蜂宮
2025-07-08 09:56:13
8639文字
Public
 

君は特別

ルキ教のすけべ文の前置き。
完成したら支部に流す予定。

1.

月に一度程の周期で成人したサバイバー達は集まって飲み会のようなものを開いている。
それは建前上は「最近の勝率と今後の連携についての相談」という説明がされているため、ルキノは顔を出しておいた方が良いかと思い一度だけ参加した事があった。

一度だけ、というのは専ら彼らのその酒を飲み豪勢な食事をたらふく食べるだけの暴飲暴食の場と化している集まりに必要性と意味を見いだせなかったからだ。
特にルキノは常に体内に毒を接種している為か、荘園に来てからというものアルコールによる酩酊感とは無縁の人生を送っている。
その癖周りは気持ち良さそうに酔っ払ってはルキノに意味の感じられない質問や絡みを繰り返し、酷い時は手元のコップに溢れんばかりに酒を注いでゲラゲラと笑う。
それがなんとも嫌悪感を煽るものだから、飲み会がお開きになった瞬間に「二度と来るものか」と固く誓う程には忌避感しか抱けない集まりだった。



その参加した一度だけの飲み会で、ルキノは周りが語り始める所謂「女性経験の数」という低俗極まりない話題を振られた。

「ルキノは?女抱いた事ある?ほんっと気持ちいいよなぁ!」

その台詞に思わず一瞬だけ顔を顰めたものの、慌てて表情を元に戻す。
周りとの軋轢はできる限り抑えておくに限るのだ。それはそれとして、今彼はなんと言ったか。
「女を抱いたことはあるか」だったか?

少しだけルキノは己の過去を振り返ってみる。
基本的には研究と観察ばかりの人生だった。特定の恋人がいた試しはなく、それでも生理現象として最低限の性欲は存在する。とは言っても、それも数ヶ月に一度自分の手で処理すれば終わる程度のものだったが……確か一度だけ、迫られてそういった行為をしたことがある記憶が蘇った。
こちらの生理現象とタイミングが合致した事と、どうしても付き合えないなら一度だけ、というルキノには理解し難い台詞で言い寄られた事による事故のようなもの。

果たしてそれは気持ち良かったのか。いや、そんな事はなかった。
確かに彼女はこちらにも良くなってもらおうとあちこち体をまさぐってきたり、自分のモノを咥えようとしてきたりした。が、それらがルキノの快楽に繋がることはなかった。

行為の後に彼女は一言、「貴方ってつまらない人ね」と言って出て行って、それきりの関係。

性行為が気持ち良いと思った事は無いが。」
「はぁ?!正気か先生?!」
女に触れられて気持ちいいと感じた事がない。まず、その手の無意味な行為に何時間も費やす意味が分からない。」

これは本音だった。
あの疲労感と不快感の残る行為に一晩を費やしたのかと思うと頭が痛くなる。あれに付き合うくらいだったらトカゲ達の観察記録が10ページ程書き上げられただろうと思うとなんとも口惜しい。

だが、ルキノのこの台詞に騒然とした男性サバイバー達は何故か「ルキノは童貞なのか?」という斜め上の方へと話を飛躍させた。
性行為の話をしている時点で童貞ではないだろう、とは思うが足元も手元も覚束無いような酔っ払いにそんなことを言っても無駄なのだろう。

普通の会話を諦め、ルキノが童貞である事を否定だけすると、今度は少しだけ考える素振りをした彼らの中の一人が口を開く。

それじゃあ、先生って不感症なのか?」

雷に打たれたような衝撃。
少なくとも自分の手で処理が出来ているのだからと思いはしたものの、確かにあの行為にも別段快感を拾っている訳ではなかった。
それどころか「なければ良いのに」と思わない事もない。
過去を何度思い返しても他人の接触に好印象だったことはないし、未だにその手の触れ合いに拒否感がある。

彼の言う通り、私は不感症なのかもしれない。
アルコールは微塵も効いていない筈だったが、周りに流されたのかもしれない、しかし幾ら考えても否定する要素を見つけられない事実に動揺してしまった事もあって、ルキノはそのまま曖昧に頷いてしまった。

それきり話題はまた別の人間をターゲットにして変わっていったが、ルキノの脳裏には今になってもずっと、この会話がこびりついてしまっている。



2.

