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ロンド
10210文字
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くにぐに
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渇きを癒して
目次
1、人間香×吸血鬼アイスでクラスメイトな話。
2、α香×Ωアイスで番になった後の話。
1
2
砂浜からひと粒の色を見つけるようなもの/吸血鬼パロ
クラスメイトが吸血鬼なのは知っていた。
学期の始まりに担任が紹介していたのだった。日光に弱いので屋外の体育の授業は不参加であること、同じく夏でも冬服のシャツを着用すること、パック血液の補給をしていてもそっとしてあげてほしいこと。香は聞き流していたし、興味津々なごく数人をのぞけばだいたいそんな感じだった。
いまどき、吸血鬼はレアな存在でもない。テレビをつければ吸血鬼の芸能人が吸血ネタの笑いを取っているし、繫華街には吸血鬼が必要とする遮光グッズのショップがある。吸血鬼専門科を置く医院も増えているという。おとぎ話に語られるような、吸血衝動で人を襲う側面は大げさな流布にすぎないとニュースキャスターは語っている。
クラスメイトは吸血鬼らしい。たしかにいつも昼過ぎまで体調の悪そうな青白い顔をしていて、制服の衣替えが済んだ六月にも白いワイシャツに黒スラックスを着込み、上品にも白手袋までつけていた。肌が出ているのは頭だけだ。その顔も、真っ白と見まがう髪色に、紫とも赤ともつかない光彩を持っている。怪しさと顔の良さから話しかけたという女子が牙はちゃんとあったと楽しげに噂していた。
吸血鬼は誰と親しくすることもなく、ごく普通の人見知りのように、休憩時間はだいたい本を読んでいた。委員会も部活も入っていないので放課後はすぐに帰宅する。香が知っているのはクラスの中の静かな彼であって、それ以外の姿は、吸血鬼らしいこともまた、なにひとつ知らなかった。
日常の一部になりつつあった吸血鬼のクラスメイトについて、転換点は唐突に起こりえた。
そのクラスメイトが香の目の前で階段から落ちた。他に誰といたわけでもなく、ただうっかり足を踏み外したように見えた。彼はあと四段ほどのところからずるっと滑り落ち、背中だか脚だかをしたたかに打って痛みに悶えていた。たまたま踊り場でだべっていた香とヨンスは慌てて駆けつけ、クラスメイトを起こした。
「大丈夫的な?」
「先生呼んでくるんだぜ」
「いや、保健室連れてくのがいい感じ。ヨンスそっちの肩支えてやって」
「オーケー」
「
……
いい
……
」
「なんか云った? 悪いけど、あんた脚くじいてる系。湿布貼ってもらったほうがいい的な」
起こしてやった彼は
――
そこでやっと香は吸血鬼であること以外は印象が薄いクラスメイトの名前を思い出した
――
アイスは、立ち上がるときにうっと眉をしかめた。云わんこっちゃない、と香は強引に体重を支えてやる。ヨンスが落ちていたアイスの鞄を肩にかけた。
なかば浮いているような体勢でアイスを保健室に連れてきたが、肝心の先生がいなかった。あらためて職員室まで誰か呼びに行くと云って、ヨンスが駆けていく。
香はリュックから予備のハンカチを出して水に濡らして絞る。ベッドに腰掛けるアイスは不安そうに身を縮こまらせていた。
「痛いとこ冷やしておくから、ズボン脱げない?」
「えっ
……
」
アイスは眼を見開き、首を横に振った。
「助けてくれたのは感謝するけど、そこまでしなくていい」
「汚れてるかもしれない的な」
「大丈夫」
「あんま大丈夫に見えねえから云ってんだけど」
「大丈夫だってば! 先生待つから、帰っていいから!」
「パンツ見られんのが恥ずかしい的な?」
「そういうんじゃない」
吐き捨てたアイスの口の中に、犬歯が発達したような牙が見え隠れした。吸血鬼って肌を見せてはいけないマイルールでもあったっけ、と香はぼんやりと考える。だが香のてのひらでぬるくなっていく水を絞ったハンカチの前には些事だった。香の考えでは。香の家は大家族で、いまさら男同士でパンツを見たとか見ていないとか、着替えごときでごちゃごちゃ云うのは平気で無視されるものだ。
「じゃ、勝手に脱がせるんで」
結論づけて、香はアイスを押し倒してスラックスを下ろしにかかることにした。頭がおかしくなったと思ったらしいアイスが必死に抵抗する。当然もみくちゃになった。かたや膝立ちでベッドに乗ってスラックスをはがそうと引っ張る香、かたや背中をベッドにつけて腕を振り回しているアイス。ふたりきりだったのは良かったが、止める者もいないので良くなかった。
