永遠に続く道の果て1

エムルク/捏造未来

⚠️リッチダムルート、ルークの死後の話です。ほぼ全て捏造です。
転生?ルークとエムリックの話なので、なんだこれはNTRか?
私にも判別がつかないので自己責任でお願いします。ハッピーエンド予定です!
書いてる本人は超楽しんで書いてます!



・・・



「最近、老眼で困る」

 魔道書を手に愚痴る恋人を見やり、エムリックはうなずいた。気持ちはよくわかる。エムリックも昔、少しずつ文字が見えにくくなって困ったものだった。
 記念公園を見下ろすバルコニーは彼らの逢瀬によく使われていた。籐椅子を二脚と、食事を置くためのテーブルが一卓。エムリックは飲食をしないがルークが何かを食べたり飲んだりするのを見るのが好きで、わざわざ持ち込んだのである。今日も紅茶とクッキーが並び、ルークは菓子をひとつまみしたり紅茶をすすっていた。

「机の引き出しに眼鏡が入っていたはずだ。使ってみるといい」
「ああ、ありがとうエムリック」

 にこやかに礼を言うルークの頬と目尻に浮かぶ、深い笑い皺がとても愛おしい。彼がよく笑い、健やかでいる証拠だ。それに彼を包むオーラは、いまだにエムリックを強く惹きつける。
 リッチダムになればもうルークに会えなくなるかもしれない、と恐怖していたことがとても遠い過去のことに思える。実際はたったの二十年ほど前に過ぎないのだが、当時からルークに関するありとあらゆる物事がエムリックにとって悩みの種だった。そんなエムリックの不安をルークはいつだって解決して、安心させてくれた。とはいえ、いま抱えている悩みはもう解決しようがないものだが。
 当然だがルークは年をとった。黒々としていた髪には白髪が混じり、なんと顎髭まで生えている。少年らしさは消え去ったが、代わりにとても貫禄のある男性になっていた。
 そう、ルークは年老いていく。それがエムリックが乗り越えねばならぬ不安と悩みであり、避けられない苦しみの元だった。
 まじまじと見つめられていることに気づいたのか、ルークは本を閉じ、エムリックの燃えさかる瞳に微笑みかけた。

「今の俺って、エムリックからどう見えてるんだ?」

 いろいろな賞賛の言葉がエムリックのなかで渦巻いた。青く燃えさかる命の炎は触れたくなるほど美しいし、人体の美しさも衰えるどころか年々磨きがかかっているように思える。

「お前は変わらず美しい」

 結局、言葉として出たのは素朴かつ単調なものだった。それで充分伝わるだろうと思ったのと、どれほど着飾った言葉を紡いでも根本的にはその一言にすべて帰結すると思ったからだ。
 ルークは照れくさそうに笑った。

「ありがとう。エムリックも相変わらずきれいだ」
「ルーク」

 一歩、二歩とエムリックは距離を縮めると、そっとルークに自身のむき出しの上顎骨を押し当てた。生きていた頃とは違う、痺れるような流れが弾ける。ルークのかさついた唇が愛情を込めて触れてくるたびに、エムリックは世界が明るく色づいていくのを見て取った。
 去りゆくものを見送るのも、確かにリッチダムの務めだろう。だが、過去を強く記憶しておくこともまた、自身にできることではないかとエムリックは思った。



 ・・・



 授業は退屈だと友人たちは口を揃えて言う。
 ルークは教本を広げ、教師が淡々と礼節と精神の結びつきについて話すのを傾聴していた。勉学を受けさせてくれるだけでもありがたいのに、教師が軒並み一流のモーンウォッチャーだなんて本当にすごいことだ。ネヴァラに生まれてよかったとすら思う。まあ、贅沢を言えば、孤児でなければもっとよかったのだが。
(別にヴォルゴスが嫌ってわけじゃないけど)
 養父の霧がかった姿を思い浮かべ、ルークは内心で苦笑する。物心つく前に拾われたせいか、ルークはつい最近までヴォルゴスが変だとか、彼の喋り方が物々しいなんてことにまったく気づいていなかった。いまはできるだけ友人たちに合わせた喋り方をしているが、どうしても素が出ると「ちいちゃなヴォルゴス」に戻ってしまう。十五歳じゃなくて六十五歳みたいな話し方だね、とからかわれることもしばしばである。
 とはいえヴォルゴスは大好きだ。そもそも、大共同墓地に捨てられていたルークを拾ってくれたのは骸骨姿のアンデッドなのだ。あの時生まれて初めて、誰かに大切そうに抱き上げられたのである。まだ禄に物がわからない子供を、そのアンデッドは「ルーク」と呼んだ。子供は自分の名前はルークなのだと認識し、いまでもそう名乗っている。
 ヴォルゴスもアンデッドなのかどうかはわからないが、肉体を手放した存在や死者に対してルークが親近感を抱くのは、そういった周囲の存在のおかげだろう。見習いモーンウォッチャーとしては良い資質だともいえる。
 ふと、視線を感じてルークは後方を振り返った。教室の隅、暗闇がわだかまっているところに誰かが立っている。一瞬、頭部が骸骨に見えてルークはぎょっとした。瞬いてもう一度よく見ると、なんてことはない、陰鬱な老齢の男の顔がそこにあった。
 新しい教師だろうか。大共同墓地で育ったため古参のウォッチャーのほぼ全員をルークは知っていたが、彼は初めて見る人だった。それになんて立派で古風で豪華なローブだろう。まるで首から下は骨しかないような……斬新なデザインである。
 じろじろ見過ぎたせいか男が教師ではなく自分を見ている気がして、ルークは慌てて前を向いた。授業はそのまま起伏なく進み、終業のベルが鳴ってふたたび振り返った時には、もう誰も立ってはいなかった。





