roku
2025-08-27 20:58:13
6862文字
Public 夢腐同軸
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一周回ってサプライズ【松本夢】+α

⚠この話に含まれるもの
 →【松本夢】【イチ沢】【森諸】
・「はじめまして」の続き
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夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子夢子イチノさんはすぐに電話に出てくれて、私が電話をかけた理由まで汲み取ってくれた。そして「戻っておいで。一緒にお昼行こう」と誘ってくれた。その向こうでぶーぶー文句を言う沢北選手の声は聞こえないふりをした。

昼間からやってる個室のある居酒屋で、とりあえずのビールと、おかわりのハイボールを飲み干した。いい飲みっぷりだねと微笑むイチノさんを視界に映し、稔とのやり取りが思い出された。再びじわじわと込み上げてきた怒りにドンッと勢いよくジョッキを置いた。
『本当にありえない!』
「はぁ!?それはこっちのセリフだっつーの!」
「沢北。あんまりうるさいと唇塞ぐよ?」
沢北選手を覗き込むイチノさんは口元に笑みを携えている。沢北選手は私の前だからか「いや、え、ちょっそれは……」と挙動不審になっている。その姿がかわいくてこぼれた笑み。
「何笑ってんだよ?」
『ごめん。でも沢北選手かわいいなって』
「かわいくねーし!あと、その“沢北選手”てのやめろよ」
『え?でも選手じゃん』
「プライベートなのに選手って呼ばれんの好きじゃない。しかも先輩の彼女だし。それに同い年なんだろ?」
『うん、まあ。なら
“栄治くん” と言いかけて思いとどまったのは稔の顔がちらついたから。
『沢北くんで』
「言っとくけどイチノさんは渡さねーからな!」
『言われなくてもわかってるし。あと、別に私稔と別れるとかないし
「でも松本と一緒に帰らなかったんだよね」
にこやかに言うイチノさんは全てわかった上でこの状況を楽しんでいるように見えた。
そりゃ私もイチノさんと楽しみすぎたのは悪かったですけど……あんな言い方しなくたっていいじゃん……
3杯目を半分ほど飲んで吐き出した思い。胸がきゅう締め付けられ目尻から頬を伝い落ちる涙。机に伏せて鼻をすするとぽんと頭の上に乗った温もり。
「イチノさん!」
「ん?」
「手!」
「はいはい」
私の上から温もりが遠ざかる。離れた手は沢北くんを撫でるのだろうか。
あーあ。私も稔にしてほしいな。
そんなことを考えていたらまた涙が溢れた。
「松本の“重さ”はオレらの中では有名だからね」
「え?松本さんてオレより軽くない?」
噛み合っていない沢北くんはおおよそ体重のことを言っているようで、イチノさんの口から冷たい「は?」が漏れた。
「沢北は黙ってな」
「ひどっ!」
『別に、稔の気持ちが重たいって思ったことはないんです。ただ、怒った時の言い方に棘があるというか
「そうなんだよね。まぁそれだけ夢子 ちゃんのことを想ってるんだろうけど。あいつ本当に夢子 ちゃんのこと好きだから誰にも渡したくないんだろうね」
その言葉に顔を上げると優しい表情を浮かべたイチノさんと目が合った。何だかとても恥ずかしい
『そんなこと
ない。とは言えないくらいの愛を、稔からは感じている。それを思えば、いくら私が好きなものだったとはいえ一緒に来た以上もっと稔も楽しめる方法を探すべきだったのかもしれない。
「まぁ沢北が何でついてきたのかはわかんないけど」
「ちょっと〜!そんなのちょっとでもイチノさんと一緒にいたいからに決まってんでしょ!」
「その割に気持ち悪いだの、早く行きましょうだの、うるさかったよね」
「え、あの、それは……
『ふふっ』
「本当のことだし笑うなよ!ケースの中でがさごそ動いてるあいつら
思い出しただけで鳥肌!と腕を見せてくる。
『あれはあくまで餌だから。トカゲやヤモリ見た?』
「それどころじゃなかったんだって!」
どうやら沢北くんに爬虫類のかわいさは理解できないようだ。
『残念。すごくかわいかったのに』
「ね」
意気投合する私とイチノさんを横目で見る沢北くんは明らかに拗ねている。「どうせわかんねーし!」と氷で薄まったレモンハイを飲み干した。
『稔にもかわいさを伝えれたらよかったな
そしたらこんなことにならなかったかもしれない。みんなで仲良くご飯を食べてたかもしれないし、イチノさんと沢北くんとはあそこでバイバイして稔とふたりでデートの続きを楽しんでいたかもしれない。
「お前も松本さんのことすげー好きじゃん」
……そうだよ。まぁ、稔にはちゃんと伝わってないっぽいけど
「どれだけ長く一緒にいても所詮は他人だからさ。言わなきゃ伝わんないよ」
「イチノさんその言い方は何か冷たくないっすか?」
「ん?」
「所詮他人って
『でもそれすごくわかる』
「へ?」
『私稔と付き合って長いけど、言わなくても結構わかるようになったけど、でもやっぱり全部はわかんない』
「うん」
『ちゃんと謝んなきゃ』
夢子ちゃんの方がきっと松本より大人だね」
『そんなことないですよ』
大人だったらこんなことにはなってない。まだまだ感情で突っ走ってしまう子どもだ。
『イチノさん、沢北くん、ありがとう。ふたりがいたから家に帰ってちゃんと話できそう』
「よかったな」
「また何かあったらいつでもどうぞ」
「いや、ダメだから!これ以上オレとイチノさんの貴重な時間取んなよ!」
『善処する!』
もう一度ありがとうの思いを込めてジョッキを掲げて乾杯した。そのタイミングでテーブルのスマホが震え着信を知らせてきた。発信者は――