そういやさぁ、教授って不感症なんだろ?」
……は?」
「アンタも教授と同一人物ならさ、アンタも不快感になるのか?」
……待て待て、何の話だ?」

いつも通りの試合の筈だった。
オフェンスを椅子に座らせて魔トカゲの勝利が確定した瞬間、彼は勝敗が決まったことで脱出を諦めたのか逆に飛ぶまでの世間話のつもりだったのか話しかけてきた。
それも、魔トカゲにとっては寝耳に水といった形になる話題で、だ。

魔トカゲは特段感覚に不備を抱えているとは思っていない。
そりゃあ、人間だった頃に比べればこの鱗のおかげで随分と鈍くなったとは思うが、それはまた痛みや衝撃に対してのみであり、体の内側や快感に関しては殆ど人間だった頃と変わらない筈だ。
それが人間の姿である教授なら、寧ろ魔トカゲと比べるのであれば不感症とは真逆の位置に存在することになるだろう。

「前にさぁ、一回だけ宴会に教授が出たことがあったんだよな。」
よく出たな、あの飲み会に。」
「なんか作戦会議とかすると思ってたみたい。」
……お前達は嘘や言い訳の時だけ口が回る。」

大方ナイチンゲールに大部屋を貸し出して貰うための方便だったのだろうが、来たばかりの頃の教授はその嘘を信じてしまったらしい。
可哀想に、あんな低俗な話ばかりが飛び交う場所ではおちおち食事もできなかっただろうと顔を顰めると、オフェンスは「あ、教授も同じような声出してた」なんて宣ってきた。

当たり前だろう。元々魔トカゲと教授は同一人物だ。
つまり、この手の話題に対する反応もそこまで変わるものではない。
促してやるとオフェンスはその日を思い出すように空へと視線を向けて口を開く。

確か、女抱いたことあるかって聞いたんだよな。」
「貴様ら、もしかして暇なのか?」
「んな訳ないだろ!気になったんだよ、あの人全っ然彼女の影とかないから!そしたらさぁ

性行為や女に触られるのを気持ち良いと感じた事は無い。と返ってきたらしい。それは魔トカゲとしてもだろうなと思う。
そこまでは魔トカゲと教授の意見は一致していたという訳だ。ではその流れから何がどうして「教授は不感症」等という不名誉な噂が広まるようになったのか。

「えぇと、あれ?確かその流れで「じゃあ気持ち良くないってことは先生不感症なのか?」って誰かが聞いてさ
……その意見の飛躍に対して何か言うことは?」
「酔ってたからなぁ

さもありなん。そしてきっと教授もそう思って訂正はしなかった。その結果拗れに拗れて否定されないのを良いことに噂が広まったと。そういう事か。
と、魔トカゲが一人納得していると、オフェンスは首を傾げて言った。

「でも、先生も頷いてたんだぜ?そうかもしれないって。」
「は?」

その言葉の意図を聞く前に、目の前からオフェンスは消えた。
ロケットチェアの発射時間になったのだ。
一人取り残された魔トカゲは、教授がその質問に頷いたという事実がいつまでも脳裏に残ってしまった。



気になるなら聞けば良い。そう思ってはいた。
だが、魔トカゲと教授は同じ部屋で生活しているのにも関わらず今まで境界線のようなものを引いていた。それは精神的なものや互いに対する質問から、生活範囲という物理的なものに至るまで。

それは教授がこの荘園を訪れてすぐの頃から、互いの、自他の境界線を引く為に必要だと話し合って生まれた、人工的な溝であった。
まず起きて活動する時間が綺麗に分かれている事が良く作用した。
教授は朝起きて夜寝る習慣で、魔トカゲは逆に夜起きて昼寝るような生活をしている。おかげで意識的に2人が顔を合わせて話をしようとしなければ、試合以外で深く関わることがなかった。

魔トカゲはそれでも良いと思っていた。
自分の手元に四六時中置かなくとも、彼は魔トカゲに対して好感を抱いていると自覚できるほどによく懐いていたためだ。
試合で会えれば如何に魔トカゲが美しい存在なのかということをベラベラ話し続ける教授は、部屋の中でも時々顔を合わせれば嬉しそうに破顔して挨拶をしてくれる。
その好意が己の体に対する信仰のような感情であると理解はしていたが、憎からず思っている相手に好意を向けられるのは嫌ではないのは魔トカゲも人間と同じで、そうして笑いかけてくる教授へと挨拶を返して一言二言話すくらいの関係がずっと続いていた。

