「ディシーさん、昨日はありがとうございました!」
「ディシーさん、昨日はごめんなさい
……」
玄関のドアが開くなり飛び込んできた香ばしい焼き菓子の香りと子供の声に、ディシーは内心ほっ、と胸を撫で下ろした。
「これ、昨日採ってきたザカリの実からとった砂糖で作ったクッキーです!」
「昨日のお礼と、お詫びに、2人で作りました
……!」
ディシーの目の前にクッキーの山が差し出される。
ちいさな身体をさらに縮こまらせているグレーテルは、昨日のことを気にしているのかすっかり元気をなくしている。かたや、ヘンゼルはいつにも増して元気な様子だ。きっと、珍しくグレーテルに『おにいちゃん』として頼られて張り切っているのだろう。
(なんてわかりやすい奴なんだ)心の中でそう呟いたディシーの口元には笑みがこぼれた。
「
……無事ならいい。怒ってもいない」
ディシーがそう声をかけると、グレーテルは「よかったぁ
……!」と小さく呟いた。
「ほらね、言ったでしょ。ディシーさんは優しいんだよ」
「うん!」
照れくさい子ども同士のやり取りは聞こえないふりを決め込み、ディシーはティーポットを手に取った。
ヘンゼルとグレーテルが得意とするボソボソのクッキーはそれだけではとても食べられたものではない(と、文句を言いつつ毎回残さず食べてやることが『優しい』と評される理由の一端となっていることをディシーは自覚していない)。
とぽとぽとカップに注がれる紅茶の湯気を胸に吸い込みながら、(今回ばかりはヘンゼルに救われた)とディシーは感じていた。
かたや子供のくせに異様に聡いところがあるグレーテル。かたや大人なのにやたらと大人げないところがあるディシー。グレーテルがディシーの反応を気にして声をかけられずにいると気付いていても、自分から「気にするな」などと声をかけてやれる性格ではないことを自分自身が一番よくわかっている。ヘンゼルの介入がなければ双方口をきく機会を得られないまま、わだかまりを残す結果となったに違いない。
他人に嫌悪されたり距離を取られるのには慣れているが、この森の住人達とはうまく付き合っていきたい──2人がこの森に訪れてから、こう考えるようになったことはディシーにとって自分自身が一番驚く変化、いわば「奇跡」と呼べるものだった。
ディシーがカップを持って振り向くと、ヘンゼルとグレーテルはまだ玄関の敷居を跨がずに立ち止まっている。
「何をしている。入らないのか?」
「それが
……その
……」
「今日はこれを渡しにきただけなので
……」
ごにょごにょと呟きながら目を見合わせる2人。普段はこちらが招き入れるよりも先に家の中に飛び込んでくるのだが、今日は何やら様子がおかしい。
わだかまりが解けたと安心した矢先、そうよそよそしい態度を取られることにディシーは内心うろたえながら2人に歩み寄った。
「あ、」
山盛りのクッキーに隠れてよく見えなかったが、ヘンゼルの服の胸元はザカリの実の果汁が染み付き赤黒く変色している。グレーテルの衣類も昨日ヘンゼルを抱えた時に果汁がついたのか、同じく身頃や袖に染みが広がっていた。
「あ、あんまり見ないでください
……!一応ちゃんと洗ったんです。でもきれいに落ちなくて」
「でもぼくたち、服をこれしか持っていないから
……、見苦しくて、ごめんなさい」
2人は揃って顔を赤くして俯いてしまった。真っ白で美しい衣類を身にまとったディシー前にしながら、薄汚れた身なりの自分たちを比較して急に恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。
「
……お礼だ」
ディシーの声が2人の耳に届くのと同時に、しゃらん、と美しい音色と優しい光に包まれる。
眩しさに一瞬目を瞑った2人が再び目を開けると、着ていた衣類についた染みはまるで最初から何もなかったかのように消え去っていた。
「
……ええっ!?」
「
……す、すごい!ディシーさん、ありがとうございます!」
「来い。お茶が冷める」
「はぁい♪」
「
……はい」
(昨日の"お礼"を持ってきたのはぼくたちなのに、ディシーさんは何の"お礼"をくれたんだろう
……?)
グレーテルの頭にはそんな疑問が浮かんでいたが。
「どうした?」
「早くおいでよ!」
「
……うん!」
あたたかいお茶の湯気と香ばしいクッキーの香り、そして2人の優しい眼差しを前にしては、そんな些細な疑問はどうでもよくなってしまうのだった。
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