kasimiyakedama2
2025-08-13 23:12:41
6792文字
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不老不死に関する二部作(マリアト+?)

完璧超人様=不老不死という設定が厄介すぎるので、ふたりの寿命差に関して我が家なりのアンサーを用意しておきたいと思いまして。
うちではこうなってますよという二部作。
死別設定注意というか死別という末路が確定しているので…

個人的にはあほのこ専門店を目指しているので湿っぽいのはほどほどにしておバカに戻りたいと思います。




運命の系いまだ切れず



人々の波を掻き分けて、長身の男が騒ぎの方へと歩み寄る。
海に面した港町にはだいたいが良く日に焼けた褐色の肌を持つ者が多いのだが、男は違った。
海を思わせる青。
振り仰いでその姿が異形であることに驚きの表情を浮かべた群衆は黙って男に道を譲った。
長く伸びた鼻先が群衆に触れぬように顎をひいたまま、男が声のする方角を窺うと、ようやく騒ぎの中心にある言葉が聞こえてきた。
人だかりの中心で、誰かが何かを盗んだことを咎められているようである。
マーケットでも繁盛している飲食店の主の声がする。
「逃げたぞ!」
「捕まえろ!」
別の男が叫ぶ声がした。
まるで放たれた弾丸のごとき勢いで、群衆から緑の影が飛び出し、男たちがそれを追う。大通りは騒然となった。
ケトルが沸き始める前に起こる、静かな蒸気の音が聞こえた。
その直後、周囲が白で覆われる。
突如発生した濃霧の中、視界を奪われたことに困惑する人々の戸惑いの声を聴きながら、マーリンマンは目を見開き、呆然と立ち尽くした。
自分はかつてこの"霧"を見たことがある。

大きな水音が響き、マーリンマンは我に返った。
おそらくはその逃亡者が、霧に姿を紛らわせて岸辺から海に飛び込んだのだ。
もう捕らえる術はなかった。そう、陸上生物であるのならば――

マーリンマンはその影を追うように海へと身を踊らせ、大きな青い身体はすぐに海中へと消えていった。


もう追いついてくる者は居ない。
わずかの安堵と共に、半魚人の少年は海水を掻く。
潮流を鱗に感じると、やはり己が生きる場所はここなのだという気持ちが湧き起こる。
物心ついた時に父母はなく、少年は年老いた一族の女性に育てられた。
その女性のことを少年は「ばあちゃん」と呼んではいたが、血縁かは最後まで知らぬままであった。
老女はほどなくして寿命でこの世を去り、少年は独り世界へ放り出されることとなる。
少年はその後初めて地上を知った。
そこで初めて、地上に生きる者たちは己のように鰓呼吸ができないということを知る。
そして地上を謳歌する生物と己の姿形はあまりにも違うという現実を突きつけられることとなった。
「異形」と呼ばれる見た目であるがゆえに、少年に安息の地はなく、これまでずっと誰かのものを奪うことで生きながらえた。
海に囲まれたこの地はちょうど良い。無限とも言える安全な逃走ルートが確保できるからだ。
今日だってそうだ。
自分は普段通りに上手くやった。そう考えていた少年は、背後への接近に気づかなかった。
「遅いな、小僧」
大きな影が少年の背後にぴたりと泳ぎ寄り、低い声で囁いたのはその時だった。


裏の入り江の切り立った岸壁の下、人間であれば小舟でしか近づけぬ岩礁の上。
ふたりの水棲人は数メートルの間隔を開けて座していた。
マーリンマンに追いつかれた後、少年は力の限り抵抗し男の指に食いちぎらんばかりの勢いで噛みついた。
ふたりは水中でしばし揉みあったが、すぐに少年の体力が尽きた。
岸辺に引き上げられた少年はぐったりと肩で呼吸をしながらも、もう逃れる術を失った絶望に世界が終わったかのような表情をしていた。
なおも拒絶の空気を全身から発している少年に、マーリンマンは溜息とともに呆れた表情で笑った。
「そんな顔をするな。取って食ったりしないし、あいつらに突き出すつもりもない。
オレから返しておくから金は寄越してもらうがな。」
マーリンマンは差し出した右手をしゃくった。わずかに少年の纏う空気が揺らぐ。
少年はズボンのポケットを探り、小さな財布を投げつけるようにマーリンマンへと渡した。
革製の財布はさしたる重さもなく、盗んだ金額はたかが知れているのだと分かる。
こんな端金を、生きるために奪わなければならないのが少年の今の境遇ということなのだろう。
マーリンマンは掌の上で財布を幾度か躍らせ、少年を安心させるように口元に笑みを刻んだ。
「本当に久方ぶりに会ったのだ。海を棲家とする者にな。
小僧、どこの出身だ? ……いや、愚問か。海。それで充分だ。」

もう片方のだらりと垂らした左腕からは、ぽたりぽたりと真っ赤な血液が男の白い肌を染めながら海面へ滴り落ちていった。
抵抗した少年にしたたかに噛み付かれた指には、深い裂傷が刻まれていたからだ。
あの男はずいぶんと手加減して噛んでくれていたのだなと、マーリンマンは今更ながらに思う。
命に別状のない傷など、どうということはない。

視線の先には、わずかな金を奪わなければ今日の食にすら困るであろう痩せぎすの少年。
記憶の中の男のような腰蓑ではなく、人間が身につけるようなジーンズを膝の上あたりで切り落としたものを履いていた。
『俺、ガキの頃はロクに食えなくてなァ……おかげで背が伸びなかった。』
不意に、あの男が何となしに言った言葉を思い出した。
いまだに陸は生きづらい。ゆえに己は完璧を目指し、あの男は悪魔に身を投じたのだ。

