し、そう言えば、と荷物の中からある物を取り出す。
「軍師殿から預かってきた。公文書が作成出来るようになった記念だそうだ」
「
……軍師が?」
受け取った包みを開けると、中には便箋や本が数冊、巻物に、小さな木箱が入っていた。その箱の中には黒く輝きを放つペンが収められ、
天鵞絨の上に鎮座している。
「それは万年筆という。羽ペンよりも便利でな。中に墨を入れて使うんだ。アバロンでは貴族くらいしか買えない高級品だぞ」
ふーん、と目を万年筆に向けたまま説明を聞き流し、感触を確かめるように長い指でくるくると回してみせる。おい高級品と言っただろう、絶対落とすなよ。
心配をよそにそんなことは起こらず、華麗に何回転もした後、無事掌に納められた。ノーマッドは本当に器用だと、こういう日常の何気ない所作で思い知らされる。
それにしても
……指が細くて綺麗だ。黒光りする万年筆よりもそちらの方に目が行ってしまう。屋外での作業や水仕事で荒れてはいたが、無駄のない美しい造形だと感じる。
黄泉返りと若返りを同時に果たしたバツーだったが、半年程経過しているにも拘らず変化はないように見える。本人の言っていたように、断食と瀉血によるものなら既に効果は無くなっているだろう。真実は小説より奇なり、時間が巻き戻ったとしか思えなかった。
「
……悪くねぇな。良い趣味してんじゃねぇかあいつ」
「時間があれば手紙を書いてくれと言っていたぞ。それに礼は要らないからと」
「当たり前だ、何泊させたと思ってんだ。ハクヤクの世話代も入ってるからな、これ一本じゃ割に合わねぇぜ」
悪態を吐きながらも、満足げに視線はそれに向けられたままだった。
和やかな団欒の時間は過ぎ、酒も一本空け眠気に勝てなくなってきた頃だ。バツーは寝る支度を整えて「灯りだけ消しとけよ」と言い残すと寝台に潜り込んでいった。燭台の火に静かに息を吹きかけて廻り、最後の蝋燭の火を落とす前にちらりと流し見ると、既に寝入っているのか身を丸めている。
顔はこちらに向けているものの鋭い目は閉じられていた。寝息すら聞こえず、まるで獣が息を殺して身を休めているような姿に、何とも言えない想いが去来した。
次の日から、客人にもかかわらずこき使われる日々が始まった。特に溢れんばかりのこの筋肉が引き寄せるのか、次々と村の力仕事を任されていく。
幕屋の補修や内部の家具の移動、水や食料の運搬、荷車の車輪の付け替え、家畜の柵の木材の入れ替えやらと、何かと重労働ばかりだ。
何のためにここへ来たんだっけ? と脳が空になることもあったが、仕事を通して村の者達と交流を深め、少しずつ距離が縮んでいく感覚は嫌いではなかった。貴重な食糧を分けてもらい、草原のど真ん中で寝床も提供してもらえる。口には出す機会は無くとも有り難いことだと感謝しながら、さしあたって村の皆のため精を出すこととなった。
そんな中バツーは村の者と共に集落の周囲の哨戒へと出ていく。あの一件で族長にこっぴどく叱られ、もう一人では行かせないと、必ず誰かが同伴することになったらしい。
もともと一人で草原を行動するのは村で最も腕の立つアルタンとバツーだけで、集団行動を嫌う彼はブツブツと文句を言っていたそうだ。けれど貴重な財産である馬も失い、流石に反省しているのか、今は大人しく従っているようだ。
村から去っていく背中を見送りながら、明日は共に野を駆けたいと、今日のうちに力仕事を全部終えてしまおうと決意した。
その日の夜は静かなものだった。習慣である柔軟体操や装備品の確認をしながら寝る支度を整えていく。その横目で軍師から貰った本や巻物に目を通すバツーを観察するが、集中しているのかこちらの視線には気付かないようだ。
座卓に巻物を広げて、立てた片膝に肘を乗せ、額に指を当てながら読み進めている様子は何とも様になる。視線を動かすとたまに耳にかけた黒髪が落ち、うざったそうに元に戻す仕草さえ品を感じる。
