果南(カナン)
2025-09-13 00:00:00
4489文字
Public CP無し
 

残暑の懐

漆原+牙頭。CP要素無し。二人で甘いものを食べて、この日を祝うお話です。 ガッちゃん、お誕生日おめでとう〜! 何だかんだで常識人なところ、守りたいものを守りながら信念を持って突き進む姿が大好きです! (2025/09/13)


 くるくるくる、と古くて固いハンドルが回る。
 しゃりしゃり、と薄く白い破片が舞い落ちる。

 手動で削り出すタイプの、レトロで原始的なかき氷器。家庭用の小さいそれが、僕の家のテーブルに置かれていた。本体の上部に氷をセットして、蓋を閉めてハンドルを回せば、中に入った氷が回転して削られて、下面から落ちてくるという仕組みだ。あらかじめ置かれたガラスの深皿で氷の薄片を受け止めながら、ガッちゃんはごりごりとハンドルを回していく。
 今日はガッちゃんの誕生日で、だから僕は昨日からケーキを焼いていて。お祝いをするつもりで、ウチに来てもらう約束をしていた。何となく照れてしまって、誕生日祝いだということは言えていなかったけれど、ガッちゃん本人の誕生日なんだから流石に察してくれるだろうと思っていた。
 でもどうやら、そう上手くはいかなかったらしい。
 約束の時間より少し遅れて来たガッちゃんは、リビングに入るなり目を輝かせて、抱えてきた紙袋からこのかき氷器を取り出した。九月っつってもまだ暑いだろ、美味いかき氷作ってやるから、と言って、あっけにとられている僕に向かってニヤッと笑ってみせると、早速氷をセットして楽しそうに削り始めたのだった。
「それにしても……どうしたんだい、これ」
 逞しい腕でハンドルを回し続けるガッちゃんを眺めながら、ため息混じりに僕は尋ねてみた。
「今どき、よく見つかったよね。手回しのかき氷器なんて」
「あー、まぁちょっとツテがあってな」
 がりがりと氷を削りながら、ガッちゃんは答えた。
「電器屋に行けば電動の小さなヤツ、いくらでも売ってるけどな。でも、これはそんなチャチなヤツとはひと味違うんだぜ」
「そうなのかい?」
「あぁ。まー食ってみりゃわかるって……ほれ、伊月の分できたぞ」
 ようやく手を止めたガッちゃんが、こんもりと氷が盛り上がった器を差し出してくる。薄く削られた氷の山が輝く様は、自分の家のリビングで見るにはそぐわない気がしたけれど、確かに涼しげで綺麗だった。
「シロップ、イチゴとオレンジ持ってきたけど。どっちがいい」
……オレンジかな」
「よし」
 ガッちゃんは紙袋からシロップの瓶を取り出すと、手際よく封を開けて橙色の液体を回しかけた。氷の山が少し形を崩しながら、みるみるうちにオレンジに染まっていく。さらに上からとろりとした練乳も、細い糸になって降ってきた。白い網目模様が描き出されて、あっという間に見慣れたかき氷の外見が出来上がる。
「ほら、先に食えよ」
「ガッちゃんは?」
「すぐに削るって。だから、溶けねぇうちに食えよ」
 一つずつしか作れないのなら、完成した分から美味しいうちに食べてもらいたい。それは、僕もお菓子を作る時に考えることだ。
「わかったよ。いただきます」
「おぅ」
 ガッちゃんはにっと笑うと、新しいガラスの器を置いて勢いよく氷を削り始めた。
 僕はスプーンを持ち上げて、かき氷の側面に差し入れた。山を崩しすぎないように注意しながら掬って、口に運ぶ。
 すっ、と冷たい感触。
……!」
 シロップと練乳の甘さが口の中に広がり、くしゅりと氷が溶けていく。予想と全然違う、やわらかい舌触りだった。あっという間に喉の奥に消えて、びっくりしながら次のひと口を掬う。そうして何回かスプーンを往復させてから、改めて僕は唸った。
「すごいな。氷が、ふわっと溶ける。粒をまったく感じない」
「だろ⁉︎ そこなんだよなぁ」
 ガッちゃんは我が意を得たり、とばかりに顔を輝かせた。
「昔ながらの鋭い刃だから、一定に薄く削れるんだよな。家電屋で買えるチャチなやつじゃ、こうはいかないって」
「成程ね。確かに全然違うな」
 僕は感心しながら、かき氷を食べ進めた。
 ガッちゃんも自分の分を削り終えて、イチゴのシロップと練乳を回しかける。そうして僕の正面に座ると、いただきます、と手を合わせてからざくりと赤い氷を掬った。
「うん、美味ぇ。やっぱ、夏にはかき氷だよな」
「ふふっ、そうだね」
 満足そうなガッちゃんの笑顔と、山盛りの赤いかき氷。
 かつての夏の日の暑さと、幾度となく眺めた光景が甦った。
 学校帰りに二人で寄り道していたら見つけた、古い和菓子屋。すっかり色褪せた看板で、でも近所の人々には親しまれていそうなその店が、夏になるとかき氷を売っていた。
 店主の小柄なおばあちゃんはいつもにこにこと笑顔で、皺だらけの指で代金を受け取ると、慣れた手つきで機械を操った。薄いスチロールのカップに氷を山盛りにしていきながら、二回に分けてしっかりと蜜をかけてくれて、練乳もたっぷり垂らして僕達に差し出してくれた。脚のがたついたベンチには大抵、近所のお年寄りの誰かが座っていたから、軒先の狭い影にへばりつくようにして、僕とガッちゃんは並んで立ってかき氷を食べた。キンとした冷たさで口の中が覆われて、体が中からすっきりした感じになるのが気持ち良くて。隣を見れば、ガッちゃんが勢いよく氷をかき込んで楽しそうに笑っている。彼のかき氷は僕よりもだいぶ早いペースで減っていて、僕もストローのスプーンを握り直して、できるだけ大きく氷を掬って口に入れる。ふわっと溶けて蜜の甘さを残していくかき氷は、そうやっていつもあっという間に僕達の中に収まっていった。
 ——あの時と、同じだ。

