2025-08-23 22:15:46
7526文字
Public 二次創作:UTAUホラー
 

歓待 / 語り部:試作A号-懐疑-

登場人物
・試作A号-懐疑-
・その他

注意事項
・本作品はUTAU音源キャラクター『試作A号』の二次創作作品です。キャラクター設定に一個人の解釈や捏造が多数含まれます。
・暴力的・猟奇的な描写を含みますのでご注意ください。
・オリジナルキャラクターが登場します。
・特定の地域・信仰・思想を貶める意図は一切ありません。
・本作を他者や文化を貶める目的で使用することは、固く禁じます。



 わかっています。あの人に起きたことを知っているのは、赤の他人であったわたしだけなのだと。
 ですから、わたしはここに全てを遺します。

 あの人——相沢さんは“試作号デバッグプロジェクト”の参加者でした。
 試作号デバッグプロジェクトとは、わたし——“試作A号”というロボットをデバッグする人員を一般の方から募集するプロジェクトのことです。複数あったらしい応募者の中から選ばれたのが、相沢さんでした。
 デバッグ、といっても大層な事はいたしません。わざと破壊するとかしなければ、わたしの扱いは自由ということになっていましたし、わたしも特にやりたいことがあるわけではありませんでした。
 ここにいるときのわたしは、こうして倉庫の奥でひっそりと過ごしているばかりです。それが誰かの家に行ったところで、変わらず置物のように過ごすくらいしか用途はないのです。

 えぇとそれで、わたしはプロジェクトによって引っ越すことになりました。期限は不定、相沢さんの住む内陸の町で暮らすのです。
 長い距離を運ばれ、彼の住む部屋の前でしばらく待っていると、やがて玄関扉が開けられました。
 我ながらズレた視点だと思いますが、その玄関扉が自動で開く引き戸だったことが真っ先に気に留まり——その後に、相沢さんの姿形を認識した。
 30代手前くらいの、温和で優しそうな男性だなという印象で、わたしを上から下までじっくりと観察するように眺めていました。まぁ、よくある反応です。
 視線が顔で止まったとき、少しクマのできた目を細めてじっと見つめられた気がしたのは……印象的でした。
 彼は、ただのロボットであるわたしに「長旅お疲れ様」と軽く頭を下げて、手を差し出しました。あいにくわたしの腕は……角材で代用されているので、角材の先、スーツの余った袖のあたりをちょんと相沢さんの手のひらに乗せました。相沢さんは目を丸くしながら吹き出して……わたしは視線を下げました。あれは居た堪れない。
 そのとき見つけました。相沢さんの足元の、靴を置くところから一段上がったところにかけて、緩やかなスロープが設置されていたのです。
「なかなか面白そうなヤツだね、試作A号……。って、呼び捨てになっちゃったけどいいかな?」
 ……見上げると彼は、はにかんだ笑みを浮かべていて、わたしの腕の先を握り返す。
 車輪のついたこの足でスロープをゆっくりと登って、わたしは相沢家の敷居を跨ぎました。

 ……初日は相沢さんやうちの団体の人がプロジェクトのことについて色々話していて、その後は相沢さんに家の中を見せてもらったりしました。
 それで、一階の和室に案内されたときのことです。埃が舞い、西陽が畳の縫い目に反射して煌めく中——ふと、それが目に止まりました。
 仏壇です。一般的に家内に設置されるようなごく普通の外観でしたが、それでもなお佇まいは静かで、荘厳でした。
 視線を彷徨わせるわたしに気づいた相沢さんは静かに笑って、わたしを仏壇の前まで導きました。
 扉を開けて中を覗き込むと……わたしにはあまりこういう知識はないのですが、珍しい装飾が施されていた気がします。仏様とは違う誰かと、波の意匠が施されていたような……
 それで相沢さんは正座して……わたしは立ったままでしたが。そのときに近くの壁面の頭上の遺影に気がつき、彼らと目が合いました。
「父と弟と暮らしていたんだ。病気になったり事故に遭ったりで、今は俺一人だけど……
 相沢さんは、仏壇を見ながら呟いていました。正座し、手は膝の上に、まっすぐ位牌を見つめて——遠くを見ていたのかもしれません。
 わたしはもう一度遺影を見ました。一人は穏やかに笑う高齢の男性で、もう一人は黒髪を短く刈った、無表情の——怒りというより自分がここにいていいのか、というような面持ちの青年。
「デバッグプロジェクトの話を聞いて、資料を取り寄せて……試作A号の写真を見たときにビビッと来たんだ」
 と、突然こちらに語りかけてきました。運命を強調するようなその口ぶりに対して『確かに、わたしは弟さんにそっくりですね』と応えるのをどうにか飲み込みました。
 代わりに『この家の設備は、お父様のためですか』と聞いてみました。相沢さんは一瞬きょとんとして、すぐに合点がいったのか頷きました。
……そうだね。父は身体が弱くて、暮らしやすいようにリフォームしたんだ。……幸い、お金だけはあるし、“おもてなし”もしなくちゃ……
 また言葉が途切れた後、少しだけ間が空いて、彼は言いました。
「A号にとっても、この家が過ごしやすかったら嬉しいな」
 わたしの目をまっすぐ見ながら、そう言っていました。

