kanaco
2025-07-19 00:04:27
8035文字
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【十二信】倦怠感

《十二信》ひどい倦怠感に襲われる十二くんと、そういう時はそばにいる信一くんのおはなし。

来週、地元で開かれる花火大会に行こう!

十二は信一との“約束”をきちんと覚えていた。

大きな打ち上げ花火が上がるし、夜店もたくさん並ぶんだ。兄貴が連れて行ってくれるっていうから、十二も一緒にいこうぜ!

信一は去年に初めて龍兄貴とお祭りに行ったらしく、その時楽しかった思い出を馳せたのか嬉しそうに笑っていた。そんな信一の様子を見て1週間前の十二もワクワクしたのだ。絶対に一緒に行きたかった。

十二はクスリによって心も体も壊し、龍兄貴に連れられて治療やリハビリに励んでいた。その甲斐があって随分と前から安定をみせている。同じ年ごろの子供に比べると今だガリガリで、体力も全開というわけではない。それでも信一と遊んだり、気晴らしに外に出ることは可能なほど回復していたのだ。

それにお祭り、というのは一大イベントであった。大きな花火は迫力があるだろう。信一と一緒に屋台を周ってりんご飴やかき氷を食べたり射的も楽しそうだった。龍兄貴が一緒についてきてくれるなら体調の面で何か起きても安心ができる。きっと楽しい夜になる。

そう思っていたのに、十二は当日になって心変わりをした。朝から何もやる気が起きず、あんなに楽しみにしていた花火大会に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。何かするのは億劫で、外に出たくないどころか誰にも会いたくもない。十二の小さくて華奢な体を重い倦怠感が押しつぶしていた。

だからそんな十二の気持ちを露ほども知らない信一が、元気に瞳を輝かせて部屋に飛び込んできた時、十二は確かに不快さを感じたのだ。

「行きたくない...」

布団に転がったまま、信一に背を向けて十二はそう言った。
「ええ!?」
信一が素っ頓狂な声を出す。部屋にもう1人入ってくる気配がした。もちろん龍兄貴だろう。3人で一緒に行く約束をしていたのだから。

「行かない...」
「だって約束したじゃんか」
「俺はいい」
「お前だって楽しみにしてたよな?」
「楽しみなんかじゃない」
「どうしてそんなこと言うんだよ」
「俺はいいの!」

自分を責める言葉なんて聞きたくない。十二はもぞもぞと布団の中に頭を潜り込ませた。会話もするのも億劫なのに、これで怒られたら余計に気が滅入ってしまう。何もかもが嫌になるような倦怠感はますます強くなる一方で、息苦しい布団の中で猫のように体を丸める。身体と気持ちが同じくらい重かった。何もしたくない。でも申し訳ないという気持ちがせめぎ合う。

布団に引き篭もる十二に、それでも懸命にかけていた信一の声がふいに途絶えた。

自分に呆れていなくなってしまったのかも。あるいはすごく怒っていて黙って睨みつけているのかも。しょぼくれた気持ちに拍車がかかって、十二は目頭が熱くなるのを感じた。でも自分が悪いくせに泣くのは悔しくて、一生懸命に堪えようと食いしばる。

かったるいよ。
みかぎられちゃうかも。 
うごきたくない。
きらわれるのも、いやだ。

もやもやとした感情がたくさん浮かんで押し潰されそうであった。

その時、信一が声がした。

「じゃぁ、俺も今日行かない」

その言葉に十二は目を丸くさせた。慌てて布団から顔を出して、聞き間違えではないかと信一を探す。十二が戸惑っているうちに信一は勝手に話を進めていた。「いいよね?兄貴」と龍兄貴に声をかけ「お前が良いなら構わないぞ」と返事をした兄貴に頷いて見せる。

「なんで?だってお前あんなに楽しみに
(してたじゃないか)

そう言葉を弱めていく十二に対して、信一は大して気にした風もなく応えた。

「楽しみにしてはいたけど、来年だって行けるもの」

ベッドに肘をついて十二の頭の横に顔を置く。信一は小さな友人を覗き込んだ。

「お前と行くって決めてたから、お前が行きたいって思う時に一緒に行くよ」
だから来年は一緒に行こうな。

十二は目をパチパチ瞬かせた。複雑な気持ちだった。嬉しいより、悲しいより、申し訳ないより、なによりも戸惑いが勝つ。表情を固まらせる十二を見てもフフンと笑んだ信一は、そのまま疑問の表情も浮かべた。

