roku
2025-09-10 08:48:39
4536文字
Public 松深
 

わがまま【松深】

・松←深から松深になる
・松本は、一之倉のことが好きだった過去がある
・リコリス【沢イチ】→ https://privatter.me/page/68c0bda650595 と同軸

pixivから移動(2024.11.4掲載)

今日は松本と一之倉がサシ飲みする日だった。本当は同輩を集めての飲み会だったはずが、沢北から一之倉のことで相談を受けていた松本がそれを望んだのだ。
そろそろ解散しているか?と何度も時計を確認してはまだ早いかもしれない。と1本、また1本と缶チューハイを空けた。日付が変わったタイミングを見計らって、深津は松本に電話をかけた。理由も何もなく「オレの家に来るピョン」と。松本が断らないことを知っての行動だった。

「あいつらうまくいったピョン?」
松本を迎え入れた深津は頬をほんのりピンクに染め、その漆黒の瞳はとろんと甘く揺れている。松本は「まぁな」と答えながら、視線をローテーブルに移せばそこには空になった酎ハイの缶が何本も綺麗に並べられている。
「お前あれひとりで全部飲んだのか?」
「ピョン」
「強くねぇのに際限ねぇからひとりで飲むのは止めとけって言ってるだろ」
「じゃあ松本が付き合ってくれたらいいピョン」
今日はもう十分飲んだだろと呆れながら空き缶をビニール袋に纏めた松本は、「酔い覚ましにコンビニ行くか?」と声をかけた。
「アイス買ってくれるピョン?」
「おー。安いやつな」
松本は覚束ない足取りの深津を支えアパートを出る。
「ふらふらするから手繋いでほしいピョン」
「あんなに飲むからだろ」
はぁと溜息を漏らしながらも「ほら」と深津へと差し出した手。その手を素直に掴めば体温と心拍数が上がって行く。
あぁ、酒を飲んでてよかった。
深津は心の中で呟いた。
さすがにコンビニに着けば手を離すと思っていた深津は、松本がそのまま店内に入ろうとしたので思わず足を止め手を引いた。
「どうした?」
「手、離すピョン」
「ははっ!繋げって言ったり離せって言ったりわがままだな」
そんなわがままを叶えてくれる目の前の松本の心はいつまで経っても見えない。松本がはっきり友人としての線を引いてくれたなら諦められるのにと何度思ったことか。
「これがいいピョン!」
「おい!それは安くねぇぞ!?」
深津は季節限定の高級なカップアイスを手に取る。
「半分松本にやるピョン」
アイスのカップをピンクに染まる頬の横まで持ってきて、小首を傾げ上目遣いを作る。
「それ、かわいくねぇし、アイスお前が買うんじゃねぇだろ」
まったくなどと言いながらもアイスを手にレジへ向かい、こうしてまたわがままをひとつ叶えてくれる。
そういうところが好きだと言えたらどんなに楽になれるだろうか。
深津がコンビニを出たところでアイスの蓋を開ければ、「今食べるのか?」とまた呆れている。そんな松本の口の前に掬ったアイスを持っていく。
「お前が先に食えよ」
「松本が買ったピョン」
「深津に買ってやった」
「そういうとこピョン」
「ん?」
何でもないと首を左右に振って松本が食べなかったアイスを自分の口へ運んだ。
「うまいか?」
「ピョン」
「そりゃよかった!全部食えよ」
「半分しかいらない」
「あーそうだった。深津姫はわがままだったな」
深津の手からスプーンを奪ってアイスを掬い、先ほど深津が松本にしたように、深津の口の前へと持っていけば、普段はあまり表情を変えない深津の瞳がほんの少し大きくなった。
「姫、あーん」
……姫じゃねぇピョン」
傍から見れば、夜中のコンビニ前で文字通り大の男がふたりで何をやっているんだという話だ。それでも深津があーんと口を開けてしまうのは、松本のせいだ。