多分これからもこうして、話す頻度こそ高くはないが互いにとって相手は特別な存在であるという認識を抱えて、誰よりも途中まで同一人物である半身のような存在に対する理解は高いと自負しながら生きていくのだと、魔トカゲはそう考えていた。

それがどうだ。
サバイバーの暇潰しのための会話だったであろうあの下世話な話題に彼が上がったというだけでここまで意識してしまい、一人悶々と考え込んでしまう。思考の波に沈む度に、いっその事聞いてしまいたい気持ちと、もしその答えが自分の中で理解できないものだったらという恐怖がせめぎ合って結局どうするか答えは出ない。
そうして今、共有して使っている研究室の棚に向かっている教授の背を見つめながら、魔トカゲは低く唸ることしか出来なかった。

苦しくてどうしようもないのなら、開き直って話しかけてしまえばいい。
数歩前に出て声をかければ、彼はパッとこちらを振り向いて「何かあったのか?」と笑いながらこちらの話に耳を傾けてくれるだろう。
そこで切り出すのだ。不感症だそうだが、それは事実なのか?と。

(嫌だな。)

ハッキリとそう自覚する。
魔トカゲが知らない側面を、他の人間が知っているなんて認めたくない。誰よりも自分自身が彼を理解し、その傍へと寄り添うに相応しい存在であると豪語してしまいたい。
そしてそれと同時に、教授は少し魔トカゲを神聖視しているきらいがある。
きっとそんな俗世的な話題を投げれば、少なからず動揺と失望の眼差しが向けられるのではないだろうか。
そう思うと、なんとなくこの事について聞くことも、今引かれている境界線を飛び越えることも、躊躇われてしまった。



3.

魔トカゲには教授ほどの知的好奇心というものは存在していない。
今日も起きがけにああだこうだと呟きながら先日書庫から引っ張り出してきた資料や論文と睨めっこを始めるその背を、魔トカゲとしては「よくやるな」という、半ば感心するような心持ちで眺めていた。

日々の試合や対人関係においても、彼の知識欲は魔トカゲを優に超える。
逆に自分はと言うと、この体になってからそこまで未知の何かが目につくという事などないに等しく、昔の名残りとして読書や爬虫類の観察こそ行えど、彼のように日がな一日何かを考えているという訳ではなかった。
自分にはもう抱くことのできない熱量を持っていると、ずっとそう思って眺めていたのだが。

あァー、これはその、どういう意図があるのかな?」

ある日ベッドの中で寝苦しかったのか布団をほぼ剥いで寝ている教授を見かけた。その晒された首筋にある鱗が、前に見た時よりも少しだけ、本当に少しだけではあるのだが……その量を増やしているように思えた。
そう認識した途端に、魔トカゲの中に「もっと詳しく調べたい」「なんなら今からでも構わないから観察記録をつけるべきでは?」なんていう考えが浮かんでしまった。
あれだけもう自分にはないだろうと思っていた衝動が、教授の変化に気づいた瞬間に湧いて出てきたのだ。

思い立ったら即行動に移すのは教授も魔トカゲも同じ。
風呂上がりにベッドに腰掛けて何やら読書に勤しんでいる半身の腰を無言で抱き寄せて自分の膝の上に乗せたところで、流石にスルーすることはできなかったのか教授から困惑気味な声が上がった。

「触れても?」
君なら構わないよ。」

教授が小さく頷いたのを確認した後にボディーソープの匂いが香る項をゆっくりとなぞる。
前までとは言っても最後にきちんと確認したのは半年ほど前のことだが彼の項からは鱗の侵食は確認できなかった。
それが今では微かにその範囲を広げているのが見て取れてしまった。

鱗の範囲は意識しているか?」
「してはいるがまァ、自分一人で観察、確認できるところは限られてはいるな。」

何を言いたいのか理解はしているらしい。
その証拠に、他はどうなんだと着たばかりのシャツを剥ぎ取っても文句は飛んでこなかった。代わりに読みかけの文庫本は栞が挟まれ、確実に読書をする気分ではなくなったらしい。