「それ、教授の幽霊だよ!」

 昼食を摂りながら先ほどのことを話すと、ベララは興奮した面持ちでそう叫んだ。彼女の隣で静かにレーズンサンドを食べていた少年は呆れた顔をし、驚いているルークに「幽霊なんていないのにね」とささやいた。

「シリアン、幽霊はいるの!だってルーク以外にも見たって人がいるもの」
「外部の人がたまたま教室に入ってきただけじゃないかな。ルークもそう思うだろ?」
「えーっと、教授の幽霊ってなんだ?」

 エルフの姉弟は顔を見あわせ、ルークが世間知らずだと思い出した。入学するまで墓地に入り浸っていたというこの学友は、あまりにも世情に疎い。学生なら知っている学校の不可思議話も一切聞いたことがないらしく、いまも困ったようにふたりを見ている。

「教室に年老いたウォッチャーが現れて授業を聞いてると思ったら、いつの間にか消えてるって話。昔からあるらしくて、あたしはママから聞いた」
「悪い子のところには教授の幽霊が来てさらわれるとか言われてたよね。幽霊がクローゼットから出てくるかもって姉さんがよく怯えてた」
「シリアン!やめて」

 恥ずかしがるベララにルークは首をかしげた。

「でもなんでその人が教授ってわかるんだ?」
「ああ、実は昔教師をしていた人にそっくりだったらしい。ほら、ヴェイルの戦いで活躍した人だよ。肖像画が三階の廊下にかかってるからルークも見たことはあると思うけど」
「あんまり覚えてないな」

 ヴェイルの戦いといえば、竜の時代に起こった大事件のことだ。後年ヴェイルの守護者と呼ばれた人々のなかにネヴァラのモーンウォッチャーもいた気がする。歴史はあまり興味がなかったが、もしその肖像画があの老人にそっくりだとしたら――精霊かなにかだろうか。それにしてはずいぶんはっきりと見えたが。
 しかもものすごく驚いていた。そう見えただけかもしれないが、すくなくとも子供部屋のクローゼットから現れて子供をさらっていくようには見えなかった。あの驚きっぷりときたら、悲しみに暮れながら葬式に参列していたら棺のなかから故人が起き上がって、来てくれてありがとう!と言われでもしたようだった。でもいったい、何にそんなに驚いていたのだろう。
 気になってきた。

「あとで三階まで見に行ってみるよ」
「わあ!本当に教授だったか教えてね」
「わかった」

 そのあとは姉弟が最近かかりきりになっている遺物の話になり、食事は楽しく終わった。
 午後からの授業がなかったのでルークはひとりで三階まで足を運ぶことにした。が、目当ての場所に誰かが先にいて、しかも絵を取り外しているのを見つけてしまった。
 見上げるほど背の高い男で、指揮者が指揮棒を振るように手を優美に動かして絵を浮かせている。魔法で絵を取り外しするなんて、ずいぶんと横着な人だ。

「申し訳ありません。その絵を見せていただいてもよろしいでしょうか」

 ルークが声をかけると、男は大げさなほど肩をびくつかせて振り返った。
 黒い髪に、ぱっちりとしたヘーゼルの瞳が印象的な男だ。きれいに整えられた口ひげは彼の神経質そうな雰囲気を上手くやわらげている。歳は三十半ばくらいだろうか。派手なピンクと緑色のコートを着ているにもかかわらず、上品に見える。他の人が彼のコートを着れば死体花の仮装にでもなりそうだ。
 男は目を丸くしてルークを見つめ、自分が魔法を使っている最中だとようやく思い出して視線を逸らした。額が傾いて空中でくるくると回っている。

