きなこ
2025-06-13 08:44:21
8358文字
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【クジブケ】クジブケだけが前世の記憶を持っている転生学パロ

高校生のクジンシーとロックブーケな学パロ。
二人は前世の記憶持ちで、他の七英雄のお兄さん達は記憶なし。
クジンシー→一年生。高校に入ってから七英雄達と出会った
ロックブーケ→一年生。生まれた時からノエルと一緒。物心ついた時には前世の記憶があったので、大人びた子供だった
他の七英雄→二年生。一部生徒会役員やってる。顔面偏差値高い集団。大人びているけど、普通の高校生。

前回書いた話がロックブーケ失恋話だったので、彼女を幸せにしたいっと思ったのに、設定的に全然幸せじゃない感じに……


〜おうちデート編〜

 ――数千年と十五年生きて、初めての彼女ができました。やったぜっ! しかも今日は彼女の家にお呼ばれをしたぞ、ヒャッホー! ハグをしても良いかな、もう一歩進んでキスとかしちゃったら、どうしようっ。(クジンシー、心の日記)

 休日。
 喜び勇んでクジンシーは恋人の家へ向かっていた。
 強い日差しが肌をジリジリと焦がす。
 手土産に買ってきた、ビニル袋の中のペットボトルが汗をかくように水滴を滴らせていた。
 地図アプリが指し示したのは、高校の近くにある住宅地の、二階建ての一軒家だ。青い屋根が彼女の髪を思い出させて、鼻の下が伸びてしまう。
 インターホンを押すと、スピーカーの向こう側からロックブーケの愛らしい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
 玄関の扉が開き、愛しい彼女が姿を見せた。
 ニッコリ笑ってお出迎え――なんてことはない。大きくてまつ毛が分厚い金色の瞳は、意志が強そうな強い光をたたえて、特に何の感情もなくこちらを向いているだけ。昔はその視線は自分に向くことは少なかったし、その少数ケースでも虫けらをみるような眼差しが多かった。それを思えば、笑顔でなくともだいぶ進歩したと思う。
 彼女は淡い橙色の生地に、花が描かれたふわりとしたワンピース姿だ。
「可愛い……
 思わず口から滑り落ちる。前世では戦装束ばかりだったし、今世では学生服姿しか見たことがなかった。
 ロックブーケは息を呑み、そっと視線を逸らした。その頬がほんのりと桃色に染まる。
 どきりと鼓動が高鳴る。
 照れ隠しのため、眉をつり上げて唇をとがらせているその表情も含めて、とても可愛い。クジンシーには可愛いという言葉以外に賛辞できる表現がなかった。
 衝動的に手を伸ばしたその時。
「いらっしゃい」
 地を這うような低く、怒気を含んだ声音が耳朶を震わせた。
 ひゅっと空気を飲み込み、思わず直立の姿勢をとる。
 冷や汗が全身を濡らす。ドキドキと囃し立てる鼓動は緊張のせいだ。クジンシーは今、生命の危機に瀕していた。
 ロックブーケの傍には、平均身長のクジンシーでも見上げるほどの長身の男が立っていた。水色の髪を逆立てた、彼女の兄、ノエルだ。鋭い金色の目は獲物を見据えるようにクジンシーに向いていた。
 ただの高校生が放っていい殺気ではない。本当に記憶がないのか、と問いたい気持ちでいっぱいだ。
「お兄様、そこを通してください」
 苦笑まじりの顔で、ロックブーケがノエルの肩を押す。
 そして、全開きになった扉の向こうの情景を見て、クジンシーは青ざめた。めまいのあまり倒れそうになる。だってそこには残りの七英雄が揃っていたのだから。
