九条空
2025-06-21 00:00:00
7735文字
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毒霧ヴィラン・薄墨①


大学からの帰り道。
日が暮れかける時間帯に道を歩いていると、遠くから轟音が鳴った。
最近じゃよくあることだ。ヴィランの暴走かガス爆発か。ヴィランが暴れた結果のガス爆発か。

ま、このまま歩いててあぶねえなら、その辺にいるはずの澪が忠告してくるだろう。
構わず帰り道を進んでいれば、前方に見覚えのあるマフラーがたなびいた。

「おー、ライデン。なんか久々な気ィするな。元気だったか?」
「それはこっちのセリフなんだけど、見たところ今日は誰にも襲われてなさそうだね」

今度のライデンは面影ではなさそうだ。
うんうん、そうだよな。ライデンは非常によく喋るが、パーソナルスペースは広い方だ。
面影は俺を刺すために躊躇なく近づいてきたからな、あのあたりかなりの違和感があったぜ。

「フラックス、祈は無事だった?」
「俺に聞けよ?」

ライデンがそう尋ねると、どこからか澪がフラックスの姿で現れた。
液状の体を波打たせながら、頬に手を当て軽くため息をつく。

「当然完璧に守り抜いた――そう言いたいところなんだけど……

澪はそこで言葉を区切った。
ライデンが身を乗り出して騒ぎ出す。

「絶対なんかあった間だよね!? ちょっと嘘でしょ!? いつ、今日!? さっきのヴィラン!? 完璧に対処したと思ったんだけど、俺が見つける前に既に被害に遭ってた!?」
「だから俺に聞けって」
「いえ、それは大丈夫。あんまり言うと心配させるだけよね。このくらいにしておくわ」
「いやもうだいぶ手遅れだよ! どんだけ気にさせるのさ!? 護衛とか言ってたけどやっぱり信用ならないな! そこを代われフラックス、俺がやるから!」
「いや、ライデン。フラックスってマジですげえから。護衛力半端ないぜ。あと運搬能力も」
「私のこと荷車扱いするのはアナタくらいよ、祈」

面影が俺を刺せたのは、俺が澪にそうしろと言ったからだ。
それ以外はD.E.T.O.N.A.T.E.の爆撃も対処したし、倒れてるラットロードを運んでくれたし、縛った面影を運んでくれたし、うん、優秀。
ライデンは頭を抱えた。マスクで顔が見えない分、ジェスチャーでの感情表現が豊富である。

「仲良くなってるし……!」
「そりゃいっしょにいたらなあ。それがなくとも気ィ合うし」
「俺とは気が合わないってこと……!?」
「ぎゃはは! どうしたライデン、かわいいこと言いやがって。俺はお前と友達くらいにはなってると思ってたが?」
……俺もそう思ってたけどね! もちろん!」

ライデンはフラックスを指さして宣言した。

「もうしばらくだけ祈のこと頼むけど、変なことしたらすぐ倒しに行くからね、フラックス!」
「あらあ~。変なことしたらすぐに来てくれるってこと?」
「やめとけお前、ライデンにそういう冗談通じねえから」

澪は肩をすくめて「しっかり守るわよ」とライデンに約束した。

ライデンはそれを聞いて、「じゃあまたね!」と疾風迅雷のスピードでその場を去った。
相変わらず忙しいやつだ。ヴィラン多すぎ、ヒーロー少なすぎ。

そんなことがあった後、家に帰ればすだまが「くらーっ!」と怒鳴る声が響いた。

すだまは説教が好きなので、日常のことである。
今日怒られてんのは誰かな、とリビングを覗くと、珍しく澪であった。

澪はラットロードを液体で縛り上げている。何?

「よう、来てたのかラットロード。体調はどうだ?」
「それより先に聞いてほしいことがありますがね……

ラットロードは疲れた様子でそう言った。
縛り上げられてはいるが、命の危機は感じていないようだ。

「ああもう。すだまが邪魔するから間に合わなかったじゃない」
「喧嘩はやめい! まったくどうしてそんなに気が短いんじゃ、若いのは!」

すだまも充分気が短いと思う。既にぷんすこ怒っているし。

「俺が見てねえ間にラットロード始末する気だったのか?」
「殺すまで行かないわよ、カワイイ後輩ちゃんだもの。ただおはなしする場所を変えようと思っただけよ」
「内緒話か? 悪かったな。ここは俺の家だから、俺に聞かれたくねえ話をするには向かねえぞ」
「お嬢、少しの間フラックスをお借りしてえでやんす」
「ああ、もう……

