1.
荘園が主催する試合に新しいハンターが投入されたらしい。
お馴染みの面子だけでは飽きるだろう、との荘園主からのお言葉があって以来、この場所では不定期にサバイバーやハンターの数が増えていくようになった。
色々な能力を持った人間のサバイバーや、同じく色々な能力を持ったハンター。ナワーブは自分のいる陣営のことしかよく分からないが、ハンターには時々どうも人間とは思えないような見た目や動きをする者が混じっているように思う。
それらが果たして荘園主のどのようなツテでここへとやって来るのか分からないまま、指定された試合をこなす日々が続いていた。
そんな中聞かされた新しいハンターの試合投入。
どんな奴なのか、という疑問はナワーブだけではなくサバイバー全員が思っているのは確かでしばらく荘園の中は浮ついた雰囲気が漂っていた。
その中でも少ない試合数の中でも見たことの無いハンターと会ったと言っていた奴にはナワーブの方から声をかけ、どのような能力なのか、見た目なのかなどを聞いて回る。これは救助職を担当している彼の中では当然の行動で、出会う前から脳内で幾つかの試合展開を予想するのに使う情報収集だ。
そうして数人から聞いた新入りの見た目と動きの情報を総合して、ナワーブはこう考えた。
「ほぼ動物と違いないのでは?」
殆ど蜥蜴と変わらない風貌に、跳んで来て奇襲を仕掛けてくるという戦闘スタイル。それに、サバイバーよりも遥かに大きく二足歩行しているという情報からただの蜥蜴ではないのだろうが、それこそ蛇のような鳴き声を発するとも聞いた。
今まで何処か人と違う箇所のあるハンターは見たことがあったが、まさか完璧に化け物寄りの奴まで招待できるツテまであるのか、とナワーブは荘園の主の得体の知れなさにゾッとする。
ただ、ナワーブの言う結論に、皆何故か首を傾げるばかり。
どうしたのだろうかという彼の疑問は、実際にそのハンターと対峙した時に納得へと変わった。
大きな緑色の蜥蜴。
確かにその通りではあった。
大きくて、背丈は軽く3メートルはありそうな巨体をしていたが、確かに全身を覆う鱗も、黒く大きな瞼も、その先に光る橙色の瞳も、大きくて太く器用に動かしている尻尾も、全てが蜥蜴のものだ。
空を蹴り大空を自由に跳び回り、自在に降ってくるその巨体を避けるのは至難の業だったし、その都度身震いする程の掠れた高い鳴き声もした。
だが、それだけではなかった。
その前提情報だけでは巨大な二足歩行の蜥蜴の化け物となった筈なのだが、なんと彼は人間のように服を着ていた。それも、きちんと上着まで羽織っていて、空から降ってきたその蜥蜴を初めて見たナワーブは思わず小さく声を漏らしてしまった。
「お前、服なんて着てるのかよ」と。人間の真似事をしてるみたいだ、とこの時初めて思ったのだ。
それに、他の所詮人型と言われるハンター達と同じく、フィールド内での対戦において動きの駆け引きがあった。フェイントに対して反応して、二度は同じ手が通用しない。
きっと板前で足を止めるだけの理性や知性が存在して、尚且つきっと考えるだけの脳みそもある。
薄気味悪かった。服を着て、考え、こちらを理解しようとしてくる動きがどうも、どうしても今まで人から聞いていた印象とのズレを感じてしまう。
ナワーブがそう確信するのには訳があった。
その蜥蜴は鋭く長い爪を持った手で、何故か人間が扱うような武器を持って戦っていたのだ。
あの長く靱やかな尻尾を振り回したってきっと同じだけのダメージは叩き出せるし、なんならその爪で切り裂いた方がずっと簡単にサバイバーのダメージは嵩んでいく。
それにも関わらず、まるで手慰みに遊ぶかのように軽く扱ってみせるのだ。ナワーブがよく知る武器でもある、ククリナイフを。
「…なん、なんだお前。なんでそんな風に扱えんだよ…」
化け物の癖に。
そのナイフをクルリと回す瞬間を見たナワーブが思わず漏らした言葉は酷く震えていて、それが自分の経験や知識では証明できない未知の怪物を目の当たりにした事に対する恐れであると、ナワーブはその瞬間には理解できなかった。
そして、そんなナワーブの言葉を理解したのか否か、蜥蜴の瞳がすぅ、と細められると共にナイフが振り下ろされ、的確に彼の意識を刈り取っていったのだ。
魔トカゲの印象はそれ以来「得体の知れない気味の悪い奴」となった。
人のように服を着て、人のように他人の考えを理解しようとする知性を持ち、的確にサバイバーを殺しにくる蜥蜴の化け物。あんなに人間とはかけ離れた姿をしているにも関わらず、彼の動きは人そのもの。
それがどうにも、ナワーブに違和感と嫌悪を抱かせてくる。
何よりも、あのナイフをああも綺麗な手捌きで使いこなすのがあの異形の者なんて、思いもしなかった。
直感は確かに「奴は化け物だ」と訴えかけてくるのに、目につく彼の所作は人間で…そのアンバランスさがここまで気味の悪いものであると、ナワーブはこの歳になるまで知りもしなかった。
これまでも、そうしてこれからも、だからと言って魔トカゲに声をかけようとか調べてやろうという気は起きなかった。
ただ、あの男に近付いたら終いだという本能的恐怖と直感だけが今も変わらずナワーブの心に巣食っている。
魔トカゲはどんな奴なのだと聞かれたならば、ナワーブの答えはこうだ。
「化け物の皮を被った、人であることを捨てきれなかった何か」。
それ以上に、なんと言い表せば良いのかは分からない。
ただ、なんにせよ、長生きしたかったら関わらない方が身のためな奴であることに変わりはないだろう。
2.
