匣舟
2025-06-22 16:15:07
5370文字
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やっと捕まえたって笑ってね

転生パロでずっと夢で誰かに追いつけない夢を夢を見る三が、大会で乱の後ろ姿を追っている時に思い出す話。

やっと捕まえたって笑ってね


「はぁっ、はっっ、は、っ、」
 自分の息遣いが脳内に響くように聞こえる。全身から湧き立つ汗と疾走感がこれは夢であるとわかっているのに、何故かとても現実のように鮮明に三治郎の全身に駆け巡っていた。ああ、またこの夢か。と三治郎はぼんやりとした頭で思った。
「はぁ、っ、は、……っ、は」
 三治郎はひたすらに走った。森の中を。木の上に乗っかかったり、土の地面を蹴り上げて走ったり。夢のはずなのに息切れがする。肺は今にも破裂しそうだ。
「はっ、はっ、はぁ……っ」
 それでも走るのをやめるわけにはいかない。だって、走らなければあの子に追いつけないから。
(追いつけない?)
(誰に?)
「はぁ……っ、はぁ……
 誰に追いつけるのか、さっぱり分からないのに三治郎はひたすらに走った。三治郎の目の前を走っている誰かに必死に追いつこうと。
 夢だからか、自分の足がまるで他人の足のようにもたついてうまく前に進まない。それでも三治郎は走るのをやめなかった。
「はっ……っ、はぁ……っ」
 やがて、前方に小さな影を見つけた三治郎は速度を上げてその影に近付いた。そして、あと一歩でその影を捕まえられるというところまで距離を詰めたところで、いつも三治郎はその夢から開放される。
 それが誰なのか分からないまま。唯一わかるのは、水色の後ろ姿ということだけ。
「はっ、はぁ……っ、は……
 三治郎は飛び起きて暗闇の中でぱちぱちと瞬きをした。汗ばんだ身体が気持ち悪い。ぜいぜいと全力疾走をしたあとのような息切れに、三治郎は大きく深呼吸をした。
 しばらく繰り返していると段々と息切れは落ち着いて、三治郎はほっとしたように再び布団に身を沈める。まだ心臓がどきどき言っているのは、夢のせいなのかそれとも本当に走ったせいなのかわからなかった。
三治郎は、この夢をもう何度も見ている。最初はただの夢だと思っていた。しかし、それが何度も続くとさすがにこれはおかしいぞと三治郎も思い始めた。
 結果この夢を見すぎてしまった三治郎は、この夢がただの夢ではないと思うようになった。しかし、三治郎にはこれがただの夢なのかそうではないのかを判断する術はない。
 だから、三治郎はこうして毎晩自分の布団から顔を出しては、じっとそのカーテンから見える闇夜を見つめるのである。それに別は意味は無い。ただ、心を落ち着かせるためである。
……
 しばらくそのままでいた三治郎だが、やがてゆっくりと目を閉じた。そして再び夢の中へ意識を落とすのであった。

 ジリジリと地面に陽炎が見え、蝉のミーンミーンという声が響くグラウンドで三治郎は大きな木の影で休憩していた。
 もうすぐ陸上の県大会を控えているため、それに出場する三治郎は今までにないくらい練習に力を注いでいる。
「三ちゃんやってる〜?」
「うわっ、冷たっ!もう、兵ちゃんどうしたの〜?」
 木の下の木陰で休んでいる三治郎の背後に立っていたのは、三治郎とニコイチでいつも一緒にいる兵太夫だ。
 もうすぐ県大会で頑張ってる三ちゃんの様子を見に来たんだよお〜。ほら、スポドリ買ってきたよ〜。と三治郎の頬に冷たいスポドリを突いた。
「ありがとう〜、兵ちゃん。」
 三治郎はそう言うとそのスポドリを受け取って蓋を開けてごくごくと飲んだ。冷えた水は体に染み渡るようでとても美味しい。生き返る。と三治郎は思った。
どう?大会いけそう?」
「うーん、まだわかんないや。」
 でも、頑張れるところまで、頑張るよ!と三治郎が笑うので、兵太夫もつられて笑った。
「地区大会はぶっちぎりの一位だったから、三ちゃんなら県大会も一位になるでしょ〜!」
「あはは、ありがとう〜。」
 兵太夫の言葉に三治郎は頬をかいた。地区大会で二位以下に大差をつけて一位だった三治郎は、今回全国への切符をかけて県大会への出場を決めている。
「応援行くからね!絶対一位になってね!」
「うんっ!頑張る!」
 目指せ一位〜!とふたりでじゃれていると、休憩していた陸上部の部員たちがぞろぞろと練習に戻る姿が見えた兵太夫は三治郎に声を掛けた。
「あ、そういえばそろそろ休憩終わりじゃない?」
「え?うわわっ!本当だ!じゃあ兵ちゃんそろそろ行くね!」
 三治郎はそう言うと残っていたスポドリを一気に飲んで、まだ少し中身の残ったペットボトルを兵太夫に返した。じゃあっ!と駆け出す三治郎の背中に頑張れ〜!と兵太夫が叫ぶ。
三ちゃん、決勝まで勝ち上がって戦って欲しいなあ。」
 乱太郎もいるし、絶対思い出すと思うんだけどなあ。という兵太夫の呟きは駆け出して行った三治郎の耳に入ることなく、消えていった。