「しかし小僧、ミストの使い方がなっちゃいないなァ……
「うるせえ!なんだよカジキ野郎、偉そうに言いやがって、何が分かるってんだよ!」
「黙れ小僧。かつてオレは、それを使う男と戦ったことがある。……だから分かる。」
少年は口をつぐんだ。
体表の無数の穴から細かい水の粒子を噴出する技は、過去盗みを働いて逃げ、追い詰められた時に咄嗟に出たもの。
若い男はそれしか知らぬ。
ただ、それで追っ手から逃げおおせることができることだけを学習していた。
マーリンマンの記憶の中の紅よりも、わずかに淡い朱色の、少年の瞳。
それはこの地の夕陽の色によく似ていた。
やはり緑色の鱗に赤は映えてうつくしい。

「戦ったことがあるって、いつの話だよ」
「正確なところはもう覚えていないが、大昔だ」

若々しく張りを保った逞しく盛り上がる筋肉と、背に頂く大きな鰭を少年は見た。
男の年齢を知る術はなかったが、己が「ばあちゃん」と呼ぶ老女がまだ生まれる前の一族の男を知っているという。
にわかに信じがたいが、あまりにも堂々とした男の口調は疑問を挟む余地がなかった。
若い外見に反して男が長い時を生き、戦い続けたことの証のように、その鰭の先はところどころ綻びている。
そして何よりも、男の片方しか光を宿さぬ目。
鋭い爪で抉られたような、禍々しくさえある傷跡と共にその右目は塞がれていた。
無数の戦いをこなし、その全てで致命的な傷を追うことはなく生還したからこそ男はいまここにいるのだろう。
戦った経験のない若者ですら、ぼんやりと理解はできた。未だ自分は戦いを知らない。

「あんた、超人レスラーってやつなのか」
若者は問うていた。
「だった、が正しいかな。引退したつもりはないが。
"完刺"の力を乞われたのならば、いつでも戦う準備はできているぞ。」
刀はいまだ磨かれて、ただ鞘に収まっているだけなのだと。
陽光を照り返して男の長く伸びる鼻先がひとたび輝いた。
つるりとした先端の尖ったそれは、いとも容易く相手の身体を刺し貫くだろうと、戦いの経験のない若い男でさえも想像ができた。
「ばあちゃんから聞いたことがある。大昔、俺の一族にも強いレスラーが居たって。」
天涯孤独の境遇に置かれるよりも前に、子守唄がわりにと聞かされた一族の男のはなし。

少年の言葉に、マーリンマンの片方しかない黄金の瞳が閃いた。
「アトランティス」
ふたりの声が重なった。
少年はなぜそれを知っているのかと言い、朱色の目を見開いた。
やはりか、という顔をしてマーリンマンは口元に笑みを刻む。
……オレの右目を奪った男の名だ。
ああ、勘違いするなよ?戦って奪われたわけではないのだからな」

戦いへの渇望があるかと問われれば、自信を持って頷くことはまだこの若者はできない。
しかし、リングという戦場で輝いた一族の英雄の名は、確実にこの若者にそれへの漠然とした憧れを――抱かせていた。
悪魔として名を馳せた男であるがゆえに、英雄として語られることはなかったが、それでも。
一族の老女から聞かされた数々の戦いの歴史は幼い少年にとっては心躍るものであった。
いつか自分も彼のようになりたいと、胸の奥に刻まれる程度には。
正義ではなく、その対角に立つ存在を選んだ男のこと。
「レスラーになったら、こんなことしなくても生きていけるのか」
「貴様の実力があればな。」
少年は黙り込んで、やがて意を決したように、俺もなりたいと言った。

数百年を超える時を経て、まだその名は紡がれていた。
誇りとして、憧れとして。
血を継ぐものではないとしても、貴様が確かに存在したことの証を携えて目の前に現れたこの少年を。
これを表す言葉を「運命」以外にオレは知らない。

山にひたすらに篭り世間を知らぬまま、修行をする生活はとうに止めていた。
『聖なる完璧の山』の体制も当時からはずいぶんと様変わりしていて、与えられる自由は増えていた。
強さを追い求める日々は変わらないが、よりそれ以外の世界を知る機会を得た。
この島に立ち寄ったのもほんの気まぐれだった。
大昔、ある男とふたり眺めた夕陽によく似た陽が沈む港町が気に入って、少しの間滞在しようと考えた矢先に。こんな出会いがあるのもどこか運命じみていた。
まるで「呼ばれた」ような、そんな気さえした。

「他人に構っている暇などオレにはないのだがなァ……まあ、ミストの使い方ぐらいは教えてやらんでもない。」

この、姿だけは貴様に生き写しの少年が、果たして貴様のような高潔な魂と執念深さと闘争心を備えているかは知らぬこと。
備えていなければその時はその時だ。弱肉強食の世のならいに従い、相応しい結末を迎えるだけだ。
ただ、わずかの希望を抱いてしまうほどには、あまりにも似過ぎていた。
直系ではないはずだった。男が同族の番と子を成した事実はないからだ。
これはただの気まぐれだ。
マーリンマンは緑色の鱗と鰭を持つ少年を、棲家に連れて帰ることにした。
少なくともせめてあの男の背を追い抜くまで、腹いっぱい食わせてやることに決めた。

生命尽きてもいまだ貴様の名は、年端も行かぬ少年の生きるよすがになった。
縁いまだ果てず、運命の糸は切れることもなく。
まだ貴様に何かを教えられて生きている。