最初に勢いあまってアイスの手袋が片方すっぽぬけ、次に香がそれに気を取られて視線をずらした。その隙にアイスは思いっきり香を引っ叩いた。手袋をしていたのはきちんと訳があったらしい。吸血鬼特有の、普通より鋭い爪が顔を掠めた。
頬にすっと尖ったものが滑らされる衝撃があり、香はまたたいた。さあっとアイスが青ざめる。引っかかれた頬が熱くなってきて、あ、切れた、と香は気づいた。それに何かと悪いともアイスのせいとも思ったわけではなかったが、アイスには違ったようだった。
はくはくと云い訳も思いつかないように唇が動き、赤みがさした紫色の眼に涙がうかんだ。アイスは蒼白なまま呆然と、自分の爪についた血の痕跡を確かめるように、うるんだ眼で凝視して
――
それから実に自然と、爪を舐めた。
香ははっとまばたきをする。この地味なクラスメイトの、真正に吸血鬼らしいところを初めて見たのだった。
「待たせたなー、って何してんだこの」
「あっ」
がらっと扉が引かれた音で香は振り返る。そして、いまこの状況の体勢が非常にまずいことになっていることにようやく思い至った。先生と一緒に戻ってきたヨンスがはわわとスマホのカメラを手に指をさす。とっさに香は取り押さえられる直前のように両手を挙げた。
「香やばいんだぜ。前科つくんだぜ」
「待て! 誤解的な!」
「誤解じゃなかったらなんなんだぜ!」
「誤解ならさっさとのけ。元気なら追い出すぞ。ああ、お前は顔を洗え。頬のとこ切ってるぞ。必要ならそこの絆創膏使いたまえ」
「うぃーす
……
」
香はのっそりとベッドから降りた。見下ろすとアイスは尻だけ出されている気の毒な状態だったが、先生もまた問答無用でスラックスを下げさせ、シャツも脱ぐように命じた。腫れた箇所に触れてアイスが痛がったのを見て、棚から湿布を出してくる。
香は云われた通りに顔を洗ってから、向かいにあったもうひとつのベッドに座って診察を眺めていた。肩をつつかれる。
「なんであんなことになってたんだぜ?」
「わかんねー的な」
事故だったとは思うが、その後の方が事故だった。
湿布を貼ってもらったアイスは顔を上げた。先生は迎えに来てもらえるかどうかを訊ね、アイスはしぶしぶと答えているところだったが、ぱちりと眼が合う。吸血鬼は香を見つめていた。
「おーい、元気な奴は帰っていいと云ったはずだぞ」
「待って」
香が云ったのではない。アイスが香をしっかと睥睨したまま、云った。
「話があるから」
そうかいと先生は薄く答え、保護者に電話をかけてくるからおとなしく待つようにと云い残して保健室を出て行った。残されたのは香とヨンス、それにアイス。ヨンスがじとりと香を横目で見てくる。
「香
……
ほんとに何かしたんだぜ
……
」
「え、えと、ごめ」
「ごめん。気持ち悪かったでしょ」
アイスは頭を下げた。ばつの悪そうな顔で、けれども香がぼうっとしているのが落ち着いているように見えているのか、早口だがはっきりと告げた。これに関しては悪いとは思っていなかったが、アイスに合わせて香も一応頭を下げる。
「こっちこそ、ごめん。気遣いなかったです的な」
「気遣い
……
あ」
そこでようやく、アイスは自分が下着のままで座っていたことに気づいた。慌ててスラックスを履こうとするが、脚を曲げるのがつらいのかうまく履けない。今度は慎重に香も手伝った。
よく見ると、アイスの脚には湿布を貼ったところのほかにも細かなひっかき傷がたくさんある。脚だけでなく、腕にも、手にも。見えなかったがきっと背中もそうなのだ。みみず腫れに赤く盛り上がった線がいくつも交わっているさまは痛々しくて、見るからに異常と映る。
空気を読めないヨンスがさらっと指摘した。
「これどうしたんだぜ」
「気にしないで。さっきのじゃないから」
「それは見てわかるけど」
アイスはため息をつく。香とヨンスの顔を見比べて、他に云わないでほしいと念を押してから話し始めた。
「血液アレルギーなんだよ。だから血はほぼ飲まない」
「え、吸血鬼のくせに?」
「そう、吸血鬼のくせに」
反射的に飛んだ香の失礼な返しにも同意するとばかりにアイスは大きく頷く。鞄から巾着袋を取り出し、ざらっと中身をベッドに空ける。色も大きさも様々の大量の錠剤だ。血液を摂取しないでいると貧血になるので、鉄剤やビタミン剤など複数の種類を常用しているのだとアイスは云う。
「薬が合わないとアレルギー症状で湿疹出るし、これだけ飲んでも足りないからたまにパック血液も飲むことになってるけど一週間はずっとだるいしで最悪。水くれない? たぶんいま貧血気味だから薬飲みたい」
