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彼方の作品倉庫
2025-07-25 00:11:26
4444文字
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六い/文仙
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【六い/SS】寝所彼岸問答
就寝間際、二人のとりとめもない会話(
元ネタ
)
※年齢操作(卒業後if)の要素あり。
〔初出:文仙webオンリー「恋文に仙秋の想いを込めて」〕
「文次郎、あの世を信じるか?」
床に就こうとした時、同室の相方に投げられた問い掛けは、とても寝物語には適さないものだった。
「はぁ? どうしたんだ急に」
何の揶揄だと呆れつつ、衝立の上から覗き込む。既に寝具に身を埋めている仙蔵は、想像通り口元に笑みを浮かべていた。しかしそれとは裏腹に、瞳はやけに真剣みを帯びている。
「いや。我々が卒業すると、みんな散り散りになるだろう? ならば再会できる可能性が最も高いのは、死後の世界だと思ってな」
「縁起でもねぇ」
そう言い捨てた俺は顔を引っ込め、改めて自分の布団へ潜り込んだ。話に付き合って悪夢でも見たらどうしてくれる。適当に流すのが最善だ。
「それで、どうなんだ?」
……
いや、続けるのかよ。もう無視して、さっさと眠ってやろうか。だがそれで、へそを曲げられても敵わん。さて、どうするべきか
……
。
『文次郎、あの世を信じるか?』
先の問い掛けが、思考の隙間にゆるりと滑り込んでくる。そこに「答えろ」という圧は感じない。寧ろ「答えなければ」という自分の意識の方が、なぜか強い。仙蔵の柔らかな声が焼き付いたように消えないのは、おそらくその所為だろう。仕方ない、程々に付き合ってやるか
……
。
「見たこともないモノの存在について、とやかく言えるか」
「ふむ」
「そういうお前は信じてんのか?」
「あればいい、とは思っている」
「そうかよ」
別に驚くような回答ではなかった。自分も仙蔵も、結局は白黒ハッキリした断定を避ける言い回ししかできないのだ。
そもそも死後の世界あったからと言って、それが何だという話である。生きている今、彼岸に思いを馳せたところで意味はない。仮に死んだ後があったとして、別に生き返れる訳でもない。生の世界と死の世界は、互いに影響も干渉もできない隔絶したモノ。故に、そこに思考を割くのは無駄である。
今から徳を積んで、死後の裁判や来世に先行投資するのはアリかもしれないが
……
この忍という人生に、そんなものは大して期待できない。賭けたところで大損するだけだろう。自ら選んだとは言え、全く難儀な道である。
「お前との縁が、卒業ごときで切れるとも思えんからな。地獄の底でも繋がっていそうだ」
……
どうやら、自分の推測とは少し異なっていたようだ。その言葉から滲み出ているのは、単なる暇潰しの言葉遊びではなく。どちらかと言えば、「叶うならばそうあってほしい」という願いが込められているように感じた。
仙蔵が何を考え、そのような問いかけを口にしたのか。その意図は読めないが、おそらく何かしらのきっかけがあったのだろう。だが、それに対して真面目に返すのは“違う”気がした。きっとこいつは、俺にそれを求めていない。そんな直感的な感覚に従い、俺は敢えておどけるような口調で返答した。
「なんだ仙蔵、極楽に行く予定はないのか?」
「我々が極楽に行ける訳ないだろう。せいぜい伊作が救済活動で、情状酌量とんとんくらいだ」
「違いねぇ」
よくわかってるじゃねぇか。そう、結局は善行を重ねたところで今更なのである。現時点で地獄行きが決定事項というのも、諦めを通り越えて最早笑うしかない。寧ろ笑わなければやってられないくらいだ。
