umeyume32
2025-06-14 15:35:51
1946文字
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花よりも濃く

トーマくんに贈りものを貰う話


君への想いの丈を伝えようとしても、伝えきったことがない。君のことが好きだと伝えた瞬間も、ずっと好きになり続けているんだ。毎日、毎時間、毎秒。一瞬よりも短い刹那の時でさえ、想いは増えていく。
だから、その瞬間にできるだけの気持ちを伝えたい。いつもそう思ってる。

「あ、」
小さな声を出して、一緒に歩いていた彼女が足を止めた。その視線を辿っていくと、近くの花屋に向かっている。興味があるのに近寄ろうとしないので、手を引く。手に触れただけなのにほんのりと頬を染めた彼女が、嬉しそうに微笑んだ。その些細な仕草だけで飛び上がりそうなほどに胸が高鳴る。
「なにか買おうか?」
「う〜ん……
よく見ないと分からないほど少しだけ唇を尖らせて彼女が考え込む。そして、しょんぼりと眉毛を下げた彼女がゆっくりと首を振った。
「うちで枯らしちゃったら可哀想だから、大丈夫。お花好きなんだけどね……
悲しげに目を伏せた彼女がオレの手を引いて歩き出す。優しく握られた手のひらは、少し冷たくなっていた。

─────

読んでいた本に栞を挟んで、ぬるくなったお茶を飲んで一息ついていた。すると、奥の部屋から出てきたトーマくんが「少し時間もらってもいいかな?」と言っている。そちらを向くと、彼が何かを持っている。りぼんのついた箱だ。
「これって何?なにかあったっけ……?」
「開けてみて」
記念日だっただろうか?とも考えたが、首をひねっても思い当たる節がない。トーマくんは、わたしをソファに座らせて、隣に座った。わたしの両膝の上に乗るくらいの大きさの箱だ。何が入っているんだろう。滑らかな手触りのりぼんを解いて、そっと箱を開ける。
「わ……!」
色とりどりの花が目に飛び込んできた。この前お花屋さんの前を通った時に見ていた色鮮やかなバラやあじさいと同じ種類だ。箱いっぱいに敷き詰められている花にそっと触れてみる。生花に似ているけれど、少し乾いているようだ。でも、ドライフラワーにしては色が鮮やかに見える。
「プリザーブドフラワーだよ」
「これが……
よく結婚式で贈られていると聞いたことがあって、まじまじと見つめてしまう。二、三年は色が褪せずに飾っておけるのだとか。目を輝かせたわたしに、トーマくんが優しく微笑んでくれる。その顔があまりにも甘くとろけているから、思わず頬に熱が集まった。
「で、でも!誕生日でもないのに、受け取れないよ」
「どうしても駄目かな?」
きらきらした翠の瞳がわたしを見つめている。眉尻を下げてお願いをする時の瞳に弱いわたしは、唸り声をあげてしまう。
「うぅ……!だめ……じゃ、ない……けど……!」
「良かった!君に受け取って貰わないとしまい込むしかないからね」
にこにこと笑顔を浮かべるトーマくんを睨め付ける。むすくれた頬に触れたトーマくんの指が、なだめるように肌を撫でた。暖かくて、大きな手のひら。かさついた指先が皮膚を滑ると、どうしてこんなに胸がときめくのだろう。目を閉じてゆっくりと。わたしの想いが溢れてしまわないように、息を吐いた。
……何時だって君を想っていることを伝えたいんだ」
小さな声がわたしに届く。やわらかな感情が染み込んだその音は、とてもあたたかくて幸せの色をしている。瞬きをする間に、顔が近づいてきた。思わず目を瞑ると、頬に一瞬だけなにかが触れて離れていく。
……ずるい」
「そうかな?」
大好きな人にそんなこと言われて、優しく撫でられて頬にキスされたりしたら。もう受け取るしかない道が残されていない。せめてお返しになんでもしよう!と意気込んでいると、苦笑したトーマくんが「お返しに『なんでもする』は駄目だよ」と釘を刺された。
「だめ……?」
「駄目。君が喜んでくれればいいんだよ」
「え〜……
それじゃわたしの気持ちに収まりがつかない。悩んでいると、頭を撫でられた。そのまま手ぐしで髪を梳いていく。目を細めて幸せそうにわたしの髪を撫でているトーマくんを見ていると、わたしまで幸せが染み込んでいくような気持ちになる。口にしないだけで『君が、好きだよ』と囁かれているように思う。だから、プレゼントという形のあるものがなくてもいつもトーマくんからいっぱいの気持ちを貰っているのだ。
「トーマくん」
「うん?」
「耳かして」
近づいてきた形のいい耳に、一言だけ。何時でも何度でも、想い続けてゆるやかに濃くなっていく想いを囁く。世界にたった一人、あなたにだけ贈りたい感情を込めて。わたしの言葉を聞いて、今日一番嬉しそうに笑った彼の笑顔は、花よりもずっと色鮮やかだった。