清春
2025-08-10 09:40:16
9559文字
Public 百合
 

ジュウニジュウ短編集

1~「幻日」亥野と雛菊
2~「光陰矢の如し、蛇は静観する」巳吹
3~


光陰矢の如し、蛇は静観する

 あの男は晴明に似ていた。
 あの男がハタチそこそこの時に、アタシが封印されてた宝玉を蔵から出した。太陽光に晒したあの日から少しずつ意識を取り戻していったのだ。しかし木箱に入ったまま棚の上に置いて飾られていたと自覚したのはいつだったか。
 ぼんやりとした中、ふと外界に集中すると男は女と一緒に仲睦まじくいた。気立ての良さそうな女だ。大きくなった腹を愛おしげにさすっていて、二人は新たな命を育んだのだと思った。晴明は、子孫を残したのだろうか。あの女は周りに女だと隠して生きていたが……と、意識が途切れた。
 次に意識を保った時、男も女もすっかり老いていた。まだまだ元気そうには見えるが、二人の顔立ちから少しづつ受け継いだであろう子どもは、もう嫁に行ってもおかしくない年齢に見える。どことなく、この子どもは晴明に近い何かを感じる。霊力が強いのだろうか。
 意識を確実に保ち始めた時。気づけば男の顔にしわが以前よりも多く刻まれていた。随分と老いてしまったらしい。男は俯いて、静かに泣いている。
 なぜそんなふうに泣いているのか知りたくて、そうしたら宝玉からするりと意識が出た。そんな感覚がした。恐らく一時的な解だろうが、それでも十分だ。
『泣いているのか』
……?」
 アタシの蛇のような鋭い目が、男の泣いて赤くなった目と合った。ただ、返事はない。話しかけたつもりだが声は届かないらしい。
 ならば、と。ゆるりと微笑んでみせた。アタシの容貌は整っている、という自信があった。美女に微笑まれて嬉しくない男はいないはずだ。
 それだというのに男は目をこすって「あいつが死んでこんな幻覚を見るなんて、疲れてるのか……」などと呟きながら部屋を出ていってしまった。
 静かに起こる憤慨を見て見ぬふりし、目を横にやれば、開かれたままになった両開き扉の向こうに仏教絡みだろうと思われる、小型の礼拝棚があった。煌びやかで立派だとわかる造りだったため少し驚く。
 何を祀っているのやらと思って見てみたら、男の嫁である女が優しげに微笑んでいる絵——それにしては本物をそのまま写したように精巧——が木製の枠に囲われている物が置いてあった。
 そうか、死んだのか。だから男は泣いていたのか。
 今は死者を思い、弔いの意でこのような立派なものを作るのか。少なくともアタシが封印される前はこのようなものはなかった。
 と、宝玉にこの霊体が吸われていくのを感じる。どうやら今回はここまでのようだ。
 ただ、出方はわかった。次はもっと上手くできる。封印する前、晴明が言っていた「新たな主」があの男でないのなら待つしかない。
 待つしかできないアタシが今できるのは、あの男の余生を少しでも彩ってやることだ。
 ちょこちょこ顔を出せる時に出していると、男とアタシしかいないはずの広い家に幼い子どもが加わった。孫らしい。
 雛菊。可愛らしい名に恥じない愛嬌のある子だが鈍臭くて危なっかしい。晴明と似た、いや同じ気配を感じるというのに全く似ていない。
 アタシはというと、封印の力が弱まり、晴明からもらったヒトのカタチでいれるようになれてきたから外に出るようになる。今の時代はあの頃とだいぶ変わっていたから常識もだいぶ違うことを学んだ。外に出られると言っても、結局完全に封印が解かれている訳でもないため実態はなく幽霊のような存在だ。大したことはできない。
「この家には美しい女の人がいるんだ。と言っても、幻みたいな存在だったしな……いやいや、疲れてないぞ。本当にいるんだ。なに? 愛人、だって? どこでそんな言葉を覚えてくるのやら……違うに決まってるだろ。このことは仏壇の前で言うなよ? ばあちゃんに『浮気者』だなんて言われたくないからな」
 そう男は孫によく話していた。恥ずかしいからやめろと思っても今は出ていけないから、思うだけに留まる。
 あれから季節が何回か巡り、男は家から姿を消した。あたしがほんのちょっと、まーじゃん、とやらに夢中になっていた時だ。
 多少大きくなっているが、まだ幼い孫ひとりにしたら可哀想だろ。帰ってきたら叱ってやらないといけないな。霊体だろうとおかまいなしに遊び出歩くアタシが言えたことじゃないかもしれないが。などと思いながら、声が届かないのをわかっていつつ意気込んで待っていた。
 雛菊も、ひとりでも泣かずにしっかりしている。大した子だ。
 ————男はついに帰ってこなかった。雛菊が『合格通知書』と見出しに整った字体が書かれた紙を床に置いたまま、その上に雫を落とす。
 そこで、男が死んだのだと悟った。
 小粒の涙を流す雛菊の肩に手を置こうとしたが霊体のアタシの手は触れることが出来ない。
 涙をこぼさないように、それでも流れてくる涙は拭き取ろうとせず、目元にぎゅっと力を入れている雛菊にアタシはそっと寄り添うことしかできなかった。
 
 
 ————雛菊からは、以前よりも晴明に近い力を感じる。
 薄々勘づいていた、この家系は晴明の血統が濃い。雛菊はきっと、近い内に封印を解く。そう確信した。
 アタシの宝玉、すぐ見つけてくれればいいけれど。わかりやすいところに飾ってあるんだからさ。
 そうしたらもう独りになんてさせないし、泣かせないから。