蜂宮
2025-07-21 10:42:44
8995文字
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21グラム

付き合ってないし多分付き合うこともないノトルキのお話。
テーマは、「立場の全く異なる他人が、相手の全てを知らずとも隣に並び立てるだけの関係性を築けるという証左。」

罪も罰も、怒りも嘆きも、赦しも救いも、それは人がそう認識するから存在するものなのだろう。
人を殺しても罪の意識に苛まれない者もいれば、たった一つ吐いただけの嘘を一生後悔する者もいる。結局は当人の感じ方次第だ。
そう考えた時、果たして俺が欲したのはなんだったのだろうか。赦しなのだろうか。それとも、もっと別の何かだったのだろうか。今考えても、答えは出ない。


1.


「ルキノ・ドゥルギだ。よろしく。」
あぁ、よろしく。」

朝の食堂に妙な人集りができているなと思ったら、その中心にいたのは見慣れないけれどどこか良く見た面影があるような男だった。
この荘園に新しく人間がやってくるのはよくある事で、その度にこうして皆があれこれと話しかけている。
それにしたって、今回ばかりは少し騒ぎすぎではないかと思ったノートンがひょっこり人だかりの中心へと顔を覗かせれば、渦中の人物とバッチリと目が合ってしまった。

ニコリと笑みを形作っている口元から男にしては高めの心地好い声がする。それと共に差し出された手と、口から出た名前で何となくノートンは察してしまった。
この男は、魔トカゲの前身だと。

荘園で時々ある事案で、元々サバイバーであったりハンターであったりした者がどういう原理か別陣営へと招かれるのだ。
その対象は記憶の有無が疎らで、この雰囲気から察するにルキノは己が魔トカゲとしてこの荘園に随分と前から存在していることを知らない。
軽い握手を交わしながら、ノートンは面倒だからこの辺に突っ込むのは止めようと固く誓った。どうせこの騒ぎでは誰かしらがすぐに話すだろうし、そいつに任せておけば良い。
ただ一つ、ノートンが気になる事と言えば、彼がこの荘園へと足を運んだ理由だった。

それで?アンタはなんでここに来たの?」
「なんで……まァ、私は学者をしていてね。この屋敷に探している新種の情報があると言われたので来た。君は?」
「金のためだよ。」

微かに目を見開いたルキノが意外そうな顔をする。確かに初対面の人間に金のために来ましたと真正面から言われるとは思ってもみなかったことだろう。普通なら建前の一つでも話すのだろうと思っていたのが手に取るように分かる。
だがノートンはルキノとのこれ以上の会話は無意味だと判断した。彼はトカゲの時も人の時も変わらず、知の人だとその言葉で分かってしまったから。ノートンには理解できない話を他の奴としている方がずっと建設的だろう。

試合で一緒になったらよろしく。連携くらいは考えておくから。」
あァ、了解した。」

ルキノの方も察したのかそれ以上話しかけてくることはなかった。
人集りから離れて食事が並ぶテーブルへとついた時、視界の端にルキノも椅子へと手をかけるところが映った。人に囲まれて困ったように話しながらもカトラリーを扱う手つきは見事なもので、様になっている。

やはり、生まれも育ちもそれなりのところなのだろう。
何があってあんな異形へと姿を変えたのかは定かではないが、トカゲの頃から所作の端々に教養は見て取れていた。今の彼の動作はあれが焼付け刃という訳ではないことの証明だった。

住む世界が違う。」

思わず零れた言葉は、ノートンの予想以上に虚しく響いた。
別に、仲良くなりたいと思っていた訳ではない。
ただ、あの異形では周りからさぞ疎まれ距離を置かれていたのだろうと思っていたノートンの、ほんの少しだけ感じていた仲間意識のようなものが全てありもしない幻想なのだと理解してしまった、身勝手な失望だった。



新人としてやってきた教授様は随分と人当たりが良い。
そう噂になってからは、ところ構わず彼に話しかけるサバイバー達を見た。逆に今と昔の差を弄るようなハンター達の戯れも見た。
魔トカゲは心底鬱陶しそうに「黙れ。」と一蹴していたものの、教授の方は話しかけられればそれには応じていた。

本当に、ノートンの目から見ても同一人物とは思えない程の態度の違い。
魔トカゲの方も気になりはするものの、陣営の違いもあって彼の姿をみかけるのは稀だ。代わりに教授はと言えば、少し騒がしいところへと目を向ければ大体そこにいる。
大学で教鞭を執っていたという彼は人の話を聞くのも、それなりに話を続けるのもお手の物らしく、そういうところがまた何故か人を惹きつけてしまうのだろう。

