紫輝
2025-06-21 08:46:51
8726文字
Public リとヌと御仔の話
 

日帰り異世界ツアー(Another)

パパととうさまがまだくっついてない世界に迷い込んだ長じた御仔の話です。一応頑張って取り繕おうとするけど“パパ”相手なのですーぐボロが出る御仔は可愛い。
このあと面会したヌ様に「龍のにおいがする。“誰”と会った?」って詰められて「俺はあんた一筋だよ!」ってボロ出す公爵と「私というものがありなが…ら…?」って無自覚が急に自覚に変わってビックリしたヌ様がなし崩しでお付き合い始めたりなどするかもしれない(ぐだぐだ)(可愛い)
Q.余所の世界に(ry
A.世界の(ry




 メロピデ要塞、廃棄エリアの一角。
 重々しい音を立てて閉まった扉を見上げ、一人の青年が呟く。
……やっちゃった」
 ぐるりと辺りを見回し、すん、と嗅いだ空気のにおいに頬を掻いて、青年はするりと身を翻した。

日帰り異世界ツアー(Another)


 廃棄エリアに奇妙な反応あり――周囲に放っている探測ユニットから送られてきた情報を元に現場へとやってきたリオセスリは、反応の元と思われる秘境の前に立っていた。メロピデ要塞の敷地は広大だ。少しずつ調査を進めてはいるものの、現管理者のリオセスリをもってしても知らぬ部分は多い。そもそも秘境そのもののでき方が解明されていないのだから、反応の原因が秘境ならば予測ができるはずもない。せめて迅速に対処するべく、リオセスリはこうして探測ユニットを要塞内に配置しているのだ。
 さて。秘境が発見された時の対応は大体決まっている。周囲へ立ち入り規制を行うことと、内部の調査だ。前者に関してはこのエリア全体が立ち入りを制限されている範囲内にあるため不要だろう。後者に関してはリオセスリが単独で行う場合と、看守と共に調査に当たる場合がある。厄介そうであれば名高き旅人に救援を要請することになるだろうが、さて今回の秘境はどのように対処すべきだろうか。
 思案するリオセスリの目の前で、冒険者をいざなうように赤く輝いていた秘境の扉は突如その色を変える。その秘境に足を踏み入れたことがある者がいる事を示す青に。
 戦闘体勢を取る。リオセスリはまだ動いていない。となれば秘境が反応したのは内部の何者かにではなかろうか――そう考えたからだ。
 果たして岩同士の擦れる音を立て扉が開き始める。『内部の何者か』を見定めようと目を眇め、
………あっ」
………は??」
 『内部の何者か』と合ったそれを思いきり瞬いてそんな一文字を発する事になった。
 高い位置で結い上げていてもなおその長さを感じさせる美しく豊かな銀髪、の中に混じる二筋の蒼と、一筋の黒。宝石を思わせる不思議な色合いの瞳と、人離れした美貌。よく知ったひとに似た『何者か』は、うろとその視線を彷徨わせたあとおずおずと笑った。
「ええとごきげんよう」
「ご、きげんよう?」
「その、僕は怪しい者ではなくいや現状からして疑わしいのは百も承知なんですけど少なくとも貴方とこの場所への敵意は無いことだけは信じていただきたくて
 もにょもにょと空気を揺らすテノールは、やはり“あのひと”とは違うものだった。違うものだったが、あまりにも面影がありすぎる。目を閉じ、深呼吸を一度。冷静に。今やるべきことを、確実に。言い聞かせて瞼を上げる。
「いくつか質問をしても?」
「僕に答えられるものであれば」
「あんたは『最高審判官』の関係者か?」
 早速一問目を間違えた。管理者としてまず聞くべきは最悪脅威になり得る彼がここにいる理由だったろうに。思った以上にその身分が気に掛かっていたらしい自分の未熟さに心中頭を抱えるリオセスリに、青年はこくりとうなずく。
「貴方が想定しているその方が、僕の想像と同じ方なら」
 具体的な関係ははぐらかされてしまったが、“あのひと”の――ヌヴィレットの関係者であるならば害意はないだろう。簡単に信じられてしまう自分に苦笑しつつ、そうかいと小さくうなずく。
「そこから出てきた理由は」
「迷子です」
「迷子??」
 思わず目を見開いて聞き返してしまった。この涼やかな見目の利発そうな青年から出てくるとは俄かに信じがたい単語だったので。
