夜明 奈央
2025-08-29 23:57:00
6174文字
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四い 秘密の共有

現パロ 四いの死体埋め ※滝夜叉丸がストーカーモブ女をうっかり殺してしまう描写があります
2025年8月30日 0:00 〜 31日 23:59 開催の綾部喜八郎Webオンリー天才くんの落とし穴 3号目展示作品(常設)

 深夜にアポなしで訪れる客に、碌な奴などいない。
 そんな持論と言う程もない極々一般的な言葉が滝夜叉丸の脳裏に過ぎったのは、もう寝ようかという時間帯にアパートの玄関チャイムが鳴った所為だった。こんな時間に訪ねてくるような非常識な知り合いはいない。無視して眠りに就こうとしたが、再度間抜けなチャイムが鳴り響いてそっと玄関に近づいた。
 ドアスコープを覗くと、見知らぬ女の姿。歳は滝夜叉丸より10〜20程上だ。厄介事の気配しかない。が、もう終電もとうになくなっている時間だ。女性を1人放り出しておくのも気が引ける。
「こんな時間にどうしました」
「あの、財布を失くした上、終電も逃してしまって……良ければ一晩泊めていただけないでしょうか」
「それは大変お気の毒に。ただ、私は男ですので、女性を泊めるのは良くないでしょう。どこか他を当たっていただきたい」
「他、と言われましても、もうこの近辺は粗方声を掛けた後でして……あなたに断られるともう当てがないのです。どうか」
 女の話は疑わしいことこの上なかった。財布を失くしたのが事実だとしても今時電子マネーやスマホ決済くらいあるはずだし、見知らぬ人間に助けを求めるより知り合いに連絡する方が先だろう。駅前にはやや寂れているとはいえビジネスホテルが居を構えているし、24時間営業のファミレスや明け方までやっているカラオケボックスもあったはずだ。
 それらを指摘すると、「スマートホンを家に忘れてしまった」「定期券はあるが残高が数百円しかない」と粘られる。
 見知らぬ女を泊める気はないが、このまま問答を続けるより、一晩どうにかなるだけの金を渡してさっさと帰ってもらう方が早い気がしてきた。詐欺かもしれないが、この女を帰らせることができるなら、万札1枚程度くれてやってもいい。決して裕福ではないが、そこまで金に困った生活はしていない。
「わかりました。宿賃を差し上げますから、駅前のホテルでもカラオケでも好きなところで過ごしてください」
「ありがとうございます。助かります!」
 扉の向こうでおそらく何度も頭を下げているのだろう女を置いて、部屋に財布を取りに戻った。札を1枚取り出して玄関に戻り、ロックを解除する。
「これを」
 扉を開けると、差し出した腕を掴まれた。驚いている間に扉の隙間に足を差し込まれる。チェーンをしていなかったことに今更気づいて後悔しても遅い。無理やり部屋に侵入した女は自分の身体を捩じ込んだ。滝夜叉丸の首筋に抱きつき、興奮したように荒い息を吐く。
「ああ、滝夜叉丸さん。好きです。愛してます。今日もお美しい。優しいあなたならきっと鍵を開けてくれると思った」
 ぞっと怖気が走った。男の滝夜叉丸には当然劣るが、それでも女の割に力が強かった。なかなか振り解けずにいる間に女は股を擦り付けるように押し付けてきたかと思えば、緩んだ寝巻きの隙間から手を入れられた。
 襲われる。滝夜叉丸は直感的にそう理解して、女に多少の怪我をさせる覚悟で振り払った。
 ゴッという鈍い音をさせ、女が何かにぶつかった。驚きと恐怖で荒れた息を整える。倒れ込んで呻き声を上げる女を呆然とした気持ちでじっと見つめていた。しばらくすると、その呻き声も止まった。
