蜂宮
2025-06-21 06:34:39
6345文字
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融解

ノトルキの初対面から打ち解け始めるまでの短いヘッドカノン詰め合わせ。

氷のような男だと思った。
冷たくて固い、なのに触れてしまえば簡単にその形を変えてしまいそうな、そんな男だと。
元が綺麗な形をしているのだから、それを崩すのは勿体ないと感じていたはずなのに、いつの頃からか私はこう思っていた。
溶かすのなら、私の手で。

本当のところ、初対面の時、ルキノはあまりノートンに対して特別な感情を持たなかった。大勢いる中のサバイバーの一人である、その程度の認識でしかない。
ルキノはこの荘園に他のサバイバー達とは少々違う目的で来訪していて、ここに住む他人と関わることは彼の目的達成のための足がかりにはならないだろうと判断していた。
ここにいる者の殆どは莫大な金か、後ろめたい情報を掴むためにこの地を訪れている。勿論ルキノにはそれ自体を否定するつもりは毛頭なく、ただ初めましての挨拶と共にされる身の上話に「くだらないな」という考えだけが浮かんでいた。

どうも」

当然、目の前で目深にヘルメットを被っている青年も、そのどちらかを目当てにここに来ていた。
身なりを見て、細かな仕草を視界の端で捉えて、きっとあまり裕福な暮らしもまともな教養を身につける時間もなかったのだろうなと当たりをつける。何故、という疑問までを解決するに値する人間であるとその時ルキノは判断しなかったため、視線を合わせようともせず握手の為に差し出した手を取ろうともしない青年のことは早々に頭の片隅に追いやってしまった。

「よろしく頼むよ。」

軽い会釈のみでその場を立ち去る青年に関しての第一印象は、「顔の識別はしやすくて良いな」というもののみだった。



「あの場ではこいつを囮に逃げた方が効率的。その方が確実に勝てるでしょ。」
彼は仲間なんだよ、ノートン。」

食堂でのあの挨拶から数日後、昼間に行われた試合においてルキノとノートンは同陣営に配置されていた。
場所は月の河公園。ハンターは芸者。試合開始早々に追われたのはルキノであり、通常の攻撃のみを主なダメージソースとして戦う彼女とのチェイスは泥沼化した。
始発で板間の読み合いをし、徐々にチェイス場所を解読の終わった二階建ての建物へと移していく。その時点で二回ほど、何かを示し合わせた訳でもなくノートンが磁石を用いた補助に入っていた。
最初は驚いたものの、今考えてみれば試合開始からの流れを考えれてみれば比較的理解しやすい動きであり、また合理的でもあった。

この日の試合はルキノとノートンの他にはイライとヘレナという、救助職を抜いた編成となっていた。よって、ノートンとしては少しでもルキノのチェイス時間を伸ばして救助へと向かう回数を減らしたかったのだろう。
思惑はほぼ当たっていて、残り2台の暗号機を残して一度吊られたルキノがノートンの救助後に二度目のチェイスを始めた辺りで試合はほぼ決していた。
後頭部を思い切り殴られた衝撃と共に通電の音が鳴り響いて、後ろからは殺気に満ちた鬼が追いかけてくる。
場所は3駅目のすぐ近く。通電場所が最初にいた始発近くである事から、残りのサバイバーは皆逆方向へと向かっていると認識したルキノはこの時点で生存を諦めて出来うる限りハンターの注意を引くことに専念した。

結果は三人脱出によるサバイバー陣営の勝利。
ただそれだけで終わるはずだったゲームの後、どうやらイライとノートンが軽い口論になっているらしいと、ロケットチェアに座らされていた分遅れて戻ったルキノを呼びにきたヘレナから聞かされた。

「だから?結果は勝ちだ。あそこでのこのこ助けに向かったりしたら、最悪アンタも吊られるだろ。」
「助け合うものだろう。」
「興味ないね。あの場面は助け合いでどうにかなったか?ならないんだよ。アンタの使い鳥も俺の磁石ももうなかったし、もう一人に関してはチェイスに役立つ能力じゃない。」
「だからって!」

不安そうにその様子を見つめていたヘレナに先に戻るように促すと、ルキノは一歩二人へと近付く。
その気配に最初に気が付いたのはイライの方で、振り向いた顔には申し訳ないといった表情が張り付いていた。

ルキノは元々ハンターとして荘園に在籍していた過去があるが、どういう訳か今は二人へと分裂している。どう頑張っても科学では証明できないような状況だが、言ってしまえばもう1人の自分などまず人型すら保っていないのだから今更というものなのだろう。
未知に対する興味は尽きないが、どれだけ手を尽くしても答えを得られない問題にかかずらわっていられるほどルキノの寿命は長くない。断腸の思いで目を逸らしているそんな不可思議な状態で、目の前の男はよく魔トカゲとルキノを同一視する。