(毎日毎日、飽きもせず良くやる。)

ルキノも、周りも。そんなものだろうかと思いつつ眺めていたら、ルキノその人と目が合ってしまった。
まるで数日前の初対面の時のように、視線が絡み合った瞬間ノートンは動きを止める。
暗い琥珀色の落ち着いた瞳は、遠くからでもこちらを見ていると分かってしまう。

あ、と思った時には既に誰かに声をかけられた彼は、視線を向こう側へと戻してしまった。
けれどその間に一瞬細まった瞳は、まるでこちらへ微笑みかけるように見えた。
心臓が跳ねる。まるで全力疾走をしたかのような早鐘に、ノートンは思わず胸に手を当てた。

自分でも理解できない何かが感情として湧いている事実は、ノートンにとってあまり歓迎できるものではない。特に他人に対して抱く感情が悪感情ではないこと自体がだいぶ久しぶりのように感じてしまう。
そんな事を相談できる相手もまた、全くもって存在しなかった。

「なんだって言うんだ

途方に暮れた声を絞り出して、ノートンは机に突っ伏すしかなかった。




ところでこの、なんだ歓迎ムードはいつまで続くんだ?」

正体不明の感情に振り回されるのはごめんだとばかりにノートンが突っ伏したまま目を閉じた瞬間に、頭の上から心底疲弊した声が降ってきた。
あまりに驚き過ぎて反射的に跳ねた肩と勢いよく起き上がった頭がそんなにおかしかったのか、驚愕した声の主は次第にケラケラと笑い声を響かせる。

その相手がつい先程まで自分の中を引っ掻き回していた男だと気付いた時、ノートンはどんな顔をしてやれば良いのか分からなかった。

びっくりした。アンタ、さっきまで人と話してなかったか?」
「ふ、ははあァ、久々にこんなに笑った。」
「人の驚いた顔で笑うの良い趣味してると思うけどさ質問に答えてもらえない?」
「んん?あァ、いや流石に面倒になってしまってな。私がここでは一番後輩だろう?だからあまり態度に出しては悪いと思ったのだがそろそろ勘弁して欲しい。」

心底疲弊したような声だった。
そしてルキノのその言葉は、正直ノートンとしては意外なものであった。好きで彼らと交流しているのだろうと思っていたから。
そう言ってみると、首を横に振って「まさか!」と吐き捨てるように言われた。

「話の通じない相手に合わせるのはストレスでしかない。私は時間があるなら研究に勤しみたいのだが、いくらやんわりと伝えても分かって貰えないのだから困る。」
「多分アンタが愛想良く笑ってるうちは変わんないだろ……

その人好きする笑みを引っ込めたらどうだ?と言おうとして、彼の口元へと視線を向けたノートンは思わず口を噤んでしまった。
笑みだと思っていたその口元は、耳元に向かって裂けたように切れ込みが入り──魔トカゲの変化を思わせる形状だった。それが遠目には、まるで笑っているように見えていただけだったのだ。

そんなノートンの視線に気が付いたのか、ルキノは両手を上げて確かに“自分の意思で口角を上げる”。
想像していたより、そして今まで感じていた雰囲気よりも随分と空虚なそれは、親しみやすさよりも薄ら寒さを感じてしまいそうだ。

「皆、見ているようで何も見ちゃいないんだよ。今はこんなんだが昔はね、愛想のない変人だと罵られてきたものなんだ。」
そんなに面倒なら俺の隣にいる?」

避けられてるから、と言えばルキノは「あァ!」と声を上げる。
何事かを思い出したような顔だった。

「ずっと気になっていたんだが君、どうして皆から避けられているんだ?」
今アンタが言ったのと同じ。愛想がないから。……後は俺も、周りのことが好きじゃない、から。」

この荘園に来る人間は大体ノートンにとっては2種類に分類される。
金が目当ての「蹴落とすべき奴」か、ノートンとは比べものにならないほどの「地位の高い奴」か。
前者はお互いライバル関係としてギスギスとした空気を出してしまうし、後者に至っては向こうからこちらを見下しているような視線を向けてくる。
実際はそうではないかもしれないが、ノートンにとってはそう感じとれてしまうのだ。

