【狡宜】サニーデイ・ビーチ/優しい眠りのなか

8/17、8/31に無料配布していただいていた小説です。お手に取ってくださった皆様ありがとうございました!
海を模したプールに行ったり、ホテルで過ごす狡噛と宜野座の話です。


優しい眠りのなか

 市民プールからホテルに場所を移し、そのままベッドになだれ込んだ後は、いつも通り狡噛とキスをしてセックスをして、そのまままぶたを閉じて彼に身を任せた。狡噛はそんな俺を抱き締めると何度か髪に口付け、そして力を抜いた手足をさすった。それがまるでぐずる子どもにするようだったので、俺は鼻を鳴らして彼の胸に髪をこすり付けた。そうすると何もかもが満ち足りて、市民プールで彼をからかったことだとか、セックスの最中に言わされた言葉なんかがどうでも良くなって、俺は何度かまばたきをして義手で狡噛の肌を探った。
「ギノ?」
 大昔からの愛称が耳に心地よい。もうその名を使って俺を呼ぶ者は彼以外にはおらず(佐々山も、縢ももういない)、だから俺はどういうわけか懐かしい気分になってまた瞳を閉じた。
「風呂に行くか? それとももう一回?」
「馬鹿、自分の年を考えろ」
 俺はわざとからかってくる恋人の胸を叩き、彼の足に自分のそれを絡めた。
セックスの後は、狡噛からは煙草や汗や精液に混じって、どこか甘い体臭がした。セックスの後にだけ香る匂いに、俺はめまいを覚える。若い頃からずっと、セックスの後にだけ鼻をかすめる匂い。恋人との甘い時間が眠りのそれに代わる前の、一瞬の感覚。
「腹は? ルームサービスでも取るか?」
 狡噛がまた俺をからかって、左手にはめたデバイスをいじる。でも俺はそれを断り、彼の額をはじいて狡噛にのしかかった。もう一度セックスをするのはやぶさかじゃなかったが、それでもこの年だ、若い時のように何度も求め合うことは出来ない。いや、こんな仕事についているんだ、体力には自信があったしそれは彼も変わらなかったのだけれども。
「プールでハンバーガーを食べたのに? お前の胃はどうなってるんだ? もう十代の身体じゃないんだぞ」
 彼の胸の上でそう言うと、狡噛はもう一度俺に口付けて、さっき運動したからなって馬鹿みたいなことを返した。俺はそれに思わず吹き出す。
お前はもう、自分がおじさんに区分されるってことを分かった方がいい。いつまでも気分だけ若くちゃあ、これから先入ってくるかもしれない後輩に笑われてしまうじゃないか。
「ギノ?」
 また狡噛が俺の名前を呼ぶ。それはどうして俺が笑ったのか分かっていない、そんな顔だった。
 狡噛をあやしながら、俺はデバイスの電源を入れる。でもそこに須郷からのコール履歴はなく、彼が無事仕事をやり遂げたことが分かった。セックスに夢中になっている最中も、幸いにも課長からの連絡はなかったし、このまま無事に休暇が終わるのだろうことに安堵した。
「こら、もう仕事に夢中か?」
 今度は狡噛が俺の額をはじく。俺の髪を撫でて、後ろで一つにくくった毛束をなぞって、そのまま首筋に手をやる。
「かまって欲しいのか?」
 俺がそう笑うと、狡噛は静かに頷いた。それがあまりにも流れるようだったので、俺はまた吹き出して彼の胸を叩いた。
「お前ってそういえば構われたがりだったな、忘れてたよ」
 俺は笑って狡噛の髪を撫で、デバイスの画面から目を離す。だがどういうことだろう、その時偶然俺たちのデバイスにコールがかかった。誰だ? と思って見てみれば、それは須郷からだった。俺たちは思わず顔を合わせる。また仕事だろうか? そういえば須郷は俺たちの手を借りてとある事件を解決したのだが、彼は今もその後片付けに奔走しているのかもしれない。でも、こんな時間に? デバイスが差す時刻は深夜だ。こんな時間まで働いていたとすれば少々可哀想なような気もするが。
「出るか? それともメッセージで答える?」
 狡噛が笑って言う。俺はそれに彼から身を離して枕を押し付け、ベッドの下に落ちたワイシャツを拾い上げ、それを羽織った。
「宜野座だ。どうした? 事件は解決したんだろう?」
「あら、私からのコールには出ないのに須郷の番号なら出るのね」
「え?」
 ウィンドウが映し出したのは、オフィスにいる課長だった。デバイスの電源は落としたが、発信機能はつけておいたし、課長からの連絡は分かるようにしていたはずだ。なのにどうして? 俺は考える。だがすぐに原因は分かった。隣でくつくつと笑っている狡噛だ。どうせセックスの最中に俺のデバイスをいじって、花城からの連絡すら分からないようにしたのだろう。