「でも本当にどうしたんだよ」
「.............なんかすごく、だるくて」
「熱?」

信一は首を傾げた。そのまま龍兄貴の方に顔を向ける。2人の様子を見守っていた龍兄貴は近づくと、十二の額に手をあてた。そうして「分からん」とでも言いたげに首を傾げる。それから反対の手で信一の額を触り比べると「熱はなさそうだな」と言った。「具合が悪いのであれば安静にしてなさい。あとで甘いものでも作ってやろう」と言う声に信一が頷く。

龍兄貴は額に当てていたそれぞれの手で小さな頭を撫でた。十二がビックリしたように首を竦めて、信一が嬉しそうにニコニコしながら首を竦める。龍兄貴はそれぞれの反応を優しい目をして見つめてから、踵を返し部屋を出て行った。

十二は信一が兄貴についていくと思っていので、部屋に残ったことに驚きソワソワした。さらに信一が自分の布団に入り込んできたことに、今日2回目の驚愕をする。

それでもやはり、信一は何でもない顔をしていた。
「なぁ、端に寄ってよ?」
そう十二に催促する。
「俺も今日はお前と一緒にゴロゴロすんの」

信一のイベントを台無しにしてしまったという罪悪感もあって、十二は素直に端に寄った。しかし信一の方に顔を向ける気持ちにはならない。できうる限りベッドの左端に体を寄せて縮こまった。横向きになって信一に背を向ける。

信一は何も言わなかった。十二からは背後にいる彼の様子が全く分からない。でも近くに気配はする。布団の右半分を占拠して寝転がっているのだろう。

動くのが億劫で誰とも話したくないくせに、誰かが近くにいることが十二の心を安心させた。ワガママな態度を取っても、遠ざけようとしても、それでも無理に理由を聞き出さず静かに傍にいてくれる。それが十二の辛い気持ちをほんの少しだけ浮上させた。

(変なヤツ)と思う。
たとえ十二がどんな状態であっても構わず寄ってくる。そして何でもないように寄り添う。突き放しても逃げても、どうしたって心の隙間に入り込んでくのだ。出会った時からずっとそうだった。

背から信一の安らかな寝息が聞こえてきた。一定のリズムを刻む音が部屋に穏やかに響く。それを聞いているうちに十二はウトウトしてきて、自分も眠りの世界へと誘われていった。



どれくらい眠っていたのか、十二は目をパッチリと開けた。

(!?)
目を開けた瞬間に飛び込んできたのは信一の顔面。どうして信一の顔が目の前に!心臓が飛び出そうなほど驚いて脳まで一気に覚醒させた十二は、それでも信一の寝ている位置は変わらないこと、つまり自分が端に逃げたくせに寝ているうちに信一にひっついてしまったのだと理解する。恥ずかしさに顔がブワッと赤く染まった。

信一はまだ眠っていた。その顔をまじまじと見つめる。どこまでみても端正な顔。そしてツヤツヤした髪と肌だった。

数秒もたたず、信一が十二と同様にパッと目を覚ます。至近距離で目と目が合う。信一の瞳の中に痩せこけた少年が映っているのを十二は見た。信一が瞳に映すのは自分だけ。十二はそれがどうにも不思議で、そしてどこかたまらない気持ちになるのだ。

「おはよ」
そう、信一が言った。
少年のまだ小ぶりな手が十二の頬を気遣わしげに触る。十二はジッとしてその手のひらを甘受した。十二が逃げないので信一が嬉しそうに笑う。そんな笑顔を見せられれば、十二の心はどこかがチリチリと焼けるような気持ちになるのだ。

「なぁ、ちょっと元気になった?」
囁くように信一が言うので、十二も囁くように返した。
「なった」

信一はますます笑う。そしてガバっと勢いをつけて起き上がった。
「じゃぁさ、兄貴のところに行こうぜ。きっとデザートを作ってる!」
……信一」
「なに?」
「花火大会、ごめん」
「いいよ、来年一緒に行こう。それにさ、屋台より絶対に龍兄貴のデザートの方が美味しいぜ?」
信一は善は急げと言わんばかりに布団から抜けだした。それからクルリと十二へ振り返る。

「前に龍兄貴に教えてもらったんだけどさ。とっても落ち込んじゃったりした時は無理しないでジッとして心を休めて、それでちょっとだけ浮上した時に、一気に元気になることをすれば心にすごく効くんだってさ」
だからね。
きっと兄貴のデザートを食べたら元気になるよ。

「ほら、いこう十二」

信一が手を差し伸べる。
十二は信一の顔をしっかりと見つめた。差し出されて手も。
それから。

やっと笑った十二は、信一がビックリして声を上げるほど力強くその手を握った。