「随分とまァ周りを警戒しているな?」
そ、れは……まぁ、色々あって

脳裏に浮かぶのはこちらを嘲り踏みつけにして笑う炭鉱夫達の顔と、ノートンたち弱者を搾取する金持ちの下卑た笑み。
そして、それを吹き飛ばした炎の熱さと光だった。

ノートンが思考の海へと沈もうとした瞬間、ギギ、と椅子の足が床を擦る不愉快な音が談話室全体に鳴り響く。
チラリと音のする横へと視線を向ければ、ルキノが椅子を引いて座るところだった。
確かに戯れで「隣にいれば良い」なんて言ったものの、まさか本気にされるとは思っていなかった。

え、」
「おや、ダメだったかい?」

思わず零れた言葉に肩を竦めたルキノが、そう言いながらテーブルの上に置かれたままの鉱石の本を手に取った。
パラパラと捲られるそれに、なんとなくルキノに自身の事が知られていくような気がして動悸がする。

「べ、つにアンタが気にしないなら良いけど、遠巻きにされても知らないからな。」

何を考えているのか知られてしまいそうで、慌ててそう捻くれた言い方で言葉を返す。だが、ルキノには「寧ろ好都合だな。」なんて笑って言われてしまってどうしようもない。

好きにしろよ。」
「あァ、そうさせてもらう。」

そう言ってこちらを向いたルキノは、ノートンの目には初めて見る考えの人間に映っていた。


2.


それ以来、ルキノは何かにつけてノートンの傍に現れるようになった。
だからといって別段何をするでもなく、ただ隣に座って各々黙々と作業を続ける日々だったが、これがまた面白いほどに他サバイバー達とルキノの距離は開いていく。
原因はお察しの通りノートンが周りに遠巻きにされているから、なのだがまさか本当に効果が出ると思ってなかったのもまたノートンの方だった。

人間関係の脆さをまざまざと見せ付けられるようで、あまり良い気はしない。
この日も、ルキノに話しかけようとしていたサバイバー達は隣にノートンの姿を確認すると皆すっと距離をとる。

アンタは、」
「うん?」
「気分悪くならないのか?」

見せられてるこちらはだいぶ嫌な気持ちになっているのだが。そう言ってやるが、当の本人は心の底から興味がないのか全く感情の籠らない声でこう返してきた。

「別に。」

取り付く島もないとはまさにこの事だ。
数日前までのあの人あたりの良さは本気で猫被りだった可能性まで出てきた。

あまりに掴み所のない言動ばかりを繰り返すルキノに困り果てていると、その気配を察したのか読み耽っていた分厚い本から彼は視線をあげる。

「大学在籍時代に戻ったようだ。」
はぁ。」

ルキノの口から出た言葉は、ノートンにとって「そうですか」以上に言うべき言葉が見つからないものだった。
まずノートンは大学というものを浅い知識でしか知らない。なんだか酷く頭の良い人間たちが知識を高めるために行く場所なのだろうという認識なのだが、如何せん一生自分には縁がない場所だ。
興味が無ければそれ以上調べることも、聞きたいこともない。

ただ少しだけ気がかりだったのは、今の状態を「大学教授だった頃に戻ったようだ」と表現されたこと。
人に遠巻きにされ、必要最低限の会話しか交わさない日々が、彼の日常だったとでも言うのだろうか。

「まァ、だから君が気にするような事ではないよ。」
いや、目の前で如実に今までと違う態度の顔見知りを見てると、流石に
「最低限、試合で連携は取れるだろう?」
「まぁ、はい。」
「ならそれで良いじゃないか。私は彼らと居るとやりたい事ができない、君は私の邪魔をしないから傍にいる。君は……あァ、もしかして私が隣にいるのは邪魔だったか?」

ふと思い至ったようにそう言ったルキノが席を立とうとする。その動きに反射的にノートンは手を伸ばしていた。
掴んだルキノの腕は細く白い。まるで日に当たらないような、傷一つないその温度の低い肌を見ていると自分との育ちや環境の違いが浮き彫りになり、ほんの数秒ノートンの中にある卑屈な部分を刺激した。
手に力が籠ってしまい、慌てて離したものの何かを勘違いしたらしいルキノは再び席に座ると「君は可愛らしいところがあるな。」と口にする。その言葉を聞いてノートンは思わず顔を顰めてしまった。

