彼方の作品倉庫
2025-08-07 09:36:22
5307文字
Public 六い/文仙
 

【文仙/SS】おもてとうらの垣間見

現パロ。恋仲で同棲中、別々の会社に勤務(元ネタ
※年齢操作の要素あり。

〔初出:文仙webオンリー「恋文に仙秋の想いを込めて」〕



「明日、お前の職場の近くで用事があるんだが、帰りに遊びに寄ってもいいか?」
 夕食後。ソファーに座る俺へ、思いつきのような言葉が投げかけられた。仙蔵が切り出した提案に「否」の返答は無意味である。この手の言い方は、「申し出」ではなく最早「確認」に過ぎず、俺が何と言おうと勝手に遂行するのがこいつだからだ。
……は?」
 それでも俺は、一度は断る姿勢を示す。雑誌を読んでいた視線を仙蔵へ移し、短くも肯定的ではない返事を落とした。
 別に駆け引きなどではない。単純に、突然の言葉に呆気に取られてしまっただけである。遊びに、来る? こいつが? 俺の職場に?
「不満なら手土産も持っていくぞ」
 誰が「手ぶらで来る気か」なんて目で訴えた。そうじゃねぇよ。都合よく解釈するな。つうかあで通じろ。
「いや、なんでだよ。来なくていいだろ」
「別に構わんだろう。顔が見たいだけだ」
 そういや、前々から「行きたい」だの、逆に「私の職場こっちに遊びに来ないか?」だの言ってたな。帰宅すれば毎日合わせている顔だというのに、わざわざ仕事中にも覗きたいとは。物好きな奴め……
「いいだろう? なぁもんじー」
 ソファーの後ろへ回ったかと思うと、仙蔵は人差し指で俺の頬を突き始めた。やめろ、つつくな。からかい半分、甘え半分のような声色も出すな。何なんだよ、ったく……
……勝手にしろ」
「よし、ならば勝手にさせてもらうぞ」
 ……やはり、俺の抵抗は虚しく空回りするだけであった。知ってた、いつもこうなるんだよ……。こいつに甘い俺にも原因があるのは、わかってはいるんだがなぁ……
 浮き立つ仙蔵の満足げな笑顔に、俺は密かに溜息を落とした。

   ◆◇◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◆◆◇ ◇◆◇◆◇

 自分の用事、もとい仕事を終えた私は、早速文次郎の元へと向かっていた。数日前に予定を確認している時、「これはもしかして」と思い調べてみたところ、帰りに文次郎の職場の近辺……どころか、その前を通ることに気づいたのである。以前より伺いたい気持ちはあったのだが、いいタイミングに巡り合えなかったのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
 直帰の許可も、事前に上司から得ている。平日の日中から、大手を振って文次郎を訪ねる――うむ、なかなか爽快な気分だ。今日の抜けるような青空くらい清々しい。
 ――と、その前に……手土産を買わなければな。この近くに、評判の茶菓子を売る店があることもリサーチ済みである。差し入れに持っていけば、不満げだったあいつの溜飲も下がるに違いない。どうだ、気の利く恋人だろう? 完璧にこなしてこその“立花仙蔵”だからな、私は。
――……は?」
 だから、こそ。予定外のことに出くわすと、一瞬だけ思考が停止してしまうのであった。
 私の目の前には、閉じられたシャッター。貼られている紙には、諸事情による臨時休業の旨。まさかすぎる展開に、その貼り紙を二度見どころか三度見したほどである。そんな、まさか。
……いや、まだ大丈夫。次がある」
 不足の事態に備えて、いくつか他の店も調べていたのである。予備の代替案を立てるのは肝要、ということだ。ふふふ、この程度の状況で足をすくわれる立花仙蔵ではないぞ。そう気を取り直して、私は何事もなかったかのように次の店へ向かった。