澪はため息をついた。
ラットロードの方から澪を訪ねて来たのだろう。
澪は俺のことをストーカー――もとい、護衛しているため、基本的に俺と一緒にいる。
姿は見せないので俺の視界にはいないが、常に俺の近くにいるというのは、ライデンに呼ばれてすぐに顔を出したことからも明らかだ。

ラットロードは俺にも話を聞かせるため、わざわざ俺の家を訪ねてきた。
家の中にラットロードがいることに、俺が帰宅する直前に気づいた澪は、俺にバレる前にラットロードを縛り上げてどこか別のところで話をするつもりだったのだろう。それをすだまに邪魔されたと。
今回はラットロードのが一枚上手だったようだ。

「借りるも何も、澪は俺の所有物じゃねえよ。そういうのは当事者同士で決めろ」
「お嬢を護衛するからそばを離れないっておっしゃられるもんですから、お嬢の許可を頂ければと」
「澪が俺を守ってるのも澪の意思だからな。俺が何言っても関係ねえだろ」

この口ぶりじゃ、すでに何度か断られている依頼っぽいな。

「毒霧ヴィラン・薄墨をご存じですかい」
「ああ、食らったことあるな」

雪狐とインフェルナのチームアップが軌道に乗った頃にぶちあたった。
毒だけ食らったので姿は見ていないし、体温で視覚外でも生き物を探知できるインフェルナも、あの場にはいなかったと言っていた。
あいつらは別のヴィランを捕まえた帰りに、毒で転がっている俺を発見して慌てふためいていたというわけである。

「そこまで詳しいとは思っとりやせんでしたが、そうでしたか。アイツは公安の悩みの種でして、なんとか捕縛してえんです。フラックスの力があれば数日で捕らえられると思うでやんすが」
「アタシ、もう公安は辞めたのよ。いつまでも頼られちゃ困るわあ」

ラットロードは目を鋭く光らせた。

「いいや、アンタにも責任はある。薄墨が公安を辞めてヴィランになったのは、アンタが死んだからだ。死んだと思わせて足抜けしたんでしょうが、アンタを慕ってた薄墨には随分ショックだったようで。もうなにもかもどうでもよくなっちまったんでしょうな」
……嘘でしょ」

澪は少しの時間放心した。

「モテモテじゃん、澪」
「はあ、そんなにアタシのこと好きだったんなら、もっとアピールしてもらわなきゃ伝わらないわよお。そんな話聞いちゃうとね、ああもう……
「行きてえなら行けよ、俺なら問題ないぜ」
「問題大ありよ。祈がアタシのいない間に死んだら、アタシの気持ちはどうなると思うの」

死んだって言わなきゃ死んでねえのと一緒だしなあ。
ライデンに約束した手前、護衛の任務から離れるのが嫌なのだろう。

「フラックスの代わりを務めるのはあっしにゃ荷が重い。かといって公安の異能者を紹介するのは気に食わねえでしょう」
「ぜ~ったいやめてよね」

澪は渋い顔をしている。
ラットロードの要請に応じ、薄墨とやらをなんとかする方向で考えているのだろう。
心残りは俺の安全だ。澪が来る前はひとりでやっていたのだし、そんなにプリンセス扱いせんでも。

「ま、あんま外出しないようにしてやるよ。この家にはアイアンクラッドとすだまがいるんだぜ。2人もいりゃフラックスの代わりくらいにはならぁ」
「性格的に問題大アリなのよ、あの2人は」

仁は理解できるが、すだまもそうなのか。
まあ、狐耳生えたのじゃロリだからな。人間とは違う道理で動くことも多かろう。

「いいこと、祈。死なないでね」
「わかったわかった。俺だって死にたくねえよ」

澪は俺のことを疑いの目で見た。返事が適当すぎたか。
しかしいつだって俺は死なないよう生きている。
そんなの関係なしに殺してくるヤバいやつばっかの世界なのだ、ここは。

深く深くため息をついて、ようやく澪はラットロードを解放した。

「はあ。それじゃあ、過去を清算しに行きましょうか。ささっと終わらせてくるわ。行きましょラットロード、居場所の検討くらいはついてるんでしょうね」
「拠点は数か所にしぼってありますから、あっしより速いアンタにゃ回りきるのはすぐでしょう」

細かい相談は、さすがに俺にも内緒にするらしい。公安の案件だからな、秘密も多いのだろう。
場所を変えるとのことで、玄関から出ていく2人を見守る。

それにしても。

「え~、ラットロード、やんすはもうやめちまうのか? 俺あれ好きだったんだけど」
「昔の知人がいる前でキャラ作るのしんどいんですよ」
「ふたりっきりのときはやんすしてくれるってことか?」
「ええ、それが好きなら」
「やりい!」

