小話倉庫(深上)
2025-06-24 23:31:53
4582文字
Public 悠アキ/haruwise
 

六分街、緊急会議(悠アキ/haruwise)

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↑の余談。隣人の恋人について。

 まだ店もまばらにしか開いていない、六分街の土曜日の早朝。いつもより客が少ないはずの「COFF CAFE」の席の一角で、数名の男女が顔を向かい合わせて座っていた。通行人はその光景に、こんな朝早くから合コンでも開いているのか、と好奇心に負けてちらりと視線を遣るのだが、面子を見て「なんだ町内会の会合か」と興味を失ったように歩みを速める。それほどまでに異質と言えば異質な集団だった。
 その中心に座る少女が、おほん、とわざとらしい咳払いをして注目を集める。
「えー、皆様、お集まりいただきありがとうございます。この場はこのあたし、ビデオ屋の常連かつ宣伝隊長のヘディーがまとめさせていただきます!」
 ご立派な口上に対して拍手は巻き起こらず、ただ参加者たちの呆れた声が返ってきただけだった。
「どうしてもって言うから来たけどよ、俺はとっとと店に戻って麺の仕込みをしたいんだがな」
「せやねぇ。うちも店の電気入れて、筐体のチェックしたいわぁ」
「ワフ、ワフッ」
 チョップ大将に続き、アシャ、そして骨につられてお誘いにのこのことついてきたウーフが同意を示す。しかしへディーはそんな野次をものともせず話を進める。
「今回の議題は一つ! ビデオ屋の店長さんの「ご友人」について、です!」
 しん、とその場に沈黙が落ちる。呆れているかと思いきや、皆僅かに興味を持ったようにヘディーに視線を向けている。
「大事な話とはそれですか?」
「つってもよ、あの兄妹はそりゃもう、友人だらけだろう? いつも違う誰かと親しげに話してるのを見るぞ」
 エイファとエンゾウが反応すると、確かに、と皆頷きを示した。しかし一人だけ、ショウルが冷静に話題を加速させる燃料を投下する。
「もっとはっきり言っていいんじゃない? ヘディーが言いたいのは、店長さん……お兄さんの方の恋人疑惑のお相手について、でしょ」
「え、あいつ恋人いるのか?」
 トラビスの驚きが周囲に伝播する。緊張の糸を切ったのは、またもやへディーだった。
……ネットも見てみたんだけど、目撃情報もいくつかあって。ルミナスクエアの映画館とか、ポート・エルピスでのんびり過ごしてたりとか、割と見られてるみたい」
「それはわかったけどよ……で、誰なんだ? そのお相手ってのは」
 焦れたらしいチョップ大将が声を上げる。何故か得意げな笑みを浮かべたヘディーは、証拠のつもりなのか目撃情報の写真をまとめたサイトをスマホに表示すると注目する皆の前に出し、その名前を口にした。
「対ホロウ六課の、浅羽悠真さん!」
「えぇっ!」
「マジで? あの?」
「あー……
