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果南(カナン)
2025-04-01 23:01:39
4701文字
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CP無し
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甘味な日
榊+宇佐美班。CP要素無し。榊さんの誕生日を、宇佐美班のみんながお祝いしてくれるお話です。
ぎりぎりになっちゃったけど、お誕生日おめでとう〜榊さん!
その日、出勤した榊が自分の机に向かうと、見慣れないものが置いてあった。
「
……
大福?」
白い粉を纏ったやわらかそうな餅、奥に透けて見える黒い餡。表面には大粒の黒豆がいくつも飛び出して、しっとりとした艶を見せている。どこからどう見ても、塩豆大福と推測して差し支えないものだった。
ただ、普段の生活で榊が目にする大福とは、いささか異なる点もあった。ペラペラのフィルムで包まれているのではなく、店で和菓子を一つずつ入れて並べてあるような、底が蓋になった透明のケースに収められている。大福自体のサイズもひと回り大きく、みっちりとした丸いフォルムから、中の餡子の豊富さが伺えた。
デパートに入っているような有名な和菓子店の、つまりはお高そうな大福だ、と榊は思った。それが何故、朝から自分の机に置いてあるのか。
首を傾げたところで、背後から声がした。
「あっ、もう来たの? 早いじゃない」
振り返れば、同じ宇佐美班の羽柴しいなが部屋に入ってきたところだった。つややかな髪を揺らして自分の机に向かった彼女は、しかし榊の傍で足を止めると、横目で榊を見上げるようにしてため息をついた。
「年に一度の日だっていうのに、ご苦労なことね。そーゆーとこ、生真面目っていうか何というか」
「
……
オイ、何のことだよ。年に一度って」
遠慮なく顔をしかめて、榊は問い返す。今日は四月一日、だからといって特四に新入りなどそうそう来るわけではないが、それでも年度の始まりであることには変わりない。何となく備える気持ちで早めに出勤したからといって、非難される謂れは無いはずだった。
が、しいなは肩をすくめて、呆れた口調を強めてきただけだった。
「まさか、自分で忘れてるの? 誕生日なんでしょ? なのに半休すら取らずに仕事しに来てるから、真面目ねって言ってるの。どうせ朝食も食べずに来たんでしょうし、それ食べて少しでも頭働かせなさいよね」
そう言って榊の机の上を指差すと、しいなは自分のエリアへと入っていった。
「えっ、は
……
? あっコレ、お前かよ!?」
遅れて理解して、榊は大声を出した。机に置かれた、高級そうな和菓子屋の大福。いくら誕生日とはいえ、まさか彼女がそれを自分にくれたとは、俄かには信じがたかった。
「うっさい! 要らないなら返しなさいよ!」
拡大されているしいなのエリアから、声だけが飛んできた。
「いや食うけどよ! でも驚くだろーが!」
「それが余計だって言ってるの! 用事のついでに買っただけなんだから、深く考えずに貰っておきなさいよ!」
「
……
それ以上彼女を怒らせるのは、賢明ではないという説が有力です」
すっと後ろに立った男が、淡々といつもの調子で言う。榊はもう一度驚いて、振り返りながら後ずさった。
「うっ、梅野! お前いつから居たよ!?」
「さっきです。そして、これは私からです」
ずいと差し出された厚手の紙袋を、榊は受け取る。手に持つとじんわりと温かく、開いたままの袋の口からは、魚の形に焼かれた薄茶色の生地が見えた。
「たい焼き
……
?」
「黒餡と白餡、両方あります。どちらがより好きか、わからなかったので」
「お、おぅ」
「お誕生日おめでとうございます、榊さん」
まばたきの少ない黒目がちの瞳で、じっと榊を見つめて、梅野六郎はそう告げた。
とっさに榊は、何と答えたらいいのかわからなかった。
