いを
2025-06-22 17:33:22
2563文字
Public 刀神
 

まどかなる星の常/ある日の手記

青嵐
・鴨さん【yasuinokikaku】
・鉄斎さん【EBIFLY_72】
・某お方【Metol_P】
お借りしています

 温厚な男だと思っていた。
 男を知る人間もほぼおなじ感想をいだくだろうと思っている。穏やかで、淡々とひとりで生きていける人間だと。今でも自分はそう思っている。
 けれども男はそういったものではなかった。過去を全て知っているわけではないが、彼はどうやら学校に通っていなかったらしい。ユタであり教師であった女性が男に必要な・・・知識を叩き込んだという。必要な知識などというものは、周りの人間が自分たちに都合のいい知識だけしか与えなかったことは想像に難くない。大家にはよくある現象だ。不必要なものを与えれば可能性が分散してしまうから。可能性とは男、雲井青嵐にとって霊力――術師としての力――であって、それ以外の可能性は徹底的に、そして念入りに潰された。小説家になりたかったという夢も、若葉を踏み潰すような容易いものだっただろう。男はそれでも穏やかに「それでよかった」と言っていた。「私の文学が本物だったならば、あんな些細なことではなかったはずですから」そう笑った。結局、才能などなかったのだと自覚しているようだった。
 静謐であり、苛烈であることを知ったのは、男と知り合って数年後。自分が三十歳にさしかかった頃だった。小学生か中学生の子どもが、――遊びのつもりだったのだろう、が、きちんとした手順でしゃがみ込みながら人を呪う現場を見た。男は目を見開き、くすくすと笑い合っているその二人の子どもの前に立ちはだかり、彼らが持っていた符を取り上げ草履で踏み潰した。驚いて見上げた子どもの襟首に掴みかかり、鬼のような形相で「死にたいのか」と怒鳴った。その呪い遊びは、めぐりめぐって自分にかかる呪いだった。完成させてしまえば自分の首を食いちぎるまで追ってくる呪い。男は「誰に教わった」と問い詰め、子どもは怯えながら知らない大人から教えてもらったと答えた。正真正銘の、「呪い屋」だったのだろう。その人間は。男は詳しい話を聞いてもたどれない、無駄だと思ったのか二人と約束・・をした。「ふたたび呪いのごっこ遊びをすれば、必ず私は分かる。そういう呪いを君たちにかけた。もう安易にそれに手を出してはならない」と。二人は未だ怯えながらも頷いた。逃げ帰った二人を見送り、男に本当に呪いをかけたのかたずねると、「まさか」と笑った。「子どもを呪うような、そんな物騒な真似はしません」そういい、帽子を深々と被った。ほおが赤く焼け爛れていた。「でもね、呪いに大人も子どもも関係ない。正式な手順で呪えば、きちんと呪える。呪おうという感情は、どこまでも一途ですから」そういった男の、かすかな笑顔が印象的だった。かたちのないものに恋焦がれるような笑みだと思った。「ただ、先ほどの言葉もあの子らが呪いだと思えば呪いになる。言霊という呪いに」帽子のつばの影で、その時の表情は分からなかったが、おそらく先と同じように穏やかな笑みを浮かべていたのだろう。そのほおの火傷は、とたずねると色素の抜け落ちた指でふれ、「呪いを踏み潰したツケです」といった。そのときの男の横顔は、打って変わって苦々しいもの――に、見えた。正規の呪いは、必ず結果があるのだと思い知らされたのだった。