いや、邪魔じゃないけどそういう意味でもないって言うか

まさか、細くて白い腕に嫉妬しましたなんて言えるはずもなく、隣でまた満足気に本を開く男の横顔をただただ眺めることしかできない。

本当に、よく分からない人間だと思う。
ルキノはあの日隣に座ってきてからずっと、ノートンの言動を間近で見続けている。
それこそ、試合中は何がなんでも生きて帰ろうとする姿勢も、分が悪いと思えば勝ちを捨てて分けを取ろうとする考えも、教養の差から他人に対して失礼な物言いをしているところも、全て見られている。
そういう時必ず彼は「何故?」と問うてくるのだ。

最初のうちはバカにしているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしいと気が付いたのはつい数日前のことだ。
ルキノがノートンだけでなく、他のサバイバーにも理解できないと思った言動に逐一問いを投げかけているのを見かけてしまった。
無意識の言動に疑問を向けられたサバイバーがたじたじとしているのを眺めながら、ノートンは「ルキノ・ドゥルギという人間は疑問をそのままにしておけない人間なのか。」と納得した。
そして人間は、そのまるで全てを見透かして暴くような知識欲の塊に対して、自覚の有無を問わずに警戒心を抱く生き物らしい。
ルキノはきっと、ノートンが声をかけるまでもなくその内サバイバー陣営の中でも自分と同じく孤立しがちな立場になっていたことだろう。

そんな対人関係が、大学でも当たり前だったのだろうか。
少しだけ気の毒に思いながらも、結局はそれ以上相手の内情に踏み込むことはない。
踏み込めば同じだけルキノもこちらの過去に目を向けてくるだろうという確信があったからだ。
それこそ他のサバイバー達に対する疑問や質問の深度は、初対面からしばらくの間で周りがルキノに踏み込んだ分と同じくらいのものだった。
そこから一歩引いた言動をとっていたノートンに対してのみ、ルキノは同じだけ“見て見ぬふり”をしてくれる。

それが少しだけ、周りへの優越感へとなってノートンを包み込んでいた。
その特別感をまだ、自分は失いたくない。

「なんでも良いさ。君の隣は落ち着くから。」
「そんなこと言うのはアンタくらいだ。」

気を紛らわせるようにガリガリと手持ちの石を磨きながら言葉を返す。
落ち着く、というのは何もルキノだけではない。ノートンも、同じようなことを思っている。
それを口に出す事はないのに、ルキノはまるで察しているかのように、ただそこにいる。

その絶妙なバランスと彼の醸し出す雰囲気は、ノートンにとっていつしか特別な意味を孕んでしまう。そんな予感がしてならない。

「皆知らないのだろうね。君が本当は優しい人間だということを。」
それはアンタの勘違いだ。」

そして、ノートンにとってルキノがいつか“特別”となったその時、自分は果たしてこの罪を抱えたまま対峙できるだろうか。そんな恐れも、同時に生まれていた。


3.


轟々と燃える暖炉の薪は、まるで今のノートンを表しているかのようだ。
罪はいつだってお前の背を焼いているのだと、そう突き付けてくるような感覚。
嗚呼、嫌だ。




すっかり窓の外が雪景色になっている夕方の談話室は、人が集まらない。
意外だと思われるかもしれないが、その時間帯は寧ろ食堂に皆が集まり温かいものを飲み食いしながら談笑する事が殆どなのだ。
ノートンは共に語らう友もいないため、この時間の食堂は寧ろ毛嫌いしていたのだが、ルキノがいる今なら足を踏み入れるのも悪くないと思えた。

「今日は何を読んでるんだ?」

そんな自分達以外誰もいない談話室の暖炉の傍で、ルキノは珍しく薄っぺらい紙を広げていた。
それが「新聞」と呼ばれるものであることを、最近新たに入ってきたサバイバーの記者の説明と共に知らされた。ノートンは新聞という名前は知ってはいたものの、実物がそれとは知らなかった。

彼女はそれなりの知識がある人らしく、暫くはルキノも彼女に付きっきりとまでは行かずとも見かける度に声をかけているような場面に遭遇したことがある。
それを少しだけ嫌だなと思いつつ、遠くから眺める日々が続いていた。

