望月 鏡翠
2025-06-21 08:25:25
1354文字
Public リアタイ
 

シズメ 02

シズメ/三角 麻弓/交流作品


 三角 麻弓は、日常にある未知を愛している。
 そのとき、なんの話をしていたのかもうあまり覚えていない。たぶん、他愛のない話だ。教室にいる麻弓と日天日。フレームの中に切り抜かれた思い出の写真のように、どこか客観的な思い出として残っている。
 確か夕暮れどきのことだった。陽が傾いて教室の中は赤く染まっていたから。全て、日天日の髪の毛に似た、赤茶色だった。
 きっと夏でも冬でもなかった。窓が閉め切ってあるし、カーテンが開いていたから。
 放課後になったら使っていない教室の空調は止められる。夏ならば風を通すために窓を開けていただろうし、日差しを避けるためにカーテンを閉め切っていただろう。
 ならば、去年の春か秋だろうか。今年の春のことだったのかもしれない。
 小テストの単語を覚えるのに夢中で押し流されてしまった過去は、頭の中に残る光景から推測するしかない。探偵になった気分だ。
 机の上にはノートと教科書と文房具を並べて、向かい合って座っていた。
 部活動が休みの日だったのか、それとも放課後に残らなければいけないくらいに課題が追い詰められていたのか。それも覚えていない。
 筆箱からはみ出しているフリスクは、麻弓のものだった。授業中のこっそりと口に入れる眠気覚まし。それを一粒口に投げ込んだら、CMみたいにものすごい閃きが脳裏を駆け巡って、課題の答えが今すぐわかるようになったりしないかな。
 その薄いカードケースに似たパッケージを見るたびに、そんなことを思う。だからそのときもきっと思った。
 覚えている会話が一つある。
 宇宙はラズベリーの匂いがする。
 宇宙空間は酸っぱい匂いがする成分が満ちているらしい。そして冷えているから、宇宙船の素材と合わさって、アルミのお弁当箱に入れたラズベリーの匂いなのだとか。そんな話になったのは、きっと世界の丸さについて話していたからだ。
 つまりそれは麻弓にとっては、幽霊の話だった。
 昔の人は世界が平らだと信じていて、今は当たり前のように丸いと信じている。調べてどうやらそうだとわかったところで、にわかには信じられなかったことだろう。
 だけど今は、宇宙に飛び出していって確かめた誰かがいたから証明された。宇宙からの景色を見せてくれたから、麻弓みたいな勉強ができない人間でも地球が丸いと信じられる。
 空の向こうにその先があるなんて、夢みたいな話だよね。
 そのうち誰かがあの世に飛び出していって、幽霊を見て帰ってくるのだろう。
 うん、たぶんきっとそんな話をしたはずだ。
 麻弓はそうして話ながら、日天日の掌にフリスクを二粒転がした。
 そんな風にだらだら話しているから、課題が終わらないんじゃないかと言われれば、それまで。しかしそのときの日天日は無駄話に釘をさす代わりに、椅子から腰を浮かせて身を乗り出した。
 椅子に座っていたからいつもはつむじが見える場所にある二人の身長差は、限りなくゼロに近づいていた。
 日天日が、啄むように唇に触れた。
 驚いて息を吸った瞬間に、ミントタブレットの味が鼻に抜けていった。
 辛味を感じるほどの清涼感が唇をひんやりとさせていた。