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roku
2025-08-26 13:35:03
5997文字
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夢腐同軸
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1626168
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はじめまして【松本夢】【イチ沢】
・森諸と同じ世界線
・爬虫類展で松夢とイチ沢が邂逅する話
※爬虫類の餌(G)についての表記あり
夢子
夢子
夢野
夢子
夢子
夢子
夢子
「なぁ、これって
…
ゴキブリ
……
なのか?」
店頭に積み重ねられたパックを細めた目の隙間から見ながら、苦虫を噛み潰したような顔で私に問いかけたのは彼氏の稔。
『デュビアって言うの』
そう伝えれば、似ているだけで違うのかとほっとした稔。
『アルゼンチンモリゴキブリだよ』
「ゴキブリじゃねぇか!」
『あははっ!でもこっちはコオロギだよ〜』
「わかってるよ!」
早く次へ行こうと私の手を引く稔に私はむっとする。
『まだ見てるんだけど!』
「どれもこれも同じだろ」
『は?こっちはトカゲだし、こっちはヤモリだし、あっちはヘビ。全部違う』
「それはわかるけどよ
…
」
私がまだ見足りないことに不満なのが不服なようだ。だから来なくていいと言ったのに。
◇◇◇
『稔。来週末私出かける』
「誰とどこ?」
これはいつものこと。友人に言わせればこれひとつで“重たい彼氏”らしいが、私は特段気にならない。
『ひとりでレプタイルズワールドっていうイベント』
「ひとり?」
『うん。ダメ?』
いつも稔とのデート以外は職場の同僚や学生時代の友達と一緒だけど、今回は行き先が特別なので稔を含め誰も誘わなかった。
「ひとりならオレが一緒でもよくねぇか?週末は休みなんだから」
『まぁ
…
でも』
「なら決まりだな」
『ちょっと待って!』
「何だ?」
『どんなイベントかわかってる?』
「わかんねぇけど問題あんのか?」
『あるよ!爬虫類を見たり買ったりできるイベント』
「爬虫類?」
『そう。稔苦手でしょ?』
昔動物園デートで爬虫類のコーナーを見た稔が爬虫類は苦手だと言った。だから私は好きだったけど言えなかったんだよね。それからタイミングがなくて未だに稔は私が爬虫類好きだということを知らなかった。だけど今回は近くでこのイベントが開催されると知り、どうしても行きたくなった。さすがに飼いたいとまでは言わないけれど、ひとりで見に行くぐらいは許してほしかった。
「
夢子
は好きなのか?」
『うん、まぁ』
「知らなかった」
『稔が苦手って聞いたから言ってなかった』
「すまない」
『いいよ。だから今回は私ひとりで行ってくるからね』
「いや、オレも行く」
『やめなって!』
「
夢子
が好きなものはちゃんと知っておきたい」
ここまできた稔は絶対に引かない。私が共に行くことを許可するか、もしくは行かないという選択をするか、どちらかしか道はないのだ。
『
……
文句言っちゃ嫌だよ』
「言わねぇよ」
『じゃあ一緒に来てもいいよ』
◇◇◇
そんなこんなで“連れてきてあげた”のに、まだやってきて30分も経っていないのに帰ろうとしている。そんな稔に腹が立って『あっちで待ってて。終わったら行くから』と会場を出たところにあるベンチを指さし、掴まれた手を払った。
「松本?」
わかりやすく肩を落とした稔を呼んだ低い声は私の少し上から降ってきた。
「
……
一之倉?」
「久しぶりだな」
『友達?』
「あぁ」
「はじめまして。松本の友達の一之倉です」