完全に外気に晒されている教授の体は、我ながら思っているよりも均等に鍛えられているように見えて思わず声を漏らした。
恐らくこれは、毒の進行に伴う骨格変化と筋力の自然な適応反応であり、鍛錬の成果などではないのだが、見事な形になったものだと感心してしまう。
そして、ここに来るまでは普通に着れていたシャツの前が止めにくいという事実を微塵も気にしていないのは彼らしい。

前よりも筋肉がついている。」
っ、それは進化の促進によるものだ。」
「背の鱗も広がっているな。」
それは初耳だ。」

微かに割れた腹筋を指でなぞると、擽ったいのか一瞬教授が息を詰める音がする。それをなんだか唆るなと思った事から目を逸らして、背に疎らに広がる鱗の方へと視線を向けた。
腰から括れにかけて、そして尻に向けた脚の付け根の辺りからも生え始めているそれは随分と「見てはいけないもの」のような印象を魔トカゲに与えてくる。
産まれたばかりの幼子を手に抱いているような、そんな危なっかしさと異質な存在への変化の過程としての神秘性、そのどちらをも内包したような。

っ、ぁな、なぁ
「うん?」
「いつ、まで触るつもりだっ」

無意識のうちに腰を何度も往復するように指の背が行き来していた。
己にも同じものは生え揃っているというのに、何故かどうにも心地好く感じてしまって教授の肌に触れてしまう。
それに対してなんとも言えない色の乗った声が漏れ聞こえてくる。それが擽ったさなのか、いたたまれなさなのか、魔トカゲには判断不能だった。

「具合でも悪いのか?」

そして彼の反応に仄暗い感情を抱えつつある事から目を逸らせなくなってきて、そのまま聞いた。
彼と自分の間に「思いやり」だの「遠慮」だのと言った感情は不要。それは互いに話し合い決めた認識の一つでもあった。

魔トカゲのその言葉に教授は悩ましげに眉を潜めて小さく首を横に振る。どうやら、違うらしかった。

な、なんだか変な気分になる。」
「ほう?具体的には?」
……
「言えないか?私は、お前はあまり体に触れられる感覚に敏感だとは思わなかったな。」

──ルキノ教授は不感症らしい。
そんな根も葉もない噂話を試合の最中に聞いたのはもう何ヶ月も前のことだった。
少なくとも魔トカゲ自身には未だにそんな自覚も身に覚えもないし、同室である教授からもそんな話は一度も聞いたことがない。

件の会話は長らくの間魔トカゲの頭を悩ませることになった。
さり気なく聞くタイミングを逃したままここまで過ごしていたが、数ヶ月越しに答えが聞けるかもしれない。

「そ、れはっ、わ、たしだって
「ほう?知らなかったと?」
「そう、だ……ァ、や

腰を撫でていた手を思わずといったように握る教授の手は震えていた。
息も微かに上がっていて、外気に晒されている白い肩は仄かに赤く色付いている。そのすぐ側にある緑の鱗がどうにも、魔トカゲの欲をせっついてきた。

「ん、ぅも、やめ、ろ
「ただお前の体に興味があるだけだ。もうしばらく診せろ。」
っ、何が好奇心なんてないだっ!」

確かにそう彼に言った事もあった。だからこそ内心とても驚いている。自分でもまだこんなにも「知りたい」と強く思うことがあるなど、思いもしなかった。

苛立たしげに吐き捨てた教授はそれきり黙りこんでしまう。
どうやら与えられる刺激に対してひたすら耐えることを選択したようだ。

従順に大人しくなった膝上の男に気を良くした魔トカゲは喉を鳴らしながら衣服の剥ぎ取られた上半身に満遍なく手を這わせていく。
首筋の鱗は教授が時々苛立ちを覚えた時等に引っ掻く癖がある為か少し配列が乱れていて、腰や脚に生えているものはまだ柔らかく人肌とあまり大差がなさそう。背に走るものは一番綺麗に生えている。

その全てを順に触れて撫で、触感と面積を瞬時に頭の中で記憶していく。
この時の止まった荘園の中でさえ、彼の変異は緩く、穏やかに進行していた。

(あァ、脚はどうなっているんだろうか。)

