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小話倉庫(深上)
2025-06-19 00:06:20
3877文字
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悠アキ/haruwise
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恋のその先(悠アキ/haruwise)
少し自信喪失中の悠真と、割と愛の深いアキラ。
恋情を募らせた好意を何度も伝えて、やがて理解とともに受け入れてもらって
――
それから。
「恋人」という立場を手に入れて、彼と行動を共にすることが増えてから気付いたことがある。
アキラはとにかく顔が広い。人脈が幅広い。そんなところにも知り合いが? と驚いたのは、もはや両手で数えきれないほど。六分街やルミナスクエアを歩けば必ずと言っていいほど誰かしらに声を掛けられるし、彼の方から首を突っ込んでいくこともある。
顔が広いなぁと漠然と思ってはいたが、正直ここまでとは思いもしなかった。アキラに対して抱く感情が恋だと気付いてから、自分の視界は見事に狭まっていたらしい。恋は盲目というがまさにそれだ。まさか自分がたった一人に惚れ込んで猛アタックをし、その誰かと結ばれるなど、今までの自分が見たらドン引きする光景ではある。
――
閑話休題。まあつまり何が言いたいのかというと、だ。
アキラと付き合い始めてからというもの、今まで見えていなかった彼の側面が浮き彫りになり、新鮮さを味わうと同時に疎外感も生まれていた。彼のコミュニティに後から入ってきた自覚はあるが、それでも彼の妹を除くと一番近い立場のはずなのに
……
と不貞腐れつつ、悠真は目の前のプチ騒動を蚊帳の外の状況で眺めている。
仕事終わりの悠真を迎えに来てくれたアキラに連れられて六分街に着いたのが、ほんの数分前のこと。駐車場の地面に足をつけた途端、フェンス越しに知り合いらしき少女から「ちょっと手伝ってほしいんだけど!」と食い気味に話しかけられた。何事かと思えば、彼女の知り合いの飼い猫が家から脱走してしまい、パニックになって六分街中を駆け回っているらしい。何とも平和な街だと苦笑する悠真の横で、助けを求められたアキラはこちらを気にする素振りを見せたが、行ってきなよと手を振るとホッとしたようにその場を離れていった。
夕暮れの橙色に染まる路地を、ビデオ屋の黄色い壁にもたれ掛かって一人ぼんやりと眺める。仄かなノスタルジーが滲むこの街は夕焼けが似合うなぁなんて取り留めもないことを考えていると、騒ぐ声が次第に近くなってくるのを感じて視線を横にずらす。
「アキラ兄! そっち行った!」
「了解だ、任せてくれ
……
おっ、と」
突進してきた猫は待ち構えていたアキラの腕を器用にすり抜け、嘲笑うように彼の肩をとんっと蹴って跳躍する。「任せてって言ったのにー!」と周囲から大ひんしゅくを買うアキラに笑っていると、その三毛猫はあろうことか悠真の方に向かってきた。
悠真を見るや猫は一瞬びくりと体を強張らせ、全身の毛を逆立てて鋭い目で威嚇してきた。猫に嫌われるのはいつものことなので気にせず、悠真は自然な動作で壁から背中を離す。足音を立てずに一瞬で距離を詰め、突然目の前に悠真が来たことに驚いて飛び上がった猫の首根っこをひょいと掴んだ。
「残念だったねぇ、お騒がせニャンコ。この僕から逃げようなんて百年早いよ」
フシャーー、と元気に暴れまくる猫を軽くあしらっていると、捕り物に参加していた六分街の連中がビデオ屋の前にぞろぞろと集まってきた。
「ごめんよ、悠真。結局君の手を煩わせてしまったな
……
」
「いいってことよ、相棒」
最後に駆け寄ってきた少女に、はい、と猫を渡す。その腕の中でも三毛猫はしぶとく暴れていたが、絶対に離すもんかと抱き締める少女の力に観念したのだろう、しばらくすると抵抗をやめてよく伸びるおもちのようにだらーんと細い腕にぶら下がった。
「ありがとうございます! えっと
……
」
どうやら名前を呼ぶことを躊躇しているようで、少女の語尾が尻すぼみになる。少女だけでなく、周囲の視線と態度には「対ホロウ六課だ」という驚きが見え隠れしていた。有名なのも考えものだと、悠真は頬を掻く。
「僕のことは気にしなくていいから。仕事終わりに遊びに来ただけだし。ね、アキラくん」
「そうだよ、彼はうちの大事なお客様だ。ほら、ヘディー。早く猫を飼い主のところに連れて行ってあげたらどうだい?」
「あっ、そうだった。ありがとう、アキラ兄。浅羽さんも!」
礼を言った少女が何処かに走り去っていくと、それが合図とばかりに周囲にいた人達も散らばっていった。彼らを見送ってから、「待たせてしまったね」とようやくアキラは悠真を店の中に招く。
客の姿はない。主人の帰宅に嬉しそうにしている18号にアキラは笑みを向けて、流れるように自室に足を進める。騒動で忘れかけていたが、今日は彼の部屋で映画を観ようと話していたのだったと思い出す。