今日が自分の誕生日だということを、もちろん忘れていたわけではない。ただ、ああ誕生日だなと思っただけで、それ以上のことなど考えもしなかった。
四月一日。新年度の始まり。
入れ替わる人、新しい環境に誰もが戸惑い、ふわふわと浮き足立ったままぎこちなく過ぎていく一日。子供の頃からそれが当たり前だったし、まともな道を外れてからは、そもそも周囲に誕生日を祝う奴などいなかった。
——
なのに。
「ま、いいんじゃないの。たまには、こういうのもね」
葉巻の香りと共に、かすれ気味の声が明るく入り込んでくる。近づいてきた渋谷はぽんと榊の肩を叩くと、把手のついた紙袋を机に置いた。
「これは宇佐美主任と私からね。桜餅」
「あ、ありがとうございます
……
」
反射的に榊が言うと、渋谷はふっと笑った。
「おー、いいじゃない。それで十分でしょ」
「え?」
「別に深く考えずに、その一言でいいんだよ。みんなそう思ってるさ」
「その説が有力です」
目の前でこくりと六郎が頷く。自分のエリアから立ち上がって眺めていたしいなも、榊と目が合うと仕方ないわね、という顔で笑った。
「あ
……
」
ようやく実感が湧いてきて、榊は口を開こうとした。
オレは、今。
こいつらに、誕生日を祝われている。
「
……
ありがとな、梅野。しいなも」
「礼には及びません」
「遅いわよ、そのひと言が」
全く正反対の発言が二人から飛び出し、渋谷がからからと楽しそうに笑った。
「いやぁ、いいねぇ。若いって」
「何でもその言葉で括ンなよ、ジジイ」
「まぁ何とでも言いなさいよ、キミもいずれわかるから
……
で、さ」
渋谷は愛用の葉巻を取り出して火をつけると、深く吸い込んでから部屋を見回した。
「今日の言い出しっぺは、何処に?」
榊と六郎としいなが、揃って顔を見合わせた。
「
……
御手洗か?」
「えっ、まだ来てないの? 何してるのあの子?」
「ずっと給湯室にいる説が有力です」
「給湯室? 何でまた
……
」
榊が言いかけた、その時。
「
——
すみません、遅くなりました」
ガチャリと部屋の扉が開いて、御手洗暉が姿を現した。
小さな丸いトレイを、片手で慎重に支えて持っている。
「遅いわよー。何してたの?」
「いえ、ずっとコレを
……
ちゃんと温度測って冷まそうと思ったら、意外に難しくて」
「バカね、ある程度適当でいいのよ、そんなの」
「そうはいきませんよ。せっかく今日のために取り寄せた葉なんですから」
呆れるしいなに対して真面目に応じながら、御手洗はそろそろとトレイを運んでくる。そうして榊の机まで辿り着くと、トレイを机に置いてから、改めて榊に向き直った。
「榊さん、お誕生日おめでとうございます」
「お、おぅ
……
ありがとな、お前も」
「ちょっと遅れちゃいましたけれど、僕からはこれです。皆さんのと一緒に、召し上がっていただければ」
そう言って御手洗は、机に置いたトレイを差し示した。
促されるままに、榊は手を伸ばす。
トレイに置かれていたのは、きちんと茶托に乗せられて、蓋までついたお椀型の湯呑だった。指先で蓋のつまみを持って、そうっと持ち上げる。
ふわっと湯気が立ち昇り、美しく冴えた緑色の液面が現れた。
「
……
緑茶」
「はい。最初は僕も和菓子にしようと思ってたんですけど
……
」
「全員それだと芸がないでしょ。だから何か考えなさいよ、て言ったの」
「それで、一緒に飲めるお茶にしようかなって。毎日しいなさんのを淹れてますから、鍛えられましたし」
「つまり、私のおかげってわけね」
「はい、そうですね」
素直に御手洗が応じたので、しいなも満更ではなさそうに頬を緩める。コイツこういうトコは自然で上手いよなぁ、と榊が感心しながら眺めていると、とんとんと背中をつつかれた。
「せっかくだから、座って飲みなさいよ。冷めないうちがいいでしょ」
「始業時間まで、まだ七分あります」
渋谷と六郎に促されて、榊は頷いた。
「
……
そうだな」