ルキノ教授」
「やぁ、先程の試合はご苦労さま。それで?何か問題でも?」

分かりきった質問に今度はノートンがこれみよがしに舌打ちを返してくる。
チラリとそちらに視線を向けて、その時初めて確信に至った。彼は私とよく似ていると。

感情よりも合理性を良しと思い、それを実行に移す強かさ。彼は大金が必要だと聞くが、それを手に入れるために日夜ゲームに勤しんでいるらしく、どんな些細なステージやハンターの能力の変化も見逃そうとはしないストイックさも兼ね備えているようだった。
分かりやすく、一貫性があり、そして不器用。
同じように人の感情を軽んじることが多々あるルキノを持ってしても、どうして今そういう言い方をするのだと思う程にノートン・キャンベルは世渡りが下手だ。
そんなところが、なんだか酷く気になってしまった。

いえ、ただ上手く行けば助けられたのではと思いまして。」
「そうか……だが、サバイバーは三人がゲートから脱出すれば勝ちなのだろう?余計な時間を取る必要はない。今後も私一人あァいや、他の誰でも良いな。一人を切って三人が出れるという状況ならそうしなさい。」
「でも!」

言い募ろうとするイライを手で制して意図して苦笑の表情を浮かべる。
彼のような人間は感情に訴えかけてくると分かっている。どんなに無視しろと言っても聞けないだろうというのは、今まで似た性格の人間に会ってきたルキノにはよく理解できた。

すまないね、私のために。だがそれで何かあったらこちらが夢見が悪いんだ。あまり気を揉まないで、どうか気にしないで欲しい。」

まだ納得はしてない様子ではあったが、これ以上ノートンと口論をしても意味がないと思ったのか、はたまたルキノ本人が気にしていないと断言したためか、イライは小さく頭を下げて自室へと戻っていった。

さて。」
何?俺はアンタに話すことなんてない。」

イライの背を見送った後に向き直ると、どこか気まずそうな雰囲気を醸し出しているノートンが居心地悪そうに視線を泳がせている。
小さく息を吐くと、何を思ったのか先手でよく理解できないことを言い出してきた。

「いや、礼をと思って。」
は?」
「先程の試合、助けて貰っただろう?」

度重なる補助と救助。なんなら椅子から助け出された時一発庇われたような気もする。

「君は私の事が嫌いなのだとばかり思っていたから、少し驚いてしまって。」
アンタのことは嫌いって訳じゃ……まぁ、いけ好かないとは思ってるけど。でもそれで連携が取れないんじゃ試合に勝てない。」
「それで構わないよ。充分助けてもらっている。ありがとう。」
……
キャンベル?」

虚をつかれたような顔をしたノートン。考えていたどの反応とも違うその表情に思わず顔を覗き込むと、思い切りあからさまに顔を背けられてしまった。
まるで子供のような反応をする男だ。

俺は最後見捨てたけどな。」
「勝てるのだから余計な危険を冒す必要はない。君の行動は最適解だった。」

信じられないものを見るような目で、ただそれ以上何かを言い募ることもなく。ゆっくりとお辞儀をした彼が踵を返したのを見て、本当に人付き合いが苦手なのだなと実感する。

昨日までは「不必要」と頭の隅に放っていたノートンの情報を今更拾い集める。
元炭鉱夫で、今は荘園が提示した内容をこなすことで手に入る大金を目当てにここにいる男。周りと関わることはあまりなく、口論は度々起こす。試合そのものへの貢献度は高いが、異様に周りとの軋轢は多く悪印象を抱いている話を聞くことの方が多い。

「もし君さえ良ければ、これから少し時間を貰えないか?」
……何故?」
「今後の試合について、教えを乞いたい。」

一拍置いて、ノートンの顔が驚愕の表情を浮かべる。
顔の火傷のこともあり彼の表情を読み取るのは至難の業だと思っていたのだが、こうして見るとコロコロと変わる表情はルキノよりも数個下の歳下だという認識を加速させた。

ハッ、教授先生がこんな一端の炭鉱夫に?」
「君の話が一番私にとって有意義だと思ったからだ。もしかして、何かしら謝礼が必要かな?」

冗談めかして言ってみた言葉に返答はなかったものの、彼が壁にかかった時計に視線を向けて「次の試合までだったら」と零したのは聞き逃さなかった。

「礼はいいよ。今後の試合の活躍で返してもらうから。」
「それは良かった。実は今持ち合わせがなくてね。」
……もの好きな奴。」

自覚はあるし、よく言われた言葉でもある。なんなら自分でも、ここまで知りたいと思う人間に出会うことになるなんて露ほども思っていなかったとも。


***


第一印象はよく分からないやつ。
ニコニコと張りつけたような笑みを浮かべていて、あまりにも信用ならない。なんなら、元はあの魔トカゲと同一人物だったと言うではないか。
あの凶暴性が服を着て歩いているような蜥蜴からどうやったらこんな食えないような笑みを浮かべるだけの人間性を兼ね備えた男になるのだろうと考えたところで、因果関係は逆だったなと気付いた。

「よろしく頼むよ。」

微塵もそう思っていないであろう声。差し出された手は綺麗ではあるが鋭い爪が伸びており、とてもじゃないが握手する気分ではなかった。
握手っていうのは手袋を脱いでするものだと散々言われてきたが、こちらとしてはその火傷痕が残る素手を人前に晒すことが嫌なのだ。
それを理解しようともせず、ただ失礼だの常識がどうのだの、馬鹿みたいに言い募ってくる奴らは全員ムカつく。