「狡噛、宜野座、くつろいでる最中に悪いけど仕事よ。休暇はおしまい。帰ってきてちょうだい」
「せっかくあんた気に入りのホテルに入り浸ってるのに?」
 俺の後ろから狡噛が顔を出し、デバイスを覗く。すると課長はため息をついて、緊急なのよ、と肩をすくめた。
「嫌になっちゃうけど、上からの命令なの。だからこれは私の一存じゃないわ。恨むなら上層部を恨むことね」
 課長はそう言うと、俺たちのデバイスに事件のファイルを送りつけた。俺たちはほとんど同時にそれを開き、そして息を呑んだ。
今日零時過ぎ、外務省の敷地内で損壊された身元不明遺体が発見される。行動課はテロの可能性も考えて捜査にあたること。なお、遺体には軍の認識票があったことから、今回は国防軍との合同捜査を念頭に置くこと。以下機密事項。その認識票は、ある反シビュラ組織に在籍した男に繋がっている――
「どう、読んだ? 胃が痛い事件でしょう? 少しでも間違えば、また公安局が乗り込んでくるわよ」
「そりゃあそうだろう、反シビュラ組織と繋がってるんだから……
 だから仕方がないだろう、俺はそうつぶやいたが、その声は狡噛の低く響くそれにかき消されてしまった。彼はいつの間にかジャケットを着込み、もう拳銃もホルスターに差し込んでいる。
「でも、今は伏せておくんだろう? 公安局には」
「そうね、新しい局長が気づくまではね。今はあっちも忙しいでしょうから、腹芸は任せて。……ふふ、あの子きっと自分が局長に任命されると思ってたわよ。それってすっごく面白いじゃない?」
 上昇志向の強い霜月を揶揄して課長が言う。俺はそれにかつての上司を気の毒に思って、でもそれ以上にシャワーも浴びずに仕事場に戻る自分たちを哀れに思った。本当なら、俺たちはあのままゆったりと過ごし、朝まで抱き合っているはずだった。それが今はかなわぬ話となってしまったのだから、恨み言の一つくらい出そうなものだが、不思議と俺は事件に高揚している自分に気づいた。犬はどこまでも犬ってことか。俺はそう自嘲し、ワイシャツにネクタイを通す。
「さぁ、仕事仕事。言っておくけどね、私の方が可哀想よ。あなた達も知ってるでしょうけど、須郷の監督で数日は寝てないんだから。だから私のお気に入りのホテルに入り浸って、呑気に楽しんでたあなた達よりずっと可哀想」
 花城はまるで俺たちの全てを知っているように笑い、そしてデバイスの電源を落とした。俺はそれにため息をつき、ショルダーホルスターを身につけ銃を差した。
「なぁ、これで休暇はおしまいなんだ。最後にさ……
 狡噛がまるで眠りに入る前のような顔をして、優しい眠りに入る前のような顔をして、俺と唇を重ねる。確かに、仕事が戻ってきちゃあ何が起こるか分からない。もしかしたら俺たちは別々の場所で命を落とすかもしれないし、おまけに今回は反シビュラ組織が関わってると来てる。それ相応の対応が求められるだろう。それに国防軍とも、公安局とも連携せねばならないかもしれなかった。
 でも、それはこれから先の話だ。俺たちはまだ、甘い時間の薄っぺらい端っこにいる。優しい眠りのその縁にいる。まだあやふやな、愛おしい時間の中にいる。
 俺は狡噛の唇を求め、そして肩を叩く。そろそろ仕事に戻るぞって、セックスの最中は彼の指が這った手のひらで、愛おしい男の肩を叩く。
「さぁ、仕事だ狡噛」
「昔から思ってたけどさ、お前ってワーカーホリックだぜ、ギノ」
 狡噛が笑い、俺たちは完璧に服を着る。そして完璧に整えられた花城気に入りのホテルの廊下を歩く。
 休暇の最後の日は不完全に終わってしまったが、それでだって俺たちは、思い合っていた。さっき通達があった事件で何が起こったって、俺たちは変わらないだろう。それくらいは、お互いに信頼し合っていた。
 望んでいた優しい眠りは遠のいたが、今回の事件を解決したら花城にねだって、またここに来ればいい。それか、もっとふさわしい場所で交わるか。そうしたら、今度は俺がさっきの狡噛、お前よりもずと愛してやるから。だからそれを期待して、せいぜい働くことだな、狡噛。どうぞ俺のために。


◆感想いただけると嬉しいです!
https://wavebox.me/wave/xfx46a4nqxkbgstr/