「調査を目的に、僕はこの秘境に入りました。魔物も仕掛けもそれほど難しいものではなかったのですが、難しくなかったのが仇になったと言うか」
 専門外なので詳しいことは分かりかねるが最奥の仕掛け扉を境に位相がズレていたと思われる。気づいて戻ろうとしたが扉はすでに閉じており、“こちら側”の扉を開けるには二人で同時に機構を操作する必要がありそうだというところまで確認した――情けない限りですが、と苦笑しつつそう説明してくれた青年の言葉の中にあった聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「位相?」
「ええと世界の在り方というか、うーん簡単に言うと、僕は別のテイワットのフォンテーヌから来たんです」
「なるほど。スケールの大きい迷子だな」
 であれば自分を見知っているような素振りにも納得がいくというものだ。ふむとうなずいたリオセスリに、ぱち、と。青年のラベンダーが瞬く。虚を突かれた時のヌヴィレットと同じ表情かおだ。
「あのひとの関係者なら、まあそんなこともあるんだろう。嘘だとは思わないさ」
こちらの最高審判官様も、貴方に信頼されているんですね」
 続く言葉を予想して先回りすれば、青年は宝物でも見つけたようにほわりと笑った。あちらの自分たちの関係性も良好なようで何よりだが、その笑顔には少しだけ胸苦しさを感じる。
 青年は自身の口から語ってくれなかったが、彼はきっとヌヴィレットの――この表現が正しいかはわからないが、血縁者だろう。あまりにも似すぎている。その見目も、雰囲気も。つまり“あちら”のヌヴィレットにはパートナーがいるのだ。髪に混じる黒はパートナーの色なのだろう。彼を射止めたのはどんな存在なのだろうか。もしそれが男なら――彼にリオセスリの持つ常識は当てはまらないと知っている――“あちら”の自分はさぞ悔しかったろうな、なんて考えてしまう。もしかしたら“あちら”の自分はヌヴィレットをビジネスパートナー以上には思っておらず、彼の新しい一歩を祝福したのかもしれないけれど。
まあ、そういう事情なら協力しよう。機構の扱いには多少心得があるんでね。その前にお茶の一杯くらい飲んでいく時間はあるかい、迷子さん?」
 いい仕事はいい休憩からだ。
 不毛な思考を打ち切って口角を上げてみせると、青年はぱあと顔を輝かせる。ついでにふわりと蒼い二筋が浮き上がるのに、その部分そうやって動くのかぁ、なんて新しい発見をしてしまった。
「喜んで。あ、僕のことは『レヴィ』と呼んでください」
「ああ。よろしく、レヴィさん」
 申し遅れましたと名乗ってくれるレヴィ青年が茶会を承諾してくれたときの音律は、やっぱりあのひととよく似ていた。



「お帰りなさい公爵! 早かった、の、ね、」
 青年を伴って戻った執務室ではシグウィンが待っていた。お決まりの「怪我はないかしら?」を発する前に彼女の言葉は途切れる。
「あら? あらあらあら!」
 大きな緋色の瞳を瞬いて、触角をぴこんと揺らして、シグウィンは華やいだ声を上げた。何故か喜びを露わにする彼女に、青年は立てた人差し指を唇の前にかざして微笑む。ヌヴィレットはきっと浮かべたことのないであろう悪戯めいた笑みに察したように口をつぐんだシグウィンが、同じように唇の前に小さな人差し指を立てて肩を揺らした。
「あんたもメリュジーヌ達と仲が良いんだな」
「妬かないのよ公爵」
「妬いてはいないかなぁ」
 これは心の底からの本音だ。ヌヴィレットとメリュジーヌ達の関係について微笑ましさや尊さを覚えこそすれ、そこに嫉妬心が絡んだことは一度もない。片や自分を裁いて救ってくれたひと、片や自分の命を繋いでくれたひとたちである。そんなひとたちの間に自分の居場所があること自体をまだ奇跡のように感じているのだから。
「仲良しだよ。たくさん遊んでもらったし」
 看護師長にはまだお世話になってる、と笑うレヴィに、ヌヴィレットと似たガードの弱さというか、詰めの甘さを見る。そんな言い方をしては濁した意味がないのではなかろうか。ちなみに敬語は申し出て外してもらった。青年から自分に向かって発される敬語を聞いているとどうにも据わりが悪いので。