部屋に来ても、もうアキラは「どうぞ」とは言わない。悠真なら勝手にいつもの定位置に落ち着くと思っているし、悠真も遠慮せずテレビの真正面のソファに座る。これが自然になるくらいには、彼とは親密になった自覚はある。あるのだが。
「今日はどんな映画をご所望かな。
……
悠真?」
テレビの傍の棚に並ぶビデオを眺めていたアキラが、怪訝な表情で振り向く。
「どうかしたのかい? 上の空のようだけれど」
「
……
今更なんだけどさ、アキラくん、本当に僕でよかったの?」
唐突な悠真の問いに、アキラの眉間のしわが深くなる。
「どういう意味だい?」
「だってさ、あんたの周りって魅力的な人が溢れてるでしょ。もっといい人がいるかもしれないのに、本当に僕なんかで良かったのかなって
……
」
何が、とは言わない。相手も聞かない。その代わりに、アキラはふうと息を吐く。
「まるで君が魅力的ではない、みたいに言うね」
「自分に魅力がない、とは思ってないよ。僕に何かがあったから、アキラくんはオーケーしてくれたんだとは思ってる。けど、それだけじゃなくて
……
僕の存在が、あんたの足枷になっていないかが心配なんだよ」
思うに、共にホロウに足を踏み入れてくれる仲間や、無償で手を差し出してくれる友人たちが彼の周りにはたくさん居る。当然その中には、彼に恋慕を抱く者もいるだろう。自分よりもその「誰か」の方が、彼の隣に立つに相応しいのではないだろうか。
それに、と先程の六分街の住人の態度を思い出す。何故、という眼差し。対ホロウ六課という肩書はどこまでもついて回るし、その横に立つアキラに悪意の込められた視線が向く可能性だってある。
そもそもこの関係だって悠真の強引さに彼が折れたから、という可能性だってある。もし彼が自分と居ることに何のメリットも感じていなかったら、なんて考えると浮かれた心も地に落ちるというものだ。
――
などと次々に思い浮かべてしまう悠真の思考は、脳天に襲いかかった割と強めの衝撃によって強制的に中断させられた。
「いった! えっ、何!? もしかしてアキラくん今チョップした!? 僕に!?」
「おっと。あまりにも君が腹立たしいことを言うものだから、手の方が先に動いてしまったな」
手を払う動作をするアキラの目に静かな怒りが見えて、飛び出しかけた文句がそろそろと喉の奥に戻って行った。
「怒ってる?」
「ああ。一方的に話す君に対して、僕は今、そこそこ怒ってはいる」
「
……
どれに?」
「言わないと分からないのかい?」
呆れたように息を吐くアキラに思わず身を竦める。普段穏やかな人が怒ると怖い、とは聞いたことがあるが、確かにと納得をしつつ悠真は黙って頷く。
じっと悠真を見つめていたアキラは更に目を細めてゆっくりと口を開き、はっきりとした口調で告げた。
「悠真のことを足枷だと思ったことは、一度もない。君はむしろ、僕にとっては前を進んで道を示してくれる灯火のような人だと思う」
それに、と口調を変えないままでアキラは続ける。
「君でいい、なんて僕は一言も言っていない。僕は君「が」いい、と言ったんだ」
どく、と心臓が鳴る。
「いくら悠真でも、僕の大事な人を貶す発言をするのは許さないよ」
悠真の喪失しかけていた自信が一瞬で回復する。抱えていた醜い自暴自棄すら吹き飛ばすほどの強い語気に、悠真は上手い言葉で返そうとしたが喉の奥からは意味のない掠れた声しか溢れてこない。ただ、胸の内に広がる感情がどういう類いのものかは理解している。震える唇で、ゆっくり、ゆっくりと悠真は息を吸い込む。
「だ
……
」
「だ?」
「抱き締めてもいいですか
……
」
「どうしてそこで敬語なんだか」
笑いながら、ほら、とアキラは両腕を広げる。すくっと立ち上がると、悠真は躊躇いなくその腕の中に飛び込んだ。その勢いに僅かにたたらを踏みつつもどうにか堪えたアキラは、悠真の背中に腕を回してぽんぽんと撫でてくれた。ぎゅう、とアキラの存在をしっかりと自分の腕の中で確かめて、彼の匂いを思う存分に吸い込んでから、悠真はその耳元で囁く。
「僕の恋人、かっこよすぎて苦しい」
「今更そこに気付くとは、君はまだまだ未熟だな」
「あんたより熟練だと思ってたんだけどなぁ」
少しだけ腕の力を緩めて、アキラと視線を合わせる。よく見ると彼の耳がほんのりと赤らんでいる。怒りの余韻か、新しく芽生えた情動か。どちらだろうと考える前に、悠真はすぐ近くにある彼の唇に自分のそれを重ねていた。
不意打ちに目を見開くアキラを見て、すぐにぱっと離れる。重ねるだけのバードキスに、しかしアキラは今度こそ顔を赤くして気まずそうに視線を落とした。
「
……
それはまだ、ちょっと慣れない」
「ふはっ」
お互い、熟練には程遠く。
まだまだ、恋は終わりそうにない。
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