   ◆◇◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◆◆◇ ◇◆◇◆◇

 ――結果的に、私が文次郎への手土産を準備することはできなかった。休業日の変更。店舗移転による一時休業。ホームページの更新遅れによる、閉店情報の掲載遅れ。などなど……。訪ねた先の店はひとつも営業しておらず、どこもシャッターを固く閉ざすばかりであった。事前に買っては荷物になるからと、当日に現地調達しようとしたのだが、まさかそれがあだになるとは……
「そ、そんな馬鹿な……
 ふと、友人伊作の懐かしい顔がよぎる。こんな不運の連続、あいつしか巡り合わないものだと思っていたのに。自分も経験することで、その気持ちがよくわかってしまった。なるほど、こういう感じなのか……
……仕方ない、諦めるか!」
 いつまでも店を探し続けていては本末転倒である。私はさっさと気分を浮上させ、文次郎の職場へと足を向けた。もう手ぶらでいい。これしきのことで、あいつは機嫌を損ねる人間ではないからな。
 元より差し入れだけして、さっさと帰る予定だったのだ。手土産など取ってつけた理由にすぎない。ひと目見て少し話せたら、それだけで充分だ。
 文次郎の職場は地元の役所である。一般的な企業とは異なり、ほとんどの部署は直接訪問しても咎めれることがあまりない。多くは、受付用・申請用の窓口が設けられているくらいだ。
 文次郎は財政関係の部署に勤めていると聞いている。役所を訪れた私は、ロビーに設置されている各フロアの案内板を確認した。そして、エレベーターで目的の階まで移動する。
 到着して周囲を見渡すと、見慣れた顔はすぐに発見できた。しかし、どうやら先客の対応中らしい。文次郎は窓口のカウンターで、書類を見ながら何か説明をしているところだった。私は邪魔にならない、そして視界にも絶妙に入らないであろう場所で対応が終わるのを待った。仕事の妨害はしたくないからな。ふふ、私ができる恋人でよかったな。
 ……それにしても、仕事中の文次郎というのは、なかなか新鮮に映る。真剣かつ真摯に対応する姿は、普段とはまた違った雰囲気だからだろう。真面目という言葉が服を着て歩いているような人間なのは違いないのだが。
 昔馴染みの友人といる時の一面もあれば、同棲している恋人の自分しか知らない一面もある。しかし、一方で距離が近すぎると見えない一面もあるのだと、急に実感が湧きだした。そして同時に――珍しい感情が、己のうちに生ずる気配も覚えた。別に自分の知らない文次郎がいて嫌だとか、自分に見せない顔があって寂しいとか、そういう気持ちではない。これは、寧ろ……
 そうこうしている内に対応が終わったのか、窓口の客人はその場から立ち去っていった。ハッとした私は、入れ違いに文次郎へ声をかける。
「おい、文次郎。おい」
 奥へ戻ろうとした文次郎を引き留めると、振り返ったその顔には「マジで来たのか」と言わんばかりの表情が浮かんだ。なんだその顔は、もっと喜ばんか。せっかく労いに来たというのに。
「来たぞ! すまん、手土産はなしだ」
 茶菓子の代わりに、恋人によるとびきりのスマイルを提供……したのだが、文次郎は少しだけ顰めた眉を戻さないままだった。うーん、タイミングが悪かったか? それともやはり手土産が必要だったか? もしくは、そもそも職場を訪れたこと自体が好ましくなく……いや、それは「勝手にしろ」と言われたから問題ないはずだ。ならばなぜ、そんな不機嫌な表情を……
 すると文次郎は自分のデスクに一旦戻って書類を置き、代わりに引き出しから何かを持ち出した。そして同じ部署の職員と数回言葉を交わした後、カウンターの外へと出てくる。
「こっち、着いて来い」
 言われるがままに、その後を追って移動する。案内された先は、そこそこの広さの部屋だった。しかしその半分には様々な物が雑多に詰め込まれている。そしてもう半分にはテーブルと数脚の椅子、そして壁際には年季の入ったシンクと冷蔵庫と電子レンジが備え付けられていた。どうやらここは、物置きを兼ねた職員の休憩室のようである。
「そこに座れ」
 示された椅子に座ると、テーブルの上にいくつかの小袋が差し出された。中に詰められているのは焼き菓子のようである。さっき引き出しから取っていたのはこれか。……んん?
「ほれ」
 更にお茶まで振る舞われる。しかもテーブルを挟んだ反対の席に、文次郎も腰を落ち着けた。……え、いや。あの。文次郎?
「? どうした、食わんのか?」
「いや、その……
「その菓子か? 同僚の旅行土産だ。俺はもう先に食べてるから、遠慮しなくていいぞ」
