以前のワンドロ
それすら愛しいに関連していますが、これ一つで読めます。
私は取り立てて猫か好きかと言われればノー。だからと言って犬派でもなくて
……うーん、動物に縁遠いから〝可愛い〟とか〝愛おしい〟とか、そういう感情が大学生になったいまもイマイチよくわからなかった。
そんな、私の目の前に。
『うなああああん』
大きくて長い毛の三毛猫がいる。
今は一限を飛ばして二限に出なきゃなぁ〜ってコンビニまで歩いてきたところ。バイト代ピンチだからおにぎり二つ、それから紙パっクの紅茶を片手に店を出た。むわっと広がる猛暑と湿気の臭いに顔をしかめて、学校めんどくせぇって空の写真をリールに載せようとしたその時だった。
『うなああああん』
大きくて長い毛の三毛猫がいる。
『おああ? おあああん!』
大きな声すぎない!? 猫ってそんなもの!? 驚く私を尻目に足に擦り寄って泣き続ける巨大な猫は、ああそっか。餌がほしいんだな。可哀想だけどあげないよ、私のお財布も今月かなり可哀想だから。
「じゃあね、ねこちゃん」
それだけ告げたら、その猫はこちらを睨んでから大きな体を翻して
『んああ』
とだけ鳴いた。
えっなんか愛想悪い! 悪くない? かっわいくない! 猫ってそんななの!? ご飯も撫で撫でもないってわかったら睨むんだ!?
私の中で猫の印象が最悪になってしまった。たった一匹の猫の態度で。でもこれはもう仕方ない
――と、思った瞬間。
大きな猫が行った先の植え込みに、珍しい桜色の小さな小さな子猫が見えた。ぐったりと手足を投げ出してる。
……え? え? いるの? 子猫が? あんたママなの? もしかしてその子のためにごはんがいるの?
鳴いてる親猫にあんな態度とったのは私だ。子猫がいるなら、なんて今更虫が良すぎるかもしれない。でも
……! 植え込みの下に倒れ込んでる小さな身体を見たら走り出していた。
わかんないわかんないわかんない! 猫って缶詰だよね!? 夢中で戻ったコンビニのペットコーナーを漁って、そうして再び駐車場に戻っても、猫はいなかった。
――猫は、いなかった。
どうしようもない辛い、やるせない気持ちと、猫親子を心配する気持ちと自分を責める気持ち。
調べたら、大きく感じてた親猫も普通からしたらガリガリに痩せてたんだってわかった。あの子猫、
……鳴く力もなくぐったりしてた。
……きっと、もう助からない。何度も何度もごめんねと泣いた夏の夜。
そんな日を何度も繰り返す頃には季節は秋になっていた。
あの猫たちと出会ったコンビニの駐車場。毎回とても辛い気持ちになるからあまり来なくなっちゃったけど
……。久しぶりにおにぎり二つとパックの紅茶を買ってドアを潜る。
『うなああああああん☆』
――信じられない! あの! 声だ! 猫だ! あの母猫!!
あんな特徴的な大声忘れるわけないよ! 植え込みと車止めの間に走ったけど、ここじゃないみたい。どこ!? どこにいる!? 焦るその間にもあの声は聞こえてて
……!
『うなおおおん』
三台先に止まった車だ。声が大きのはあいかわらず。窓にぷにぷにのオレンジの肉球をくっつけて、大きなふさふさの三毛しっぽを振ってるあの大きな母猫。どこも汚れてない。綺麗で元気な姿に、湧き出した感情が止まらなくて。
「み゛っ」
その隣のリュック型のケースからひょっこり顔を出した桜色の小柄な猫。間違いない。間違いなくあの親子だ!
拾われてた。誰かが育ててくれてた。大きくなってた。幸せそう。あんなに明るく仲良く鳴いてる。ごめんね。ごめんね
――それから、生きていてくれてありがとう。
言葉にできないまま立ち尽くしてた私の横を大柄な男の人が通り抜ける。片手にホットコーヒーと片手にガリガリアイス。まっすぐその車に向かって歩いて、
「ドア開けるからキャリーに入れてくれ」
って一言。後部座席でうとうとしていたらしい男性となにか少し揉めてから、車のドアは開かれる。再びキャリーからこっちを向いて鳴き続ける親子の姿に、流石に飼い主たちが困っているようだった。
「どうしたあ? 発情期かあ?」
「もうタマはとったやろ。
……まぁでも、いつもと様子が違うのはそうやな」
『うなあああん!』
『みっ! みぃぃ!』
「ごぉら落ち着け!」
その乱暴なようで温かさがある声が楽しくて、ふと目を細めて。ああ、もうバイバイの時間かな。その時だった。
運転席の窓が開いて、
「君はファンの子かなあ?」
なんて声が
……って、て!