 驚愕と納得が混ざり合う空気の中、人数分のコーヒーを運んできたマスター・ティンが自然な流れで話に加わった。
「そう言えば、このお店にもよく二人でいらっしゃいますよ。他の六課の方にもご贔屓にしていただいているので、あまり気にしていませんでしたが」
「俺んとこにも二人でラーメン食いに来ることがあるな。昼夜問わず」
「昼夜問わずって、浅羽さん、お仕事は大丈夫なのかな……? ここ、結構H.A.N.D.の本部から遠いよね?」
「各地を飛び回ってそうだし、合間に会いに来てるんじゃねえか?」
 ふと思い出したように、それまで黙っていたスージーが顎に手を当てて考える仕草をする。
「そういえば地下鉄からアキラお兄ちゃんと浅羽さんが一緒に歩いてくるの、よく見るかも……でも友達なのかなって思ったくらいで、さすがに恋人とは思わなかったなぁ」
「猫の脱走騒動の時も居たでしょ。あの時なんていうか……距離がちょっと近いなーって……
 決定打のない憶測が飛び交う中、はい、とショウルが手を挙げてざわめきを鎮める。
「私、店長さんに直接聞いてみたんだよね……あ、妹さんの方ね」
「さすが、仕事が早いねショウル! で? で?」
 興味津々に身を乗り出すヘディーに、こほん、と咳払いをするとショウルはリンの声真似をしながら言葉を紡ぐ。
「『私からは何も言えないなぁ』だって」
「えぇー?」
……いや、あの店長の性格を考えたら、何もないならそう言うだろう。つまり、そういうことなんじゃねぇのか?」
 トラビスの推論に、ショウルは頷いて言葉を重ねる。
「私も色んなところでバイトしてるけど、ネットにあるように、他のところでも二人で歩いてたり話してたりするのはよく見かけるんだよね」
「ショウル、詳しく、詳しく!」
 じゃああの時のあれは、だの、そういえばあの時、だのと若者たちだけで話が盛り上がっていく。次第に「アキラの恋人にどんな風に接するのが良いか」という微笑ましい話題に移っていくのを横目で見つめながら、ビデオ屋が「プロキシ」であることを知っている面々は、各々考えを巡らせていた。
 ――プロキシと対ホロウ六課なんて、水と油みてぇに相容れねぇもんじゃないのか?
 ――だが仲が良さそうに見えたのは事実だぞ。恋人関係かどうかはさておき。
 ――となると、その辺の障害は既にクリアしている可能性が高い、と。
 ――対ホロウ六課が彼らを擁護する、もしくは協力関係にあるのであれば、黙って見守るのが最適解ですね。
 他の店主とアイコンタクトで通じ合い、彼らは静かに頷く。不用意に懸念や疑問を抱くのはビデオ屋の二人の迷惑になりかねない。知らぬ存ぜぬを貫くのは、彼らのみならず自分たちの身を守ることにもなる。アキラと彼がお付き合いをしているかどうか、というのは些末な問題だ。
 ――ただ、隣人としての態度ってのは必要だよな?
 涼しい顔で沈黙を保ちつつコーヒーを味わう店主たちの背後で、一連の流れを大体聞いてしまったもう一人の客は、広げていたノートパソコンを閉じて静かに席を立った。

