kanaco
2025-07-19 00:04:27
8035文字
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【十二信】倦怠感

《十二信》ひどい倦怠感に襲われる十二くんと、そういう時はそばにいる信一くんのおはなし。


穏やかな気候の昼下がり。
信一は龍兄貴の遣いで架勢堂を訪れた。

事務所では虎兄貴と数名の部下がデスクに向かっている。

「おじゃまします。お久しぶりです、虎兄貴」

そう架勢堂のボスに声をかけると「ン゛」という独特の渋いしゃがれ声と目線が返ってくる。

「龍兄貴から預かった虎兄貴への届け物と、あと十二の私物もいくつか持ってきたんですけど。俺の部屋に勝手に置いていったやつ」
「そりゃ、ご苦労だったな」
「アイツ、私物を俺のとこに持ち込みすぎですよ。虎兄貴からも言ってください」

信一はふくれっ面をして養父の義兄弟へと話しかけた。信一にとって虎兄貴は尊敬する人物の1人であるが、一方で小さい頃から親しみもある距離の近しい人物だ。幼少期から“かまったり”可愛がってくれている叔父のような人でもある。信一と十二の仲も知っていてるというよりは、付き合うことになった翌日には龍兄貴と虎兄貴へきちんと揃って報告をしていた。実を言えば龍兄貴が受けるだろう大きな衝撃をどうにかして虎兄貴にも緩和してもらおう、というのが魂胆でもあったのだが。

「そりゃお前。そこにもう1個、臭いづけの巣を作ろうとしてんだろ。坊ちゃんは」
虎兄貴は何ともなしにそう言った。むしろ声色は楽しそうである。
「巣って……半住人だけど半同居じゃないんですから」
信一が呆れた声を出す。
「お前がこっちに嫁いでくるつもりがないから、第二プランなんだろ」
「あ、またそれ言う。この前それを兄貴たちの会合でアナタがうっかり言って大変なことになったでしょ!」
ジトーっとした目線を向けると共に咎めるような声を出せば、虎兄貴が特に反省した風もなくオーバーリアクションで肩を竦めた。まぁそう、怒るな。別嬪が台無しだぞと信一の眉間の皺をウリウリとのばそうと手を出すので、信一が甘んじて受けながらもますます目を尖らせた。
「虎兄貴は藪蛇っててへぺろってしてればいいですけど、うちの兄貴はそれで本当にションボリしちゃうんですから」
「あいつ子離れできねぇなぁ」
「じゃぁ十二を婿に出してくれます?」
「出さねぇな」
「兄貴だって出さないじゃないですが」
信一はカラカラと笑った。俺たちは兄貴たちあっての俺たちなんで、それでいいんですよと続けると「で?その噂の俺の旦那は?」と聞いた。

虎兄貴は答えず、首を上に向けた。信一もそれに倣って首を上に向ける。つまり自室にいるということか、と信一は理解した。
「具合でも悪いんです?」
「そういうわけでもなさそうだが、部屋に篭って出てこないな」
「仕事は?」
「事務仕事はあるが今日が終いというわけではないし、そう時間がかかるものでもない」
他もゆるやかなもんだ、と虎兄貴は言った。信一は頷いた。上がっても?と伺えば、好きにしろと言われる。信一は勝手知ったるで階段を上がり、十二の個室に向かって真っすぐ歩いていった。

架勢堂に数部屋だけ存在する、個人にあてがわれた部屋には鍵がかかっていない。若頭である十二も個室を与えられているが例外ではなかった。それゆえにここでは如何なる時もノックが礼儀であるが、信一にはあまり関係がない。仕事中であれば作法を守るが、そうでない場合、九龍城砦にて十二が配慮しないなら自分だって配慮の必要はないというわけだ。ドアノブを回してこっそりと中を覗く。部屋奥に敷布団をひかれていた。そこで頭までタオルケットにくるまり転がっている十二がいた。

信一は静かに近づいた。しゃがみ込んでタオルケットに手を伸ばす。少しだけ布を捲ると、顔が出てきた。寝てはいなかった。トロンとした無気力な瞳がゆっくりと動いて信一を見る。目が合っても十二が何も言わないので、信一は手の甲を十二の頬に一度当てるとそのまま滑らせて額に手のひらをあてた。相手は動かない。至極だるそうであるが、熱はなさそうだ。

「十二?」
名前を呼べば、十二が一度だけ瞬きをした。
久しぶりだな、と信一は思った。

少年期から十二は度々このような状態に陥った。その時の本人の意思や体験とは関係がなく、体も気持ちも重くなり意欲が著しく低下する。それが薬物の後遺症だと気がついたのはいつからだったか。ぼぅとして体が動かず、倦怠感からやる気が失われる。信一は自分が気がつく限りで、十二がこのストレスに見舞われる度に寄り添ってきた。子供の頃はよく起きた。年齢が上がるにつれてその回数は減っていった。少なくとも信一の知る限りでは。九龍城砦を出てからの詳細は聞いていない。

信一は容赦なく十二からタオルケットをひっぺがえした。無気力な十二が布を引っ張られたことでコロリと転がる。信一はそのタオルケットをしっかりと広げてフワリと十二にかけ直すと声をかけた。
「そっちへ寄れよ、狭ぇからさ」
十二が素直にもぞもぞと動いて信一の場所を空ける。信一は当たり前の顔をしてその横に寝転んだ。タオルケットも半分いただいて自分にかける。そうして横寝になって十二の方を向けば、十二も同じ状態で信一の方を向いていた。顔と顔が近づく。虚ろな目は相変わらずだった。だが幼き頃とは違い、十二にもそれなりに抵抗する力はついている。