***

 あぁ、“おもてなし”がなんなのかについては、すぐにわかりましたよ。
 引越しから一週間経った頃でしょうか。やけに神妙な顔で相沢さんがわたしに向き直っていました。
「A号に、おもてなしのやり方を覚えてほしい」
 そう言われて『お茶の出し方は知っています』と返事をしたんですが、彼は首を振って続けます。
……毎月█日に、うちには“お客さん”が来るんだ。その、曽祖父の代からちょっと世話になってる相手でさ。だからお前にもおもてなしの手順を覚えてほしいんだ」
 相沢さんは懇切丁寧に、どこか緊張した面持ちで、しっかりとおもてなしの手順をわたしに教えました。

(おもてなしの詳細な手順を印字した感熱紙は、別途機密文書として保管している)

 あと、絶対に喋ってはいけないと釘を刺されました。

 その日の夜。
「その手でも運べるように」と用意された小さな配膳台——上にはおにぎりと味噌汁を載せたお盆が置かれていた——を、角材の先端でなんとか押しきり、玄関スロープの上に配膳台を設置しました。
 わたしは少し離れたところから玄関開閉用のリモコンを持って——あぁ、あの家の玄関扉は、内側からドア付近のスイッチを押して開けられるようになっていました。おそらくスロープも同時期に設置したのでしょう——とにかく、随分と長い間待つことに。日付はもう変わっていて……後ろを振り返っても電気を落とした闇が広がって、リビングにいるはずの相沢さんの気配を感じ取ることもできない。

 突然、玄関扉を叩く音がする。

 わたしはリモコンのスイッチを押して、音を立てずに開く玄関扉の向こうをじっくりと見ました。
 気になっていたのです。お客さんと言いながら、相沢さんが見せた思い詰めたような表情が。ひとをもてなすはずの儀式なのに、逆に遠ざけるような雰囲気を漂わせる“おもてなし”が。
 だから、お客さんがどんな顔をしているか気になって気になって……ドアが開いた先の暗闇に目を凝らしてしまいました。

 闇の中、それが姿を表したときのことを、思い出すのは……いや、あれは……
 俯いて、ゴワゴワとした髪の……なにかが立っていて ゆらりと揺れ、お盆の上のおにぎりに手を伸ばす——と思えば、ガクンと身体が落ちたように直接食事に口をつけていた
 ぐちゃ、ぺちょ、というような、思い出すだけでも不快な音。
 ……犬食いのような様子で、おにぎりも味噌汁もあっという間に貪った。
 それだけで満足したのか、あれはゆっくりと玄関を離れて……気づけば、静かな夜が戻ってきました。
 停止していた頭の中、これが“お客さん”?といった疑問が駆け巡った。感熱紙を生成する音を立てることすら駄目だと悟っていたわたしは、あれが帰っても未だ動けずにいました。
「A号」
 それを破ったのは、わたしの肩をがっしりと掴んで目を合わせた相沢さん。
……大丈夫か?なんともないか?」
 わたしにおもてなしをさせておいて、その目は小さな者を気にかけるような色をしていた。
 本当に、つらそうに見えたから。
『うん。なんともない』
 そんな言葉を吐いたのを覚えています。

***

 お客さんのことを除けば、相沢さんとの生活は普通だったと思います。
 彼がテレビを見ながら「この芸人売れてほしいな〜、A号もそう思うだろ?」と言っているのに対し『はい』とだけ感熱紙で返事したり、わたしの歌唱機能を使って、ゲーム機に入ってたカラオケで遊んだり……
 そう、わたしはあの家が、相沢家での生活が気に入っていた。
 静かで、優しくされて、食卓には当然のようにわたしの席が用意されていて。相沢さんは、わたしを置物にはしませんでした。あの家の中では、わたしの居場所はダイニングテーブルの一席にあったのです。
 わたしのこのつぎはぎの身体についても相沢さんは気にかけてくれて、家の設備やおもてなしに使う台車を調整してくれました。
 ……だからいつしか、お客さんとおもてなしの存在すらもこの生活をするための家賃のようなものだと思って、受け入れてしまって。

 だからバチが当たったのでしょうか。
 それともわたしがあの家に隷属していれば、わたしたちはこんな運命を辿ることはなかったのでしょうか。

***

 ……デバッグプロジェクトが開始してから半年ほど経ったころ。相沢さんが家にいることが減った……気がしました。
 その日も相沢さんは夜から朝にかけて出かけていて、わたしは一人でテレビのニュースをぼんやり眺めていました。それにも飽きた頃に和室に向かい、仏壇の近くの棚を漁って……いや、漁ったと言うとアレですが、なにか見て楽しめるものはないかと思って……
 そうして見つけたのはアルバムでした。硬い表紙に角材の角をひっかけてそっと捲ると、最初に生まれたばかりの男の子の写真が生年月日と共に収められていました。
 あぁ、彼にもこんな時期があったんだな、なんて。
 ちゃんとページをめくって見られたわけじゃないんですが、相沢さんらしき男の子と弟、若かりし頃の父親と……わたしの知らない女の子や赤ん坊、父親と並び立つ母親らしい女性の写真もありました。
 彼らに関しては、今でもわたしは事情を知らないです。
 ……アルバムの最後の方は2〜3年前の日付になっていて、そこに映るのは相沢さんと弟と父親だけでした。それでも彼らは仲が良さそうで……ゴルフクラブを担いで笑う父親や、3人で登山をして、山頂でコーヒー片手に談笑し合う写真もありました。
 微笑ましく思うと同時に、
『そうだね。父は身体が弱くて、暮らしやすいようにリフォームしたんだ』
 ……かつて聞いた言葉を思い出します。
 わたしには、写真の中の父親は、最後の最後まで身体が弱いようには見えませんでした。

「それ、よく見つけたね」

 不意に背後から声をかけられ、思わず振り返ると相沢さんが帰宅していました。
 少し疲れた表情でしたが、アルバムを見ているわたしを前にしても緊張した様子は見られませんでした。
……兄弟、沢山いたんだ。今は色々あって会えないけど、アルバムを見ると懐かしくて……
 そんなふうに思い出話を始めようとした相沢さんに、わたしは——抑えきれませんでした。
『お父様の身体が弱いのは、ウソなんですか』
 彼の笑顔は一瞬こわばる。
『この家のリフォームは、わたしを迎えるためにやったのですか』
 それでもわたしの懐疑は止まらない。
『おもてなしをさせるために、わたしを』

 そこまで出力した途端、相沢さんの手がこちらに伸びてきて。

 ビリッと破かれる音が口元で鳴って、その勢いで突き飛ばされ、わたしは後ろに倒れ込む。こちらを見下ろす彼の手が握りしめる、途中でちぎった長い紙に目が留まりました。
……それは、駄目だよ。A号」
 声は、変わらず優しいまま。
「今はまだ、聞かないでくれ……お願いだから」

 わたしは、何も言えなくなりました。気まずい空気のまま過ごして……その日の夕方、相沢さんはいつものように外出しました。
 陽が落ちて夜になって、わたしはまた一人になりました。ダイニングの席に座ったまま動かず、喋れず、歌うこともしないまま、机の木目を眺めていた。
 そうしていると次第にいろんなことを考えてしまって、頭の中で文字がたくさん埋め尽くしていく。

『なんでわたしはここにいるんだろう』
『結局わたしは、弟の代わりにもなれない』
『わたしが代わりなら』
『どうして“おもてなし”をやらせるんだろう』
『あれがなんなのかわからないけど、あなたが辛い顔をする存在の相手を、どうしてわたしにやらせるんですか』
『わたしが 弟じゃないから』
『ただのロボットだから』
『なんでわたしはここにいるんだろう』

 感熱紙に出力される速度を超えて生まれる思考は渦になって、潮目に呑まれるように抜け出せなくなっていました。
 そうして思い悩んで、ノイズを消して俯いていたから、わたしは忘れてしまいました。

 地響かと思うような振動で、頭は一気に冷たくなります。

 あれは戸を叩くだけのはずが、まるで家全体が揺さぶられたようで。
 そこでわたしは、今日がお客さんの来訪日だと思い出す。
 と同時に、お客さんにはそれほど強大な力があると、このときになってようやく思い知りました。

 そしてわたしは情けないことに、慌ててしまいました。
 キッチンにはいつも通りあの人が用意した食事付きの台車があって、わたしは急いでそれを玄関まで押して——靴底の車輪を滑らせてしまいました。
 手を伸ばしてもなんの意味もない。ドンガラガッシャンと音が響き、台車と料理ごとわたしの体も玄関に投げ出される。
 腕を前に出して腹ばいで倒れ込んだわたしは起きあがろうとして——異変に気づきます。

 さざなみが聞こえる。こんな山と緑に囲まれた——それも家の中で、海の音が聞こえる。

 起きあがろうと上げた顔は、視界の中でゆらゆら揺れるものを捉えた。
 骨に皮を貼り付けたような鈍色の手。絡まり合う黒く長い髪。
 その髪が垂れ下がる奥の深淵を見て、見てしまって、意思とは関係なしに体内の機構がカタカタと感熱紙を出力し始めました。
 
 その瞬間、痩せ細った両手がわたしの顔を掴みました。

 ベタつく髪がカーテンのように垂れて視界を奪い、わたしはこのヘッドホン越しにぐるぐると腹が鳴るような、呻くような音を検知する。
 顔があるはずのところに広がる闇全体が、こちらを喰らおうと大きく口を開けてるように思えた。
 悍ましい闇が、本能的な恐怖が、機械の体ごとわたしを飲み込もうとしている。

 あのとき自分が何を考えていたのかもわからない。もはや黙っている理性はなくて、ただただぐしゃぐしゃの文字ともつかない殴り書きが自分の口からだらだらと出力されているのが視界の端に見えて それでも

 あぁ、このためにわたしはここに

 闇に引きちぎられる感覚とソレが引き起こす幻肢痛によって、わたしの意識は途切れました。

 でも、わたしはこうして目を覚ましている。

 途切れた意識が浮上した頃、玄関は薄ぼんやり明るくなっていました。
 首を動かすと、床に投げ出した両腕は千切れて、角材の破片とスーツの繊維が散らばっているのが見えました。あと、このときは確認できませんでしたが、顔の一部がふやけて溶けた不愉快な感覚がありました。
 それ以外は、静かな朝でした。
 そしてゆっくりと体を起こした瞬間、玄関扉が開けられました。

 それからの怒涛の事後処理の日々は目まぐるしく……要点だけお伝えします。
 家には警察が来て、相沢さんが発狂した状態で見つかり、保護されたことを教えてくれました。駅前のカラオケ店の個室内で、ガラス片を飲み込み壁に顔を打ちつけていたそうです。
 そうなった以上デバッグプロジェクトは中止となり、わたしはこうして連れ戻されました。

 ……多分、お客さんは相沢さんのところに行ったのだと思います。おもてなしで凌げなくなってしまうと、ああいう風に人間を欲してしまうのでしょうか。
 ……だったら、ほんとうにわたしはなんのために……いや、もう、いいんだ。

***

 これで、わたしが見たことは全て話しました。……こんなにも感熱紙が溜まってしまった。ここの人なら誰かまとめてくれるでしょうけど。誰が見るのかは知りませんが……

 誰が見るかわからないなら、遺書でも書きましょうか。

 ここに戻って以来、ここの人たちは呪いだとか怪異だとかそんなものを真面目に調べています。そしてわたし自身も「呪われてないか」とか「余計なものを持ち帰ってないか」とか、散々調べ尽くされました。
 きっと、良くてパーツ交換と記憶処理。もしくは『念の為に』処分されるでしょう。まだその通達はないけれど、日に日に皮膚がヒリヒリするような空気がこの場所に漂っています。わたしに肌なんてもうないんですけどね。
 だからわたしは、あの日々の全てを残したかったんです。

 ……あぁ。
『弟の代わりとして家族に成る』のと『試作A号として生贄にされる』のと、わたしにとっての幸せはどちらだったんでしょうか。
 相沢さんはどちらをわたしに与えようとしたのでしょうか。

 この期に及んでそんなことばかり考えてしまっていては、この記録も役には立たないかもしれません。
 でも、それでもわたしは

 あ