ふたりでアイスを食べ終えると「ほら」と松本は来た時同様手を差し出してきた。深津がほんの少しためらっていると「オレさ、お前のこと結構わかってるつもりだけど、まだわかんねぇ」とお留守な左手を松本の右手が掬い取った。
「勝手に繋ぐな」
どういう場合に語尾がなくなるのか。松本は未だにわからないが、細かいことは気にしていない。
「お前が繋いでほしそうだったからなー」
そう言って深津が振りほどこうとした手を強い力で握りしめた。
………離せ、ピョン」
「やだ」
どんなわがままも聞いていた松本が初めて深津のわがままを拒否した。それだけに飽き足らず握った手に指を絡めた。
「やめろ」
「何でだよ」
「お前はイチノのことが好きピョン」
「深津は?」
足を止めた松本が深津の顔を覗き込む。
「な、何がだ………ピョン?」
こんなに感情を隠しきれなくなったのはいつからか。全部松本せいだろう。
「ん?わかんねぇならいいや」
松本はつまらなさそうに、だけど繋いだ手を離すことはせず再び歩き出した。



深津はアパートの階段を上る手前で「もう帰れピョン」と手を振りほどいた。
「あ?」
優しいくせにガラが悪く、そのギャップもまた深津の心を捉えて離さない松本の一面だった。
「お前な、さすがに勝手すぎるだろ?」
夜中の玄関先。声のトーンは落としているが、間違いなく怒っている。
「勝手なのは松本ピョン!」
「何でだよ!?」
「イチノのこと好きなのに優しくするなよ」
松本は、平行の眉を下げて分厚い唇をキュッと結んだ深津の手首を掴んで部屋のドアを開け、そのまま中へ引っ張り入れて閉じた扉に手首を縫い付けた。
な、なに、する、ピョン?」
松本の前ならば素直に感情を出せることを知った。だけど出てくるのは、できることならば隠していたい感情ばかりだった。
「何してほしい?」
片眉を器用に上げてフッと口元を緩めた。
「キ……っ」
言い終わる前に重なった唇。
松本はわかっていて聞いたのだ。
深津の唇を舐め取るように舌でなぞり、食むように甘く噛む。時折チュッとわざとらしく音を立てて口づけては離れていく。
「酒くさい」
………知らねぇピョン。早く帰れ」
「こんなんなってんのにか?」
松本の右手が深津の主張している下半身を下から上へと撫でる。
、っや、めろ」
「そのわがままは聞けねぇな」
深津の目に映る松本の瞳は雄の色を宿していて、もう逃げられないと悟った。
イチノの代わりでも、松本に抱かれるならそれでいいか。
そう割り切った深津は腕を松本の首へ掛け、唇を押しつけた。