「どうした?信一」
何でここにいる、と疑問を投げかけた。
「虎兄貴に届け物。あと俺の部屋にあるお前の私物を回収して戻しに来た」
「せっかくせっせと運んでるのに」
「運ぶな運ぶな。俺の部屋が散らかり放題になる」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「だから、増えてるのが問題だっての。あと減ってる、俺の部屋の面積」
十二がふっ、と息をつくように僅かに笑った。ただ顔を動かすのが辛いのかそれは不格好だった。おおよそ十二らしくなく、信一は肩眉を器用に上げると、タオルケットの上から十二の腕を労わるように撫でた。十二が少しだけ目を細めてそれからポツンと言う。
………復活までにまだ時間がかかるぞ」

「いいよ。まぁ、倦怠感つーのは難しいもんだよ。それを無理やりにでも反転させるエネルギーがからっきしってのが“倦怠感”ってヤツなんだからさ」
そう思うから、信一は十二を急かしたことなど一度もなかった。時間が許すならば一緒に寝転ぶ。そうして底辺の際を一緒に漂っていれば、いつだってどうにかなる気がしていた。
「そういう時は無理せずそのかったるさにどっぷり浸ってりゃいいよ。そうしているうちに少しだけ気分が浮上する瞬間がある。その時にゃ善は急げ、ちょっと強い行動をしてやれば体も心も一気に起死回生するってわけ」
「それって兄貴のデザートってことか?」
「覚えてんね」

信一が笑うと、十二がやけに真剣な目をして言った。
「なぁ、キスしてくれよ」
「はぁ?」
「そしたらちょっと浮上する」
「そんなこと今までしたことねぇだろ」
「俺いつでも思ってたし」
「嘘だろ美しい友情の思い出を汚すなよ」
「いや、美しい友情の思い出だろ。どんだけ片思いが長かったと思ってるんだよ」

何も気がつかない鈍いお前への配慮だっただろ、と十二は言った。「配慮ねぇ」と信一は意を汲もうするようにぼやいた。なんともスッキリしない顔をする信一を眺めて、十二が話を続ける。

「ずっと言わなかった。言ったらいなくなるかと思って」
「そうかなぁ。俺、ずっとそばにいただろ」
「いた」
「だから……もしお前が言ったって“いた”だろ、十二のそばに」
「きっとな」
きっとそうだった。でも焦る必要はないと思ったのだ。信一の瞳に龍捲風以外の人間が映るなど考えたことはこれっぽっちもなかった。だから、次にその瞳に映るのは自分だと疑わなかった。時期は来る。今は映らなくても、龍捲風の次に映るのは自分だ、と。

「俺たちずっと一緒にいる。これから先も一緒にいる」
十二がそう言うので、信一がフッと笑った。

「俺からすればお前の方が自由に飛んでいきそうだけどな」
九龍城砦から出て行ったのもお前だし。
「ずっと一緒だなんて俺みたいなこと言っちゃってさ。未来何て不確かだぞ、現実主義者のお前らしくない」

信一は揶揄うような表情を浮かべた。それをすぐに引っ込めたのは、ずっと力がなかった瞳に強い熱が戻ったような気がしたからだ。十二の表情が動かないのは相変わらずで、具合が悪いからなのか、何かが気に障ったからなのかは分からなかった。目だけが信一を射抜くような重さを孕んで見つめる。大型の肉食獣に睨まれたような気分にもなって、信一は気がつかれないように息を小さく飲んだ。

「信一」
十二が呼ぶ名が、やけに耳に響いた気がした。
「距離は関係ない。それに先に何が起きたって隣にいる。お前が喜ぼうが、嫌がろうが、怒ろうが、悲しもうが、苦しもうが、逃げようが、壊れようが」
必ずそばにいて、もし俺から離れようとするなら、お前を俺のところまで引っ張り上げる。


それはお前がずっとしてきたことだ。俺だってする。
「だからこれはリアルだ」


………いや、お前から逃げようとしてんなら隣にいるなよ」
逃げてる意味ねじゃん、と信一が口を尖らせれば「そもそも逃がすと思ってんのか」と十二が拗ねたように口を尖らせた。やっと十二の表情筋がしっかりと動いたのを見て信一が安心する。

信一はやっとハハッと軽快に笑った。それからお前のお望みの通りに、と十二にキスをする。触れるだけのキスであっても、その効果が絶大であることは知っていた。その証拠に、十二が今度こそニンマリと笑う。


「なぁ、ちょっと元気になった?」
囁くように信一が言うので、十二も囁くように返した。
「なった」



そうだとすれば、あと必要なのは...。


その時、部屋のドアが開いた。
「「んん?」」
2人そろってそちらを見れば、そこに立っていたのは彼らの敬愛する兄貴であった。

ボスは1つの布団の中に入って同じ顔をしてポカンとこちらを見つめる若者たちを見る。「あー」というように少しだけ思案して、一応、というように声を出した。

「飯に連れて行ってやろうかと思ったが邪魔だったか?」

「行きます、行きます。朝も抜いたから腹減りました!やりぃ、何食べ行きます?」

十二がガバリと体を起こした。元気よくタオルケットを跳ねのける。スックリと立ち上がり虎兄貴の左手側に駆け寄っていく。それを見送った信一がニッと笑いやはりすぐに立ち上がった。虎兄貴の右側に駆け寄って、その腕にスルリと自分の腕を組んだ。

「ゴチになります~。俺は美味しい中華が食べたいなぁ、虎兄貴。デザートもつけてくださいよ」

キャッキャッとまとわりつく現金な若者たちに「何なんだ」としばし呆れた顔をした虎兄貴は、それでも(まぁいいか)と言うように息を吐く。


若者たちの元気な笑い声が架勢堂に響いて、活気が戻ったような気がしたのだった。