「すっげー
……
」
「吸血鬼ぽくない的な
……
」
香とヨンスは感心しきりである。吸血鬼の血液アレルギーなんて初めて聞いた。アイスは慣れた動作でぱちぱちと錠剤を開け、ヨンスがコップに注いだ水で薬を飲んだ。
それで、と調子が戻ってきたらしいアイスが真剣に続ける。
「おかげで血を見るだけで嫌になっちゃうんだけど、
……
香、だっけ。名前」
「うん」
「お前、血液検査受けてみない? うまく云えないんだけど、味が違う」
香は、ちろりと唇を舐めた仕草と歯に混じる牙を思い返しながら、まじまじとアイスを見つめた。
*
クラスメイトの吸血鬼は話してみれば案外普通だったが、やっぱり吸血鬼だった。
血を舐められたことには特になんの感傷も湧かなかったものの、血が美味いと評されたことにはぞわぞわした。なにって、あ、やっぱこいつ吸血鬼だな、という好奇心込みの興味と関心だ。
後日アイスの保護者から香の保護者に、やけに丁寧な電話があったらしく、香は吸血鬼科の病院の予約を取らされることになった。
意外と人が多いな、というのが最初の感想。輸血をするときのように血を抜き取られてからしばらく、診察室に呼ばれた。アイスから紹介された医師はやさしそうな声色だが大柄なせいか威圧感があった。
「俗にレアブラッドと呼ばれる型だよ」
渡された資料にはA型とかO型とかいうアルファベットと数字の羅列に数値が付け加えられていた。医師の声が耳をすべるようで、香は資料を読んでいるふりをする。
「アイス君が舐めたってことだけど。体調に変化はない?」
「だ、大丈夫です」
「君が抵抗あるタイプか、アイス君が弱かったのか、
――
後者だとは思うけど、幸運なことだったね。たまにレアブラッドとみると吸血衝動がこらえきれない吸血鬼もいれば、催眠がかかったみたいに急な眠気が湧く人間もいるから」
要は直接の吸血はどれだけ親しい間柄であっても、少量であっても、推奨しない行為なのだと医師は念を押した。雑菌が入り込んで傷口から膿むケースが後をたたないらしい。あとは相性の問題もあって、医師が説明した通りだ。
「輸血にもレアブラッドがあるのは知ってる? 輸血が可能な型は人によって決まってて、レアな型もあるってやつ。吸血鬼は血の種類を選ばない人も多いけれど、輸血のように限定された種類の血液しか摂取できない人もいるんだ。そういう人は医療機関が優先的に必要な型を回したり、あとは合う相手とパートナー契約を結んだりする。アイス君はこれについて何か云ってた?」
「いや
……
。パートナー契約って」
「特定の人と定期的に血を提供する契約ね。頻度は吸血鬼側の摂取量によって様々だけど
――
多くてもひと月に一回。補助金と契約者から少し報酬があるよ。学生さんならバイトした方が給料がいいかもしれないけど、人を救う仕事でもある」
だから、保護者とよく相談して考えておいてくれるかな、と医師は締めくくった。持たされた資料は厚い。契約書も含まれていた。
「これ、契約したらアイスに血が回されるってことですか」
「
……
ああ、そうだね。詳しくは云えないけど、アイス君は飲める血の種類が極端に少ない。君は、彼の貴重な適合者だよ」
医師はにこりと笑っているのに妙な寒気がした。
持ち帰った資料の内容を見て保護者はいつになく難しい顔をしていたが、香の心は決まっていた。血液提供したいと主張した香に、保護者は難色を示したが他の家族が香の側で加勢して、二時間の議論と一度のスイカの爆発のすえ許されることになった。さっそく香は電話をかけた。連絡先は先日に聞いていた。
「ほんとに?」
「係呀、うちの人からもオーケー出た的な。アイスからも話しておいて」
「後悔しない? 気持ち悪くないの?」
「ない。ちょっと血を分けて、小遣いもらえるとか最高じゃん」
アイスは信じられない、というように何度も念押しする。明らかに喜色が混じっていたので香は鼻高々になった。
たしかに、ただのクラスメイトにここまでするのは普通じゃないだろう。
階段でつまずいた人に手助けするような、人並みの正義感は香にもある。保健室に連れていって手当をしてやるくらいの。けれども香が興味を引かれたのは、クラスでは一切吸血鬼らしいところを見せなかった吸血鬼が、本能的に血を舐めるほど自分の血が美味しいらしいということだ。
味の感想を訊いてみたいが、いきなり訊くと引かれそうなのでもう少し仲良くなってからかな、と考えている。
「ま
――
そんなわけで、よろしく的な?」
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