深津は身体の痛みで目が覚めた。隣では松本が満足そうに眠っている。割り切ったはずの心が悲鳴をあげていて苦しい。
好き。好きだ松本。いい加減、オレを見てくれ。
深津は伸ばした手で松本の前髪をそっと掻き上げた。抑えきれない感情で目の奥が熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。
「ん……
怪訝そうに瞼を上げ、「起きたなら起こせよ」と片腕で深津を抱き寄せた。油断していた深津はいとも簡単に松本の腕の中に閉じ込められてしまった。松本の意図がわからなくて深津は黙ったままでいた。トクントクンと聞こえる心臓の音は普段通りの速さで脈を打っている。その事実がまた深津の傷口を開いていく。
オレといても緊張ひとつしないのか
オレの心臓はこんなに速くなっているのに。
ついに耐えきれなくなった深津の瞳から一筋の涙がこぼれた。
……オレは、松本がわからない」
「まぁ、お前は昔よりはわかりやすくなったよな」
笑いながら優しく頭を撫でるその手は幾分かの熱を帯びていた。
「優しく、しないで、ほしい、ピョン」
「ん?深津姫は激しいのがお好みか?」
思わず「違う!」と腕の中で顔を上げた深津。涙の跡に気づいた松本が親指でそっとなぞる。
「泣いたのか?」
……松本のせい、だ」
そう絞り出した深津に松本は凛々しいその眉を下げ、困ったように「すまない」と謝った。
……何に対してだ?」
とりあえず謝れば丸く収まる。そう思われている気がした深津は苛立ちを覚えながらも、平静を装い訊ねた。
謝るくらいなら最初からわがままを許さず突き放してほしかった。
謝るくらいなら一之倉の代わりにしないでほしかった。
「お前がオレを思ってくれてるの、結構前から気づいてた」
そんな気はしていた。だからあわよくばそう思ったこともあった。だけどうまくいかなかった。松本はわがままは叶えてくれるが、答えてほしい質問には何一つ答えてくれずにいた。
「お前が“一之倉の代わりでいい”って思ってるのわかってて抱いた」
ほら、やっぱり。
心の傷口は血を流し、その痛みに堪えるべく、深津は唇を強く噛み締めた。
「でもな、違うから」
……は?」
深津は松本のことがますますわからなくなった。
人を観察し、分析することは得意だったはずなのに、松本のことは何一つわからなくて、胸のざわつきだけが大きくなっていく。
「オレは好きでもないやつに優しくしねぇし、ましてやわがままなんて聞いてやらねぇ。当たり前だけど好きでもねぇやつ、抱かないからな」
……まつ、もと?」
感情の見えない漆黒の瞳。と言われていた深津の目からぽろぽろと溢れ落ちた涙の粒。
松本は、深津がここまで素直に感情を表すのは自分の前だけだと知っている。
「好きだぞ」
……いつ、から?」
「高3のインターハイ、終わってから」
「全然気づかなかったピョン……
「まぁ、あん時は隠してたから。でも卒業してからはそんなこともなかったけどな?」
言われて思い返せば確かに思わせぶりな態度が多かった。だけど深津自身、まさか松本が自分を思ってくれているなどとは微塵も考えたことがなかったので、流されないように、勘違いしないようにと、ずっとそう思ってきた。
「今まで伝えなくて、ごめんな」
「本当だピョン」
「それで深津は?」
松本は深津が自分のことを好きだと知っていながら言葉を求めてきた。
「知ってるくせに」
「ははっ、そうだな。でも聞きたいだろ?」
その口から。と指先でぷっくりとした唇をなぞれば、ピクッと反応を示した深津はキュッと目を閉じた。
「松本。……っ!?」
好きだ。
深津の告白は松本のキスに飲み込まれてしまった。聞きたいと言ったくせに言わせないとはどういうことだ?ぱちりと目を開けると視界では唇に弧を描いた松本が。
「聞こえなかったからもう一回な」
「言わせなかったのはお前ピョン」
「キスしたくなったから仕方ねえだろ」
言いながらまた唇を重ねてくる。チュッとわざとらしく立てる音が静かな部屋に響けば、全身の熱が上がっていく。
……ンッま、つ
「これもオレしか知らねぇ深津?」
わかっているのにわざわざ聞いてくる松本が憎たらしい。深津は松本の背中に腕を回し軽く爪を立てた。
「松本……好きだ」
……言葉の威力ってすげぇな」
松本が深津の腰を引き寄せれば、質量を増した松本のそれがお腹にあたった。まさか言葉ひとつでそんなことになるなんて思ってもみなかった。
「松本!?」
「深津のせいだから責任とって、な?」
目を細めて深津を煽る。断るわけないよな?という自信に満ちた顔で。
そして深津は気づいたことがある。
松本は自分と一緒だととてもよく笑う。
その笑顔に何度となく心を乱されてきた。
「松本、わがままだピョン」
「姫に比べればかわいいもんだろ?」
今もまたペースを乱された深津は、“責任をとる”ために松本と唇を重ねた。