 あれからいろいろあって、僕達も歳を重ねて、大人になってしまったけれど。
 やっぱり、こうして二人で居る。
 一緒に、同じ時間を過ごしている。

 鳩尾のあたりが、じわりと温かくなった気がした。冷たいかき氷を食べているはずなのに、何か熱いものがこみ上げてくる。
 この気持ちを、感謝の言葉を、どう伝えればいいのだろう。
 僕は困惑したままでスプーンを弄り、気を落ち着かせようとして立ち上がった。キッチンに入り、やかんに水を満たして火にかける。そうして戻ってきて座ると、ガッちゃんが顔を上げてじっと僕を見つめてきた。
「何?」
 自分の声が普通に出せたことにホッとしながら、微笑みを作る。
 ガッちゃんは何かを言いかけたけれど、それを止めて目元を綻ばせた。多分、今追及しなくても大丈夫だと思ってくれたのだろう。
 以前のように、言わなきゃいけないことを言えてないわけじゃない。
 時が来れば、ちゃんと言葉になって伝えられる。ならなかったとしても、別の形で共有できる。
 そういう気持ちだと、わかってくれたのだろう。
「どーしたってンだよ。急にニヤニヤしやがって」
 言い方は乱暴だったけれど、その声はあたたかかった。
「してないよ」
「してるっつーの……あぁ、そういや伊月」
 ガッちゃんはスプーンを置くと、少し真面目な顔になって言った。
「みかんじゃなくて、悪ィな」
「え?」
「シロップ。流石に普通の店には、みかんのヤツは置いてなくてさ。注文すりゃあるンだけど、何日もかかっちまうし」
「そうなんだ」
 僕は、くすりと笑った。
 自分のスプーンを持ち、残り少ない氷を掬って、つるりと飲み込む。ガラスの器を持ち上げて、溶けて溜まっていた橙色の汁も啜った。
 薄い、甘いオレンジ味が喉をすべり落ちていく。夏にしか味わえない、変わらない味だった。
 ——優しい味。
「ありがとう、ガッちゃん」
 僕は空になった皿を置いて、微笑んだ。
「美味しかった。高校の夏の帰り道を思い出したよ」
……そっか。よかったぜ」
 ガッちゃんは照れたように、指で鼻の下をこすって笑う。その言い方で、ガッちゃんも僕と同じことを考えていたのがわかった。
 あの頃の夏に、並んで食べたかき氷。
 僕らが駆け抜けた日々を、懐かしく思い出してくれていたのだと。
……なンだよ」
 ガッちゃんがきまり悪そうに僕を睨んできた。珍しく頬が赤くなっているのが、昔みたいで何だか可愛い。でもこの感じだと、今日が何の日なのかは全然眼中に無いんじゃないかという気がした。
 せっかく、ガッちゃんの誕生日なのに。冷蔵庫には僕の焼いたケーキが、出番を待っているというのに。
 さてどうしたものかと案じながら、僕はガッちゃんを眺めた。
 テーブルの正面に座るガッちゃんは、イチゴ味のかき氷をがしがしとかき込んでいく。大きく掬われた赤い氷が威勢よく口の中へ消えていくのは、見ていて気持ちが良かった。
 昔からそうだ。ガッちゃんは、とても美味しそうにものを食べる。勢いがあって、でも全然不快じゃない食べ方で。楽しそうで、僕も一緒に食べたくなってしまう。
 だから高校生の僕は、ああして声をかけたのだろう。
 