一之倉さんはとてもミステリアスな雰囲気を纏っていて、私の中では深津さんに近い印象を受けた。
『あ、はじめまして。
夢野
です』
名乗ってくれた相手に名乗っただけなのに、見上げた稔は険しい表情を浮かべている。そんな稔を煽るように一之倉さんはわざとらしく私に向かって「可愛いね」と微笑みかけてきた。彼は稔の反応を楽しんでいる悪戯っ子のようだ。
「おい、一之倉「あ!イチノさ〜ん!」
稔が怒気を含んだ声を発したその時、少し離れた場所から目の前の彼の名を呼ぶ声。声のする方へ顔を向ければそこにはテレビで見たことのある人物がいた。
「うわっ!何で?松本さん!?」
『沢北選手?』
「え?あ、はい。ん?なに?どういうこと?」
「騒がしい。静かにしなよ」
「さーせん」
「松本見かけて声かけたら可愛い彼女と一緒だった」
「「可愛い?」」
稔と沢北選手、ふたり同時に反応したのを見てくすくすと笑っている。面倒なことになりそうでこの場から逃げ出したかったけれど、繋がれた手が固く握られていて、それは叶わなかった。
私が推測するに、稔の「可愛い?」は、オレの彼女をお前が可愛いと言うな。沢北選手の「可愛い?」は、こいつのどこが?オレのが可愛いでしょ! だ。
そう考えると何だか私も楽しくなり、一之倉さんにつられて笑ってしまう。
「どうした?」
『ううん。一之倉さんって面白い人だなって思って』
「初めて言われた」
そう返してくれた一之倉さんの腕に絡みつきこちらを睨んでいる沢北選手。
そういう
・・・・
関係であることは一目瞭然だった。
「それより松本爬虫類好きだっけ?」
「
……
いや」
『私が好きなんですよ』
「へぇ。珍しいね。何か飼ってる?」
『いえ。稔が苦手なので』
「じゃあ今日は見に来ただけ?」
『なんですけど、まだ全然見てないのに稔がもう帰ろうって言い出して、あっちで待っててって言ったところでした』
「帰るとは言ってねぇだろ。次へ行こうって言っただけだ」
『あー言ったらこう言う!』
「あ?」
「喧嘩?」
「喧嘩じゃねぇよ」
ぶすくれた表情で言い返す稔はどこか子どもみたいだ。
「偶然っすね!オレもあっちで待ってろって言われました」
「デュビア見て気持ち悪いってうるさいから。みんな好きで来てるのに失礼だろ。あ、ちょうどいいや。松本と沢北が一緒に待っててよ」
「あ?」「え?」
確かに一之倉さんの提案は一番この場において最善だった。待っている側も知っている同士なら退屈することはないだろうし、私も一之倉さんも誰にも邪魔されずにゆっくり見て回ることができる。
『いいですね』
「何でだよ!」
『嫌なら先に帰ってくれてもいいよ?』
もはや一緒に見て回るという選択肢が私の中にはなく突き放すように言えば、「いや、それは
…
待ってるが
…
」と下を向く。
「沢北もわかった?」
「っす。でもそんなことしてオレが松本さんに食われても文句なしっすからね!」
「食わねぇよ!」
森重くんと諸星さんとはまた違うタイプのふたりに思わずくすりと笑みがこぼれた。
「何笑ってんだよ」
『ううん。何でもない。稔が沢北選手を食べちゃわないようになるべく早く戻ってくるね!』
「だから食わねぇって!」
ベンチに座る稔と沢北選手に手を振り一之倉さんと会場へ戻った。
◇
切れ長の鋭い目。綺麗な三日月を描いた薄い唇。ふんわり漂ういい匂い。この人モテそうだな。なんて思っていたら「せっかくだし一緒に回る?」と誘われた。稔は自分の友達ですら私が仲良くするのを嫌がるが、今回ばかりは同じ趣味の人に出会えたことが嬉しくて迷うことなく頷いた。
「松本苦手なのに来たの?」
『やめたほうがいいって言ったんですけどね』
苦笑いを浮かべた私に「あ〜松本らしいね」と返してきた一之倉さんは、稔のことをよく知っていた。
『そうだ。一之倉さんは何か飼ってますか?』
