ES設立からの激動ののち、斑が越したマンションの一室がある。星奏館にも籍を残しつつ自分の城を手にした斑とそこに入り浸るこはくの構図は、もはや半同棲だとESアイドルたちに噂されるほどだ。まぁ、実際間違ってもいないのだが。
――ここは、酷く平和な場所だ。のんびり、そしてゆったりと優しく甘い時間が流れる。二人でソファに並んで腰掛けて、こはくはノートPCを開き、斑はこだわりのオーディオ機器から高品質の音楽を流す。別に隣にいなくとも構わないはずが、どこかに互いのぬくもりを感じて日々を送る。そんな日常が続くと思っていた。
「ふぎゃ!? また引っ掻きよるコイツ! まだごはんの時間とちゃうやろが! 大人しくせんかい、まだら!」
狂ったように叫ぶこはく。
「おおおい! こはく! 降りなさああああい! 降りなさい! あああああ壁紙だけは勘弁してくれないかなあ!?」
叫びながら嘆く斑。
そう。この『まだら』と『こはく』と呼ばれた視線の先を陣取るのは、エアコンの風にふわふわと毛を遊ばせる二匹の猫であった。
時間は遡り昨年7月。二人でコンビニまでの道のりを歩く夜中に、猫が弱々しく鳴く声がした。普段なら通りすぎてしまうかもしれなかった。
しかしこの日は違ったのだ。
連日の猛暑で人間すら暮らしにくいこの時期。そう心配したのは事実で、おまけに多大なる好奇心もある。そうなればキョロキョロと声のする方を探して二人は歩いた。近くの植え込みの中を探せばすぐに見つかる。
大きなはずの身体もガリガリになり、そこに倒れて動かない長毛の猫。そして、その腹の辺りではまだ小さな子猫が必死に縋って鳴いていた。
助けない訳にはいかなかった。
二十四時間体制の動物病院を探して車を走らせ、
「大丈夫、大丈夫や。わしらが見つけたからには元気にしたる」
優しく変えた声も実らず、
「明日を迎えられる可能性は限りなく低いでしょう」
と、診察に当たった獣医師は難しい顔をした。
「せっかく見つけたんだ! せめて子猫だけでも!」
「いや! 母も子も一緒に助けたる! なにか方法は
……!?」
そんな悲痛な二人の叫びが響く。
点滴に繋がれた猫たち。必死にシリンジからミルクと栄養食を与えた。子猫は辛うじて飲んでくれるが、既に母猫は身体を動かすことすらままならない。これは
――と誰もが諦めながらも、今後の餌やりの時間を考えて1時間の仮眠を取った。
そんな早朝五時半。
『うなあああああん☆』
だれもが目と耳を疑った。
身体を起こして保温ゲージの中で力強く鳴く母猫。
『み゛ぃぃぃ!』
しっかりと床を踏みしめ、ぴんとしっぽを立てて得意気に立ち上がった子猫。
他に例を見ないと獣医師をも驚かせた脅威の回復力で食事を食べ切る姿に、二人は泣きながら猫たちを抱き締めた。
「母猫も子猫もうちで引き取ります」
斑は迷わず真っ直ぐに告げた。
マンションがある。飼う予定はなかったがペット可物件だ。管理会社に話を通せば二匹なら迎えることができるだろう。斑とこはくのどちらか時間の空く者が交代で世話をして、どうしても時間が捻出できない日は星奏館にお邪魔するかもしれないと、ひたすら思考を巡らせてのことだった。
その時。
「ああ、この子たちね
――どちらもオスですよ」
と、とんでもないことを告げた声が今でも語り草になっている。
恐らく迷子の子猫を育てようとしたのだろう雄の成猫。その成猫を母だと思って精一杯お乳をねだって甘えたのだろう子猫。その姿に今でも胸が痛むが、それとは別に湧き上がる新しい感情。それはきっと愛おしさだった。
こうして斑の家
――いや、二人の家に、新しい家族が増えることとなる。
「自分が倒れるまで子猫のこと育てようなんて、まるで斑はんみたいやな」
子猫を助けた猫は綺麗な長毛の三毛猫。脱走したか捨てられたのか、人気な品種のサイベリアンだと告げられた。
「俺はそんなに人間できてないけどなあ。それならこの小さい元気な子は君に似ているぞお? ほおおら可愛い! こはくさん?」
「小さいも可愛いも余計じゃ!」
珍しい桜を彷彿とされる毛皮に身を包んだ子猫は、まだ生後三ヶ月。おそらくマンチカンの系統の子であろうとの獣医師の見立てだ。
『うなああん』
『み! みぃぃ!』