「みっ、みけじままだら!?」
「ははは! いかにも俺は三毛縞斑だぞお☆応援ありがとう! ただしプライベートに熱視線は困ってしまうな
……☆」
そこまで、えっ! なんで!? なにが起きてるの!? 何度目かわからない驚きで目を白黒させてる車の、後部座席の窓も開いて、
「うちとこの斑さんがお騒がせしてもうて堪忍なぁ?」
と
……顔を覗かせたのがおうっ
っ、え? おうかわこはく!?
驚きのあまりに声がでなくなった私。
「ほら。誰かさんの声が大きすぎて怯えてもうたやんか」
「平身低頭! けど顔が怖かったよなあ? 誰かさん?」
「やかましい!」
そんな漫才が繰り広げられてるのを見て、ただ、うわ〜〜ダブフェってほんとにいたんだ〜〜
……としかわからない。本当に頭が働かなくて
……。
「なあ君!」
突然大きい方
……あっ、ぅ、そう! 三毛縞斑、さんが私の目を見て、ずいと身体を近づける。
「さっきからうるさいの、うちの子なんだが」
「
……は、はい?」
「車にうちの猫が乗っててなあ」
ようやく少しの思考が戻った頭で後部座席を見れば、猫たちと目が合った。
大きいバスケット型のキャリーケースに収まる三毛ママ。宇宙船みたいなリュックに入った桜色の子猫ちゃん。
その瞬間に涙が零れそうで抑えきれない。どうしていいかわからない。どうしよう、どうしようどうしよう!
「斑はんは怖がらせてうからわしが喋ってええかな?」
「君だって十分怖い男だろうに」
その漫才のような気遣いが窓の隙間から聞こえて
……そして。
「なんや、さっきからずーっとぬしはんのこと見て鳴いとってな。ぬしはんのこと気に入ってしもたみたいなんやなないかって話とって。変なお願いやけど、
……よかったら、ここから少しだけお話しでもしてやってくれへ
……、ませんか?」
「っ
……」
是が非でも、もうなにがなにやらわからにいまま必死に頷いた。おおきにと笑う桜河こはく。
……さん。
「引っ掻き癖が酷いんだ! 触ると君を傷だらけにしてしまうからなあ」
「誰に似よったんやろな」
「さあ?」
続く不思議な心地。二人の会話。十センチだけ開いた窓。しっかり扉の閉まったキャリー。それでも窓越しに聞こえる大きな元気な声。可愛い手。よく動く耳。ふさふさふわふわなしっぽ。そんな親子が私を見て嬉しそうに鳴いていて、
「ごめんね、ありがとう」
ずっといいたかった言葉を口にした。
『んるにゃ!』
『みッ!』
まるで許してくれたみたいに、今は元気だよって言ってるみたいに笑って応えてくれた。知ってる? 猫って笑うんだよ。こんなに可愛くキレイに笑うんだよ
――。
「お名前は
……っ、名前は、
……っ、なに、ちゃん
……ですっ、か?」
涙でぐちゃぐちゃになりながら訊いた私の前で二人が少し困惑して。
「こっちの三毛猫が『まだら』で子猫が『こはく』」
三毛縞さんがはにかんで答えた。
「
……もう、それにしか反応しなくなってもうてな」
「お母さんだから本当に三毛縞さんみたいですね」
「いやあ、実はどっちも雄なんだ」
「オス!?」
桜河さんも困った顔で、結局最後は三人でめちゃくちゃに笑った。
五分、ぐらいかなぁ。非日常が折り重なった不思議な時間。体感一時間半てとこだけど。
「ありがとうございました!」
最後は笑顔で、三毛縞さんと桜河さんと、興奮が冷めてキャリーの中で丸くなった猫たちを見送った。
不思議な時間と不思議な縁。特別な時間。私が動物看護師として社会人のスタートを切るのは、これから三年と少し話。
……あれ? ねぇ、Double Faceって一緒に住んでる、
……んだっけ?
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【猫】
60min+20min
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