「あ、あぁ。ありがとう……。って、そうじゃなくて、だな。……というか、抜け出していいのか? まだ仕事中だろう?」
「まぁ……少しくらい大丈夫だ。もう夕方だしな。今日の仕事もほぼ終わった。片付けはあるが、どうとでもなる」
「そ、そうか」
 訪問のタイミングは問題なかったようだ。手土産がないことについても、別段気にしてないように見える。休憩室にまで案内されたということは、邪険にされている訳でもないらしい。ならば、あの表情は一体……
……文次郎、やっぱりその……迷惑だった、か?」
「は?」
「さっき、嫌そうな顔をしていただろう?」
「あー……あれは、だな。その……
 頭をがしがしと掻きながら、文次郎はふいと顔を横に逸らした。その頬は、ほんのりと赤みを帯びている。
……前に、同じ部署の奴にお前の写真を見られてな。その張本人が職場に現れたら、余計にいろいろ詰められるだろ? 面倒なことになると思って、それでつい顰めっ面を……
「ま、待て。写真って。お前、まさか私達のこと――
「言ってねぇよ。昔馴染みの友人とだけ説明した」
 それを聞き、ほっと胸を撫で下ろす。同性で恋仲というのは、それだけで良くも悪くも注目を浴びるものである。その為、正確に私達の関係を知るのもごく少数だ。自ら言いふらす気はないのだが……今回の行動は、やや軽率だったかもしれない。少しだけ反省しよう。
「お前の容姿は目に留まりやすいからな。それだけで話のネタになるんだよ。で、知り合いの俺に自然と追及の矛先が向くだろうから、あのまますぐに席に戻るのもな……
「あー……
 それで応対を理由にして、文次郎も休憩室に逃げたのか。あの一瞬でその判断を下すとは、なかなかの策士だ。頭の回転のよさに、私も鼻が高くなる。
「それに……お前のことも、あまり見せびらかしたくなかった」
「ッ!?」
「だから早々にここへ連れてきたんだ。人目がないからお前も落ち着けるだろうし、ついでに俺も安心できる」
「な、なるほど。そうだ、な」
 何の心配をしてるんだ文次郎……! さっきの顔の赤みは、それが原因か! いや大事に思ってくれているのは嬉しいし、それを行動で示してくれたのは喜ばしい限りなのだが。唐突な本音を受け止めるには、こちらとしても心の準備が幾分か必要なのであってだな。その心構えなくダイレクトに食らってしまうと、私とて平静を装うのは容易ではなくなるのだぞ。それをわかってやっているのかこいつは。絶対にわかってないだろう。
「だが、何にせよ――
 席を立った文次郎は、私の隣にまで来た。そしてその大きな手を、そっと私の頭へ置いた。
「仕事中に、お前の顔を見れてよかったよ。おかげで疲れも取れた」
……ッ」
 いつもなら「そんなに疲れを溜めるから、まだ二十代なのに課長クラスに見えるんだぞ」などと、軽口を叩くのに。家で見せるような柔らかい表情を向けられたら、優しい声音で言われたら。何も、言えなくなってしまう。
 しかも今の文次郎は、すっかり見慣れた私服や部屋着ではなく、ワイシャツにネクタイ姿という仕事モード全開な姿なのである。自分があまり知らない見た目に、自分しか知らないであろう表情や声が合わさるというのは、あまりにも破壊力がありすぎる。これは、アレか? 改めて惚れ直す的な、そういうことなのか?
 思い返すと、先程の窓口で対応している様子を見ていた時もそうだ。距離が近すぎると見えない一面――どうやら自分は、それに胸の高鳴りを感じていたようである。うぅ、認めがたいが認めざるを得ない……
「どうした仙蔵?」
……お前、こういうこと他の奴にはするんじゃないぞ。老若男女問わず、死人が出かねない」
「誰がするか! する相手もおらんわ!」
「ならばいい」
 無自覚に他人に勘違いさせて、面倒事を引き起こすなよ。そういう純粋な忠告のつもりだったのだが……言った後で、どことなく嫉妬深いような発言になってしまったと気づく。まぁ、馬鹿が付くほどの正直者である文次郎が言葉をたがえることはないはずなので、心配は微塵もないのだが。
 それにしても、顔を覗かせてすぐに帰るだけのつもりだったというのに、思ったよりもてなされてしまったな……。文次郎はハッキリと言葉にはしなかったが……歓迎してくれた、と受け取っていいのだろうか。「顔を見れてよかった」とも言っていたし。そう思ってくれたのなら、嬉しくもあり……やや恥ずかしくも、あり……。うん……やはり来てよかったな。


 結局私がひと足先に帰るまで、文次郎は三十分ほど話相手になってくれた。短時間とは言え、仕事中の文次郎を堪能できて。そして今度は、帰ってきた文次郎を独占できる。幸せな時間が続く嬉しさに、私は浮ついた気分で家路を辿るのであった。