太陽の下では学び舎で仲間と共に切磋琢磨し、己の能力の向上に勤しむ。こう言えばとても眩しい人生を送っているように聞こえるが、それは表向きに過ぎない。一転して闇の中では、そこで得たモノを惜しみなく活用し、時には物騒なやり取りを行う時もある。血で紡がれた知識と技術
――
それを活かすことが忍者なのだから。
その道を進む今、救済を求めること自体が虫のいい話であり、そもそも筋違いというものである。だからと言って、神仏を蔑ろにするつもりはないのだが
……
。我ながら妙な矛盾を抱えていることに気づき、内心で呆れ混じりの笑いが漏れてしまう。
「
……
どちらが先に逝くかはわからんが、待っていてくれるか?」
「俺が先に死ぬ前提じゃねぇか」
ふざけんなよ、と反射的に突っ込む。何が「どっちが先に」だ。言葉の頭と最後が噛み合ってないだろうが。いくら寝る直前とは言え、そこまで寝惚けたような問い掛けに「わかった」だなんて返せるか。
「私は早々に死ぬつもりはないからな」
「俺だってねぇよ。お前が三途の河で待ちぼうけくらって、飽き始めた頃に行ってやる」
「私がそんな無為な時間を過ごす訳ないだろう。万が一にでも先に往生したら、閻魔相手に文次郎の情状酌量でも交渉して、恩を着せてやるとも」
……
地獄の王にそこまで温情あるか? それ以前に、面向かって交渉とか度胸ありすぎだろ。下手すれば自分の沙汰にまで影響が出るだろうに。だが、仙蔵なら本当にやりかねない。というか、やる。確実にやる。こいつはそういう人間だ。六年間、隣にいた俺が保証できる。
「地獄の王に厚かましい対応だな。それでも作法委員会の委員長か」
「それは地獄でも現世の作法が通じれば、の話だ」
いや通じなくても無理に押し通すだろ。声の端々から由来不明の自信がはみ出ているぞ。そんなところで謎の勢いを醸すなよ。猪かお前は。
……
だが、それに応えないのは同室の
輩
ともがら
として廃るモノがある。仙蔵がそこまで俺のことを思うのなら、それ相応の返礼はしてやるとも。
「ならば俺も、仙蔵の八面六臂の活躍をこれでもかと閻魔大王に紹介して罪を減刑させてやる。感謝しろ」
「感謝も何も、まだ何もしてないだろう」
「前払いだ。釣りは返さん」
「会計委員長とは思えん横暴な発言だな。きり丸辺りが聞いたら血の涙を流すぞ」
「何とでも言え。地獄に委員会はないからな」
「それもそうだ」
夜の静寂に小さな笑い声が重なる。横暴結構。この世ですら、四角四面の道理が通らないこともあるのだ。死んでまで律儀に畏まる必要もない。最終的に帳尻が合えば問題ないだろう。生きて我慢、死んで発散。これで収支も相殺される。
「
……
どうせ俺達は、まともな死に方をしない。名前も残らず消える存在だ。地獄の記録に残るかどうかも怪しいな」
曰く、あの世では生前の言動などが細かに記されており、それを元に裁判を進めるとか。名を捨て、身を隠し、光を厭うように行動する。歴史の陰に埋もれる代表格のような存在が忍者だ。そんな人間相手にすらいちいち判決を下すとなると、黄泉の裁判官も仕事に忙殺されていそうである。会計委員会とどちらが多忙か、なかなかいい線で張り合えるかもしれない。寧ろその点で同情でもしてくれれば、恩赦くらい望めるだろうか。
そんなくだらないことが、泡沫のように俄かに浮かんでは、ぼんやりと消えていく。眠気の所為か、妙な方向に思考が転がってしまう。しかし、それがどこか心地いい。
「そうだな。
……
だが文次郎」
「あ?」
仙蔵の声すら、子守唄の類に聞こえてきた。じわりと忍び寄る睡魔の気配と共に、柔らかな声音に意識が溶けていく。
「私は、お前の名前を覚えているぞ。今際の際でも、死出の旅路でも。草葉の陰でも。何度でも思い返してやる」
だからだろうか。そんな熱烈な宣言に、心が大きく揺れることはなかった。
