y00black
2025-03-24 20:16:30
2780文字
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世界一すてきな女の子(前)

ゼノとデートするモブ女子の話。スタゼノです。

彼と初めて会ったのは、講義室の前の廊下だった。周りを歩く学生たちより頭一つ低い、大仰なバックパックを背負った後ろ姿。すぐに「同類」だって分かって、私は思わず駆け出した。
「ハロー、あなたも飛び級?」
追い越しざまに振り向いて、同じ高さの顔を覗き込む。額と頬は丸みを帯びていて、私よりちょっと年下みたい。プラチナブロンドの髪に不似合いな、私と同じ真っ黒な瞳がまっすぐに見つめ返してきた。
「やあ、きみは新入生かな」
赤ちゃんみたいな顔からは想像もつかないほど落ち着いた口調で、その男の子は言った。
「ええ、ヴィディヤ・ナラヤナン、理学部1年よ」
私が自己紹介と同時に手を差し出すと、男の子はちょっと迷ってから手を出した。
「ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド、工学部4年だ」
「4年!?」
私が大声をあげると、ゼノと名乗った男の子は差し出した手を引っ込めて肩をすくめた。
……新入生かと思った」
「それは毎年言われるよ」
「え、今何歳?私より年下よね?」
「10歳で入学して、もうすぐ14歳だ」
10歳!また叫びそうになるのを何とか抑える。10歳なんて、私まだ高校に入ったばっかりだったのに。
……私だって、学力では大学入学相当だったんだけど」
小学校の幼稚な授業に耐えられず、親を説得して入った高校も楽しい場所じゃなかった。こんな子どもも通っているなら、もっと早く大学に来たってよかったのに。
「ローティーンがキャンパスで単独行動するのは危ないって、うちの親が」
「そうだね、親御さんは正しい。僕も何度か危険な目に遭ったよ、自衛用の武器を作っていたので助かったけどね」
「武器?」
「ああ、見るかい?」
ゼノは黒い瞳をきらりと輝かせると、背負っていたバックパックを下ろして剣吞な中身を見せてくれた。

ゼノとはすぐに仲良くなった。同年代でバカじゃない男の子を見るのは初めてだったけど、大学に通う年上の学生たちよりもゼノは賢かった。おまけにユーモアがあって礼儀正しい。こんな男の子が現実にいるなんて思わなかった。
子どもの頃から家族や同級生に「女の子が賢すぎるとかわいげがない」って何度も言われてきた。そのたびに「私が賢すぎるんじゃなくて、周りがバカすぎるのよ」って言い返してきたけれど、ほんとはちょっと不安だったんだ。このまま誰からも好かれないんじゃないかって。でも、私より賢い男の子だったら、私をかわいいと思ってくれるんじゃない?

「ねえ、ゼノってガールフレンドはいないの?」
大学の図書館で宇宙物理学の本を探しながら、私はゼノに問いかけた。ゼノは人差し指を口にあててから、耳もとに唇を寄せてささやいた。
「いないよ」
いつも話してはいるけれど、こんなに近づくのは初めてだ。耳に息がかかって、ちょっとドキドキする。仕返しに、私もゼノの耳に唇を近づけた。
「じゃあ、私とデートしない?」
「デート?」
きょとんとした顔で聞き返すゼノは普段よりも子どもっぽくて、さっきまで物理学の教授に反論していた生意気な大学生にはとても見えない。
「デートって、具体的には何をするんだい」
「何でもいいのよ、二人で一緒に出かけるならどこでも」
ゼノの瞳に好奇心がひらめくのを見て、笑いを抑えきれなくなった。
「ふふ、私にも、ゼノに教えられることがあるみたいね。じゃあ、この調べものが終わったら、アイスクリームショップに行きましょうよ」

 大学から少し離れたところにあるアイスクリームショップは、フレーバーが多いと評判だった。店の前には女の子やカップルが列をつくっている。その最後尾に並んで、私はゼノに尋ねた。
「ねえ、ゼノはどんなアイスクリームフレーバーが好きなの?」
ゼノは答えなかった。こっちを向きもしないで、前方の一点を見つめている。その視線の先には、一組のカップルがいた。キャップをかぶった男の子と、くるくる跳ねるキャラメル色の髪をした女の子。男の子の腕に抱きついて、甘えたように話しかけている横顔はうっすらと赤らんでいる。まるでストロベリークリームみたいな色の肌に、薄いそばかすが浮いていた。

――ゼノ、ああいう女の子が好きなんだ。

私はうつむいた。無意識に撫でつけた黒髪が、妙に重たい。私は一歩後ずさって、ちらりとゼノを見た。ゼノはカップルを見つめたまま、私に気づきもしなかった。そのままくるりと背を向けて、私はその場から走り去った。

息が切れるほど走ってから、やっと足を緩めた。後ろからぱたぱたと足音が聞こえて、思わず振り返る。そこにいたのはゼノじゃなかった。見たこともない男の子だ。がっかりして向き直ると、男の子は軽く息を弾ませながら隣に並んで歩き始めた。
「なあ、こっち見てよ」
たまに一人で街を歩くと、すぐにこういう手合いが寄ってくる。だから男の子なんて大嫌い。ゼノとは大違いだ。
「彼氏が追っかけて来ねえから拗ねてんの?」
そう言われて、思わず隣を向いてしまった。よく見ると、男の子のかぶっているキャップに見覚えがある。さっきアイスクリームショップで、キャラメル色の髪をした女の子と一緒にいた子だ。男の子はにやりと白い歯を見せた。
「つめてえよな、あんなやつやめとけよ」
「あなたこそ、彼女を放っておいていいの?」
「彼女じゃねえよ、うるせえから仕方なく付き合ってるだけ。あんたの方が好みだよ」
男の子はキャップのつばを跳ね上げた。ぎらつく瞳と視線が合って息を呑む。それまで気がつかなかったけど、ものすごく整った顔立ちの子だ。だけど何だか嫌な感じがする。私を見る目つきに、剣呑なねばつきを感じた。
「あんなやつより、俺にしとけよ」
「残念だけど、あなたとは話が合わないと思うわ」
唇に慇懃な笑みを浮かべながら、粘ついた目を睨み返した。
「高エネルギー天体物理学について何か知ってる?」
男の子はぐっと言葉に詰まった。心の中で嘲りの笑みを浮かべる。ほら、ゼノみたいな男の子なんて、ほかにいやしない。ところが、男の子は何かを思い出すように首をひねりながら驚くようなことを言い始めた。
「ええっと……ガンマ線バースト?だっけ?75億光年も離れた場所の爆発が観測できたんだって、星の誕生とかブラックホールの形成とか、いろんなことが分かるって」
……なんで、知ってるの、そんなこと」
「ただの受け売りだよ」
そう言いながら、男の子はひどく優しい目をした。
「そうか、あんた、大学の。あいつと同じ目してんな、すごくきれいだ」
まるで何かを諦めたみたいな、きれいだけど哀しい微笑み。意味なんて分からないのに、その笑顔が胸を刺した。
「あいつって、誰」
「ヴィディヤ!」
顔を赤く染め、息を切らしたゼノが、ぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってきた。