y00black
2025-08-30 11:02:20
3169文字
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世界一すてきな女の子(後)

https://privatter.me/page/67e13f0e8e341 の続き。他作品のモブの名前がちらっと出ます。

立ち止まったゼノは前かがみになって膝に手をつくと、何度か大きく深呼吸した。勢いをつけて身体を起こし、さっきまでの焦った様子が噓のように落ち着いた声で言った。
「やあ、スタンリー。彼女にどういうご用件かな」
スタンリーと呼ばれた男の子は、私の方をちらりと見た。私は目をそらしてゼノに答えた。
「今、この子に口説かれてたの」
ゼノの落ち着いた素振りが一瞬で剥がれ落ちた。愕然と口を開いて、私とスタンリーを交互に見ている。
「私の目が、すごくきれいなんだって」
挑発するように笑って見せると、ゼノの鋭い視線がスタンリーに向けられる。その表情は嫉妬だろうか。だとしたら、どちらに対する?
……スタン、僕の大切な友人をからかうな」
「からかってねえよ」
スタンリーはにやりと笑った。さっきの哀しい微笑みとは違う、わざとらしい笑顔。
「あんたの彼女が尻軽じゃねえか、確かめただけ」
スタンリーは数歩でゼノに近づいて、肩をぱしんと大仰にはたいた。ゼノが一歩よろめくと、ははっと短く笑う。
「気が強えけどいい子じゃん、大事にしなよ」
そう言うと、手をひらひらと振りながら歩き去ってしまった。後には私と泣きそうな顔のゼノが残された。

「ゼノ、あの子、知り合い?」
沈黙に耐えかねて、口を開いたのは私だった。
……ああ、幼なじみだよ」
幼なじみ。ゼノにそんな存在がいるなんて、今まで想像もしなかった。同年代の友だちは、私一人だと思っていた。

「アイスクリームショップで、あの子のこと見てたの?」
だから、私がいなくなっても気づかなかった?とは口にしなかった。
……ああ、偶然だったから、驚いて」
噓だ、たまたま幼なじみに会ったとか、そんな驚き方じゃなかった。まるで、勝手に目が吸い寄せられて、自分の意志では視線を剥がせないみたいな。

……あの子のこと、好きなの」
声が震える。いやだ、泣きたくない。ゼノは狼狽えたように答えた。
「ああ、友人として」
「じゃあ、私のことは?」
「好き、だよ、きみは非常に聡明でエレガントで、話していると新しい知見が」
「そうじゃなくて。女の子として、恋愛対象として、好き?」
問い詰めるような口調になっているのが自分でも分かる。こんなこと言いたいわけじゃないのに。
……わからない」
ゼノは途方に暮れたように言った。眉が情けなく下がっている。まるで5歳かそこらの迷子みたいだ。ふいに、胸の奥から笑いがこみあげてきた。
「ふふ、ゼノにも分からないこと、あるんだ」
物理学でも数学でも、およそ分からないことなんてないゼノが。
「じゃあ、いつもの調子で、定義や測定法を考えてみたら?」
ゼノは眉間にしわを寄せ、いつもの癖で指をクロスした。
「人間の感情なら、心拍数の上昇や皮膚電位反応、ドーパミンやオキシトシンの分泌量などで測定できるのでは?」
「そうね、MRIで脳の活動パターンを調べるって方法もある。でも、もっと簡単な方法があるわ」
きょとんとしたゼノの顔を覗き込む。
「ゼノ、私にキスできる?」
「えっ」
ゼノの肩がびくんと跳ねた。私は目を閉じて秒数を数えた。

きっちり30秒待って目を開けると、ゼノは真っ赤な顔を手で覆った。
……できない」
「答え、出たじゃない」
私は微笑んだ。たぶん、さっきのスタンリーみたいな微笑みだ。
「私はゼノに、キスできるよ」
そう言うと、ゼノは驚いたように顔を上げた。私はちょっと背伸びをして、ゼノのまんまるな額にそっと口づけた。
「ほらね」
びっくりして固まっているゼノに、もう一度笑いかける。
「じゃあ、次は対照実験。同じこと、あの子と試してみて。実験結果は、明日聞かせてね」
そこまで一気に言うと、くるりと背を向けて走り出す。
「あ、ああ、また明日」
背後から、おずおずとした声が聞こえてきた。胸の奥から、本当の笑いがこみ上げる。明日もゼノに会える。私をかわいいと思ってくれる男の子じゃなく、恋バナもできる弟みたいな友だちとして。

