だ/成人済
2025-09-07 01:16:46
2695文字
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ぼくだけが知っている

(流血表現注意)




……っ、ディシー、さん……
……

鬱蒼とした森の中、道外れの茂みでディシーはちいさなヘンゼルの身体に覆いかぶさっていた。
ディシーの白い衣類や顔はヘンゼルの胸に広がる赤い液体にまみれている。
口元の液体を拭うディシー。苦しげに息を絞り出すヘンゼル。2人の耳に遠くから近づいてくる足音が聞こえる。

「わーーーーーーっ!?!?!?」

森に響き渡った悲鳴の主、グレーテルは2人の姿を認めると、一目散にヘンゼルに駆け寄った。

「へ、ヘンゼル!!!大丈夫!?」

無我夢中でディシーを突き飛ばし、ヘンゼルを庇うような姿勢で2人の間に割り入ったグレーテル。ヘンゼルの胸元に広がる赤色を直視できないまま怒りと恐怖がない混じった瞳でディシーを睨みつけた。

「ひどい、どうして、こんな……

ヘンゼルの身体に触れたグレーテルの手が赤く染まる。粘ついた感触にグレーテルは震えた。
こどものグレーテルには、どれほどの血液が身体から流れ出せば人は死ぬのかがわからない。唯一の肉親であるヘンゼルを失うことを想像した小さな胸は締め付けられ、目には涙が浮かんでくる。

「し、信じてたのに……子供を食べたりしないって言うから、ヘンゼルをあなたに任せても大丈夫だと思ったのに……!!!」
……

ディシーは何も言わず、グレーテルを見据える。
グレーテルはぐす、ぐす、と鼻をすすった。
大人の、しかも魔女のような強大な力を持つ生き物に非力な人間のこどもの自分が何かを言ったところで意にも介されないかもしれない。それでも言ってやらずにはいられなかった。

「ヘンゼルもあなたのことを信じてたのに、油断させておいて食べちゃうなんて、ひどい……!!!」

最後はほとんど泣き声のように言い放ち、グレーテルは止めどなく涙があふれる目を擦った。

「え、えっ、待って?グレーテル?」
「へ、ヘンゼルは黙ってて……!!!」
「で、でも、」
「怪我をしてるんだから、大人しくして……!!!」
……ぼく、怪我してないよ?」

………………えっ?」

ゆっくり顔を上げるグレーテル。
ヘンゼルは座ったまま上半身を起こし、「ほらね」と大きく両腕をひらいた。
その胸元は赤く染まってはいるが、よく見ると衣類が染まっているだけで身体が傷付いている様子はない。
きょとん、と首をかしげるグレーテルの頬に伝った涙をヘンゼルが袖で優しく拭いた。

「これ、血じゃないんだよ。熟れたザカリの実の果汁なんだ」
「か、果汁……?」
「そう。ディシーさんについてきてもらって、2人でザカリの実を収穫してたんだけど」

ヘンゼルが指差す方向には、傾斜のきつい斜面がある。ここから見てもわかるくらいたくさんの実がなっているが、こどもだけでは危ないので近寄らないよう言いつけられている場所だ。

「ぼくが足を滑らせちゃって……たくさんの実を抱えたままディシーさんにぶつかっちゃって、2人で斜面を転がり落ちて、こんな格好になっちゃった」
……ああ、そう……

グレーテルの頭の中で合点がいった。
もとはといえば森の中からヘンゼルの大きな悲鳴が聞こえて、何事かと思って駆け出してきたのだ。
そうしたら衝撃的な光景が目に飛び込んできて──。

「ディシーさんが受け止めてくれて、魔法で衝撃を和らげてくれたおかげで怪我をせずに済んだんだよ。ディシーさん、本当に本当にありがとうございました。」
……ふん」

ディシーはそれ以上は何も言わず、グレーテルは彼が何を思っているのか察することはできない。

「そうだったんだ……
「ぼくのこと心配してくれてありがとうね。」

ヘンゼルはにっこりと笑った。

「でも、ディシーさんはグレーテルが思っているよりずっとずっと優しいひとなんだよ。だからぼく、ディシーさんのことが大好きでずっとそばに居たいと思うんだ」

難しいことがよくわからないこどものグレーテルも、(ヘンゼルが心の底からディシーさんのことを信頼していることがすごくよくわかる笑顔だ)と思った。
その笑顔を見たグレーテルは、自分の勘違いでディシーを一方的に悪者呼ばわりしたことがことがとても申し訳なく、そしてそんな自分の子供っぽさをとても恥ずかしく感じた。

「デ、ディシー、さん……
……

グレーテルは恐る恐る、と言った様子でディシーの名を呼んだが、ディシーは何も言わずに立ち去ってしまった。
グレーテルの表情がさっと青ざめる。

「ど、どうしよう、すごく怒らせちゃった……
「怒らせちゃったねぇ……
「た、食べられちゃったり……
「そんなはずないよ、心配しすぎ。ぼくもついて行ってあげるから、一緒に謝りに行こうね」
……うん」

グレーテルは思わずヘンゼルに抱きついた。
「グレーテルの服が汚れちゃうよ?」と言いながら頭を撫でてくれるヘンゼルの手の優しさを感じながら、(生きていてくれて本当によかった)と心の中で安堵した。


***


「うわ、どうしたのそれ……
……

森の中、自宅に向かうディシーを目にしたラオは眉をひそめた。
白い衣類の胸元や袖口は大胆に赤く染まり、所々に土や草花の切れ端が付着している。長い衣類の裾を枝や何かに引っ掛けて切り裂いたような痕跡すらあり、無惨な姿としか例えようがなかった。
ラオは何も答えようとしないディシーの後ろをついて歩く。

「子供の頃でもそんなに服汚すことなかったでしょ、あ〜あ、どこほっつき歩いてきたらそうなるの?」
……あんたには関係ない」
……まぁいいけど。そのままなんてらしくないよね。汚したらその場で魔法使ってちょちょっと綺麗にしそうなもんだけど。どうしてだろうね?」
……うるさいな」
「ねぇ、なんで顔赤いの?風邪でもひいた?調子悪い?熱があるならあの薬草が」
「うるさい!!!もう!!!放っといてくれ!!!」


同じ頃、先を行くディシーになんとか追いついたヘンゼルとグレーテルだったが、ディシーの激昂する声が耳に届いてすっかり震え上がってしまっていた。

「ど、どうしよう……めちゃくちゃ怒ってるみたい……
「そうだねぇ……明日また出直そっか……


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■後日譚
(らくがき+SS)


■イラスト差分
(流血表現なし)