風呂上がりにきちんと服を着込む習慣がないのは魔トカゲも教授も同じ。
気になったことをそのままにしておけない魔トカゲが腰に触れていた左手を下着のみ身につけていた教授の太腿に滑らせた瞬間、胸板にピッタリと付いていた教授の背が跳ね上がった。

「ひっ!」
……君、その反応で不感症は流石に無理があるだろう。」

思わず口に出してしまった。一瞬だけこちらを睨むように振り返ってきた彼は頬が紅潮していて全くと言っていいほど威圧感は感じない。

「ほ、んとうにァ、他のやつにはこんなっ!」
ふむ、他人の手は嫌だが私のものは構わないのか?」
……ぁ?」

言わんとしている事が伝わったのか、動揺から教授の視線が忙しなく左右へと揺れる。
よく回る口は一切の言葉を吐き出してはくれず、ただひたすらに「魔トカゲの手に触れられるのは嫌ではないらしい」という事実を反芻しては混乱の渦中へと転がり落ちているらしい。

そんな動揺しきっている教授には悪いが、彼の鱗に興味の全てが向いていた魔トカゲはそのまま細く白い脚を割り開いて内腿や膝裏まで確認し始めていた。
するりと撫でると滑らかな肌触りがして、男の脚とは思えないなと少しばかり驚愕する。

ふむ、やはり最初は上半身の方が変化が早いのか?なァ、良ければ一度裸になってもらっても?」
は、ァあ、」

尾てい骨の辺りの変化が見たい、と口にするも、いつの間にかすっかりその体を丸めて可哀想な程に震えている教授から答えは聞こえてこない。
荒い息とピクリと時々跳ね上がる肩、漏れ出ている声色は濡れていて、耳元へと顔を近づけていたこちらから逃げるように小さく体を捩っていた。

己の半身のそんなあられもない姿に、魔トカゲは腹の底からふつふつと、よりによって彼にだけは絶対に抱いてはならないと戒めていた欲がせり上がってくるのを感じる。
後ろめたく口にもできなかった、本能的な理不尽な衝動。それが、彼のこんな姿を見ていると抑えきれなくなりそうだ。

焦りが募る。これは、いけないことだろう。
如何に言い訳をしたところで、きっとこの衝動は「ルキノ・ドゥルギ」という人間のものではない。異質へと変化してしまった魔トカゲとしての化け物の本性のようなもの。
教授の、彼の目に映る己はいつまでも彼の人知の及ばぬ異形でなければならないと、そう思っていたのにこれでは姿形が変わろうがただ欲をかく人間の鎖から解き放たれてはいないと認識されるやもしれない。
そうしてそれが彼を傷付けるかもしれないと思うと、どうしようもなく底冷えする感覚に襲われる。

……教授、」
たのむ、一度、一度離れてくれないか
「そういう反応をされると、勘違いしそうになる。」

ぐ、と彼の喉から押し殺したような音が鳴った。
弱々しく睨む目が伏せられ、赤く色付く目元と相まってそれは酷く扇情的な表情に映ってしまう。いけない、と思ってももう遅い。

「自分でも、分からないんだ。だが、君にこう、触れられるのは
「嫌か?」
……心地、好い」

必死にこの一線だけは越えないようにと張り詰めていた糸が彼の手によって引きちぎられたような感覚。実際は目の前の存在を喰らいたいという本能が上回っただけなのだろうが、少なくともそのような顔でそのような言葉を吐かれてしまえば、自分だけが人間のフリをする必要がなくなってしまうではないか。

一瞬、魔トカゲの目には教授が快楽を食らう獣のように映ってしまった。ほんの一瞬だったとしても、そう思ってしまった事が合図になる。
あァ、ここで踏み止まれなければ、きっと自分も彼も元の関係には戻れないと自覚してしまう。その恐怖がほんの一時だけ脳裏に過ぎった。
もしこの一線を越えてしまえば、もう自分は人間だった頃の「ルキノ・ドゥルギ」を名乗る資格はない。化け物として、本能のまま彼を手にかけるだろう――そう自覚していたのに。

そう考えた次の瞬間には、押し寄せる欲望に任せて無防備に晒された首筋その鱗へと長い舌を這わせて笑う。
魔トカゲはこうして一つ、境界線を飛び越えてしまった。