◇◇◇

夢子が爬虫類好きとは知らなかった。きっと苦手だと言ったオレに対する配慮だったのだろう。それは彼女の優しさなんだろうが、全てを見せてくれていない気がしてモヤモヤした。夢子の全てを知りたくて、文句は言わねぇと約束して一緒に行った。一歩踏み入れた苦手な世界の深い部分は、思っていた以上の衝撃だった。文句を言ったつもりはななかったが、急かしたのは確かだった。
そんな時偶然一之倉と沢北に会った。成り行きでオレと沢北はベンチで待つことになり、夢子は一之倉とイベントを楽しんだようだった。
楽しかったならよかった。
そう言ってやれなかったのはオレの器が小さいからだ。だからこんなことになってしまった。今日、彼女は帰ってこないかもしれない。そう思うと家に向かう足取りは重く、駅の立ち呑み屋に寄った。ここは安くて美味しいと夢子が連れてきてくれた店だ。
「生お待たせしました〜」と元気よく置かれたビールを口へ運ぶ。もともとひとりで飲みに来ることはほとんどなくいつも誰かと一緒だ。乾杯せずに飲む酒がこんなに味気ないとは思わなかった。
「ん?松本じゃねーか」
声の方を振り返れば土曜日だというのにスーツ姿の諸星がいた。
「諸星。仕事か?」
「おー。聞いてくれよ!月曜に必要な資料にミスがあってよ。休日潰れた」
せっかく森重もオフだったのに。と残念そうに言いながらもひとり立ち呑み屋へやってきた理由はよくわからなかった。
「ならこんなとこで油売ってねぇで帰った方がいいんじゃねぇか?」
「大丈夫だ。呼び出したから」
数年前に再会してから友人としてそれなりに仲良くするようになって気づいた。こいつは恋人相手だと結構自分中心だ。
「来るのか?」
「当たり前だろ!森重だぞ?」
どこから来る自信なのかわからなかったが「そうか」と相槌を打った。
「それはそうと夢子は?」
キョロキョロと辺りを見回して夢子 の姿を探している。
「いつでも一緒ってわけじゃねぇよ」
勢いよく残ったビールを飲み干して2杯目を注文すると「お姉さん!オレもビール」と声をかけた。
「珍しいな。んで、機嫌悪いな」
「んなことねぇよ」
自分のせいだとわかっているが図星を指され募る苛立ち。これでは八つ当たりだ。
「あ!もしかして喧嘩か?」
「喧嘩、な。」
「どーせお前が悪いんだろ」
確かにオレが悪い。だからオレが謝れば済む問題なのだろう。だが笑顔で一之倉と会場から出てきた彼女は『イチノさんのおかげで楽しかったよ』と言った。
……オレだけが悪いわけじゃねぇ」
「ふーん。まぁお前重たいからな。夢子にす――
「諸星さんそれ以上はだめ」
そう言って後ろから諸星の口を塞いだのは森重の手だった。
「んん〜〜!」
諸星が苦しそうに森重の腕を叩いている。規格外の手は諸星の口だけではなく鼻も塞いでいたようだ。
「あ、ごめん」
「ハァ、ハァ……お前はオレを殺す気か!」
「簡単に死なないでしょ?」
諸星を見下ろす森重の瞳がすっと細くなったかと思ったら諸星の顔が赤くなった。“何か”がありそうだったが、そんなことよりも諸星の「重たい」が引っかかり思い出される過去の彼女たちのことば。

