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河童の皿箱
2025-08-11 10:14:32
2864文字
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遊戯王:短め(2025年度)
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始発電車/最終電車
娑楽斎とセアミンが電車に乗るだけ
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2
巨大な地下駅の発車ベル。一気に駆け込む人々に、ぎゅむり押されて押し込められて、男と子は壁へ壁へと追いやられていた。行きの身軽な姿と違って、帰りはトンデモ大荷物。両手は大量の紙袋で塞がり、体格の良い男と言えども、流石にこの数、この密集は。途中で配送サービスでも使えばよかっただろうかと後悔しても、どうせ席が空いてるだろうとケチった己を恨んでも、最早遅し。プシューと扉は締め切って、最終電車は走り始めた。
「大丈夫か」。男が子を見下ろしては、案じる。子は壁際の手すりと自分の荷物で手いっぱいで、けれど小さな空間の中、微笑んで頷いた。「大丈夫」、と。子と人の群れの間に男は立つ。が、土産物も手放せず、どこにも掴まれぬ。揺れが少ない、が、とかく押される。男は踏ん張り、負けぬよう、負けぬようにと、耐え続ける。
映画の初放映日、夜中まで続くDJイベント、他にも海外セレブの公演があったんだったか。すっかり失念していた。男は背中の圧を押し返す。列車が止まればまた押し込まれて、狭くなる。早く行ってくれと願うも、残念ながら鈍行列車。ゆっくり発車し、ゆっくり進み、次の駅まで、あと何分。しばらくはこのままだろう。
「荷物、いっこ持つ?」。子が尋ねるが、男は首を横に振った。「いや、大丈夫だ」、と。ひとつ減ったとてこの状況は変わらない。中に入っている酒瓶やれ、高級保存食やれ。それなりに重みもある。なら、ここが踏ん張りどころだと、男は腹を決めた。
不意に横から伸びてきた手を咄嗟に遮り、その先に居る中年の男を睨みつける。怯えた目を向けられるも、男はなおも睨んだ。とはいえ、騒ぎにしたくはない。「わりぃ、ちょいと狭くすんぞ」と子に身を寄せ、車内に私服警官がいることを祈る。
列車がまた止まれば、降りる人並みに隠れるように、中年男はさっとどこかへ行ってしまった。顔は覚えた。似顔絵でも描いて交番に持ち込んでやろうか。業腹ものの出来事でも、心遣いの土産物が、蓄積した疲労が、重くのしかかる。何せ、今の今まで仕事をしてきて、まだ夕飯も口に出来ていないのだ。子には、列車に乗る前に御結びをひとつ喰わせたが。こうも忙しくするのは、待ちに待った夏祭りの準備のため。とはいえ、流石に、疲れてきた
…
。
それから列車が止まるたび、乗る数よりも、降りる数の方が増え、ようやく踏ん張らなくてもよくなった。ほどなくして席がひとつ空き、先に子を座らせる。その次の駅でもう少し人が降りて、隣の人が気を使ったか、避けたかったか。子の隣をひとつ開けてくれた。男は「すんません。ありがとうございます」、と小さく頭を下げて、腰を掛けた。
さてさて、ようやくひと心地。ふぅ、と。息を吐けば、車窓には朧な月が、薄雲を纏い、なんとも幽玄なる姿をしていた。「なあ、セアミン」。子の名を呼び、指を指す。「見てみろよ」、と。子が顔を上げれば、目を輝かせた。「きれい」、と。
それからというもの、子は月に釘付けになっていた。かすかな風に雲がちぎれて、また淡く光る。遠くに流れて行っては、新たな薄絹を纏う。あぁ、きれいだな。何を話すでもなく、ふたりで、ぼうっと。眺めていると。
ふと、子は肩にわずかな重みを感じた。隣を見ると、男がすやすや、寝息を立てていた。ピンと立てていた背中もへにゃり、少し傾げて、こちら側へ。ここまでずっと頑張っていたから。車内の人はもうほとんど居らず、大きな席ひとつにつき、一組程度。人との距離も、十二分に取れている。子は大荷物を繋ぐ男の手を、そうっと触れた。
「いつも、ありがと」。なかなか口に出来ぬ思いを添えて、背を撫で、引き寄せる。重たいけれど、重たくない。だって、もっと重たいものを、持ち続けてくれているから。
朧月夜が不意に隠れて、現われ出でるは、暖色灯の線と線。目的駅まで、あと3駅。
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