おがら
2025-07-29 02:49:47
2380文字
Public バキサム
 

雨のコインランドリー

🦾🪽 全年齢
TB後の二人。サムがちょっと大人げないです。
月いち36の日で公開

 
 早朝のコインランドリーに着いた途端降り出した雨は僅かばかり先ほどより強くなってきていて、室内に備え付けられたベンチから見上げる窓には雨粒が叩きつけられている。そういえば出かけに傘を持っていけと言われたのを頭の隅で思い出す。いや、きちんと耳にも頭にもその声は届いていたけれど、どうしても素直に聞く気になれなかったのは昨夜から引きずっている喧嘩のせいだ。
 きっかけなんて大したことじゃあない。いつも通り――それだって納得してないが、無茶な戦い方をして身体に傷をつけていたことに俺が口を出すと温度の低い声で関係ないだろ。と突き放されたのだ。あぁちくしょう、思い出しても腹が立つ。
 久しぶりに会えたというのに、サムのあの態度はどうしてなのか。原因はわかってる。いま俺が身を置いている状況をサムは心から歓迎してはいないからだ。
 俺はニューアベンジャーズとしてあいつらをまとめる責任があるし、放ってはおけない。それにヴァルのことだって目を光らせておくからと何度も何度もサムと話し合いを重ねてようやく落としどころを見つけたから内密にだが会う機会も出来たというのに。
 昨夜家に迎え入れてくれた時はお互い少しぎこちなかったけど普通に話していたし食事だってできた。俺は料理にどれくらい手間がかかるかは詳しくはわからないがきっと腕によりをかけて作ってくれた飯を振舞ってくれた。ベッドだって共にした。サムを前にするとティーンみたいにがっつきたくなるけどちゃんと丁寧に抱いたつもりだ。サムだって応えてくれた。
 なのに、眠る前にサムの身体に触れて気になっていた傷について聞けばあの反応だ。そんなの誰だって納得出来ないだろ。さっきまで散々愛し合っていたのに突然突き放せるのか、あいつは。
 ごうんごうん。と人気のない室内で唸る乾燥機の音を聞きながら記憶を掘り起こして思うのは、腹が立ってるんじゃない。俺は寂しいのだ。
 会えない間、あいつが怪我をしていないか気が気じゃなかったのはトレスがああなったのを見たからだ。サムの飛行技術や戦いを信用してないわけじゃない。俺が血清を打ってなければあいつとまともに戦えるかわからないくらいにあいつはちゃんと強い。けど、傷はすぐに癒えない身体だし、丈夫さだって違う。その痛みを、俺には話してほしいのだ。
 それを突っぱねられたのが悲しくて寂しかった。サムの心に、俺はいま触れることが出来ない。それがさみしい。泣いて怒って憤って、そんなサムの全てぶつけてほしいと願っているのにだ。あの時、あの病院の個室で俺たちはそういう仲になれたと思っていたのに、だ。
 けどそのきっかけだって結局は俺だ。正確にはヴァルなのだが、それはサムには通用しない。今の状況が本気で嫌ならどうにだって出来るはずだ。と直接言われもしたし俺自身もそう思っているからだ。だけど俺たちはもう戻れない。戻らない。奴らに前に進むよう促したのは俺なのだから。
 終わらせるべきなのだろうかと過った考えを頭を振って消し飛ばす。それだけは納得が出来ないのだ。どれだけ今の状況が悪かろうとサムに冷たい態度を取られようと、サムとの関係をなかったことにはしないしさせない。こればかりはどんなに嫌がられようと承認なんてしてやらない。
 ぴぴ。と控えめに鳴った乾燥終了の音を合図に俺はぐだぐだと渦巻いていた思考を止め、ベンチから立ち上がって汚れ一つなく綺麗に乾燥まで終えたシーツを引っ張り出して袋へしまう。しかし帰ろうにも雨はまだ降っているし、このままじゃ折角の洗濯物がまた濡れてしまう。頭を冷やすためにもここに来たというのにまた洗い直しは勘弁してほしい。それにサムの家の洗濯機は最新すぎて訳が分からないのだ。
 もう少し弱まるまで待つか。と腰を下ろしかけた瞬間、コインランドリーのドアが開いてひとりの男が入ってくる。手には傘が二本だけの洗濯物を持っていない男。

「サム……。」
「だから持っていけって言っただろ。」

 中途半端に身を屈めたままの体勢でじっとサムの顔を見つめる。昨夜のように俺を拒否する顔も声も見受けられないことに少しホッとして腰を伸ばして入り口に佇むサムに近づく。

「わざわざ来てくれたのか。」
「シーツを濡らしたくないから、な。」
「そうか。……そうだな。」

 シーツを詰め込んだ袋を持ってサムから傘を受け取ると背を向けたサムが扉に手をかけたまま動かず、口が開く気配がする。

「バック。帰ろう。」
――ああ。」

 今日だけは同じ場所に帰れる。帰ることを許してくれたサムをこの場で腕の中にしまい込みたい衝動を傘を握って堪える。サムがくれたきっかけを自ら崩すなんて馬鹿なことはするべきじゃない。
 扉についたベルが軽快な音を立てて俺たちは傘を開いてコインランドリーを後にする。またしばらくは来られないだろうから、それまで新しい乾燥機に変わっていないことを願おう。
 
「角にあるパン屋、寄っていこう。お前あそこのパン好きだろ。お土産にしたらどうだ?」
「土産ってあいつらにってことか? おい勘弁しろよ。あいつらに教えてたまるか。」
「なんだ、リーダーは案外ケチなんだな。」
「サム、あいつらは食い物の価値をわかっていない。貪られるのがオチだぞ。」
「そりゃあ一大事だ。ちゃんと教育してやったらどうだ。バック、お前だってバゲットかベーグルかなんてなんでも良かっただろ。」
「おい、昔のことを掘り返すなよ!」

 人気のないことを良いことについ声を張り上げた俺にサムは愉快そうに笑ってさっさと先を歩いていく。雨が跳ねるのも構わず追いかけて行くと角のパン屋が見える頃には雨は上がり、傘を閉じてサムの隣へ並ぶ。

「奢ってくれるか? キャプテン。」
「いやだね。」