「飼ってるよ。フトアゴとテグーでしょ。あとはレオパとヘビ」
『すごっ!えぇ〜!いいな〜!!』
「今度見においでよ。もちろん松本も一緒に」
苦手だとわかっている稔を一緒に誘ってくれたのは嫉妬深い稔への一之倉さんの配慮だろう。とてもいい人だ。
『いいんですか!?テグー抱っこできます?』
「もちろんいいよ」
『ヘビも首にかけたいです!』
「どうぞ」
好きになったきっかけとか、いつから飼っているのかとか、イベントにはよく来るのかとか。さらには個体差を見ながらあの子がかわいいとか、この子ヤンチャだねとか。
そんな他愛もない会話をしながら会場を隅から隅まで見て回った。稔といる限り私はきっと飼えないけれどとても満足だった。
「
夢子
ちゃん」
『はい?』
「次はふたりで来ようか」
『え?』
戸惑う私にふっと笑ったイチノさん。目線をふたりが待つベンチへ送り、「松本に怒られちゃうかな?」なんて言うから、『イチノさんも沢北選手に拗ねられますよ』と私も笑った。
◇
「イチノさんが爬虫類好きって知ってました?」
ベンチに腰掛け背もたれに背をあずけ、長い足を組んだ沢北が退屈そうに訊ねてきた。
「あぁ。一度実家から寮へ持って来ようとしたことがある」
「えぇ!?」
「爬虫類は鳴かないからバレないとか言ってな」
「わ〜イチノさんぽい。で、どうしたんすか?」
「止めたに決まってるだろ」
さすがにそれはもしオレが爬虫類を好きでも止めていただろう。
「今、イチノさん色々飼ってるらしくて
…
」
らしい
・・・
と予測の域をでないのは実際にはヘビしか見たことないからだそうだ。そんな沢北がそういえば!と何かを思い出したように手を打った。
沢北はバスケ界では有名だが一般的にはそうではないのか。はたまたまさか“沢北選手”がこんなところにいるとは誰も思っていないのか。どちらにせよ誰にも気づかれることなく会話が進む。
「今回帰国してイチノさんち行ったら冷蔵庫が増えてたんすよ。聞いたら冷蔵庫じゃなくて冷凍庫だって言われたんすね」
オレは適当に相槌を打ちながら彼女の戻りをまだかと待つ。
「それで?」
「オレがアイス好きだから専用の冷凍庫買ってくれた!って喜んでたんです」
なぜオレは
夢子
とのデートで沢北の惚気を聞かされてんだよ。
「それはよかったな」
「それがよくなかったんすよ!マジで開けなきゃよかったっす
…
」
◆
「イチノさん冷蔵庫増えてる」
空港から一之倉の住む部屋へ直行するのはいつものこと。入ってすぐに変化に気づいた沢北は迷うことなく口に出す。普段使っている冷蔵庫の隣。ではなく、ペットのケージ横に置かれたそれ。
「ちょっと容量足らなくなってね」
まぁ冷凍庫なんだけど。と付け加える。
「冷凍庫!?てことはアイスいっぱい入れれますね!あ、もしかしてオレのためっすか?」
瞳をキラキラさせながらそれに近づき手をかけたところで「開けない方がいいよ」と背中に投げられた声。
「何ですか?イチノさんてば独り占め?それはずるいっす」
あくまで沢北はそれがアイス専用であると思っているらしくぶすくれた表情で振り返る。
「違うけど」
「じゃあ開けてもいいじゃん!」
「悪くはないけどやめたほうがお
――
」
お前のためだよ。一之倉がそう言い終わるよりも前に沢北が扉を開けた。
「え
……
え
…
、え!やだやだ!!何これ!!え?ね、ねずみ!?は?待って!!イチノさん!!ちょっとこれどーゆーこと!?ねぇ!!」
「チッ」
後退り騒ぐ沢北の耳に一之倉の舌打ちは届いていない。一之倉は溜息をひとつつき沢北の腕を引く。そのままもう片方の腕を首にかけうるさい口を口で塞いだ。
「んん〜〜っ〜!!」
「開けない方がいいって言ったよな?」
見上げる瞳は怒っているというより呆れていた。
「言ったけど
…
まさかねずみだとか思わないじゃないすか
…
」
