おがら
2025-07-29 02:43:48
2550文字
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家族のはなし。

TB後サムとエレーナの会話。
バキは出てきませんが、ナチュラルにバキサムが付き合ってる設定です。


「その髪自前か?」

 ウォッチタワーにやってきて数回目になるキャプテン・アメリカことサム・ウィルソンに唐突に話しかけられ、エレーナは訝しげな視線を寄こさざるを得なかった。じとり、という音が鳴るような視線にもサムは臆することもなくエレーナが座っていたソファの前にある椅子を指差して着席しても良いかと聞いてくる。順番が逆だと思ったがこのチームの誰より変わり者なはずもないサムの言動をいちいち気にする必要もない。

「座れば?」
「どうも。」

 キャプテンスーツではなく自前だろう紺のスーツを着用してきたサムはスーツのボタンを外して椅子に腰かける。ふう、と吐いた息は先ほどまでエレーナも含めチームと会議していたからだろうか。

「それで?」

 ゆったりと背もたれに体重を預けたサムはエレーナに視線と声を投げて先ほどした問いかけの答えを待っている。エレーナは手持ち無沙汰に触っていた爪先に視線を落としてどう答えるかと逡巡していた。別に素直に答えたって困る質問じゃない。今更チームの風紀に口を出してくるようなことはないだろうし、じゃあだったら猶更何故だ。と思う。この髪だと誰かが、サムが困るようなことでも? だけどあの問いかけの声は責めるようなそれじゃなかった。ただの世間話。そんな風な声色だった。
 だから素直に答えることにした。顔を上げ、サムの視線から逃げずにはっきりと告げる。

「自前だけど。」
「そうか。その色、ナターシャによく似てる。」
……ナターシャ?」

 サムから返ってきた言葉に少しも予想していなかった人物の名が乗せられ思わずその名をそのまま反復する。愛しい姉、ナターシャ。

「ああ。いつだったか……ガラッと変えてきたんだ。まぁ色々ゴタゴタに巻き込んだからな。名前変えることもあるって言ってたし、容姿もそのひとつだったんだろう。」
「諜報的に動くとなると見た目を変えるのは常套手段だからね。男は見た目が変わると別人に見えるみたいだし。」
「そりゃ聞き捨てならないな。俺やスティーブはちゃんとナターシャだってわかったぞ。」
「それは姉がちゃんとナターシャ・ロマノフとして接したからでしょ。……ブラックウィドウが本気を出せば騙せない相手なんていない。」

 ぽんぽんと応酬される言葉たちがどこか心地よいのはサムの熱くも冷たくない温度のせいだろうか。エレーナが愛してやまない姉に対してきちんと親愛を持って話をしてくれているのが伝わるからか。今までサム・ウィルソンのことを心の底から信頼していたわけではないがこれを機に考え直してもいいのかもしれない。そう思うのはやはり姉のおかげか。

「ああ。あいつが味方で俺たちは随分救われたからな。」

 その一言には少しだけ熱がこもっていたのを感じ取り、エレーナは先ほどまでほとんど考えずに出ていた言葉を一度止め視線を落としてちいさく唇を動かす。

……せかいを救ったの。」
……ああ。俺が消えてる間にな。」
「あんたがいたって、変わらなかった。」
「ああ。そうだな。」
「なんにもできなかったくせに。」

 ひどいことを言っている。自覚はあるのについ数秒前のように言葉を止められない。頭の片隅ではこれはサムに向けて言う言葉ではないとわかっているのに。なんにもできなかったのは同じく消えていたエレーナ自身だ。ぎゅうと手と手を合わせて握り自分を止めようとするのに止まらない。

「あの時の俺はただスティーブの……キャプテンの背中を追うだけの人間だった。やり直したいと思っていた俺にチャンスをくれたからそれに報おうと思ったんだ。ただそれしか出来ないのに肝心な時にその場にいることも出来なかった。」

 先ほどまで溌溂と話していたサムの声色は少しばかりトーンが落ち、ぎぃ。と椅子の軋む音が聞こえたと思えばソファーがズシリと沈み込む僅かな衝撃に顔を上げるとサムはエレーナの隣に腰を下ろしていた。ブラウンの瞳がしっかりと前を向いて、エレーナの瞳をやさしく捉える。

「謝罪はしない。ナターシャには感謝しかないからな。だけどエレーナ、あんたの痛みは分かち合いたいと思っている。俺にも、家族だったんだ。」

 深いブラウンの瞳に嘘はないとわかる。それは長年の訓練や経験の賜物ではなく本能のようなものだろう。この人物は信頼に値する、と心が訴えているのだ。そんなもの少し前のエレーナなら捨て置いてきたものなのに、いま行動を共にする彼らと出会って変わったのかもしれない。

「ごめん、さっき言ったこと。本気じゃない。」

 瞳に溜まっていた涙を乱雑に拭いて正面からサムに向き合いしっかりと言葉を紡げばサムは表情を崩し頭を振る。その瞬間部屋に張り詰めていた緊張感が解れ、息がしやすくなるのを感じる。

「いいさ。それより辛辣なことをあんたらのリーダーから言われたこともあるからな。」
「うそ、バッキーが? アンタに?」

 我らがリーダー、バッキー・バーンズの口からサム・ウィルソンの名前が出るときはそれはもう数々の愚痴に見せかけた惚気話しかないというのに?
 今日だってウォッチタワーで会った早々彼らは強く抱き合っていたし、会議までの雑談の間も、会議中もバッキーは彼の隣を譲ろうとはしなかった。別に誰も取りはしないというのにだ。そこまで考えてからエレーナはこの状況があまり良くないことに気づく。だけどサムのことになると途端に雰囲気が緩くなるリーダーが彼に辛辣な言動をしていたことは気になる。バッキーは少し所用で出かけると言っていたし、少しくらいキャプテンを借りたって構わないだろう。

「聞かせてよ、サム。その話。」
「あぁいいぜ。あれは俺が盾を持つか悩んでた時期で――
「ああ、待って。話すなら飲み物がいるよね。コーヒーでいい?」
「おう。ありがとな。」
「キャプテン様の口に合うかわかんないけど。」
「なに、バッキーが飲んでるものと一緒なら俺の口にも合うさ。」
「うそ、アンタまで惚気? 勘弁してよ!」

 エレーナの心の底からの叫びにサムは心底面白そうに笑い声を上げ、その声を聞きつけた他のメンバーがわらわらと寄ってくるのはあともう数秒後のこと。