 素敵なお客様がいるから、と秘蔵のクッキーを提供してくれたシグウィンと、警戒なんて知りませんとばかりに気の抜けた様を見せるレヴィと共にテーブルを囲む。饗した紅茶にミルクを入れるのを見て少し意外に思った。
僕は小さい頃からミルクティーが好きなんだ。多分だけど、紅茶を淹れてもらった後、もう一手間加えてもらえるのが嬉しかったんだと思う。淹れてくれた人の思いを、少し多く受け取れる気がしてさ」
 今も全部任せちゃうんだ、と笑うレヴィに、ツッコミ待ちか、なんて思ってしまう。隠す気があるのかないのかどっちなんだろうか。少し抜けているところもヌヴィレットそっくりだ。
「きっととっても美味しい紅茶を淹れる人なのね」
「うん。世界で一番だと思ってる」
 シグウィンがポンと両手を合わせる。のに、レヴィは迷いなくうなずいてみせた。そんな青年に慈愛に溢れた眼差しを注ぎながら彼女はぷんと胸を張る。
「あら。公爵の紅茶だって負けてないでしょ?」
「公爵様の紅茶に僕が順位をつけることなんてできないよ。すっごく美味しい、じゃだめかな?」
……お褒めにあずかり光栄だよ」
 それから何故か二対の瞳がこちらを見つめてきた。楽しそうな緋色と、窺うようなラベンダー。突然話を振らないで欲しい、なんて思いつつ、リオセスリはやんわりと笑みを浮かべてみせたのだった。


 無茶しちゃだめよ、無理もダメ――頼もしき看護師長に見送られ、レヴィと二人、再び秘境と向かい合う。
「レヴィさんは、戦闘の心得は?」
「それなりには。足は引っ張らないって約束するよ」
「そうかい。なら頼らせてもらおう」
 鍛錬してるから、と胸を張るレヴィの手に得物らしきものは見えない。ヌヴィレットのように元素力を用いて戦うのだろう。であれば前衛は自分が務めることになるだろうな――立ち位置をシミュレートしながら扉に触れる。先のどこか得意げな青年に覚えた出所不明の庇護欲の理由に心中首を傾げながら。
 約束はすぐに確約へ変わった。ぷしゅうと蒸気の音を立てて動きを止めた演算力増幅器の向こうで、レヴィの纏う服の裾がはためく。深くスリットの入った上衣はヌヴィレットと揃いなのかな、などと軽く考えていたがきちんと理由があったようだ。
……脚」
 思わず呟いてしまった。構え損ねた己の拳は中途半端な位置で止まっている。接敵直後に風のように飛び出し一撃で演算力増幅器を行動不能にしたすらりと長いそれを優雅に地面へ下ろし、くるりと振り返ったレヴィの結われた髪が銀色の軌跡を描いた。ラベンダーの瞳がキラキラと輝いている。褒められるのを待っている動物みたいだ、という印象を持つのは、流石に不敬だろうか。
「憧れてる人がいて。その人みたいに自分の力で戦いたくてさ」
そうかい」
 驚いた、強いんだな、なんて面白味のない賛辞に正直意外だったと付け加えれば、レヴィはくすぐったそうに瞳を細める。先の舞うような一撃は『その人』に教わったのだろうか。
 テノールに少し不満げな色をのせ、唇を尖らせたレヴィは続ける。
「本当はその人みたいにこっち・・・で強くなりたかったんだけど、その人にやめてくれって言われちゃって」
「あー、まあ『その人』の気持ちも分からなくはないなぁ」
 ぎゅ、と拳を握られて苦笑してしまった。分からなくはない、は大分マイルドな表現だった。このたおやかで涼やかで優雅な立ち姿から拳が出るのはリオセスリも見たくない。脳がバグを起こす気がするので。脚ならばそのバグを回避できる上、正直眼福まである。脚を薦めた『その人』とはいい紅茶が飲めそうだ。
「かっこいいと思うんだけどな、拳」
「俺の個人的な意見を言ってもいいなら、脚だけで闘うのもイケてると思うぞ。武器は特注かい?」
 シャドーボクシングのように握った拳を突き出しているレヴィには申し訳ないがやっぱり似合わない。
「うん。作って貰ったんだ。かっこいいでしょ」
 拳への、ひいては『その人』への並ならぬ憧れをひしひしと感じつつ首を傾げると、レヴィは嬉しそうにうなずく。マシナリー技術の粋を集めて作られているのだろうシルバーを基調とした足具は、曲線をデザインの主軸に据えた、シンプルながら優美な意匠が水の流れを思わせる美しいものだった。どことなくヌヴィレットの愛用しているゴブレットやステッキと似た空気を感じる。