 三治郎と兵太夫がそんな約束をしたのも束の間、一週間はあっという間に過ぎて県大会当日になった。この一週間、自分なりにやれる所まではやったつもりだ。
 自分なら、できる。という自信をつけて県大会の会場に足を踏み入れる。
「じゃあ頑張ってね!三ちゃん!」
「うんっ!練習の成果を出し切ってくるよ!」
 わざわざ休日に応援に来てくれた兵太夫とばいばーい!とお互いに手を振り合って別れる。
 県大会の会場には沢山の人がいるが、予選を勝ち抜いてきただけあってどこかピリピリとした空気が流れていた。その中に身を置く三治郎もいつも以上に緊張しているようであった。
(心臓がバクバクする……。)
 何度も深呼吸をして何とか落ち着こうとするが、心臓の鼓動はなかなかに早いままだ。
 三治郎はもう一度大きく深呼吸をした。そして、よしっ!と気合いを入れてから、試合開始まで自分を集中させるためにアップを始めるのだった。
「三ちゃーん!決勝進出おめでとう〜!!」
「兵ちゃん、ありがと〜!」
 緊張しながらも自分の力を盛大に発揮した三治郎は予選、準々決勝、準決勝と二位以下と大差をつけて決勝進出を果たしていた。今日は風もないいい日で、これならば公式記録として残るだろうなあ。と考えているともう一組の準決勝が終わったらしく、電光掲示板に速報の結果が表示されていた。
「う、うわぁ、一位の人早いねえ。三ちゃんよりちょっと早いね。えーと、名前はね。」
 猪名寺乱太郎だって!と兵太夫が名前を読み上げた途端、三治郎の胸の中が微かにザワザワした。
「三ちゃん?」
……あ、ごめん。」
 兵太夫が不思議そうに三治郎の顔を覗き込むので三治郎は慌ててなんでもないよ〜っ!と言って笑顔を作る。しかし、胸の中のザワザワは治ることはなく、むしろどんどんと大きくなっていくようだった。
(なんだろう……この気持ち……
 まるで、あの誰かに追いつけない夢を見た時のような、焦燥感を感じて、三治郎は無意識に拳をぎゅぅ、と握りしめた。
「三治郎、そろそろアップ始めないと。」
……うん!」
 三治郎のことをサポートしてくれている同級生の言葉にハッとした三治郎は、兵太夫にじゃあね!と手を振ってからアップに向かった。
 その間もざわざわした胸の中の感覚は無くならず、むしろどんどん強くなっていくばかりだ。
「大丈夫だよ。三ちゃん、きっと。」
 そんな声が聞こえるはずなんてないのに、何故か兵太夫の声が聞こえた気がして三治郎は思わず振り返ったがそこにはもう誰もいなかった。なんだったんだろう?と首を傾げながら三治郎は今度こそアップに向かって歩き出したのだった。