わかりやすくしょんぼりと肩を落とす沢北。
「ちゃんとケージの隣に置いてあるだろ。普通の冷凍庫なら冷蔵庫の隣に置く」
一之倉の説明はもっともで、もしこれが沢北の予想通りアイスであるならここにあるのは動線が悪すぎる。
「
……
そうっすけど
……
」
「ならもう開けるなよ」
「
……
ねぇもしかしてあの部屋もそうなの?」
ここには沢北が一之倉から入ってはいけないと言われている部屋がある。てっきり仕事の部屋だと思っていた沢北はダメだと言われていることをするほど子どもではなかった。今回冷凍庫を開けたのは“開けるな”ではなく“開けない方がいい”だったから。
「きっとお前がここに来るの嫌になるよ」
フッと口角を上げた一之倉は意地悪で言っているのか本気なのかそれなりに付き合いの長い沢北にもわからなかった。
◆
「それは大変だったな」
一之倉が。面倒なことになりそうだったので、その言葉は飲み込んだ。
「冷凍なら問題ないんじゃねぇか?」
「いや、ねずみっすよ!?普通ないし!」
「あそこのパックの中で動いてるゴキブリより全然いいじゃねぇか」
顎をしゃくって会場を示せば「まぁそーっすね
…
」と溜息を吐く。
「で、その一之倉が入るなって言ってる部屋には何があったんだ?」
「知らないっすよ。入ってないんで」
「おー。偉いじゃねぇか」
「子ども扱いしないでもらえます?」
「ははっ!悪い悪い」
きっとその部屋にはああいうのがいっぱいいるんだろうなと想像できた。
その後は沢北の近況を聞きながら自販機のジュース一本で時間を潰した。最後はお互いひとりでなくてよかったなというところに落ち着いた。
◇
「『お待たせ』」
私たちが揃って会場から出ると、稔の表情が一瞬にして険しくなった。沢北選手のこと食べずに待ってた?なんて冗談が言えないくらいには
…
。
ちょっとイチノさんと仲良くしすぎたかな。
徐ろにベンチから立ち上がった稔は「遅かったな。ほら行くぞ」と私の手を強く引いた。
『ちょっと!』
普段は礼儀を欠くことのない稔だけど、“嫉妬”という感情が心を支配している時は例外となることを私は長い付き合いの中で知っていた。彼らに挨拶ひとつせず去ろうとする稔を引き止める。
「何だ?もう終わったんだろ?」
『そうだけど、何も言わずに帰るのは違くない?』
私が窘めれば不貞腐れたように「そうだな」と振り返り、「じゃあな」とぞんざいに告げた。本当はイチノさんとみんなでお昼を食べようという話になっていたがとてもじゃないけど言い出せなくて、彼らに頭を下げて稔の隣に並んだ。
「随分楽しそうだったな」
その言葉を奥まできちんと読み取るなら“一之倉と”ということだろう。だけど今日の私はそこまで優しくなれなかった。
なぜならそもそも稔が苦手だからひとりで来るはずだった。それを「
夢子
の好きなものを知りたい」と無理やりついてきたのだ。文句を言わない約束で。なのに実際はこんなことになって、イチノさんがいなければとっくの昔に家路についていただろうし、不完全燃焼で終わっていたに違いない。私はイチノさんに感謝しかない。そんなイチノさんに嫉妬して、それをあからさまに態度に出して
…
。心底腹が立った。
『そうだね。イチノさんのおかげで楽しかったよ』
「あ?」
はらりと解けた手。
今稔はとても怒っている。だけど悪いのは私だけじゃない。
『稔とだったらあんなにゆっくり見れなかった』
「あぁそうかよ。なら一之倉にすればいいんじゃないか?」
ここまで来れば売り言葉に買い言葉だった。
『そうだね。そうする。じゃあ』
「
夢子
!?」
焦る稔を無視して踵を返し来た道を戻る。さっき交換したばかりのメッセージアプリの通話ボタンを押しながら。
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