……
いや、これは眠気だけが原因ではない。
仙蔵の言葉に、微かではあるが安堵を覚える自分がいた。つまり無意識ながらも、その言葉をどこかで期待していたのだろう。いつかはここを旅立って、一人前になって。そして
――
人知れず、静かに人生を終える。誰しもに忘れ去られることも珍しくない生き方において、一人だけでも記憶に留めてもらえるというのは喜ばしいものなのだ。忍者としてはどうなのか、と言われると悩ましいところではあるが
……
その相手が、六年間を共にした相棒ならば許されるだろう。
「
……
暇人め」
「文次郎は思い返してくれないのか?」
そろそろ意識が夢の世界へ足を踏み入れそうである。つい素っ気ない返事をしてしまったが、仙蔵も同じくらい端的な問い掛けを投げてきた。俺がいつか、立花仙蔵を
……
思い返す
……
。
「
……
名前くらい、暇があったらいくらでも思い出してやるよ」
それこそ、地獄の底でも、な。
◆◇◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◆◆◇ ◇◆◇◆◇
「
――
……
そんな話をしたのは、いつのことだったか」
「あー
……
六年生の時じゃねぇか?」
「そうだったな。あの時、お前がいきなり寝落ちて会話が強制終了して」
「眠かったんだ、仕方ねぇだろ」
「しかも翌朝以降、その会話の続きはないと来た。お陰で結末は宙ぶらりんのままだぞ」
「あれ以上の結末なんぞあって堪るか。出迎えることも御免だ」
春の陽気が漂う昼下がり。茶屋で俺の隣に並ぶのは、かつての同室の相棒だった。あれから多くの時が流れたこともあり、お互いに見た目は変わってしまっている。一方で、中身はあの頃から全く変化がなかった。卒業以来、再会したのはつい先日だというのに。自分の記憶に残る面影と重なるくらい、仙蔵は仙蔵のままだった。
ただ、それは俺から見た印象の一側面に過ぎない。外見だけでなく、中身も変わらないはずがない。忍術学園の生徒だった時代を想起させる空気を仙蔵が纏っているのは、単にそう装っているだけなのか。それとも、俺と再会したことで昔を思い出したのか。どちらが正しいのか、今の俺では推察するのも難しい。
……
しかし、なぜか
……
どちらかと言えば、後者が正解なのではないかと。頭の片隅でぼんやりと考える。俺がそうだったから
――
などと、根拠に乏しいことこの上ないのだが。
「
……
お互い、案外しぶといな」
「生き延びてこそ、の忍者だろ」
「そして文次郎は、年齢が老け顔にとうとう追いついてしまった、と」
「『様になった』と言え、バカタレ」
軽口を叩き合うのも久方ぶりである。相変わらずの応酬に、懐かしさを覚えるのも自然なことであった。遠い過去の記憶に思わず目を細めかける。
「それで、どうだった?」
「何が?」
「私と再びまみえるまで、暇な時に私の名を思い出してくれていたのか?」
「それは
……
」
その質問に答えるのは簡単だが
……
どこか、つまらない気分になった。普通に答えていいものなのか? 自分に問い掛けると、即座に「そうではないだろう」と返答の声が上がった。
……
うむ。やはり、そうだよな。すぐに答えるのは、
らしくない
。
「なぜ言葉に詰まる。まさか薄情にも忘れていたのか?」
「さて、どうだかな」
「なんだその笑みは。腹に
一物
いちもつ
どころか、
何物
なんもつ
隠している」
「臓物ぐらいしか抱えとらん」
「誰が上手いこと言えと言った。茶化すな」
「茶化しでも誤魔化しでもないわ。
……
俺の今際の際か、お前の往生の立ち会いで教えてやるよ」
何かにつけて、頻りに思い出していた
――
ってな。
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