 入念なアップと少しだけの走り込みをして、控え場所で待機しているとここからでも分かるような観客の声援が聞こえる。頑張れ〜っ!という声とか、ファイト!という甲高い声から何まで。
 その熱気に飲み込まれたくなくて、三治郎は深呼吸をした。
 三治郎は五レーンで、さっき準決勝でぶっちぎりの一位だった猪名寺くんは一つ前の四レーンに居た。深呼吸をしながら目をあけると、目の前にいた彼が三治郎の方に振り向いて、よろしくね。と微笑んだ。
 ああ、またこの胸のザワザワだ。と胸をキュッと掴みながら、こちらこそよろしくね。と三治郎は目の前の彼に微笑んだ。
 決勝となれば、一人ずつ名前を呼ばれ控え場所から決戦の地へと歩き出していく。ドキドキと胸が高鳴るのを抑え、五レーン、夢前三治郎と名前を呼ばれたのでスターティングブロックの前に案内された後に一礼をした。
 周りの喧騒は自分が緊張しているからか、それともゾーンに入っているからかよく分からないが何も聞こえない。
 八レーンまで呼ばれたら、スターティングブロックの調整をして軽くジャンプをする。首を回しながら手をひねる動作をしていると、また四レーンにいる彼と目が合った。
 彼は微笑みながら、口パクで負けないよ。と三治郎に宣戦布告をする。
(僕だって、負けるものか。)
 三治郎は気合を入れるためにもぐっ、と口を真一文字に結んだ。彼がまた微笑むのを見てから自分もスタート位置へと向き直る。
 係員の人が位置につくように声を掛けると、三治郎は軽くジャンプをして、スターティングブロックに足を掛ける。
「オンユアマークセット。」
 スターターがピストルを上に掲げると同時に喧騒に包まれていた会場はシンと静まり返る。
 そしてパアァン!という破裂音と共に、観客の喧騒とレーン上に居る全員がスターティングブロックを蹴る音が鳴った。
「はっ、はっ!」
 三治郎は自慢の俊足でタータンを蹴り上げるが、四レーンの彼が一歩先にいる。負けじと三治郎もペースを上げていく。
 ここで抜かなきゃときっと勝てない……!と思いながら、差し迫るゴールテープを見据える。
 そんな時、あの夢と目の前を走っている彼が重なって、三治郎は心臓が跳ねるのを感じた。
……っ!」
 ああ、胸がどきどきして息苦しい。走っているからそれは当然なんだけど、走っている時は無駄なことを考えるな!と言われているのに頭の中ではもう彼のことしか考えられなくなる。
 顔が熱い。心音が速い。ああ、なんで忘れていたんだろう!と泣きたくなるのを抑えて、負けるな!負けるな!という気持ちで一歩先にいる彼に向けて全速力を出す。
 そして、ゴールテープ直前で最後の一歩を力強く踏み込んだのだった。
「はぁ……っ」
 ゴールしてからゆっくりとスピードを落として走ったレーンに一礼をした三治郎は、息を整えながら電光掲示板を見ていた。隣にいた彼も同じく息を整えながら、三治郎と同じように電光掲示板を見つめている。
……
……
 そして、ほぼ同時にゴールしたふたりのタイムが表示されると、会場が一瞬しーんとした。しかし次の瞬間には割れんばかりの歓声と拍手がふたりを包んだのだった。
電光掲示板には一位が猪名寺乱太郎で、二位が夢前三治郎と表示されていた。
……
……
 ふたりは電光掲示板を見つめたまま、しばらく呆然としていた。そして、その静寂を最初にやぶったのは三治郎だった。
……あはっ、あははっ!また、また負けちゃったよ。」
 突然笑い出した三治郎に驚いた彼は目をぱちぱちと瞬かせている。そんな様子も気にせずに三治郎は彼に向き直ったのだった。
次は負けないよ!乱太郎!」
 次はきみのこと、ぜったい、ぜえったい、捕まえてみせるから!と泣きながら乱太郎を抱きしめる三治郎に、乱太郎も涙を零しながら、うん、三ちゃん。いつまでも待ってるね。と返した。
 そんな二人の抱擁に、感動的だ!と熱狂した観客たちと一緒にふたりと走ったメンバーたちがいつまでも拍手をしていた。