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河童の皿箱
2025-08-03 08:35:05
2625文字
Public
遊戯王:短め(2025年度)
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咳をしても一人/咳をしても二人
娑楽斎が風邪を引くだけ。
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目を覚ませば、暗い部屋の中、明るい柱が目に入った。ペットボトルの底に、携帯端末が敷かれ、バックライトが点いているようだった。その端末も、見覚えがあるもので。
「おう、起きたか」。揺らぐ視界、けれど待ちわびた端末の持ち主の、いや、友の姿をとらえれば、ガチガチに凝り固まっていた体の力が、ほんの抜けた、けれど吐き出した息は咳に変わった。
「喉風邪じゃな。流行りなんじゃと」。かつり、何か硬いものがぶつかる音がした。トントンと、何度か。それから、水がジャバジャバ鳴って。あぁ、そうか。俺は。
「お前、最後に食ったのいつだ?」。問いかけに思い返す。「たぶん
…
昨日の晩」。正直に吐けば、友は顔をしかめた。「水は?」。「朝に少し」。かすれきった声で答えれば、友は「そんなに動けなかったんか」と、驚愕した。そうだ、本当に動けなかったんだ。でも、今は。応答を、咳がかき消す。
「ほれ、これ食え。食ったら薬もあるでな」。友はそう言って、背を支えてくれる。身体中の筋が痛い。けれど、浅い皿に盛り付けられた淡い黄色と、混ざった赤色が、空きっ腹を誘う。いただきますと、口先だけで唱えては、匙で掬って、口に運ぶ。
思った通りだ。すりりんご。酸味と甘味が喉を刺し、痛む。けれど、飲み込むたびに、不思議と痛みが和らいだ。すこし、ショウガとハチミツも混ざっているだろうか。当てにならない味覚でも、ともかく、美味い。
「甘いものばかりで何だが、ほれ」。近場の薬局のレジ袋から次々出てくる、看病用の道具。2リットルのペットボトルが3本に、シロップ薬、トローチに喉飴。それと、愛飲のエナジーゼリー。おまけに体温計。
…
こんなに世話焼きだったのだろうか、こいつは。不思議に思いながらも、けれど胸が熱いのは、果たして香辛料のおかげだけだろうか。
手が止まることなくすっかり平らげたすりりんご。そこそこマシになった喉は、咳払いをひとつ。「ありがとうな」。ようやく少しは出た声に、友はふっと微笑んだ。「なぁに、元気になってくりゃあ、わしはそれでええ」、と。シロップ薬を飲み込んで、ふうと一息。
「起こしたついでじゃ、汗がひどい。底冷えする前に体ぁ拭けよ」。押し入れから引っ張り出したタオルを水に濡らし、よく絞っては、ぽいと放り投げられる。たしかに、昼間暑い時間、冷房をつけていなかったな。悪寒はあるが、友のいうがまま服を脱ぎ、体を拭う。ひんやりとしたタオルは、悪寒に相まることもなく、心地よかった。友がまた引っ張り出してきた別の寝巻きに、腕を通す。
ぐぅ、と。腹が空腹を訴えた。枕元に並んだゼリーを手に取って、蓋をパキリ回して、吸い込む。舌馴染みのある味だ。「お、食欲あるんか」。友がそう笑うけれど、まだ固形のものは食べられそうになかった。綺麗に洗われたコップに注いだ経口補水液。一口飲めば、まだ足りぬ。もう一杯、もう一杯。そこでようやく、餓えに気がついた。
一通りの処置が終われば、痛みも、咳の深さも、比べ物にならないほどマシになっていた。「今日は、わしも泊まるでな」。そういって、手製の水提灯が離れていく。作業途中のちゃぶ台の上を適当にどかし、友は自分の鞄から擦り切れた本をいくつか取り出し、勉強を始めた。
うつら、うつら。まだまだ本調子どころではない体調。けれど、さらりさらりと聞こえる鉛筆の音が、こちらからは漏れ出て見える水提灯が、そして、それが映し出す友の姿が、とても心地良くて。
「おやすみ。はよう、元気になれよ」。穏やかなる友の声。目を閉じて、息を吐く。咳が絡まる。
「ありがとう」。あぁ、そうだ。やることはたっぷりある。でもまずは、あいつが好きなもんを奢ろう。寿司とかさ。
意識が落ちる。気配が遠のく。けれど、寒気はほとんどなくなっていた。
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