小話倉庫(深上)
2025-06-16 00:23:28
3509文字
Public 悠アキ/haruwise
 

兄の恋人(悠アキ/haruwise)

悠真とリンちゃんが話してるだけ。前に書いたこれの続き→https://privatter.me/page/683273b6e2f9f

「リーンちゃん」
 ルミナスクエアのカフェの前を歩いていると、自分の名前を呼ぶ明るい声が聞こえた。驚きつつも振り向くと、予想通りの笑顔を貼り付けた知り合いがいてリンは足を止める。
「悠真だ。サボり中?」
「あんたら兄妹、僕に対して容赦なくない? 今日は非番! まぁ、昨日急遽休みが決まったんだけどね」
 どうしても休みが欲しいという同僚の代わりに出勤をしたが、その事をすっかり忘れていたらしい。柳から指摘され、急遽振り替え休暇を叩きつけられたのだと苦笑する。急に決まったことでも悠真なら喜びそうなものだが、あまり嬉しそうに見えない。いやそもそも、休みとなると彼は高確率でアキラと会う約束を取り付けていたはずだと首を傾げる。
「珍しいね、お兄ちゃんに会いに行かないの……あ、そっか」
 言いながら思い出す。今日のアキラは、ビデオの仕入れ担当だ。トラビスから「珍しい映画が見つかった」との連絡を受け、早朝から社用車で出払っている。こちらの連絡も昨日受けたものだから、タイミングが悪かったのだろう。
 仕入れ先はトラビスのツテで、年配のコレクターなのだが、その相手が「欲しい本人が来い」と指示してきたらしい。大事なものを手放す以上、その相手を自分の目で見極めたいという気持ちは分かる。そういう頑なな相手には、弁の立つアキラに行ってもらったほうが何かと丸く収まるのだ。
「今回の仕入れ先がちょっと遠いんだ。夜には戻ってくると思うよ」
「うん、アキラくんにもそう言われたから、後でお邪魔してもいい?」
「もちろん!」
 もはや店に馴染み過ぎて、リンですら悠真がいないと少し物足りなさを感じるほどだ。なんて、そんな事を本人に言おうものなら調子に乗りそうなので、絶対に言わないが。
「リンちゃんは、これから映画でも見に行くの?」
「うん。一緒に見てく? なーんて」
「いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」
 二つ返事の了承に、え、と誘ったリンの方が驚いてしまった。確かに映画一本見て六分街に戻ればちょうどいい時間ではあるが、悠真と並んでいると普通に注目を浴びるのは少々頂けない。しかし今さら取り消すのも申し訳なくて、肩を竦める。
「お兄ちゃん、嫉妬しちゃうかも」
「そんなアキラくん、レアじゃん。むしろ見たい」
「悠真、性格わるーい」
「あはは、大丈夫だよ。映画見てる時に騒ぐファンに会ったことはないからさ」
 こちらの懸念を的確に見抜いてそんなフォローをされては、もはや一緒に見る以外の選択肢が浮かんでこない。ごめんお兄ちゃん、と心の中で両手を合わせながら、リンは悠真と並んで映画館への道程を歩いた。