 死んだかもしれない。怖くなって恐る恐る近づいた。きっと意識を失っているだけ。そう念じながら口許に手を当てたが、一切の呼吸を感じられなかった。慌てて首筋の脈を探すが、生きた人間には必ずあるはずの拍動が感じられない。
 人を殺してしまった。その事実が信じられず、女性の胸に耳を押し付けたが、やはり同じだった。女には出血はない。外傷はおそらくドアロックにぶつけたのだろう後頭部の打撲のみ。余程打ちどころが悪かったのだろう。
 手がわなわなと震えた。人殺しだ。警察、自首、と脳裏に浮かぶが、パニックになっていて番号がわからなかった。警察の番号なんて登録しているはずもないのに連絡先の一覧を開く。すると、あ行に並ぶ幼馴染の名前が真っ先に目に飛び込んできた。
 タップすると、呑気なコール音が耳に響き始める。3コール目の途中で、コールは途切れた。
「なに? こんな時間に」
 幼馴染である綾部喜八郎は、電話口でもはっきりとわかる程不機嫌だった。それでも滝夜叉丸は、その普段と変わらぬ物言いに酷く安堵した。けれど何から話していいのかわからず黙り込んでしまう。
「滝? 聞こえてる? 酔ってる? 間違い電話? 喋んないなら切るよー」
「ひと、を」
 そのまま切られてしまいそうになって、滝夜叉丸は慌ててそれだけ言った。
「人?」
「ころしたかも」
 喜八郎が電話口で息を呑んだ。
「救急車は?」
「もう、息、してない」
「どこにいるの」
「家」
「わかった。すぐ行くからそこでいて。他の人にも警察にも言わないで」
 電話では伝わらないというのに、滝夜叉丸は何度も何度も頷いた。電話口で流れるツー、ツーという音を聞きながら、ほっと息を吐く。震える手でスマートホンを握りしめる。まだ手が震えていた。喜八郎が来るまで、それしかできなかった。


 どれくらいの時間が経過しただろうか。数秒にも、数時間にも思えるような時間が経過した後、無遠慮に玄関のノブが回った。鍵を掛けていなかったことに気づいて慌てたが、顔を出したのは喜八郎だったので安堵する。
「うわっほんとだ」
 扉を開けてすぐのところで倒れている女を跨いで中に入り、すぐに扉を閉めると施錠する。喜八郎は寝巻きといっても通じるよれよれのTシャツと高校の体操着のズボンだった。連絡を受けてすぐに駆けつけてくれたのだろう。
 喜八郎はしゃがみ込んで足元に倒れている女に触れるが、あまり驚いた風はない。女を扉の横の壁に座らせて、脈や瞳孔を確認している。滝夜叉丸が黙ってその様子を見守っていると、「この人知り合い?」と尋ねられた。
「い、いや。向こうは知っているようだったが……
 そういえばどうしてこの女は滝夜叉丸のことを知っていたのか。記憶を辿ろうと今更ながらに女の顔をまじまじと観察してみるが、思い出せない。
「じゃあなんで家に上げたの?」
 喜八郎の質問は尤もだった。事情を掻い摘んで説明している間に、だんだんと冷静さを取り戻す。これは過失致死か過剰防衛だ。上手くすれば執行猶予も付く。大人しく警察に届け出るべきだろう。滝夜叉丸は決心した。
「警察に行く」
 至極当然の結論だと思ったが、喜八郎は「なんで?」と首を傾げた。
「なんでって」
「別に知り合いでもなんでもないんでしょ? こんな奴のために前科付ける必要ないよ」
「だが」
「僕に任せておいて。というか、そのために僕に連絡したんじゃないの?」
 わけがわからないでいる滝夜叉丸を置いて、喜八郎は1度外へ出た。しばらくして戻ってきた喜八郎は海外旅行にでも行くような大きなスーツケースを携えている。
「なにを……
 おろおろと様子を見守るしかできない滝夜叉丸を無視して、喜八郎はテキパキと作業を進める。スーツケースの蓋を開けて女を詰め込み、蓋を閉じる。それがやけに手慣れているように見えた。