   ◇   ◇   ◇

静かな波音と葉擦れが、小さな木造小屋の外から聞こえてくる。合間に聞こえる虫の音は聞き慣れないものだったが、昆虫の分布については専門外だ。私は自分の専門分野である、素朴な天体望遠鏡を覗き込んだ。
「わぁ……思ったより鮮明ね」
小さく歓声を上げると、傍らでゼノが解説してくれた。
「復活して間もない頃、ここの村人と復活者が協力して作ったものらしい。外観は当時のままに残してあるが、その後も改良は重ねられているんだ」
「村人って、宇宙飛行士の子孫でしょ?さすがだわ。……ゼノは天文台、自分で作らなかったの?」
「もちろん作ったとも。しかし、しばらく留守にしている間に、行儀の悪い間借人たちが爆破してしまってね」
「あらそう」
ゼノの話を聞き流しながら、私は天体望遠鏡から見える光景に心を奪われていた。光害も大気汚染も消え失せた夜空は澄み切って、さほど倍率の高くない望遠鏡でもCGのように鮮明な天体が観察できた。
「ああ、やっぱり固有運動で星座の形が変わってる。おおぐま座のミザールは位置がずれてるし、オリオン座のベルトも間延びしてない?たった3700年でも、こんなに変わるのね」
人類の石化に伴う文明の消失は確かに取り返しのつかない損失だけど、数千年単位の天体変化を観測できるのは天文学者にとって最高の体験だ。
「ああ、でもベテルギウスの超新星爆発はまだみたいね……できればもう一度石化して、爆発しそうになったら起こしてほしいんだけど」
「やれやれ、きみは相変わらずだね」
ゼノが苦笑する気配がして、我に返って顔を上げた。石化前には1歳下の弟みたいな存在だったが、今や一回り以上も年上になっている。それでも、丸みを帯びた額とあどけない顔立ちは変わらない。
「失礼しましたDr.ゼノ。つい夢中になってしまって」
「構わないよ、Dr.ヴィディヤ。見てもらうために呼んだんだ。マウナケア再建の参考になりそうかな?」
「ええ、それはもう。イータ・カリーナの超新星爆発までには、きっと再建できます」
「その天文学ジョークは笑えないな」

3700年あまり前、私はハワイのマウナケア天文台で石化光線を浴びた。2ヶ月前に復活し、現在はその再建プロジェクトに参加している。ゼノはそのプロジェクトの技術顧問兼スポンサーで、私の雇用主だ。
「僕が集めたプロジェクトメンバーとは、上手くやれそうかな?」
「んなわけないじゃない」
思わず吐き捨ててから、あわてて言い直す。
「その、人間的に課題の多い研究者が多くて。特にDr.シュマックとか……
「そうかい?彼は成人女性に対してなら無害だと思っていたが」
「え、それどういう意味?」
また気安い口調が出てしまい、ため息をついて雇用主に対する口調を放擲した。
「どうしてあんな頭の固い年寄りたちを復活させたのよ、話の早い若手研究者だけ復活させてくれればもっと順調なのに」
「はは、きみと同じことを考えた復活者が早期にいたよ。今は考えを改めているようだがね」
ゼノは窓から下をちらりと見た。
「今日はそろそろ帰ろうか。近くに宿を用意してある」
ゼノはこっちを向いて、いたずらっぽくウィンクした。
「ほら、僕の専属パイロットがあそこで待っている。スタンは今でも、きみにだけはひどく妬くんだ」
「あら、光栄ね」
高床式の小屋から降りる私を、ゼノが紳士らしくエスコートしてくれた。私は小屋の下の暗がりで、じりじりしながら待っているであろうスタンリー・スナイダーの方に微笑みを向ける。

そう、私はヴィディヤ・ナラヤナン。かのゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドとデートした唯一の女性よ。