そうしてすぐに決まる名前は、見事にそのまま『まだら』と『こはく』。人間も猫も完全一致の名前であるが、笑いと愛おしさとともに満場一致で決まってしまった。
なかなか人に慣れず、人前では餌にも水にも手をつけず警戒しいていた『まだら』。酷く威嚇を繰り返し、人を遠ざける『こはく』。致し方ない。二匹とも形はどうあれ野良として生きることを余儀なくされていたのだ。警戒心を解くまで時間がかかる。
しばらくして、先に人の近くへ寄ったのも、離乳食を食べられるようになったのも、頭を撫でさせてくれるようになったのも、若さゆえの適応力を持った『こはく』だった。
そんな『こはく』の姿を見たからなのか、ついに人の傍に寄ってきた『まだら』。とくに『まだら』の警戒心は強く、ここに漕ぎ着けるまで一年近くの月日を要した。
ソファに腰掛ける二人の足の近くにそっと近づく二匹。
次はその肘掛けへ。
次は二人の膝と膝の間に。
そして、そっと膝の上に。
そうして少しずつ打ち解けて、二匹の居場所を作ってきた。その時間すら、全てが愛おしい時間の塊だった。
そして時は流れ、今やイタズラ坊主の最たるものとなった二匹と暮らして一年半。
「いだだッ! やめんか! さっきごはん食べたやろが! だああっ背中登るな痛い痛い!! いだだだだ!」
常に餌を待って騒ぎ、
『なああん? おあああ?』
独特の大声でふざけて鳴き続ける、こはくが大好きな『まだら』。
「あああエアコンはやめてくれ! よしよし降りておいでっ
……て網戸! 網戸上らないでくれないかなあ!?」
『み!』
すばしこく元気でやんちゃで家中を走り回る『こはく』は、こうして斑すら苦労する高いところから斑を翻弄するのが楽しいらしい。大袈裟に撫でられて爪を立てることもあるけれど。それでも斑のことを気に入っている。
いつの間にかボロボロになった壁紙とフローリング、カーペット。網戸にカーテンレール。網戸に至っては〝今月だけで二枚目かあ〟と斑が肩を落とすほどだ。
二人掛けのソファに人間が座れば、
『おああああん!』
「あだッ!」
キャットタワーから大ジャンプした『まだら』がこはくの膝に華麗な着地を決める。高いところから膝上に着地される度に悶絶した。
「そんな顔をされても騙されないぞお? 退きません!」
斑の膝にちょこんと手を掛けて、無言で暗に〝どけ〟と圧をかけてくる『こはく』。要望に応えないとソファの側面と足首に爪を立てるものだからまいってしまう。
斑もこはくもため息を吐く。
こんなにも迷惑で煩わしい毛玉の塊のような獣たちが、しかし可愛らしくて愛おしくてたまらない。
あの日手を差し伸べたことは決して間違いではなかったと思わせてくれる煩わしい日々。
たかだか猫。されど猫。二人の生活を侵食しきって、満足そうにしている猫。
愛おしくなくてなんなのだろうか?
「ソファ、いっそ三人掛けにするかあ? 猫たちの入るスペースがいるだろう」
「そうしたってキャットタワーやレールから飛ぶのは変わらんやろ
……」
「ああ
……」
日々の二匹の所業に項垂れても、
『うなああああん』
『み゛!』
その元気の権化である声を聞けば頬が綻んでしまう。
「ああもう! 抱っこやな? 抱っこな?
……ほら、おいで」
抱き上げられればすぐさま膝にまるくなってすぅすぅと穏やかな呼吸をする『まだら』。優しく触れて抱き締めるこはく。
「んん? そうかそうか、君は隣に寝たかったんだなあ! 狭くないかあ?」
満足そうに斑とソファの肘掛の間に潜り込む『こはく』と、その背をくすぐる斑の指。
「やっぱり、ソファはこのままにしようか」
「せやね。
……これがええんやろ? こいつらも、わしらも」
二人と二匹の酷くあまやかで優しい幸せは、確かにこの部屋にある。
〝明日はどんなイタズラをしてやろうか〟と猫たちが相談していることなんて、今の二人は知らなくていいのだ。
だってそれすら可愛く愛しいのだから。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【猫】
60min+30min
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