これは、デロス女史が勤めていた会社で書いた記事だそうだよ。ほら、ここに炭鉱事故のものもある。」

それは、きっとルキノからしたら「君は石が好きだから綺麗な石を持ってきたよ」というのと同じ感覚の話題提供だったのだろう。
だがそれがノートンにとっては死刑宣告のようにも聞こえてしまった。ルキノに過去について何も話していなかったのが仇となった。
信じたくないきっと似たような話と言うだけでノートンが過去に体験したそれとは違う、そうに違いない、と強く念じながら恐る恐る暖炉へと近づいていく。

果たしてルキノの手元にある一枚の新聞紙に書かれていた記事は、年代からしてちょうど、ノートンが遭った事故のものと一致した。
黄ばんだ紙に印字された太字の見出し。それを目にした瞬間、ノートンの背筋に冷たいものが這い上った。

《今世紀最悪の落盤事故──死者は十数名に及ぶ模様》

まさか、と思った。
それでも、ルキノの手から奪い取るようにしてひったくった記事には確かに、ノートンが忘れられる筈もない場所、日時、死者の名前がずらりと並びその記事の後半に「奇跡の生還者」という単語を見付けた事によって、疑念は確信へと変わった。
これは、ノートンが故意に引き起こしたあの落盤事故の記事だ。

「妙な事故だろう?その落盤事故が起こる数日前まで、その鉱山はろくに手付かずだったそうじゃないか。それがいきなり10人以上を動員した採掘に発展して、挙げ句にほぼ死んでしまった。少し気になってしまうな。」

小さく囁くような「気になる」という言葉。きっと好奇心から来る言葉だったのだろう。
けれどルキノのその「探究心」はノートンにとっては、まるで喉元に突き付けられたナイフのようだった。

どうしてアンタが、この記事を
「あァ、それをデロス女史が書いたのだそうだ。君の話をしたら是非一度会いたいとキャンベル?」
「──行かない。」

否定の言葉は、掠れて喉に引っかかったかのように不格好になってしまった。
ルキノはその声でようやく何かを察したのか、ノートンの手元の新聞記事から視線をこちらへと向けてきた。

(しまった。)

思わず舌打ちが出そうになった。
この落盤事故は、本当は事故ではない。故意に起こされた殺人である。
そしてこの事は、決して彼に悟られてはいけない。
そうなのだが、ルキノと目が合った瞬間に、自分の顔に浮かんだ何かが“読まれた”ことをノートンは理解してしまった。

ノートンの生まれも、育ちも、環境も、別にひけらかすつもりはないし、ルキノに理解して欲しいとも思ってはいない。それでも、誤解しないで欲しいという気持ちも本当だった。
理解されずとも、少なくとも爪弾きにされたくはない。彼にだけは。

しばしの間、痛い程の沈黙が談話室に満ちる。パチパチという薪の燃える音だけが響く中、どれくらいの時間が過ぎ去っただろうか。
こちらをよく分からない表情で黙って見上げていたルキノは、ふと頬を緩めてノートンの手から新聞を抜き取って折り畳んだ。

全く、過去というものは嫌でも付き纏ってくるものだな。」

どう、思ったのだろう。
ノートンが元々炭鉱夫であったことは知っているルキノが、落盤事故に巻き込まれたトラウマを刺激されただけだと受け取ったのか、それともこの記事とノートンが関係していると気付いたのか分からない。
ただ、それ以上の詮索をしようとはしなかった。

そうしてルキノは、おもむろにぐしゃりと丸めた新聞をなんの躊躇いもなく暖炉の火へと焚べてしまった。

借り物じゃあ、ないのか?」
「手が滑ったな。」

意図していた事は見間違えるはずもない。けれど、ノートンには問うことはできなかった。あの火の中に投げ込まれたのが、過去そのもののように思えたから。




「おや、珍しいな。」
……やァ。君こそここに来るのは滅多にないだろう。何か捜し物か?」

ひたひたと独特の足音を立てながら、魔トカゲがゆっくりと談話室へと歩を進める。
とっくの昔にノートンが帰った後、ルキノはひたすら一人がけのソファへと身を沈めながら天井をひたすら眺めて過ごしていた。
考えるのは、先程のノートンの表情と、声。
ただ事ではなかった。きっと、踏み込まれたくない何かがあったのだろう。

「探鉱者と随分仲が良いらしいじゃあないか。」
彼の隣は落ち着く。無駄な情報も、言葉も、感情も必要ない。それに、勤倹な部分は称賛に値する。」
「目をかけているのか?」
そうかも、しれないな。」

今ここにいない青年に、心穏やかに過ごして欲しいと願ってしまうくらいには、自分は絆されているらしい。