事務所の消耗品として延長ケーブルを買い足した。三メートルある断線しにくいという品を、雷ガード付きの電源タップと合わせて使う。事務所の頼りになる『門番』の電源ケーブルを延伸するためだ。
「ごめん、ちょっと繋ぎ替えるな?」
大きな一つ目を不思議そうにしばたたくメビヤツに一言断ってから、作業を終える。
昨日、俺の留守中にメビヤツが熱暴走を起こして倒れた、らしい。全てが終わってからそれを知った。
その日は午前中から都内で、ロナ戦関連の打ち合わせが二本あった。退治の仕事ではないからと天気予報も見ずに家を出て、相手のある仕事だったとは言え夕方までスマホを一度も開かずに居た。帰り道にようやく気付いた三十件を超えるRiNE通知に、まず真っ先にドラルクの悪戯を疑った。肩を怒らせながら中身を見て、そしたら。
(メビヤツが倒れたって、どういうことだ)
オータムに引き返してフクマさんに亜空間便を頼むことすら思いつかないまま、東京駅から新幹線に飛び乗る。震える指で開いたニュースサイトには『国内各地で六月の記録更新』『異例の暑さ』の文字が躍っていた。
管理用アプリを通じてメビヤツの異常に気付いたのはドラルクで、けれども昼間だったものだから、たまたま非番だったというヒナイチの力を借りて対処したそうだ。
真っ赤な顔で目を回していたメビヤツを、ヒナイチがリビングに連れてくる。目を開けることも出来ず、再起動を試みては気絶するように電源が落ちる様子から、ドラルクもジョンも、そしてヒナイチも熱暴走だと察し、エアコンを付け扇風機を回し保冷剤をありったけ当てて、と奮闘した。けれどもそうして涼ませてもなかなか回復しない。それでドラルクは、原因が内蔵バッテリーにあるんじゃないかと気がついたらしい。底蓋を開いてみれば予想通り、バッテリーは素手で触れるのを躊躇うほどに発熱していたという。
苦労してそれを取り出し、三、四十分休ませてようやく、メビヤツは目を覚ましたそうだ。そういう事態が、俺が気付いてもいないところで進んでいた。
ヒナイチ曰く、リビングもかなりの蒸し暑さだったが、事務所はその比ではなかったらしい。遮光カーテンの締め切られたリビングと、ブラインドしかない事務所の違いだとか陽射しの加減、そういった差だろうと。しかしメビヤツのカタログスペック的には、プラス方向にもマイナス方向にも100度を超えて耐えるとなっている。それが、あくまでもボディの外側の話であって、内側からの熱に対する耐性は別だったとは、ドラルクにとっても寝耳に水のようだった。
バッテリーが帯びた熱と、これまでになかった高い室温が合わさり、ボディの内部に熱が籠るばかりで放出されず、メビヤツの処理能力を著しく落として気絶させてしまった、凡そういうことだろうとドラルクは見ているが、正式なことは彼の祖父を通じて、メビヤツを造ったメーカーからの回答待ちである。
ちなみに帰宅早々、点検や部品交換のためメビヤツの里帰りもあるかも知れないとドラルクから言われた俺は泣いた。大泣きしながらメビヤツに、しんどい思いをさせてごめん、ひょっとして去年も一昨年も夏はしんどかったのかと問いかけ謝まった。結果、酷く混乱させた挙句に何故かドラルクがビームで殺された。
ともかくそんなことがあったから、日中に事務所のエアコンを使いにくい、俺の不在時間だけでもリビングへ移って涼んで欲しい、とメビヤツに頼んだのだけれど、不在ならば留守番をしなければと首を横に振られてしまった。それで、朝一番に延長ケーブルを買いに走ったのだった。
「本当は事務所のエアコンもガンガン使えたら良いんだけどなー
……」
ドラルクの悪巧みでツクモ化したこともある事務所側のエアコンは、リビングのものより旧型で消費電力が少し大きい。電気代なんて気にしなくて良いから、と言い切ってしまえる程の度胸も貯えも俺にはまだないし、省エネだってきちんとしたい。今年も、エアコンを使う際は事務所かリビングかの『二部屋択一』を原則にするつもりだ。