「あ、ああ、絵を見たいんだったな、少し待ってくれ」

 さっと手を振ると肖像画が着地し、ルークが見やすいようにと壁にもたせかけられた。のぞき込むまでもなく、そこに絵描かれているのは教室にいた老人だった。気難しそうで、こちらへ向ける目線は暗い。ものすごく陰気な絵だ。
 教室で見たのは絵の人物だったとベララが聞いたら、興奮しすぎて大変なことになりそうだ。それに自分もなんだかわくわくしてきた。論文のテーマにどうだろう。精霊、もしくは幽霊も授業を受けるのかとか。あとで先生に相談してみよう。
 男は不安そうに絵とルークを交互に見やり「似ている」と思わずといったふうにつぶやいた。ルークが薄紫の目を向けると、彼は慌てた様子で自身の口を手で覆った。大の男のかわいらしい仕草にルークは思わず笑ってしまう。ルークが笑ったのを見て男はあからさまに安堵し、ぎこちなく笑みを浮かべた。

「すまない」
「別に誰かに似てるって言われても怒りませんよ。それより、絵を移動させるんですか?」
「保管庫へ移すんだ」
「へえ」
……ここの生徒なのか?」

 変なことを聞く人だなとルークは思った。どこからどう見ても生徒にしか見えないだろうに。
 そうだと答えると、男はうなずき、少し首をかしげてルークを眺めた。

「授業は楽しいか?」
「ええ、すごく」
「それはよかった」
「あなたは」

 誰ですか、何者ですか、教員じゃないですよねと質問が喉元まで出かかって止まる。誰何すればこの男が去ってしまう気がして、ルークは喉元まで出かかっていた質問を咄嗟に変えた。

「えっと、お名前は?」
「私は――ルパートだ」
「俺はルークです。ルーク・インゲルヴァー。見習いウォッチャーです」
「ルーク?まさか、ヴォルゴスが名付けたのか」

 ルパートと名乗った男は、複雑そうな顔をしてそう言った。ヴォルゴスの名が出てきたことでルークは安心し(なぜなら彼を知っているのは大半が安全なモルタリタシだからだ)自分がヴォルゴスの養子だと説明する。共同墓地でアンデッドに拾われたちいさな魔道士だと言えば案の定、ルパートも思い当たるところがあったようで、じっとルークを見つめて「大きくなったな」と言った。
 しかしこの男、やたらと見つめてくる。
 あまり注目を集め慣れていないルークは赤面し、それでもまだこの人と話をしていたいと思った。不思議なことだが、ルークはルパートが昔からの知り合いのような気がしていたのだ。なにか話題はないかと思っていると、ルパートの方から話を続けてきた。

「どうしてこの絵を見たかったんだ?」
「授業中に幽霊を見たんです。友人がエムリック教授の幽霊ではないかと教えてくれたので、その確認に」
「それはつまり、精霊が故人の残響を再現したというわけではなく、この絵の者の魂が戻ったと思ったということか。いいかね、生徒たちが噂するような幽霊なんて存在は非現実的なものだ。物語の吸血鬼がコウモリに変身して空を飛ぶのと同じだ。渇望の精霊と結合しても人は空を飛べない」
「でも確かにこの人でした。もっと優しそうでしたけど」

 もう一度改めて絵を眺める。暗がりに立っていたがこの男に違いない。
 不意になにか繋がりを感じて、ルークはルパートとエムリック教授を見比べた。なるほど、骨格が似ている。彼があと二十歳ほど歳を取って陽気さをドブに捨てれば、この絵の人物と瓜二つになりそうだ。
 肖像画の人に似ていますね、と言われたら屈辱的に感じるだろうか。ルークならなんとも思わないが、洒落た男が言われれば侮辱と受け取るかもしれない。言わないでおこう。
 ルパートはやや気取った仕草で長い杖を傾け、絵を白い布でくるんでしまった。

「あまり勉学と関係のないことに時間を割くべきではないな」
……そうですね。見せてくださってありがとうございました。俺はもう行かないと。ルパートさん、失礼します」

 他の生徒たちと違って、ルークは入学する前から見習いモーンウォッチャーとして訓練を受けていた。午後の授業がない日は大抵、共同墓地での職務がある。だがそのことを煩わしいと感じたことは一度もなかった。墓地で過ごす時間は心が落ち着くし、魔法の技術も磨ける。良いことずくめだ。
 もちろん友人たちと街をぶらつくのも楽しいが、時々、自分が彼らとまったく違う異質な存在なのではないかと思ってしまうことがあった。それが悲しくて、つい墓地の掃除ばかりしてしまうのだ。
 鞄のショルダーベルトを握りしめ、ルークは踵を返した。