「ほら、行くよ」
 促されるまま、喜八郎の後を付いて部屋を出た。冷房のかかった部屋から一歩出ると、夏の生温い空気が肌にまとわりつく。
 アパートのすぐ下には、見慣れない白の軽バンが停車していた。喜八郎が迷いなくその荷台を開けてスーツケースを積み込んでいるから、喜八郎が乗ってきた車なのだろう。終電も終わった時間に、車なしでこんなにすぐに来られるわけがない。積み込みが終わると、滝夜叉丸に助手席に乗るよう指示して喜八郎は運転席に座った。シートベルトを締めると、車は滑らかに発進する。
 滝夜叉丸と喜八郎は幼稚園から高校まで同級生だった。付き合いが長い分気心が知れているのは確かだったが、卒業して進路が別れてからは自然と会う機会も減っていた。たまに連絡して遊びに行くことはあったが、毎日四六時中一緒にいたあの頃とは違う。少なくとも、滝夜叉丸は喜八郎が免許や車を持っていることを知らなかった。それくらい長く会っていなかったのだ。
 あの時、喜八郎に連絡したのはたまたま名前が目についたからだが、とても数年振りに連絡するような用件ではない。普通ならもっと困惑や戸惑いがあって然るべきだろう。毎日会っていた頃であってもそうだ。感情の起伏が少ないタイプではあるが、滝夜叉丸の突飛な行動に驚いたり呆れたりくらいの反応はあった。
 にも関わらず、喜八郎が自然と受け入れているのが不思議だった。死体を見た時の反応、慣れた手付きと準備の良さ。そういう業者とでも言われた方が納得がいく。もしくは、いつかこんな日が来るとシミュレーションでもしていたか。
 車内のステレオは何もかかっておらず、喜八郎との間に会話はない。深夜の国道を不自然な程の安全運転で進む走行音が響く。この空気を重苦しいと感じているのは滝夜叉丸だけのようで、喜八郎はいつも通り何を考えているのかよくわからない表情で真っ直ぐと前を見据えている。
 しばらくして、車がICへと入っていった。
「どこへ行くつもりだ?」
 滝夜叉丸は、そこでようやく声を発した。実際は数十分かそこらだろうが、数日振りに声を出そうとしたみたいに、喉が張り付いて掠れた。喜八郎は滝夜叉丸に一瞬だけ視線を向けると、運転席のドリンクホルダーに刺さっていたペットボトルを手渡した。
「んー? 山」
 滝夜叉丸とは対照的に、喜八郎はレジャーにでも行くみたいに見えた。渡された炭酸飲料は開封済みだったが、今更そんな気を使う相手でもない。ありがたく受け取って口をつけると急に喉の渇きを自覚して。半分程残っていた中身を全て飲み干してしまった。ほとんど常温だったが、今はそんなこと気にならなかった。
「まさか、埋めるつもりか」
 今度はまともな声が出た。
「そうだね」
「それは、死体遺棄になるんじゃ」
「見つからなきゃ大丈夫だよ」
「いや、でも」
 だんだんとしようとしていることの実感が湧いてくる。いま自首すれば、罪は精々過失致死だ。けれど埋めてしまえばそれだけではなくなる。滝夜叉丸は自分が怖気付いているのだということに気づいていた。
「じゃあ、やっぱりやめる?」
 喜八郎は運転に集中しているかのように、真っ直ぐと前を向いたまま言った。ぴくりとも動かない表情筋からは、考えが読めない。怒っているようにも、呆れているようにも、優しく諭すようにも見えた。毎日顔を合わせていたあの頃なら、わかったのだろうか。
 滝夜叉丸が黙り込んだのを見て、喜八郎は表情を緩めた。
「心配しなくても、見つからないよ。僕に任せておいて」
 車内にはまた沈黙が落ちた。