目の前のこいつだってそうだ。きっと今握手しないのはぶっきらぼうだからとか、愛想がないからとか、そんな感じで考えている。
自分の方には非はないと、そう感じているに違いない。
だからこうやってなんの躊躇いもなく触れてこようとするんだ。
ムカつく。でも、握手しなかったのに何も言わずに会釈だけして戻っていったのは拍子抜けした。普段なら一言二言何か言われてきたから。

次に感じたのは、思ったよりもよく動いてよく喋るやつだなというもの。
彼の初陣は月の河公園で、メンバーの中には自分も含まれていた。だがこの試合表を作ったやつは何を思ったのか、救助職を組み込まなかった。これでは最初に追われた奴の伸び次第では分けも難しい。
そんな心配は杞憂に終わった。初陣とは思えないチェイスの伸びを見せた新人は、それとなく場所を移動しながら暗号機に寄らないという頭の良さを見せてきた。
物事を俯瞰して見れるのか、はたまた脳内でのシュミレーションでも上手いのか、元は教職だと言っていたからもしかしたら普通に座学をしていた可能性もある。
とにかく、驚異的な時間走り回っていた男は最後一人でゲートから離れて安全に自分達を帰還させた。

最悪全員飛ぶと思っていたノートンは現実味がないまま荘園へと帰り、よくする周りとの小競り合いをしていたら件のその男が割って入ってきて、もう片方を追い払ってしまった。
彼も占い師も穏便に事を済ませたつもりだろうが、ノートンからしたら今のはただ追い払ったに過ぎないものだ。
それくらい雑に、思ってもない言葉で言いくるめて去っていく占い師の背を暫し見つめていた男が仕切り直しとばかりに息を吐いたところで、何を言われるのかと億劫になったノートンは先手を打った。
話すことなんてないからとっととどっかに行けよ、と。

そうしたらあれよあれよという間に部屋に招くことになって、今こうして目の前で座って微笑んでいる。
それはあの食堂で向けられたものと同じような表情の筈なのに、裏も何もあったものではない、こちらを騙す気もなさそうな毒気の抜かれる印象を受けてしまった。

「気になっていたんだけれど
何?」
「それ、わざとかい?」

それ、と指さされたのは手元だった。きっと手袋のことを言っている。クッキーというらしい焼き菓子を持参してきたこの教授先生は、やはりこちらの都合など微塵も配慮しないというわけか。

……見せたくないだけだ。」
「火傷か。」
アンタさ、デリカシーとかないのか?」
「いや、すまない。配慮が足りなかったな。ただ、私は気にしないが食堂でもそれだと指摘が入るんじゃないかと。」

ご明察。今も昔も何も知らない奴によく言われている。
だがノートンからしたら手袋をしたまま飯を食っているという好奇の目に晒されるよりも、手にまで走る火傷痕を見られて顔を顰められる方が嫌だった。何よりも、それを見て同情するように言われる言葉達が嫌だった。
「辛いですね」?お前は炭鉱夫の苦労など知ったことじゃないだろう。
「醜い」?だから隠しているのに自分勝手に暴いて非も認められないのか。
「無理しないで」?助けるでもなくただ言うだけの奴は黙ってろ。
そういった言葉達が何よりもノートンを惨めな気持ちにさせると理解する者はほとんど居ない。

「もっと堂々とするといい。」
「なんだって?」
「見せるにしても見せないにしても、人はコソコソするのは後ろめたい何かがあるからだと思い込む。」
堂々とするほどのそういう席のマナーはないから」
「なら私が教えようか。」

信じられないものを見る目で思わず見てしまった。だって、そうだろう。まず第一にノートンにテーブルマナーなんてものを教えても彼にはなんのメリットもない。

「何、君が試合について教えてくれるのだから、代わりに私が教えられそうなものは任せてくれ。」
その爪で?」
「あァ、この通り。」

くるりと回された手元のナイフに、嗚呼この人は魔トカゲなんだったかと思い出す。あんな異形になっても綺麗なナイフ捌きを見せる男が、爪程度で元の仕草が出来なくなるわけがなかったか。
それに、元々試合に関する情報や動きを教えると言ったのもノートンだった。そのお礼として彼は自分の持つ知識を提示している。貰えるものはなんでも貰う。病以外なら。

まぁ、アンタがそれでいいなら好きにしな。」
「それにね、」
何」
「本当に私は君の火傷は気にしていない。ただ、お互い大変だなと気の毒には思うよ。」

白い指が額のガーゼを撫でたのを見て、もしかしたら彼も好奇の目に晒された事があるのだろうかと初めて思い至った。
本当、本人が言うようにあまりにも堂々としていて全く気が付かなかった。

それ、痒かったりしないの?」
「時々?」
「ふーん一緒だね。」

一緒。誰かと一緒なんて久しく経験していなかったから、なんとなくその言葉がじんわりと胸に広がっていくような感覚がする。
この後も試合なんて入れなきゃよかったと、ここに来て初めて思ってしまった。