「代わりと言っちゃ心許ないけど、そこで涼めるようにするから」
そこ、と指し示した事務所とリビングを繋ぐ扉の前まで歩いて、メビヤツを手招きする。延長した分のケーブルが、着いてくるメビヤツの動きを邪魔しないのを確かめてから扉を半分開けて、ドアストッパーをねじ込んだ。
「これでちょっとは涼しいか?」
「? ビッ!!」
リビング側のエアコンで冷えた空気が、事務所側に流れ出てくる。これなら役目を全うしたいと思ってくれるメビヤツの気持ちを汲みながら、熱対策が万全になるまでの急場凌ぎにはなるだろうと考えたのだ。
「暑くなる予報の日は心配だからさ、しばらくはここで留守番頼むな。今日は俺もリビングで仕事するから、誰か来たら教えてくれるか?」
冷風を心地良いと感じてくれるかはわからないけれど。
笑いかけるとやっと、笑顔を返してくれた。
*
正午。カーテンを締め切ったリビングの床に慎重に腰を下ろし、棺桶の蓋に耳を付ける。部屋中見渡してもジョンと死のゲームの姿が無かったから、まだこの中でドラルクと一緒に寝ているんだろう。けれども彼らの話し声は勿論、寝息ひとつ聞こえない。聞こえてくるのは棺桶内の、空調機能が動いているらしい音だけだ。
確かめたかったのはまさにそれだったので満足して立ち上がると、ドアの隙間から心配そうにこちらを見つめてくるメビヤツとまともに目が合って顔から火が出る。
熱暴走事件から二週間。組み込み式の冷却パーツの到着を待つメビヤツはすっかり、その場所で涼むことに慣れてくれたみたいだ。
心配だから、とか言えたらよかった。メビヤツに言ったように。
今から夜まで出かけるというのに、更には棺桶の空調を確認したというのにリビングのエアコンを切らなかったのは、最高気温が33度超えの予報で、それはあの日と同じで、遮光カーテンがあっても室温は上がってしまうらしいと知ったから。つまり、メビヤツが二度と暑さで苦しまないように。機械仲間である死のゲームも同じだ。キンデメが煮えてしまっては一大事だし、じきに起きてくるだろうジョンには世界一心地良い目覚めを迎えてほしい、そういうことだ。
そこにあいつを、ドラルクを含んでいないというわけではない。けれど、出会った日から数え切れないくらい『電気代』と言って喧嘩をしてきた手前、ドラルク以外の奴を気遣うようにはとても言えなかった。なんなら、メビヤツが倒れる数日前にも、湿度が辛いからエアコンを解禁しろと騒ぐドラルクから、日本暮らしが俺より長いんだから慣れてるはずだろ、なんて言ってリモコンを取り上げたくらいなのだ。急に手のひら返して暑さが心配なんて言った日にはあいつは絶対調子に乗るし、これまでの俺の発言を事あるごとに蒸し返して煽るし、エコ運転を勝手に切って、設定温度を下げまくって高笑いするに違いなかった。
俺が思いつきで遮光カーテンを取り付けた日だって。言葉でこそ何も言われなかったけれど、あいつときたら、幽霊でも見たのかって訊きたくなるくらいの顔をしていたのだから。
「じゃあメビヤツ、留守番よろしくな! いつも通り、こっちのエアコン付けっぱなしにしてくから。なんかさ、ジョンも快適だって言ってくれてるし、エアコンって頻繁に入れたり切ったりするより付けっぱなしの方が電気代がナントカカントカで
……」
暑いらしいじゃん、くらい、言えたら良かった。
けれども言えるはずもない俺は、今日もエアコンを切らない言い訳探しに苦心する。
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いろんな事があってエアコン当たり前に使うようになって、以前書いた『1円の蚊帳だけはやめてほしい』
https://privatter.me/page/66b71522af9e2 になってくのかな、みたいなことを思いながら書きました。まだ恋心じゃないけどほんのり家族として見始めてるロくん。
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