 それからICを3つ過ぎ去ったところで、高速道路を降りた。30分程下道を走るうちに道はどんどん街から外れていき、やがてどこかの山の入口で停車した。
 迷いなく車を降りた喜八郎に続いて、滝夜叉丸も助手席から降りる。真っ暗でどこか不気味な山を見上げ、荷台をごそごそと漁る喜八郎に尋ねた。
「お前の所有地なのか?」
「違うけど、不法侵入とかにはならないから安心して」
 指示されるまま、喜八郎の持ってきた着古したジャージに着替えると、虫除けスプレーを吹き付けられる。それから、スーツケースを運ぶ喜八郎の後ろをシャベル2つと何かの液体が入った容器を持って恐る恐る付いていく。急な要請だったはずが、やたらと準備がいい。懐中電灯の灯りしかないはずなのに、喜八郎は滝夜叉丸を気遣いながらすいすいと山道を進んでいった。
 その後、道から少し外れたところを選んでシャベルを突き立てた。
 喜八郎は慣れた調子で軽快に掘り進めていく。初めて見るはずなのにどこか既視感のある光景だった。穴を掘ったのなんて、小学校の芋掘り実習が最後のはずだ。
 喜八郎に倣って、滝夜叉丸もざくざくと掘り進める。最初は良かったが、穴が深くなるにつれて土が次第に硬くなっていく。地面なのか石なのかもすぐにはわからない程だ。夏の夜の蒸し暑さと慣れない力仕事が容赦なく体力を奪う。時折吹く風も生温い。滝夜叉丸は何度も音を上げそうになったが、自分のためにここまでしてくれている幼馴染の前で弱音を吐くことなどできなかった。
 やがて、大きな穴ができあがった。人が入るサイズの大きな穴だ。うっかり獣が掘り返してしまわないくらい深い、大きな穴。
 その中央に、スーツケースの中から死体を取り出して入れた。一瞬女の瞳が恨みがましく滝夜叉丸を睨みつけてきたように見えて、反射的に目を逸らした。運ばされた容器の中身を喜八郎が女の上にぶち撒ける。ツンと鼻につく臭いで、それが灯油だとわかった。喜八郎は流れるようにポケットからマッチを取り出し、女の上に落とす。炎は可燃性の液体を伝い、一気に女の身体全体に広がった。目の前で明々と燃え上がる。肉の焼ける嫌な臭いが鼻の奥をつく。額を伝う汗を拭う。汗を吸った服が身体に張り付いて不快だが、吹き抜ける風は多少涼しく感じた。
「こういうの、慣れてるのか?」
「まあね」
 あっさりと肯定が返ってきて、よく知るはずの幼馴染が怖くなった。喜八郎が小さく肩を竦める。
「死体を埋めるのは今日が初めてだよ。仕事も普通の会社員。以前話したところと変わってない」
「じゃあ、なんで……
「なんでだろうね。滝は知らなくていいよ」
 喜八郎の瞳の奥に、燃え盛る炎とは別の暗い光が見えた気がした。それからほとんど会話はなかった。
 真っ黒になった死体は、とても直視できるものではない。燃え尽きて消えかかった火の上に掘り返した土を被せて消火する。土を元通りにすると、そこだけ掘り返した跡がわかる。けれど、もうそこに死体が埋まっているとは思えないものになっていた。1度ここを離れてしまえば、戻ってくることはできないだろう。それくらい、何の変哲もない山の一画だった。
 喜八郎の車に乗り込んで来た道を戻る。アパートに戻って喜八郎と別れる頃には、夏の短い夜は終わっていた。寝不足な以外、いつもと変わらぬ朝だ。
 そうやって日常に戻ると、あのひと時は全て夢だったのかと思えてしまう。返しそびれた着古したジャージだけが、あの夜の出来事は夢ではないと告げる。


 それから、警察が滝夜叉丸のところにやってくることも、あの山で死体が見つかったというニュースが流れることも、滝夜叉丸が喜八郎と会うことも、終ぞなかった。


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