背中を強かに打ちつけては、情けない声と共に倒れ伏す体躯。ぜえぜえと息を切らせた絵師は、再び立ち上がる力すらもなくし、「クソっ!」と悪態をついては、自らを見下ろす戯画を睨みつけた。「おいおい。そんなんじゃ、いつまで経っても俺には勝てねぇぜ?」なんて煽り立てる戯画に絵師は口を開くが、ゲホゲホと咽こんで言葉をなくす。その間に、闘士として各地を旅する螺旋流の弟弟子が割って入り、「止まれ。いったん休憩するぞ」、とふたりを諭す。
絵師が息を深く吸い込み、そして吐き出し、戯画の差し出した手を取ってなんとか立ち上がれば、リングの外では呆れ顔の悪魔鍛冶が座席で頬杖をついている。「お前…マジでその体してそれなんだな」、と。まだ整い切らない息のなか、「うっせ」と苦い顔で反論をこぼしては反対側の座席に座り、持参した水筒の茶を一口。染みわたる冷たさが体に受けた打撃の痛みをわずかに癒しては疲れのままに突っ伏し、今しがた暴れた戯画と、教鞭をとる闘士もまた、座席につく。
浮世絵師、娑楽斎は絵師である。その人生のほとんどを絵を描くことに費やし、しかしながら自らを磨き上げることにも余念がなかった。故に、がっちりと肉体を鍛え、磨き上げては、その体ほどもある巨大な筆を振り回し、浮世へ絵を浮かび上がらせている。しかしながら、絵師はどこまでいっても絵師である。体をしっかり鍛えていようが、体術という分野においてはからっきしであった。絵を描くにあたっての知識として頭にあるとはいえ、自分が実際に体を動かし、戦闘技能として習得しているかと問われれば、答えはNoであった。
それもまた個性でいいだろう。4人の男はそう考えていたが、絵師が突如「体術を学びたい」と言い出したのだった。絵のためなのか、何なのかは知らないが、友たる男たちは血気盛んであった。友の頼みとあらばと二つ返事で了承し、本職の格闘家である闘士は師の教えとともに理論を体に叩き込み、飛び出しヒーローの戯画は練習相手として立ちふさがり、一匹狼な鍛冶師はそんな様子を「馬鹿やってら」と眺めては、今に至る。
「湿布だ」、と。闘士が荷物から消炎鎮痛剤をいくつか取り出しては、打撲まみれの体に手当てを施す。ひどく痛む部分はないかと関節の曲がりなどから確認をしては、鍛冶師がせっせと準備した氷嚢で患部を冷やして包帯を巻く。その間も、闘士は絵師へと手当の知識を授け、絵師もまた、満身創痍ながらも頷き、向き合う。
手当が終わったころ、ようやく力の戻ってきた絵師が戯画に顔を狙わない約束を守ったことへの感謝を述べれば、「お前の顔なんて殴ったら、どうなるかわかったもんじゃねぇからな」、なんてケラリと笑った戯画もまた、冷やした数少ない打撃部にテーピングを施した。
「それに。俺もラゼンのー…教え方? は、ほら。参考になるしさ」。戯画がそう肩をすくめては、闘士に目を向けた。「そう大層なことをしてるつもりはないぞ」、と闘士が呟けば、絵師は笑った。「大層なことなんだよ、俺たちにとっちゃあな」、と。戯画が言葉を続ける。「俺はさ、誰かに教えてもらったわけじゃあねえんだ。なんせ、生まれた瞬間からヒーローなんだからな! …だから多分、俺だけだとこいつのことを鍛えられても…なんだ。根性だー、とかそれ止まりだったと思うし、相当無理をさせても気づけなかったと思う」。
それを聞いた闘士は腕を組んで考え込み、ふと鍛冶師に目を向けた。そんな視線に「俺も実戦であれこれやって身に着けたからな」と返せば、闘士はもしやと唸った。「師匠居んの、俺だけか」、と。4人はぽかんと顔を見合わせて、言われてみればそうかもと、互いに頷いた。
すると、絵師はまた笑った。「頼りにしてんぜ、御師匠サン」、と。闘士がむず痒そうに視線を逸らせば、戯画も笑った。「そうそう。オシショーサン!」、と。そんなノリで迫るふたりに、闘士は「やめろやめろ」と額を軽く引っ叩いては、一度座れと押し返す。おとなしく座ったふたりに、鍛冶師はまたまた呆れ顔。
それから4人は、絵師の育成方針を議題に、作戦会議を開いた。絵師が何故、体術を習いたいのかは相変わらず言い出しはしなかったが、それでも友らは友に応えんと。絵師はよく筆を持っているのだし、足技を主体に教えたほうがいいのではと意見する闘士。対して、いやいやせっかく鍛えた腕があるんだから使わねぇと、と主張する戯画。そこに首を突っ込んだのが、鍛冶師である。筆を使うんなら、それ込みの技を仕込んだらどうだ、と。
どれも一理ある。御師匠たちは弟子へと目を向け、けれどその獰猛な目に、絵師は背筋をひやりと冷やした。
会議の結果が出た。習得までは、まだまだ遠い。
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