「ルーク」

 呼び止められ振り返ると、ルパートは少しためらいながらも歩み寄ってきた。

「幽霊が気になるなら、一緒に探してみるか?」
「勉学と関係ないですよ」
「ああ、だが幽霊の正体はいまだに複雑な議論のまとだ。ヴェイルに関する考証と同じくらい複雑だ。もしお前がよければ――

 一瞬の間のあと、ルークは首が取れそうなくらいうなずく。

「是非」
「そうか。では、また明日同じ時間にこの場所で会おう。それでいいかな?」
「はい、そうしましょう。それじゃあ、また明日!」

 にこっと笑ったルパートを見て、絵のなかの人とはやっぱり似てないかもな、とルークは考えを改めた。



 ・・・



 エムリックは自身の肖像画を手にしばし逡巡し、結局は当初の予定通り焼却しようと決めた。残していてもなんの益もない。
 老屍術師が手を振ると、白布に包まれた絵は瞬く間に緑の炎になぶられ、音も立てずに灰となって積もった。残った灰も、共同墓地に吹きすさぶ、肌を刺す風に散らされて消え失せる。もう誰も、教室に現れる幽霊がエムリック・ヴォルカリン教授だと突き止めることはできないだろう。
 しかし、取り外す前にあの少年に見られてしまったのは誤算だった。よりにもよって、姿を見ていた少年に。
 偶然立ち寄った教室で生徒に見つかってしまうということは時たまあったが、あれほどしっかりと姿を見られてしまったのはおそらく初めてのことだった。いつもなら見つかってもすぐに退出したのだが、今日はまじまじと相手を見てしまった。こちらが見ている分、向こうも見ているのだと気づいたエムリックは、念のために肖像画を処分しようと思ったのだ。
 不注意になったのは、少年がかつての恋人に生き写しだったせいかもしれない。そのせいで必要以上に見つめてしまった。見た目が似ているだけとはいえ、ルークはあまりにもエムリックにとって特別な容姿をしていた。亡き最愛の人と初めて出逢った頃を思い出させる幼い姿は、エムリックの失われた鼓動を呼び戻したのである。
 それに、あの子を拾ったのは自分だ。
 すっかり忘れていたが十年ほど前に、共同墓地でとても痩せた男の子を拾ったのだ。あの時、エムリックは衝動的に子供を自分の元に置いておこうかと思った。寂寥の慰めくらいにはなるだろうと、傲慢にもそう考えたのである。
 しかし、燃えさかる炎の目をした骸骨を前にしても、子供は怯えを見せなかった。それどころか腕のなかで嬉しそうに笑ったのだ。その笑顔を見るうちに、なんとか踏みとどまってヴォルゴスの元へ送り届けたのである。
 痩せて汚れた野良猫のようだったのに、ずいぶんと元気に成長していた。しかもルークなんて名前までつけられて。ヴォルゴスがじきじきに養子にとるとは思ってもみなかったが、彼もあの子供に「ルーク」の面影を見たのだろうか。
 エムリックはいくつか花を手折り、目当ての墓標へと近づいた。
――ウォッチャーは死後も汝らを見守る、と書かれている。供えてあった花を抜き、先ほど摘んだばかりの花に入れ替える。香が尽きぬようにと灰を掻き、新しいものを入れて、エムリックはそっと墓石に触れた。

「また明日、か」

 そんな言葉を交わすのはいつぶりだろう。百年か、二百年か。それともまだ二十年ほどしか経っていないのか?リッチダムになってから、あまりにも時の感覚が鈍くなっている。
 せめて愛しい人の魂を呼び戻せればいいのに。
 当時のエムリックは彼がリッチダムにならないと宣言しても、さほど慌てなかった。死後に呼び戻して話ができると思っていたからだ。だが、蓋を開けてみれば恋人は永遠に戻らず、エムリックは完全に取り残されてしまった。
 この墓所に遺骨は納められていない。エムリックの元にはわずかな遺品と、小さな壺に入った遺灰だけが残った。彼は最期に多くの人を救ったようだが詳しい話を聞く気にはなれず、いまもエムリックは愛する人の最期の足跡を紐解いていない。ネヴァラから、エムリックの元から離れないように閉じ込めればよかったとそればかり考えてしまう。
 ただ、彼は死別の数年前から幾度も繰り返し、ある言葉をエムリックに伝えていた。

(この先離ればなれになってもいつかきっとお前の元に戻ってくる。だからその時まで待っていてくれ)

 その言葉を支えに何度も遺灰へ死者の囁きを行ったが、いまではもう試すことすらしていない。花を取り替え、香を足し、たまに墓石へ話しかけるだけの日々だ。

「ルーク、やっと戻ってきてくれたのか?それとも、あの子はお前ではないのか?」

 冷たい石はなにも答えず、風だけが悲しげに鳴いている。
 エムリックは立ち上がると頭を垂れ、やがて静かに立ち去った。




つづく。
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