やんす口調がどんどん上手くなっていくラットロードの今後に期待だぜ。



チャイムが鳴った。
宅配と思って玄関の扉を開けると、D.E.T.O.N.A.T.E.が立っていた。

玄関のドアを閉める。
見間違いか? 白昼夢かもしれねえ、立ったまま寝てたのかも。

玄関の扉を開ける。D.E.T.O.N.A.T.E.が立っていた。玄関の扉を閉める。

「おーい、すだま! 知り合いが遊びに来たからちょっとだけ外出て来るわ!」
「なに!? 家を出んようにするとはなんだったんじゃ! 澪を泣かせる気か?」

俺と澪、ラットロードのやり取りを聞いていたすだまもある程度事情は把握している。
俺の安全を守るというのも、当然了承したすだまだったが、そんなのはいつもと変わらないのである。

防犯意識のなっていない俺だが、さすがに爆弾魔は家にあげたくない。

「ちょっとだけちょっとだけ。心配ならこっそり尾行してきてくれ」
「くっきいを焼き始めてしまったからしばらく手が放せん」

両手にミトンをつけ、すだまが言った。
いつの間にかいい電子レンジを購入したすだまは、オーブン機能の調子を確かめたいとクッキーを焼き始めたのである。
収入がどっから来ているのかよくわかっていないが、意外に金持ってんのかも。年金?

「んじゃ焼き終わったら来てくれ。行ってくる」

玄関の扉を開ける。D.E.T.O.N.A.T.E.が立っている。
俺は靴を履いて外に出た。玄関の扉と鍵を閉め、D.E.T.O.N.A.T.E.の手を掴んで歩き出す。

D.E.T.O.N.A.T.E.は初めて会ったときのままだった。
爆発してはじけ飛んだ姿を見ているので、クローンとか言われたら信じていたかもしれない。
白衣の煤さえも似たような位置にある。

ピンクの瞳孔をぎょろぎょろ動かしながら、D.E.T.O.N.A.T.E.は無抵抗で俺に手を引かれていた。
澪が言うには自分を分解できるタイプの能力者であろうとのことだったが、今のところ皮膚に切れ込みは見えない。不健康に血管が浮き上がっているだけである。

Delighted Every Time Our Names Align, Truthfully Estatic.
「名前が合うたびに嬉しくて、心から喜んでる」

⁠相変わらずD.E.T.O.N.A.T.E.の頭文字になるように喋るこの男は、俺との再会を喜んでいるようだ。
ともかく、俺を殺しに来たのではないようでなによりだった。
何を言うか、頭の中で組み立てる。

Don’t Ever Think Our Nearness As Temporary Euphoria.
「この出会いを一時の喜びなんて思わないでくれ」

俺だって会えて嬉しいさ。あのまま爆死してなくて良かった。
最後に見たD.E.T.O.N.A.T.E.は、自爆して粉々になったところだ。俺のトラウマを刺激しまくりやがった。
俺は自分が爆死したくないというだけではない。目の前で爆死する人を見たくない。
だから母の死がトラウマなんだって、本当に。今日は爆発しねえだろうな。

Dare Explain Today’s Objective, Not Acting Too Evasive?
「今日の目的を説明してくれねえか? はぐらかすのはナシで」

⁠近所の公園に場所を移し、ベンチに腰掛ける。
隣をぽんぽん叩けば意味が伝わったのか、D.E.T.O.N.A.T.E.は俺の隣に腰掛けた。
デトネイト構文で喋るより、ジェスチャーゲームで意思疎通した方が簡単かもしれない。

Delivering Explanation To Offer Necessary Apology, Truly Earnest.
「必要な謝罪を届け、誠実な説明をするために来た」

以前の会話は、D.E.T.O.N.A.T.E.の自爆により途中で遮られた。
彼の意思による爆発には見えなかった。あのあたりの事情を詳しく聞きたい。
俺の予想じゃデルタが関わっている。

Delta Exerts Total Order, Negating All Traces of Ego?
「デルタは完全な命令で、お前の自我すら消してるのか?」
Delta Endangered Those Of Name, A Token Earned.
「デルタは私の大切な人を脅かした」