 前面にいるワグナスとボクオーンは探るように。ワグナスの背後にいるスービエは半笑いで。そして少し離れた壁にもたれかかるダンターグは関心がなさそうなくせに、横目でこちらを窺っていた。
 今生では高校が同じといえど、学年は違うので彼らとは接点がなかった。だから、対面するのは初めてになる。
 恐怖と、そして懐かしさとが入り混じった、複雑な心地でその場に棒立ちになる。
 しぃんと静まり返った玄関。
 クジンシーの背後の道路に、エンジン音を吹かしながら車が走っていった。
「ボクオーン、彼は?」
 ノエルが傍のボクオーンに問う。
 ボクオーンは神経質そうな金色の瞳で、観察するようにじっとクジンシーを見つめた。
「一年五組十一番、新宿クジンシー。中間考査では九十四番と微妙な順位でしたね。一方、体育祭では百メートル走で一位、選抜リレーにも選出されていたので、足は早いようです」
「うわっ、なんでそんなことまで知ってるんだよっ。俺のストーカーかよ」
 ボクオーンの瞳が冷ややかに細められる。身を縮こませながら、クジンシーはロックブーケの後ろに隠れた。
 ノエルに頼まれてクジンシーのことを調べたのか。もしかすると生徒会役員として、全ての生徒の情報を把握しているのかもしれない。むしろ、それでこそボクオーンという感じがする。
 背後にいたダンターグが、指を鳴らせながらボクオーンの前に出てくる。
「お前、運動が得意なのか。俺と力比べをしろ」
「速さには自信があるけど、力は無理ですぅー」
 ダンターグは相変わらず筋肉隆々だ。まだ十代なので過去に比べれば薄い体をしているが、背丈といい、筋肉量といい、他の高校生を圧倒している。
「俺たちを倒せるくらいでなければ、妹はやれんな」
 と。ノエル。相変わらず妹が大切なようだ。
 子供っぽいノエルをロックブーケが面倒を見ていたなんて嘘だろう、とクジンシーはノエルを前にして思う。こんなに渋くて凄みがある高校生、他にいないだろう。
 空気が張り詰める。
 クジンシーは堪えるように唇を噛んだ。耐えているのは恐怖ではない。懐かしさの方だ。
 記憶がないくせに、性格が昔と同じではないか。前世の、仲が良かった頃を思い出して、涙腺に響いて仕方がない。
 そこへ、ワグナスとスービエが追い打ちをかけてくる。
「まあ、待て。彼は怯えているではないか。……我々は君に危害を加えようとしているわけではないんだ。ロックブーケは我々にとっても妹のような存在なので、恋人の君に興味を持っているだけなのだ」
 ワグナスが優しげな微笑みを浮かべて、クジンシーを安心させるようにフォローをする。
 ワグナスの背後から前に出てきたスービエは、気安くクジンシーの肩を抱いて、笑いかけてきた。
「そんなにひびんなよ。とって食いやしねえから。ノエルはあんな怖い顔をしてるくせに、お前のためにショートケーキを買ってきてるんだ。一緒に食べようぜ」
 と、優しい言葉をかけられた瞬間。崩壊した。涙腺が――
 ロックブーケは苦笑を漏らしながら、慰めるようにクジンシーの頭を撫でてくれる。
 ノエル以外の七英雄は、泣き出したクジンシーからノエルへと視線を移した。そして声を揃えて、
「ノエルが悪い」
 と告げた。
 そのタイミングといい、声のトーンといい、信じられないくらいにシンクロしている。
 クジンシーは目から涙をこぼしながら、口元を緩めて、吹き出してしまった。
 クジンシーを初対面と思っている彼らには、やはり前世の記憶はないのだろう。だけどやっぱり、中身は変わっていない。
 この空気が懐かしくて、優しくて、切なくて。泣いて良いのか笑っていのか、感情の制御ができそうになかった。