 *

『あんた、まさか六課の連中に脅されてるんじゃないだろうな?』
「は?」
 突然掛かってきた電話に出てみると、名乗りもせずに相手はそんな事を聞いてきた。とはいえ相手の名前は表示されているため、恐る恐るではあるがアキラはとりあえず返事をする。
「ええと……「羊飼い」だよね? 掛けてくるなり藪から棒になんなんだ、脈絡もなく」
『脈絡ならあるさ。少なくともこっちにはな』
 やけに食い気味に来る相手に、思わずスマホを遠ざける。ひょうきんな性格ではあるが、ここまで感情を露わにするのも珍しい。しかし耳元で興奮気味の「羊飼い」の声を聞くのを躊躇ったアキラは、スピーカーをオンにしてスマホをテーブルの上に置いた。
『あんたが対ホロウ六課の浅羽執行官とお付き合いをしている、という情報を得たんだが』
「つっ……!?」
 部屋中に響いた「羊飼い」の声に、アキラは体を強張らせて動揺する。スピーカーにしたことを一瞬で後悔しつつ深呼吸をし、表面上は落ち着いて言葉を返す。
「どこでそんな……いや、どうしてそれで君から電話が来るんだ」
『おっさんは心配してんの! あんたらが対ホロウ六課と知り合いってのは聞いてたけどな、実際どうなんだ?』
「彼らとは一応、友好な関係を築いてるつもりだけれど」
『本当か? あんたがプロキシだってことを知られて、危ないことさせられてるんじゃないのか? そもそもお付き合いとか、それをちらつかせて脅されてるってことじゃないよな?』
「勢いが凄いな……別に隠しているわけじゃないから言うけれど」
 自然に言おうとして、しかし謎の羞恥が浮かんできてしまい、どことなく緊張したままでアキラはぼそりと告げる。
「お付き合いなら、その、しているよ」
……マジ?』
「まぁ、うん」
『いつからだ? 聞いてないぞ!』
「どうしてわざわざ君に教えなければならないんだ……ああ、君のことは何も話していないから安心してくれ」
『そこは心配していない。ただあんたがそんな大事なことをおっさんに内緒にしていたのはよろしくない! いいか、今度からはあんたの方からちゃんと』
「分かった、分かったから。すまなかったね、教えてなくて」
 まだ何か言っている「羊飼い」の言葉を、通話を切ることで強制的にシャットアウトする。何なんだ、と納得のいかない顔でスマホをポケットに滑り込ませると、アキラは自室を出て階下に向かう。まるで保護者か親戚のような態度で一方的に叱られたことに、僅かにむず痒い気持ちを抱えたまま店の様子を覗くと、タイミングよく入口のドアノブが回るのが見えた。
 カラカラン、と来客を告げるベルが鳴り、現れたのは大量の荷物を抱えた悠真だった。
「どうしたんだい、その荷物」
……いやぁ、僕にもよく分からないんだけど」
 どさ、と荷物がカウンターに置かれる。働き者の18号はぴくぴくと耳を動かして興味を示しつつも、仕事外のことには関わらないつもりなのか目を閉じている。悠真に近付き、丁寧に並べられる品物を眺めると、それはどれもアキラにとっては馴染みのあるものばかりだった。
「141のセールでよく見るお菓子、COFF CAFEのスペシャルブレンド、錦鯉の割引チケットに、エイファさんがよくおすすめしてくれる安眠ディスク……?」
 それ以外にも細々としたものが並べられている。どういうことだろうと悠真を見るも、彼も困惑しているようだ。
「駅を出てから、なーんか視線を感じるなぁとは思っていたんだよね」
 入り口近くの椅子に座って、はぁ、と悠真は息を吐いて壁にもたれ掛かった。喉が掠れているようだったので、袋に入った菓子類の中からのど飴を取り出して投げてやると、悠真は難なくそれを受け取って一粒取り出し、口の中にぽいっと放り込んだ。
「最初は僕のファンなのかなと思ったけど、そういう空気でもなくて。歩くたびに無償で差し出される善意を受け取り続けたというか……ちなみにニューススタンドのあの子も今日はやけに身を乗り出してきて、頭を撫でさせてくれたんだけど。ここ、いきなり町おこしでも始めたのかな?」
「ウーフまで? 町おこしなんて話は聞いていないけれど……
 そこまで言ってからふと、先ほどの「羊飼い」の唐突な電話を思い出す。彼の「情報源」まで考えてはいなかったが、悠真から聞いた六分街の様子を考えるに、二つの現象が結ばれている可能性は非常に高い。
「うわ、どうしたのアキラくん。なんか顔赤くない?」
……どちらかというと、悠真を歓迎しているんじゃないかな、これは」
 アキラの言葉に悠真は目を瞬かせて、眉間に皺を寄せる。
「どういうこと?」
「外堀から埋めておこうという彼らの思惑が見える……気がする」
……あー、はいはい。なるほどね」
 向こうも合点がいったようで、困惑が消えて晴れ晴れとした顔を見せた。口に含んだ飴を転がしながら、悠真は少しばかりのからかいを交えて上機嫌で微笑む。
「つまり、愛されてるのはあんたってことだよね」
「有り難いことにね」
 隣人の大事な人なら、自分たちにとっても大事な存在なのだと。
 言葉よりも態度で、いや賄賂でそれを示してくる彼らの抜け目のなさに、先ほどの「羊飼い」に抱いた感情に近いむず痒さを覚える。アキラは何とも言えない気持ちで苦笑し、隣人たち一人一人に話をする決意を固めたのだった。