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DRRV11037
2025-06-30 14:06:58
9489文字
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昼間のSS
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冷風が木々の間を吹き抜ける。空気中の雨粒を横に流し、暗い緑を揺らす。
しかしこれは俯瞰の話であり、主観では俺自身が風となっていた。それくらい高揚していた。暗い緑を揺れさせて、通り抜けながら、笑いが溢れた。目的もなければ意味もない、そんな遊びが大好きだった。
俺はある悪癖を持っているが、この時もそれだった。
どうしてここまで楽しくなっているのか、どうして泣きたい気分なのか、どうして胸の中の抑圧が未だ取れないのか、自分で全然理解ができていないのだ。更にはその問いを適切な言葉に表すこともできずに、傍目には楽しげに、内々では酷く悲しい気持ちで訳もなく走っているのだから、おかしい。
確かこの時の俺は「どこまで走ればいいんだろう?」などと漠然と思っていた気がする。
雨が短い頭髪を打つ。流れ落ちて鼻筋や目元にいくので、立ち止まってぐしぐしと手の甲で水を拭う。理由のない笑顔が浮かんだ。
リュックサックが重くなってきた。中に入れた物は全てびしょ濡れになったに違いなかった。ああ、後で先生に怒られるかな。その時初めて気がついて、しかし最早どうしようもなかった。飛び出してきてしまったからには、仕方がない。
学校の方角に目を遣る。そろそろ生徒たちが校門を出る頃合だろうか。見つかったらまずい、もっと遠くへ行くべきだろう。しかし遠くへ行き過ぎると、兄に見つけてもらえない。ここからはのんびりと歩くことにした。
「~♪」
人気のない道。空疎な気持ちを忘れるかのように、鼻歌を歌う。どこで聴いたメロディかは思い出せないが隣に兄が居たことだけは確かだった。
俺と兄は双子だ。黒い短髪に黄色の目、低い背丈。顔立ちも声も不思議なくらいに同一。人から間違えられた回数など数えられない。そんな瓜二つのシンメトリーが、自分と兄であるというのが大好きだった。これほどまでに一緒、俺たちは全てが一緒。
しかし、頭の作りだけは一緒ではなかった。
透明のファイルに挟んだテストは六十点。兄はきっと百点か、それに類する数字だろう。
兄は神童、弟は悪童。
人からそう呼ばれるとき、俺たちの同一性は崩れる。
「
…
夜深だって、そんなに良い子じゃないのになァ。」
大人は成績が第一だから気付かない。しかし、あの子にも悪の気配はある。瞳の奥に宿る狂気を知っているのは、俺だけなのかもしれない。それは一般的には独占欲とか歪んだ愛とか言われるものだ。自分が狂気を向けられていることに勘づかないはずはなかった。しかし、理解した上で止めるどころか手を加えて加速させたいとすら思う。
俺は悪童だった。激しく歪んでいた。
雨はリュックサックを叩いた。その冷たさや線の鋭さがあの教師に似ている。かつかつと神経質に黒板を叩く音が甦る。ここまで逃げてきたのに、一人になったのに、まだあの顔がちらつくのがムカつく。
"逃げてきた"?
ううん、俺は逃げてない。ただひたすらに走ってきただけで、逃げてきたわけじゃない。
気紛れに、気を紛らわす為に、鼻歌を続けた。
実際、自覚しないだけで俺は相当やられていた。困ったことに生まれつき、俺はこの厄介な社会に向いていない。
善悪も愛も分かれない。ありふれた幸福に共感できずに、他人と異なり過ぎたパーソナリティをどうにかするので精一杯、そんな調子で生きてきた。
「良いことをしましょう」「悪い子になってはいけません」「友達を大切にしましょう」「思いやりを持ちましょう」
地球上に満ち溢れるこれらの温かな言葉は、俺にとって理解できないものだった。縁遠かった。
良いこと、悪いこと。それを常に間違え、優しさを欠く。叱られても怒られても全く改善されずとうとう中学生になってしまった。ほとんどの人が納得しないが、俺は悪がしたくて悪をしているわけではない。楽しそうなことに目をつけているだけ。楽しそうなことを見つけると、僅かに蓄積された善悪の概念が吹き飛んでしまう。
善悪が分からない。小学生でも知っているというのに。
中学に入学した辺りで気付いたこの事実について、思考するのも躊躇われた。物事の区別を知れと言われても、そのようなものが記されたリストは世界の何処にもないのだ。教えてもくれない。何かの方法で理性を学習しなければ、衝動的な悪行は止まないのだろう。
きっとそれは頭の病気だった。
むしゃくしゃして、大きめの石を拾って建物に投げた。どうなったのかは見なかった。
どうしようもない感情に襲われたとき、いつも兄に頼った。縋り付いて、依存していた。傍から見れば自業自得な非行少年にそれを言わないのは兄だけだった。
それも逃避なのかもしれない。逃避に関して天才的に上手かったのかもしれない。
「
…
夜深、」
灰色に潤された世界。濁った色の瑞々しい視界。自分の将来と同じく不鮮明で、虚無と言えるほど透明だった。
まるで世界に水が満ちているかのようだ。このままずっと雨が降り注いだら、水槽として完成してしまうかもしれない。ひたすらに綺麗で息苦しい。
「夜深、夜深。」
風が強いのが嫌になった。さっきはあれほど楽しく見えたのに。白い向かい風は執拗な妨害となり果てて、視界の邪魔すらする。前がよく見えない。
「夜深ー
…
」
気付けば、一切の見覚えがない場所に立っていた。突然、心細くなる。
帰れなくなったらどうしよう。どうして、周りに誰も居ないんだろう?俺が逃げてきたから?あのまま大人しくSHRを待っていたら、すぐに兄に会えたのに。どうしてあんなことをしたのか、自分でもよく分からない。自分で分からないのでは、誰にも分かるはずなどなかった。
また俺は悪をしてしまったのだ。
「夜深
…
。」
ふらふらと近くにあった公園に立ち寄り、赤い滑り台の下にしゃがんだ。濡れた服や髪が身体に張り付いて寒い。どこもかしこもびしょ濡れで気持ちが悪い。
曇天の空からどうして雨が降り注ぐのか理解できなかった。躊躇いながら、どっぷりと雨水に浸かった地面にそっと腰をおろす。
あちこちに水溜まり。
滑り台の下に隠れてもほとんど効果はなかった。雨が横から差し込み体温を奪うので、大きく身震いをする。
捨てられた子猫みたい、そう思った。
小さく鳴き声を発するように、そこで三十分は名前を呼び続けた。
「夜深ー、夜深
…
」
「昼間!」
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