「良い職人を選んだんだな。見た目と実用性が両立してるのがわかるよ」
「ありがとう。公爵様のお墨付きならこれまで以上にメンテに気合が入るな」
 これを作った人間(ではないかもしれないが)はレヴィ青年に惚れ込んでいるのだろう。彼以外には履きこなせないだろうと思わせる、彼のためのデザインなのだというある種の矜持をそれに覚えてしまった。ついしみじみと漏らしてしまった感想にレヴィはぱちりとラベンダーを瞬いて華やかに笑い、大切なものなんだ、と足具を撫でた。
「あんたは元素力にはあまり頼らないタイプかい?」
 武具の話題が出たついでにと問いを重ねると、青年の首は横に振られる。
「勿論使うよ。ただ僕の“水”は圧も量もまだまだ父様には及ばないから。父様みたいに水の気を練り上げて武器として放出するっていうよりは、撹乱とか、補助とか、そういう方向で使ってる」
 少しでも役に立てるように、と語ってくれるレヴィ青年は大変健気でよろしいと思うのだが。
(ボロが……出てるんだよなぁ……
 思いきり「父様」と口に出している事を指摘するべきか否か本気で悩むが、彼がヌヴィレットの息子なら間違いなくこれ・・は天然ものだ。ヌヴィレットも懐に入れた人間に対して妙にガードの緩いところがある。きっと父親に似たのだろう――そう結論づけて口を噤む。困らせたいわけではない。顔を合わせて数時間程度の自分がその心の内側に入っているのは不思議ではあったけれども。
「なるほどなぁ。あんたは身軽だし、かえってそういう使い方のほうが力を発揮できるかもしれないな」
 “あちら”の自分はそれ程までに彼と懇意、もしくは懇意『だった』のだろうか。考えても詮無い事を考えながら実演してもらえるのが楽しみだよと笑みを浮かべれば、レヴィは頼ってくれて良いからねと誇らしげに胸を張ってくれた。
 はぐれマシナリー、時々元素生物達を伸しながら秘境を進む。共闘して思ったが、彼は妙にリオセスリに合わせるのが上手い。まるでいつもそうしているように。憧れている人とやらも拳で戦うようだし慣れているのかもしれないなぁ、なんて考えつつ、背後で響いた踵の音に身を屈める。頭の上をヌヴィレットのそれより控えめな(それでも冗談みたいな水量ではあるのだが。これを「及ばない」と評するのは比べる対象が悪いとしか言えないと思う)水流が貫いていった。経路上にいた制圧特化型が頽れていくのを横目に捉えてからつい背後に目をやってしまう。名残に揺れる髪と装束、背筋の伸びた立ち姿。初めてそれを見たときはまるでダンスを一曲踊り終えたかのようだ、なんてらしくもなく小説家みたいな感想をいだいたわけだが、彼の『集力』を隣で見てその印象があながち間違っていなかったことがわかった。水を喚ぶ直前、彼はその長い足でステップを踏んでいたのだ。
 レヴィの武器は脚だ。立ち回りながら元素力を集め、集めたそれを素早く放つのに最適な方法を考えた結果そうなったのだとその時教えてもらったが、優雅なポルカのステップから回し蹴りの要領で高圧の水流が放たれる光景は何度見ても歌劇か映影を見ているようだった。正直ヌヴィレットと共闘しているところが見たい。静と動の戦舞いくさまいはさぞ美しいことだろう。
 童話の世界に憧れる子どものような夢を胸の内にしまい込んで辿り着いた最奥にはマシナリー仕掛けの門が一つ。両側にはレヴィの『事前調査』通りに同じ装置が鎮座していた。
確かに仕掛け自体はシンプルだな」
「でしょ? 起動だけなら簡単にできるんだよね。装置が二つでなければ公爵様に迷惑かけずに済んだんだけど」
「気にしないでくれ。どのみちここには調査に入る予定だったし、あんたが迷子になってくれたおかげでいいものが見られたしな」
 ごめん、と眉を下げるレヴィに肩を揺らし、各々装置に触れる。
「扉を開けたあとは?」
「僕がもう一度扉を通り抜けるだけ。引きずり込まれたりはしないから安心して」
 万が一向こう側に敵がいたら相手はお願いしちゃうかも、と戯けられるのに腕が鳴るなとくつり笑って。
