河童の皿箱
2025-08-03 08:17:43
3976文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

1200と1800と

娑楽斎がファイアとラゼンとデモンスミスに体術を教わるだけ。


 今日も今日とて扱かれる。リングに立つ絵師と戯画は、互いに拳を交わし、脚を躱しと、一進一退の攻防を繰り広げるまでになっていた。戯画の軽いジャブを、絵師は身を逸らし、その先へと繰り出される強烈なストレートを、今度は身を引き、しゃがみ、避ける。勢いのままに足払いを狙うも、しかし戯画もまた下がり、体勢を立て直しては、幾度目かの膠着。だが、余裕綽々の戯画に対して、絵師の息は上がり続けていた。
 そのそばでレフェリーを務める闘士は、万が一にも白熱に浮かされた残虐が起きぬよう、距離を保ちながら、しかしすぐに手が出せる位置を保ち続け、ふたりの接戦を見守る。リングの外では、相変わらず鍛冶師が手当道具を揃えるために、氷嚢袋に氷と水を詰めていく。
 ドン、と。戯画の強打がとうとう絵師の腹をとらえ、また情けない声を上げて倒れ伏す絵師。念を入れて、闘士が間に入り、戯画を止めれば、おとなしく従い、けれど絵師は倒れたまま、ぜえぜえと肩で息をする以外に何の反応も示さなかった。疲れ果てているのだろう。とはいえ、戦闘を継続できる時間も、動きも、だいぶ良くなってきた。技だって、量の手が埋まるほど覚えてきたと、闘士はそう評すれば、絵師が動けるようになるまで、戯画と共に今後の方針を話す。

 そんな折だった。ジムの扉がバン、と開いたのは。なんだなんだと男たちが出入り口に目をやれば、そこにあったのはまさしく般若の面構え。その脇を固めるは、にっこり笑った一角の仙人と、鱗を授けし弁財天。ずかずかとリングまで上がってくるその子らを拒む間もなく、けれど鍛冶師もまたリングへ上がり、尋ねた。「おい、どういう了見だ?」と。
 子らは倒れ伏す絵師の前に立ち、「やる」、と拳を構える。その瞳に宿る激情を覗き込めば、ひどく背筋が凍り付き、返答を待つ間もなく、大般若はその拳を真っすぐに、戯画の顔を狙った。ゴウ、と風切る剛拳を、間一髪で躱せば、けれどやらなきゃられると反撃に徹するも、戯画の渾身の一撃は、般若の細腕に受け止められた。
 「待て、落ち着け」と闘士の静止も聞かぬまま、仙人もまた、懐にすいと入り込み、肘鉄を見舞う。けれど、割って張った鍛冶師がそれを受け流し、けれどさらなる弁財天の追撃が襲えば、鍛冶師はとうとう姿勢を崩した。
 「セアミン、待って! 絶対違うよ!」。突如、うら若き少年の声がジムに響き、戯画ははっと目を向ける。そこには見慣れた地味な少年が立っていたが、けれどやはり、能楽師たちは止まらぬまま、男たちに肉薄する。「あれれちょーっとヤバいかも?」。さらに到着した博士が何とかしようとするが、半身というべき機械はなく。「ダーリンごめんねアタシじゃ無理」と、鍛冶師の連れの魅惑的な、けれど疲れ果てている悪魔もまた、諦めの様相を呈していた。
 徐々に幼き剛力を御しきれなくなる男たち。かつての絵師のように、ぜえぜえと肩で息をするも、楽師たちの業腹はなおも収まらぬまま、その原因もわからぬまま。とうとう床に組み伏せられ、突き倒され、男たちは敗北の事実を受け入れるしかなく。
 リング上の大乱闘は、能楽師たちの勝利で幕を下ろした。幼き子の腕に横抱きになる、屈強なる絵師。その大きな両手は自らの顔を覆い隠しては、「わりぃマジかよ」とこぼしていた。

 それから、ようやく動けるようになった絵師が、能楽師たちに、そして男たちへととうとう口を割った。まず、絵師が強くなろうと思った原因。それは、能楽師たちの腕っぷしがあまりにも強いことにあった。遊びで取っ組み合いをすることがあっても常敗。どっかに出かけて襲撃にあった時も大抵庇われ、これじゃあ男じゃねぇとばかりに、友たる男たちへと教えを請いたのであった。しかし、そんなこっぱずかしいことを口に出すなんて、醜態を晒す様なもので、どうにも口が開かず。そうして今日に至るというわけ。
 そして、能楽師たちが襲撃を仕掛けた原因は、突如絵師の体に出来た、無数の打撲痕や痣であった。これは何か窮地に瀕しているに違いないと、聞き込みをすることしばらく。得た手掛かりが、絵師の友人の連れ達。こと、少年と、博士と、悪魔の証言であった。戯画が、闘士が、鍛冶師が、それぞれに絵師と闘っているらしい、と。けれど、証言者たちはそう多く知っているわけでもなく、けれど能楽師たちは、絵師が虐げられていると誤解。そうして、今日に至った、とのこと。
 ボコボコにされた男たちは、なるほど、なるほど、と頷けば、絵師の頭を一発ずつ殴りつけた。「おめぇのせいじゃねぇか!」と。「悪かった! すまん!」と甘んじて強打を受けれては、また机に突っ伏す絵師。事情をようやく呑み込んだ能楽師は、特段それを責めることはなく。けれどふっと微笑んで、一言こぼした。

 「守ってあげるから」。なんて。
 絵師の男としての矜持が回復するまで、まだまだ遠い。