私の交友関係にまで口出さないでほしい
私ってそんなに信用されてない?
ごめんね。私も好きだけど同じだけ返せない
松本くんって重たいよね

好きになればなるほど黒く醜い感情がドロドロと湧き出てきて、いけないとわかっていながら縛り付けてしまっていた。そして最後に待っているのは別れだった。
夢子ともそうなってしまうんだろうか。
『もう稔とは付き合えない』
そんな風に言われてしまえばオレはどうすればいい
記憶をなくすくらい酔えればと、2杯目のビールを飲み終えたあと日本酒に切り替えた。
その日本酒を分けろと言う諸星に、日本酒はやめなと制止する森重。
何食う?とメニューを差し出す諸星に、あんたの好きなもんでいいよと返す森重。
一服行ってきなよと促す森重に、お前と一緒の時は吸わねーんだよと合わせる諸星。
その全てが自然すぎて、正直羨ましいと思った。
オレと夢子は?

「松本さん。こっち」
今までにはないハイペースで何杯目かわからないおかわりを注文した。その時横から渡されたグラス。日本酒と同じく透明な液体は口をつければただの水だった。
「水じゃねぇか」
「飲み過ぎっす」
「そんなことねぇよ。別に酔ってねぇし」
社会に出てからというもの飲み会の機会も多く、体がアルコールに慣れてしまった。そのせいで酔いたくても酔えなくていらぬ考えは頭の中に居座ったままだ。酔いが回ってテーブルに突っ伏している諸星を横目に、「お前も大変だな」と同情するが自分もこうなれればと思ったのは本当だ。
「慣れたっす。まぁオレのいないところでこうなるのはやめてほしいっすけど
「だな」
夢子も強くないのに結構飲むから心配でしかたない。オレが一緒じゃないときの外飲みを極力控えるように言ったことで聞き入れてくれているが、無理をしているのだろうか。今さらながらそんな考えが頭に浮かんでは消えた。
「で、夢子さんと何かあったっすか?」
森重もまたオレが夢子と一緒にいないことを不思議に思っていたようだ。
―――てことがあった。
「あーそれは、」
話を聞き終えた森重は返答に困っている。
「すまねぇな。こんな話聞かせて」
水ではなく酒の入ったグラスを手に取り口をつける。
「何ていうか、わかるっす」
「あ?」
「オレも今まで全然興味なかったことでも、諸星さんが興味あるならって知りたくなることあるんで。たぶんそういうことっす」
正直意外だった。森重はいくら諸星が好きなものでも自分が興味のないことは切り捨てるタイプだと思っていたから。
……そうか」
「あと、好きならできるだけ一緒の時間を過ごしたいって思うのは普通だと思うっす」
そういえばふたりはついこの間、森重の遠征先である大阪でデートしてたっけ。大量の大阪土産とともに待ち合わせに失敗した話を聞かされた。
「でもよ、それを相手が普通って思ってなければ“重たい”に変わるんだ」
夢子さんは違うんじゃ
「どうだろうな。オレといるよりお前や一之倉みたいなやつの方が幸せかもしんねぇ」
下らない重たく後ろ向きな思考が外に出たのは酒のせいか、それとも話し相手が森重だったからか。
「ははっ!」
「な、何だよ!?」
「いや、類は友を呼ぶんだなって実感した」
「はぁ?」
「諸星さんもたまにそうやってよくわかんない後ろ向きな思考してるから」
オレの知ってる諸星はいつもポジティブで、恋人である森重に対してはどちらかといえば女王様気質だ。まさかそんな諸星が弱音を吐くことがあるとは。見えている部分が全てではないということか。
「そういうとき、どうすんだよ?」
「ん?一番いい方法でオレの気持ちをわからせるっす」
ジョッキを傾けゴクゴクと喉を鳴らした森重はにやりと笑った、気がした。
「付き合ってくれてありがとな。そろそろ諸星連れて帰れよ」
「はい。その前にちょっと便所」
体だけじゃなく器もでかい男の背を目で追い、小さなため息が溢れた。