班員の皆に見守られて、椅子に腰掛ける。
湯呑みを前に、三人がくれた和菓子を並べる。少し迷ってから、渋谷の持ってきた桜餅を取り出した。
「ちょっとー、何で渋谷さんのからなのよ」
「ジジイが主任と私から、て言っただろ。主任のを先にして何が悪いんだよ」
「礼儀に適っている説が有力です」
「まぁまぁ、悪く言いなさんな。今日の主役は榊くんだからね」
取り出した桜餅を持ち直して、口へ運ぶ。巻かれた塩漬けの桜葉の、独特の香りが漂った。
ぷつりと歯先が葉を破ると、もちりとした感触と仄かな甘さが湧いてくる。すぐに包まれた餡の濃厚な甘味が続き、葉の塩味と混ざって口いっぱいに広がった。
「
……
美味い」
我知らず、言葉にしていた。
すぐに飲み込んでしまい、ふた口で桜餅ひとつを食べ終えた。御手洗が運んできてくれた湯呑みを手に取り、持ち上げる。
ゆっくりと啜ると、上等な緑茶のすっきりした香りが鼻を満たした。口の中の濃厚な甘みを洗い流して、微かな苦みと、爽やかな後味を残していく。
ほぅ、と榊はため息をついた。
「御手洗
……
お前、本当にお茶汲み上手くなったなぁ」
「ありがとうございます! 茶葉まだありますからね、いくらでも淹れますよ!」
「いや、今はこれでいーけど」
「じゃあまた後で、他のを食べ
……
」
御手洗が言いかけたところに、かちゃっと扉の開く音が重なった。
「おや、皆さんお揃いですね。おはようございます」
「宇佐美主任!」
「おはようございます!」
にこやかに現れた上司に、皆が一斉に挨拶を述べる。榊も椅子から立ち上がろうとしたが、宇佐美は軽く片手を上げてそれを制した。
「あぁ、いいですよ榊君。ゆっくり食べてください。今日は、おめでとうございます」
「いえ、あの
……
ありがとうございます、主任も。桜餅、美味かったです」
「選んだのは渋谷君です。私は少し、後押しをしただけで」
「え?」
「いえ、何でもありません」
宇佐美は目を細めて微笑むと、指先で眼鏡のフレームを押し上げた。
己が集めた精鋭たちを、揺るぎない瞳で順に見渡す。
「見たところ、良い一日を始められそうですね
……
では皆さん、今日も励んでください」
「はい!」
班員たちはそれぞれ返事をして、各人の席につく。時計が始業時刻を差し、カラス銀行の今日の業務が始まった。
榊は残りの緑茶を飲みながら、しいなの大福を味わった。たい焼きは昼に温めなおして食べればいいし、桜餅の残りは持ち帰って夜に味わう。なかなかどうして、誕生日らしい日になったと言えなくもないなと思いながら、既に仕事を始めた同じ班の仲間を眺めた。
自分なんかの誕生日を、覚えていて。
決して大仰にではなく、いつもの調子で祝ってくれた仲間。
ようやく見つけた居場所、だなんてクサいことを言うつもりはない。
ヒトの命を賭けた違法な賭場で、途方もない大金を廻す。ここだって十分にイカれた、どうしようもない狂気に満ちた場所だ。いつ壊れたって、おかしくない。
でも、今オレは笑ってる。
悪くねぇな、って思ってる。
だから、ここに居るんだろう。
——
これからも、コイツらと。
「
……
悪ィ、御手洗。やっぱお茶のお代わり貰えるか?」
空になった湯呑みを掲げて、榊は振り向いた。
「ハイ、勿論です!」
勢いよく立ち上がった御手洗が、湯呑みとトレイを受け取る。えー私も飲みたいー、私にも貰えるかな、ボクもお願いできますか、と声が続いた。
「私もいいですか、榊君、御手洗君。せっかくですから、皆で頂いてみたいものです」
自分のデスクから、宇佐美も声をかける。
榊と御手洗は、ちらりと顔を見合わせた。
「あー
……
そりゃ、主任のご希望なら」
「わかりました! 全員分ですね!」
ぱっと笑顔になって、御手洗が部屋を飛び出していく。やった、と華やぐ部屋を苦笑しながら見回して、榊は自分の机に向き直ると、パソコンの電源を起動させた。
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