 映画の内容は任せられたため、見たかったスリラー映画をチョイスすると「リンちゃんって結構えげつないの好きだね」と苦笑された。悠真はあまりこだわりはないらしい。
 グラビティシアターには二人用のシートしかない。収納できる肘掛けをあえて下ろしたまま、リンは悠真の隣に並んで座る。友人とはいえ、距離感は大事である。
 映画が始まるまでの間、適当な雑談をした。話題がほぼアキラのことになるのはこの際仕方ないとして、そういえばここまで近くで悠真の顔を見たことってあったかな、と会話の合間にリンはぼんやりと考える。
 整った容貌をしているのは間違いない。その顔でふっと微笑まれでもすれば、その辺りの女の子はときめくに違いないのだが、残念ながらリンは見慣れすぎてときめきなど微塵も湧いてこない。アキラに翻弄される姿ばかり見てしまっているからかも知れない。
 兄は、あまり顔と口には出さないが悠真のことがかなり好きらしい。いや恋人なのだから、その辺りの気持ちを確かめ合ってはいるのだろうけれど、表面化しないのだ。自分で言っておいて何だが、兄は嫉妬すらしないかもしれない。今回の状況も「映画を見てきたのか。楽しかったかい?」で済ませてしまいそうだ。
「どうしたの、リンちゃん」
「え、いや、早く入りすぎちゃったなーって。始まるの楽しみでそわそわしてきちゃった」
「へえ、可愛いとこあるんだ。見ようとしてる映画を除けば、だけど」
 くすくすと穏やかに笑う悠真に、なんとなく既視感を覚える。しかしその実態を掴みきれず、とりあえずリンは言われた言葉に不服を示す。
……悠真、それ、私以外の女の子にはしない方がいいよ。なーんか、甘ったるい感じの言い方」
「甘い? ……あー、リンちゃんだからかな。アキラくんの妹って思うと、つい気持ちが緩んじゃうみたい」
「へ、へぇー」
 遠回しに惚気られている気配を察して、ひくりと口の端を引き攣らせる。しかし悠真の方はリンの反応に何も思っていないのか、スマホを取り出すと鼻歌交じりに操作し始めた。
……顔、か)
 以前、二人の惚気に巻き込まれた時に悠真がぼやいていた、「顔が好き」というアキラの言葉を思い出す。どうやら兄はこの恋人の顔が好きらしい。まぁ確かに綺麗な顔をしているし、猫みたいで飽きないなぁとは思うが、彼がファンたちに見せる笑顔はまるでハリボテのようで、リンはあまり得意ではない。
 いやしかし、先ほどリンに見せた穏やかな笑顔のこともある。あれを兄が毎回浴びているなら、好きだと言うのも頷けるかもしれない。
 じっと見つめている間、悠真はその視線に気付かないのかスマホに視線を落としたままだった。悪いと思いつつ、一体何に気を取られているのかと好奇心が勝って少しだけ視線を下にずらす。ノックノックの画面、表示されているアイコンはリンもよく知る相手だった。恐らく夜戻る時間を伝えているのだろう。まだ何も震えていないリンのスマホにも、いずれ連絡が入ると思われるが、大事な妹よりも恋人を優先するんだなぁと寂しいような嬉しいような気持ちになる。
 納得しつつ再び視線を上に向けて、リンは息を呑む。
 目元を緩ませて、頬にはうっすらと朱が差している。そんな「嬉しくて仕方がない」という静かな喜びを滲ませて、悠真が微笑みを浮かべているではないか。
 花が綻ぶ、という表現がまさに相応しい。
 それは恐らく、彼がたった一人に対してしか見せない表情だ。口を開けて硬直していたリンは、相手に気付かれないようにぱっと視線を下に向け、誤魔化すようにスマホを取り出して弄り始めた。
(これは確かに破壊力やばい……
 アキラが好きだというのも頷ける。兄が実際にどんな悠真を好んでいるのか、その詳細までは知らないし別に知らなくても一向に構わないが、兄の見ている世界を僅かに覗き見てしまった気がして、ほんの少しの罪悪感に襲われる。
 同時に、リンの頭に一つ、ずっともやもやしていた疑問の答えがすとんと落ちてきた。
……あ」
「ん? 何?」
 ぱっと悠真が顔を上げて、スマホを仕舞う。悠真と目を合わせて、リンは胸の内で膨らむ納得を言葉にする。
「悠真、なんかお兄ちゃんに笑い方似てきたかも」
 悠真の目が、ぱちぱちと瞬いた後、困ったように細められた。
……そうかな?」
「いやほんと、なんか静かに微笑んでるっていうか。時々だけどね」
「あー……そっかぁ……
 悠真は口元を押さえて、何かを噛み締めるように目を閉じる。その頬に、先ほど以上の赤みが差して、どうやら本気で照れているらしいということに気付く。
「そんなに照れることある?」
「ひしひしと恥ずかしくなったっていうか……
「あー。夫婦とか恋人って段々笑い方似てくるって言うよね。相手の笑い方をよく見てるから」
「やめてリンちゃん、僕を追い詰めて楽しい?」
「すっごく楽しいよ!」
「性格悪いのはどっちなんだか……はあ、顔熱くなったじゃん。これから映画だってのに」
「ちょうどよかったね、血の気も引くって紹介文に書いてあったよ」
「その映画に僕を誘うリンちゃん、相当あれだよ」
 パタパタと手のひらを動かして顔に風を送る悠真を、リンはにんまりと見つめる。
 兄とその恋人の相思相愛ぶりを見せつけられて、辟易するどころか「幸せそうでいいなぁ」という感想が浮かぶ。まだまだきっと悠真には、リンに見せていない表情があるのだろう。
 そしてそれは兄も同じだ。頼れる顔、妹に言いくるめられる時の情けない顔、一緒になって喜ぶ顔。リンから見えるアキラはあくまで「兄」の顔だけだ。そしてそれ以上を見せる相手は、隣にいる男だけ。
 羨ましいような、ちょっと悔しいような気持ちで無言で悠真を小突くと、赤面する顔を揶揄されたと思ったのか「もう大丈夫だから!」と慌てた声が返ってきた。