 そして、今も同じように思っている。
 僕が作るお菓子も、ガッちゃんが作ってくれる料理も。一緒に食べて、同じように楽しみたいって思っている。
 これからも、ずっと。

……ガッちゃん」
 イチゴ味のかき氷がきれいに無くなり、ガッちゃんがスプーンを置くのを待って、声をかけた。
「伊月?」
 僕の声の響きから、敏感に何かを感じ取ったらしい。わずかに眉をひそめて、ガッちゃんは僕を見返してきた。
 その視線を受け止めて、笑いかける。
 今年も、変わらない感謝を伝えるために。
「美味しいかき氷をありがとう。だから、今度は僕が用意したやつも、食べてもらえるかな」
「お前が、って……え? あ、あぁ⁉︎」
 本当に驚いた様子で、ガッちゃんは目を見開いて大声を上げた。みるみるうちにまた赤くなる頬を隠すように、片手で顔を覆って天井を仰いでしまう。
 その様子は、やっぱり可愛くて、僕もまたくすくすと笑ってしまった。
「ようやく分かった?」
「あー……そういや、そうだったわ……
「お祝いにケーキを焼いたんだよ。スタンダードでいかにもな、生クリームのやつ。イチゴは売ってなかったから、フルーツは葡萄とか桃とかだけど。ちゃんと蝋燭も準備してるんだ」
「ありがてぇけどよ……なンか、恥ずかしーよな……
「別に、今更だろ?」
 僕は立ち上がると、テーブルを周ってガッちゃんの椅子の傍に立った。
 顔を覆っていた手を退けて、ガッちゃんが僕を見る。跳ね上げた前髪の房が揺れ、束ねられた長い金髪がさらさらと肩を流れた。
 輝く唐茶色の瞳を見つめて、僕は言葉を紡ぐ。
「ガッちゃん、お誕生日おめでとう。今年も当たりだらけの一年になりますように」
「ありがとな、伊月。お前がいるから大丈夫だよ」
 ニッと笑って、ガッちゃんが腕を伸ばしてきた。僕も手を出して、向けられた大きな手のひらにぱん、と自分の手のひらを打ち合わせる。
 来年も、きっと同じようにこの日を祝うと誓って。
 僕達の未来が光にあふれていることを願いながら。
「じゃあ、ケーキ持ってくるよ」
「おぅ、頼むぜ」
 ガスコンロにかけていたやかんが、しゅんしゅんと湯気を吹き始める。僕はキッチンに入り、火を弱めると、ケーキを入れている冷蔵庫の扉を大きく開いた。