『もしもし?』
「あー、夢子さん?」
『どうしたの?森重くんから電話珍しいね』
最後の一杯を飲みながら電話に出れば「実は――」と状況を説明された。どうやら稔は諸星さんと森重くんと一緒にいるらしい。場所は私の行きつけの立ち呑み屋。今から行くから待っていてほしいと告げ、電話を切った。
夢子ちゃん。気をつけてね」
「じゃあまたな!」
何だかんだ言いながら“また”と言ってくれる沢北くんはいいやつだ。私はふたりに向かって軽く手を振り店を出た。



『稔』
……夢子?何で」
森重くんから電話があって。そう言おうとして口をきゅっと結ぶ。今また他の男の人の名前を出したらきっと機嫌が悪くなる。そんな私の思いを汲み取ってくれたのか、森重くんが口を開く。
「オレが電話したっす。松本さん結構飲んでたんで」
「酔ってねぇよ」
「酔ってる人ほどそう言うんで」
そんなやり取りの向こうで突っ伏しているのは諸星さんだろうか。
『そっちは諸星さん?』
「あぁ。偶然会った」
『そう』
「あの、オレこの人連れて帰るんで。また」
森重くんは諸星さんの腕を自分の肩にかけ腰を支えた。
「諸星さん起きて。帰るよ」
「お〜ひろし〜帰ったら風呂な」
「はいはい」
「一緒にってことだぞ。わかってんのか?」
「はいはい」
ふたりのやり取りに胸の真ん中がふわっと温かくなった。
『タクシーで帰る?』
「歩きたい」
伸びてきた指が私の指先に触れる。絡めてこないのはどこか遠慮しているからかな。だからそんな必要ないよと言う代わりに彼の手を取った。
『歩くんでしょ?』
……あぁ」
賑わう通りは日が暮れた通りは飲み屋が多く仕事帰りの人たちで賑わっている。私たちは大通りから一本入った静かな通りを歩くことにした。

「なぁ」
『稔。今日はごめんね』
「あ、えっとオレこそイベント楽しくてよかったなってちゃんと言ってやれなくてすまなかった」
頼りなく下がった眉。
『ううん。いいの。私ね、せっかく稔と一緒に行ったんだからもっと稔も楽しめるようにすればよかったなって思ったの』
好きなものを少しでも好きになってもらえるように努力すべきだった。
「オレも、ちゃんと向き合うべきだった。すまない」
『イチノさんと会場見て回れたのが楽しかったのは本当だけど
足を止め、空を見上げて息をひとつ吐く。そしてその視線を稔へと向けた。
『だけどね、私が好きなのは稔だけなの。私の好きは、ちゃんと伝わってる?』
気を抜くと涙がこぼれてしまいそうで、きゅっと唇を噛み締めた。
「それは、ちゃんと伝わってる。だけどどうしても他のやつと仲良くしてると嫉妬しちまう。情けねぇな
軽く額を押さえてため息と一緒に首を振る。
『イチノさんがね、稔が重たいのは有名だって言ってた』
「なっ
『でもさ、私は稔のこと重たいなんて思ったことないよ。たまに過保護だなって思うことはあるけど』
ふふっと笑いかければ、硬かった稔の表情が少し解れた。
『だからね、ずっとそのままでいいよ』
夢子……
繋いでいた手がぐいっと引かれた勢いで稔の胸に倒れ込んだ。
『稔!?外だよ?』
……わかってる。ちょっとだけ」
すんと軽くすすった鼻。ほんの少し震えている声。
『え?やだ、なに?泣いてる?』
泣いてねぇよ!」
温かい腕の中で顔を上げると潤んだ瞳と赤い鼻。
『泣いてんじゃん』
……夢子のせいだ」
『何もしてないのに
「なぁ夢子
『ん?』
「結婚、してくれねぇか?」
突然のプロポーズに私の時間がぴたりと止まる。
別に、夜景の見えるレストランとか、星が綺麗な展望台とか、ふたりの思い出の場所とか、そんなロマンチックな演出やとっておきのサプライズを望んでいたわけじゃない。だけどこれはさすがに一周回ってサプライズすぎる。だって道端だよ?
夢子?」
『え、あ、うん。結婚
「ダメか?」
『する。するけど
言いたいことはたくさんあったけど、稔があまりにも嬉しそうに喜んで私を抱きしめて離さないから全部どうでもよくなった。