どんな奴が相手でも、己の考えは変わらないと思っていた。
ハンター達も、自分達サバイバーと同じで金か何かにつられてこの荘園へと集められているのだろうとノートンは考えていた。それに、試合の時はサバイバーにとってハンターは邪魔な存在でしかない。
特に、莫大な金を必要としているノートンにとって試合結果はとても重要で、勝利を邪魔してくる「やる気のあるハンター」は特に毛嫌いしていた。
不愉快極まりない存在であるハンターだが、どれだけイラつこうがノートンの戦い方は基本的に対峙したハンターと距離を詰め、相手の癖に合わせて磁石を用いて戦闘を妨害するというやり方である。
結果として多種多様なハンターたちのことをよく知っている立場なのもノートンで、サバイバーの誰かが何か知りたい時には情報目当てで話しかけてくる事も多かった。
「…ノートンお前、魔トカゲについて何か知ってるか?」
ある日、腑に落ちないといった表情でナワーブに聞かれたノートンは、その件のハンターについて少し思考を巡らせてみた。
魔トカゲ。多種多様なハンターが集まる中、今現在最も人間離れした外見をしている男。
奴に対する第一印象は「話が通じなさそう」だった。あの風貌と動きと、思い込み。それらが組み合わさって試合のルールすら理解しているのか怪しいなと考えていたのだ。
だが、その懸念は杞憂に終わった。
戦い方そのものは暴の化身のような男だったが、ノートンが粘着に入った後の動きにはどこか理性や知性のようなものを感じた。
遠くの距離から磁石による引き寄せを行った際に、普通の理性無き化け物であれば目の前に出たノートンを追うだろうが、チラリとトンネル対象のいる方を見た魔トカゲはこちらを気にもかけずに跳び上がっていった。明確に試合の流れを理解している動きだった。
見た目から受ける印象と、実際の行動。そのアンバランスさがどうにも嫌らしいハンターだった。
最初は決まっていた小技も、その試合の最中に通用しなくなる。こちらの動きに合わせて攻撃のタイミングやダウンしたサバイバーを持ち上げるタイミングを変える。
そんな、まるで試合の中で成長していくような動きをする。
「…人間の真似が上手い化け物。」
「……そう、だよな。」
こちらの回答に頷いたナワーブは、それでもどこか納得していないような表情をしながら去っていく。
その後ろ姿にどこか違和感のようなものを感じながらも、ノートンはそれ以上の喩え方を知らない。
なんであれ、あれだけ暴れてサバイバー達を追い詰めていく異形など、化け物以外に喩えようがないだろう。そう、ノートンとてあの日までは思っていた。
研鑽を磨いているのは何もハンターたちだけではない。
サバイバーとて日々連携についての相談や練習など、できるだけの努力をしている。
その日、ノートンの動きが功を奏し魔トカゲ相手に勝ち星をあげることができた。
とは言え、結局のところ仲間を逃がすためにノートンは通電後も魔トカゲの意識を引きフィールド内を駆け回る羽目になっていたのだが。
それを、徹底的に追ってくる魔トカゲは時々軽く笑うような音を喉から発しているが、それが本能的なものなのか、何か考えた末に出たものなのかはノートンには答えを導き出せなかった。
ただ、獲物を捕まえられそうな事をこうも嬉しそうにする辺り、なんとも化け物らしいなという考えだけがノートンの中には浮かんでいる。
この後は殴られて椅子に縛られるのか、と辟易した気持ちを抱くと同時に背後から地を蹴る音が耳に届いた。
あ、と思った時には既に遅く、強い衝撃がノートンを襲い、宙を舞う体が妙に軽く感じる。
視界の端にハッチの存在を確認したノートンは、地面に叩きつけられたダメージで咳を零して舌打ちをする。あと少しで逃げられたのに。
ずるずると引きずられながらも投降を宣言しないのは、一種のノートンの意地でもあった。
どんな目に遭おうとも、目の前の化け物の暴力には屈しないという、誰にも理解されないであろう意地。
ゆっくりと椅子に座らされた所で息を吐くと、いつの間にやら真正面に立った魔トカゲが口を開く。
「腕を上げたな。」
理知的な、柔らかく穏やかな声が耳に響く。
その声色に思わずノートンは信じられないものを見る目で魔トカゲの方を向いてしまった。
まさか。喋れるなんて、どのサバイバーからも聞いちゃいなかったし、蜥蜴が喋るなんてまずノートンも考えもしていなかった。
その困惑に満ちたノートンの動作に、表情の乏しい顔をした彼が笑うように目を細めたようにも見えてしまって、ますます動揺が広がっていく。
そうして、そんなこちらのことなどお構い無しでゆっくりと、流れるような動きで礼をする魔トカゲ。
「……は?」
衝撃の中唯一絞り出されたのはその一音のみ。
引き攣った口元に彼が何を思ったのかは分からない。
ただその敬礼のような動きは、確かに洗練されてやり慣れているようなものだった。
視界が回り始め、ロケットチェアが発射される。
そんな中、ノートンの中にはじわじわと混乱と嫌な予感が這い寄ってきていた。
気付いてはいけない事実が、そんな訳がないと否定したいのにそれを許さない事実が目の前に転がっているような、もう取り返しがつかないような感覚。
「それじゃあまるで──」
アンタ、人間みたいじゃないか。
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