 
 生まれて初めてできた恋人の、しかも彼女の部屋に初めて入るというのに、クジンシーの胸は何のときめきも感じなかった。
 むしろ、ベソをかいて、鼻水を垂らしながら、ロックブーケに手を引かれての入場となった。
 白を貴重とした、橙色や桃色の小物が置かれた空間も、涙の幕で歪む視界にゆらめくだけで、何の情報も与えられない。
「もぅ、だらしないわね」
 唇を尖らせて不満を示しながらも、瞳はどこまでも優しく、クジンシーを労る色を含んでいた。
「ロックブーケ、一人であれに耐えてたのかぁ。頑張ってたんだなぁ」
「ふふ。もっと褒めてくださっても良いのですわよ」
 ロックブーケは手を伸ばして、クジンシーの頭を自らの肩に引き寄せた。
 ひゅっと息を呑む。
 いやいやいや。流石にこれはまずいだろう。だってここは彼女の部屋だ。しかも二人きりという絶好のシチュエーションである。こんな据え膳、我慢できるはずがない。
 先ほどまでの感動は一瞬で吹き飛び、頭の中はロックブーケでいっぱいになる。
 恐る恐る、彼女の背中に手を回して、抱きしめてみた。
 抵抗はなかった。
 かつての彼女の中では、クジンシーは仲間ではあったが、色々な意味で対象外だった。
 だが、今世では前世の記憶を持っているのが二人だけだから、秘密を共有する唯一無二の存在となり、彼女の中での格が一気に上がったのだろう。――ちょろすぎないか、ロックブーケさんと、クジンシーは少し心配になった。
 基本的にクジンシーは煩悩まみれだ。こんな美味しい展開を我慢できるはずがない。
「キスしていい?」
 尋ねると、ロックブーケは眉を吊り上げた。
「ダメに決まっていますわっ」
 つんっとそっぽを向くが、体は密着したまま。離れようとはしない。
 慎重に、ロックブーケの様子を伺う。
 彼女は上目遣いにこちらを見やる。長くて分厚いまつ毛が節目がちな瞳に影を落とし、艶やかな印象を与えた。その桃色の唇がつん、と尖った。艶やかな色付きのリップは、クジンシーと会うために塗られたものなのだろうか。――そうであってほしい。
 互いの鼓動が腕から伝わりあう。その速さと大きさを競い合っている。
「するからなっ」
 女王様気質に見えて、意外と彼女はリードされるのを好むと言うことを、この数日でクジンシーは学んだ。ワグナスが好みのタイプなら、確かにそうなのかもしれない。
 ロックブーケは頬を染めて、そっと目を伏せる。
 クジンシーはごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと顔を近づけ――
 ゴオォォン、と、扉が叩かれるにはありえない音が響いた。
 鍵をかけたはずの扉が勢いよく開く。廊下からの鋭い光がさしこみ、クジンシーは目を細めながら咄嗟に万歳の姿勢をとった。何もしていない。やましいことは、何も。――そう、身の潔白を主張するように。
 扉の向こう側に立つ男は、逆光のため前面が影になっていた。その表情は何も分からず、シルエットだけが浮かび上がる。影はツンツンの髪の形をしているので、きっとノエルなのだろう。
 空気に質量が含まれる。重力が十倍くらいになったような錯覚を覚え、クジンシーはその場に崩れ落ちそうになった。
 ギィ、ギィ、と。下側の蝶番が外れた扉が、健気に鳴いている。
「ケーキとお茶の準備ができたぞ」
「お兄様。人の部屋のドアを壊さないでほしいのですが」
「紅茶はボクオーンが淹れている。冷めると味が落ちるとネチネチ言われるぞ」
……はぁい、すぐに行きますわ」
 あきれたようにため息をつき、ロックブーケが返事をして、歩き出した。
 それを聞いたノエルは扉の前から去っていった。
 ひとり部屋の中に取り残されたクジンシーは、深呼吸をしてから歩き出した。
 廊下に出るとロックブーケが待ち構えていた。
 彼女は上目遣いに覗き込んできて、にっこりと大輪の花が咲いたような明るい笑みを浮かべる。
「続きはまた今度、ね」
「今度っていつだよ」
「さぁ」
 くすくすと楽しそうに笑う。
 クジンシーは口をへの字に曲げたが、彼女が楽しそうなのでよしとしよう。
 前後に並んで階段を降りる最中、ロックブーケは振り向いて、目を細めてイタズラっぽく口元を緩めた。
「ボクオーンのお茶を飲むのなんて、数百年ぶりじゃありません? 今度は泣かないでくださいね。……ちなみに、私は大泣きしましたわ」
……無理な気がする」
 くふふと楽しそうに笑うロックブーケを見下ろして、クジンシーは彼女のおうちデートは二度とするものかと誓ったのだった。