帝国の一般教育課程を満たしているテリーだったが、巻物の端に写るその内容を垣間見て頭が痛くなった。おそらく深層心理を利用した兵法書か何かであろうが、座学が苦手な自分には到底読み進められる自信がない。
ステップの部族同盟にバルザイの部族を無事加入させたようだが、まだまだ厄介な相手が残っているかもしれない。日中は野を駆けまわり夜は勉学、これでは休む暇が無いのではと、少し心配になってしまった。
そろそろ寝ると声を掛けると、巻物から目を離したくないのかヒラヒラと手だけ振ったのを見届け、床の布団に潜り込んだ。
末枯れの季節を迎えた幕屋は外と地面からの冷気が伝わり、深甚と冷える。あの時の土砂降りの雨の夜を思い出し、夜遅くまで起きている家主を気遣いつつも、労働の疲れもありすぐに眠りに落ちていった。
夜が明けた。布団から顔を出すと既に家主の姿はなかった。外套を羽織って外に出ると、昨日せっせと汲んだ水で布を濡らし、顔を拭いている姿が目に入る。
「随分と早いんだな」
「ああ、何か最近寝起きがいいんだ。あんまり寝なくても平気っつーか」
「
……大丈夫か? 休めてないんじゃないのか?」
「んなことねぇよ。食べる量が減ったからかもしれねぇ」
言われてみれば、昨夜の食事の量はかなり少なかった気がする。しかし特に痩せたような印象はなく、いたって健康的に見えるのが不思議だ。
「腹が減らないのか? 肉体労働もあるだろう」
「ああ、何でだろうな
……あれ以来、あんまり欲しいと思わなくなった」
「
……霞でも食べてるのか」
「はっ、案外そうかもな」
ニカッと八重歯を出しながら笑う。
本人はけろっとしているが、どこか人間離れしていくように感じられ、焦りのようなものを感じてしまう。
こちらの心配をよそに、外での身支度を終えた彼は幕屋へと戻っていった。
昨日の奮闘の甲斐もあり、今日は肉体労働を任されなかった。周囲の哨戒に付き添っても良いか尋ねると「別にいいぞ」とすんなり了承された。何故許可を貰うのか不思議だと言うような眼差しだったが、早速連れて来ていた馬に跨った。
集落から一刻ほど馬を歩ませ、バツーは合間合間に食料も調達していく。弓矢であっという間にウサギを三匹仕留める腕前は流石だった。
他にも獲物がいないか、徐に飛び跳ねるように馬の鞍の上に真っ直ぐ立ち、手綱を持ちながら目を細めて遥か彼方を索敵し始めた。その姿は空から糸で吊られているように揺るぎなく、気韻を感じさせる。
「もう駄目だな、行こう」
ストンと再び跨る仕草は無駄が無く、身の軽いノーマッドだからこそ出来る所作なのだと惚れ惚れした。
更に距離を伸ばし、小高い丘に到着した。体重が堪えるのか自分の馬の進みが遅く、丘に佇むバツーの姿を裾野から見上げる形になる。
緩やかな丘陵の上にある、馬に跨るしなやかな出で立ちが視線を攫ってゆく。風が草を揺らす度に衣装や黒髪がはためいて、雲と共にどこかへ流れて霧消してしまうのではないかと、思わず手を伸ばしそうになる。普段は狼のように遠くを見つめる鋭い眼光が、その時ばかりは生と死のあわいに在るように儚く映った。
寂しさを紛らわすように人は群れをなす。癒されぬそれはどうやって、どこへ行き着くのだろう。
「何やってんだ、早く来い」
なかなか追いついてこないテリーに痺れを切らしたのか、遠くから声を掛けてくる。
こちらを見つめる闇夜の瞳がハッキリ捉えられ、どこかホッとしながら馬の腹を緩く蹴った。
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後編 18禁
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