 呼吸を合わせて操作した仕掛けが作動し、扉が音を立てて開いていく。向こう側に広がっていたのはまるでこの場所を鏡映しにしたような空間だった。植物の配置も、その枝振りも、瓦礫の形さえ。一つだけ違うところを挙げるとするならば、その空間には男が一人立っていたことだろうか。
 黒髪、氷色ひいろの瞳、黒い外套、狼のエンブレム。見覚えのありすぎるそれらを持つ人間の顔がリオセスリの中で像を結ぶ前に、傍らの青年は地を蹴っていた。
「パパ!!!」
「ぱ?!」
 ぎゅうと熱烈に抱きつかれている、“ヌヴィレットの息子”に“パパ”と呼ばれる“リオセスリ”。目の前に広がる光景からの情報が多すぎて目眩がしそうだ。いやしている。進行形で。
「全く、うちの王子様はなんでこう行動力に溢れてるのかね
 一人で行くなって言っただろ。
 レヴィを抱き止めた“リオセスリ”はやれやれと肩を竦めその鼻を摘まむ。ふみ、と猫のような声を上げた青年からの不明瞭な「ごめんなさい」を聞いてそれを解放した男は、次いで氷色を細めて安堵の息をついた。
「怪我はないな」
「パパの子だもの。マシナリーに後れは取らないよ」
「報告なしに未調査の秘境に単騎突撃するような息子に育てたつもりはないんだがな。父様に似たか?」
 あのひとも変なところ即断即決だからなぁ、と男がぼやくのに、胸を張っていたレヴィがはっとしたようにそのラベンダーを見開く。
父様怒ってた?」
「いいや? 心配はしてた。もの凄く」
 恐る恐る問われるのに瞳を三日月に歪めながら答える男は楽しそうだ。まるでレヴィの次の反応が見えているかのような態度に、よくあることなのかもしれない、なんて考える。
「う父様に悲しそうにされるの、叱られるより辛い
「しばらくは出かけず近くにいてあげたら良いさ」
「そうする……
 しおしおと肩と蒼い二筋を萎れさせたレヴィの頭を慣れた手つきで撫でた“リオセスリ”が、さてとばかりにこちらを見た。
「うちの子が世話になったな」
「うちのこ
 改めて口にされるたった四文字の火力がとてつもない。取り繕えもせず呆然と鸚鵡返すリオセスリに、気持ちはわかるよと“リオセスリ”は苦笑する。縁ってのはわからんもんだよな、と。
「世界には無数の可能性があるんだそうだ。そっちの世界がどういう流れを辿るのかはわからないが、さし当たって今抱えてる『ソレ』、さっさとぶつけに行く事をお勧めするよ。でないと飛び込んでくるぞ」
「飛び込んでくる」
「もの凄い勢いで」
「もの凄い勢いで」
 妙に真剣に口にしたかと思えば遠い目をされて、なんとなく。
 目の前の彼もきっとヌヴィレットに振り回されているのだろうなと、そう確信してしまった。彼らの世界はどんな流れをえがいたことでここに至ったのだろう。後学のために聞いておきたい気はしたが、『別の世界の』という前置詞がついていたとしても“自分”とヌヴィレットの馴れ初めを語られるのはそれはそれで複雑だ。
「まあ、信じるか信じないかはあんたに任せるよ」
 その辺りも当然察されているのだろう。くつりと笑った“リオセスリ”が、腕に懐くレヴィに帰るぞと声をかける。
「うん。助けてくれてありがとう、『父さん』」
 またね、と。
 含みのある言葉と明るい笑顔を残して、もしかしたら遇うことになるかもしれない未来の息子と別の世界の自分は扉の向こうに消えた。
 短時間のうちに叩き込まれた情報の処理が追いつかず、静けさを取り戻した秘境の最奥で扉を見つめながらぼんやりと立ち尽くす。
 レヴィ青年とのやりとりがぐるぐると脳内を巡って、自分に対してやけに親しげだった理由やこの要塞で妙に寛いでいた理由が腑に落ちて。
 ひとまず色々全部杞憂だったみたいだな、なんて考えて、それから。
もしかしてずっとパパ自慢されてたのか?」
 ようやく音に出来た一言は、なんとも間が抜けていた。


「あら。あの仔、帰っちゃったのね」
「ああ。お迎えが来てな」
「そうもうちょっとお話すればよかった。勿体ないことしちゃったのよ」
「看護師長、気づいてたんだな」
「アナタとヌヴィレットさんの気配を、ウチが間違えると思う? 早くまた会いたいわ。頑張るのよ公爵!」
「鋭意努力するよ