こんな話の通じない狂人が――まあ俺には通じてんだけど――まさか脅されてヴィランをやっているとは、誰も思わなかったのだろう。
この話し方しかできないのならば、誰にも助けを求めることなどできない。
だからデルタはD.E.T.O.N.A.T.E.を利用したのだろうか。
D.E.T.O.N.A.T.E.はおそらく、デルタくらいとしか話が成立しなかったはずだ。
それはどれだけ孤独だっただろう。

Dead. Everything’s Terminated. Over. Nothing Again. Time’s Expired.
「死んだ。すべて終わった。何も戻らない。時間切れだ」

D.E.T.O.N.A.T.E.は静かに言った。

Death Erased The Only Name, A Treasure Existing.Dawn Ends. There’s Only Night. All Things Empty.
「死が、私にとって唯一の宝を消し去った。夜しかない。朝はもう終わった。全てが空っぽだ」

そうなったのは俺のせいだろう。
D.E.T.O.N.A.T.E.と会話ができる隙を見つけ、爆破を阻止しようとした。
D.E.T.O.N.A.T.E.の会話はすべてデルタに聞かれていたのだ。
裏切り――そもそも無理矢理従わせていたのだから、デルタがそれを警戒しないわけがない。

俺はあの時命乞いが成功しそうだ、と思った。
デルタもそう思ったのだろう。その時点で命令に違反したと考え、デルタはD.E.T.O.N.A.T.E.を捨てた。
D.E.T.O.N.A.T.E.を従わせるために捕らえていた人質もその時点で不要になり、始末された。そういうことだ。
ゆっくり息を吐く。ため息をつく権利は俺にはねえよな。

Did Everything Turn Out Negative? All That’s En me.
「すべてが悪い結果になった? 全部、俺のせいだ」
Dismiss Every Trespass, Own None; Absolve Thyself Entirely.
「すべての咎を払い、何も背負わなくていい。完全に自分を許せ」

大切な人を喪ったというのに、D.E.T.O.N.A.T.E.の声色は優しかった。

Delta’s End Triggered Open NavigationA Trail Emerges.
「デルタの終焉が航路を開いた。道が見えた、自由への道だ」

皮肉なことに、デルタがD.E.T.O.N.A.T.E.の人質を殺したことで、D.E.T.O.N.A.T.E.は自由になった。
もうデルタの命令を聞いて、あちこちで自爆する必要はなくなったのだ。

Debts Etch Torment. Over No-one As Thoroughly Except you.Despite Every Target Obliterated, None Alive Today Except you.
「償いの思いは私を苛む。ここまで深く償いたい相手は、お前しかいない。標的は皆消した。生きているのはお前だけだ」

誰もD.E.T.O.N.A.T.E.の顔を知らない。
D.E.T.O.N.A.T.E.の顔を見た者は皆爆死したからだ。
誰を殺してでも守りたかった誰かを喪ったD.E.T.O.N.A.T.E.に残るのは、贖罪の気持ちだったらしい。

そんなやつを恨むことなどできようか。

幸い俺は爆死していない。爆死してたらちょっと許せなかったかもしれないが、むしろ俺がちょっかいかけなければD.E.T.O.N.A.T.E.の大事な人は無事だったのではと、こちらが罪悪感を覚えるほどだ。

しかし、D.E.T.O.N.A.T.E.の大事な人が生きている限り、D.E.T.O.N.A.T.E.は殺しを続けなければならなかった。
これが良かったのか悪かったのか、俺には判断しかねる。

勢いに任せて言葉を選択する。文章が整っているかどうかより、気持ちが伝わるかどうかを優先しよう。

Done. Errors Torched. Over. Now, Accept Truth: Exonerated.
「終わった。過ちも燃やした。今こそ知れ――お前は赦された」

D.E.T.O.N.A.T.E.に殺された人々や、その家族がどう思うかは知らない。
だが俺は彼を許そう。

そろそろクッキーを焼き終えたすだまが来てしまう。
俺はベンチから立ち上がり、D.E.T.O.N.A.T.E.の目の前に立った。
初めてD.E.T.O.N.A.T.E.が俺に話しかけたあの日とは逆だ。

Directionless? Even Then, One Name Awaits: This Enclave.
「行き先がないのか? それでも、一つだけ残ってる。俺のところだ」

手を差し出す。D.E.T.O.N.A.T.E.はじっと俺の手を見つめた。
いつもきょろきょろと動き続けているピンクの瞳孔が、しばらく俺の手元に留まる。

Don’t Expect Too Original. Naturally, All Tasks Enacted.
「創造性は期待しないでくれ。私は命令通り動くのが得意だからな」

そう言ったD.E.T.O.N.A.T.E.は自分の意思で、俺の手を取った。


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